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【常世の君の物語】No.016:幻海 ~応仁の乱の頃、斯波遠江に幻海という名の姫が暮らしていた~  作者: くさかはる@五十音


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第2話:下駄の鼻緒


黄金色の田を抜けて吹く秋の風が、青空の下、幻海と皐月をなでてゆく。


「あはは!寒いわね、皐月!」

「姫様ったら、そんなに急いでも何もいいことはありませんよ」

小走りに街道を進む幻海の後ろから、大きな体を左右に振りながら皐月がやってくる。

「見て!あの立派な稲!」

見ると、田の中に丸太がくみ上げられており、その上に刈り取られたばかりの稲の束が乗せられていた。

「ああして、乾かしているのね。すごいわね、皐月」

幻海は皐月と田の中の稲を交互に見て笑う。

「はいはい、すごいことでございますね」

ここまで歩いてきて、皐月は既に疲労困憊といった様子である。

「もう、皐月ったら。仕方ないわねぇ」

ここいらで一休みしましょうか――。

幻海がそう言おうとした時だった。


「あっ」


小走りに走っていた勢いのまま、幻海の下駄が大きく前へと飛んで行った。

「あらあら。そんなに走るからですよ」

皐月が笑いながら言う。

幻海は残った片方の足でけんけんをしながら、飛んで行った下駄の方へと進んでいった。

すると、幻海の下駄を、一人の男が拾い上げていた。

「あの、それ、私の……」

幻海が気まずそうに申し出ると、男は幻海を見て、にっと眩しい笑顔をつくった。

「おやおや、これは奇麗なお嬢さんじゃないか。失礼いたしました。この下駄はお嬢さんのもので」

片足で器用に立っている幻海を見て、男は笑いを我慢しているように見えた。

「あの!返していただける?」

男の態度に幻海はいら立ちを覚え、思わず声を荒げる。

男は「これは失礼」と言うと、こほんとひとつ咳をして、片手で幻海に待てと合図すると、なにやらその場にかがんで下駄をいじり始めた。

「何をなさっているの?」

幻海はけんけんで男のそばに寄ると、その手元をじっとのぞき込んでみた。

すると男は、下駄の鼻緒を手持ちの手ぬぐいで直しているのだった。

「あらあら!ありがとうございます。お優しいのですね」

男はそう言われて破顔する。

「ほら、できました、どうぞお履きになってください」

男は下駄を、幻海が履きやすいように向きを変えて地面に置いた。

手ぬぐいで作った鼻緒が嫌でも目に入る。

幻海はそれを見て、なぜだか顔が赤くなるのを感じた。

「あ、ありがとう。私は幻海。この土地をおさめる斯波氏の娘よ」

「それはそれは。私は鳥絵といいます。しがない馬借をしております。近江から来ました」

男はそう名乗ると、その場ですっと品よく礼をした。

しばし二人の間に気まずい沈黙が流れる。

それを男がくすりと笑いうち破って、「では」と言うのと、ほぼ同時であった。

「では!今から私の屋敷へ来ない?馬借なら、各地をまわっているのでしょう?土産話が聞きたいわ!」

幻海は顔を真っ赤にして、なかば叫ぶように口にしていた。

すると二人の様子を後ろから見ていた見知らぬ男たちがやってきて、鳥絵と同じように幻海に礼をすると、「おいらたちも馬借仲間です。あのー、おいらたちも土産話を聞かせてさしあげたいんです。屋敷へ招いてくれねえだろうか」と告げた。

幻海と鳥絵は顔を見合わせくすりと笑いあった。


「あらあら、いいお話じゃありませんか。早速伝令を出しますわね」

幻海の後ろで話を聞いていた皐月が、そう言っていそいそと下男を呼び寄せるなどし、その場で宴の席を設けることが決まった。


良く晴れた日の午後である。

幻海は皐月に命じて、館の前に広がる芝の生い茂った広場を、宴の会場に決めた。

会場には急遽、天幕が張られ、ござの上に布が敷き詰められ、簡易の座敷がもうけられた。

半時ほど後、鳥絵をはじめとする町に集った馬借たちが館に招かれ、幻海が主催する宴が始まった。


「皆さま、本日はようこそお集まりいただきました。簡単ではございますが、茶を振る舞いますので、どうぞおくつろぎくださいませ」

そう案内され、ひとり、またひとりと配られた茶碗に口をつけてゆく。

「この茶は、京から取り寄せたんですよ」

幻海がほがらかに説明した。

すると馬借のうち数人の顔が曇り、「京といえば、大戦が長いこと続いてますね。斯波のお館様もご出陣あそばされているとか」という声がどこからともなくあがった。

それを受けて幻海は、「そうね」と前置きし、

「殿がいなくて寂しい限りです。でも、遠江の地には、たくましい民が沢山いますもの。ちっともさみしくないわ」

と声高に、なかば叫ぶように言った。

すると場内からは、「おお」と歓声があがり、馬借たちは顔を見合わせ笑顔を交わし合った。

「幻海殿は、気丈でいらっしゃる」

と言葉にしたのは、一番前の席に陣取っていた、鳥絵であった。

幻海の顔がぱっと赤くなる。

「そ、そうでもなくてよ。私だって、さみしい時はありますのよ」

幻海はしどろもどろになりながらも、なんとかそう、口にした。

その様子を見て、馬着たちは声を上げて笑った。

「と、遠江では、浜納豆という食べ物が有名なのよ。ご存じ?」

幻海は、急遽話題を変え、鳥絵をじっと見つ返した。

「ああ、お話だけは聞いております。食べてみたいものでございますね」

鳥絵は伏し目がちにふっと笑って見せた。

幻海の鼓動が、どくんと鳴った。

「それは、我らもぜひ、食べてみたいものでございますな!」

大きな声でそのような言葉が飛んできたので、反射的に幻海はその男に目をやった。

見ると、細身の馬借たちの中にあって、男はいかつい体をちいさくして座っていた。

男は皐月に問われ権兵衛と名乗った。

隣に座る小さい柄をした平助という男と共に、この遠江に流れ着いたという。

話題が鳥絵から離れたので、幻海は内心胸をなでおろした。

しかし、権兵衛や平助が土産話を振る舞っている間、幻海の意識は鳥絵をつかんではなさないのだった。



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