第6話 君の声を聴かせて
ライブハウスに繋がるエレベーターで5階へ上がると、受付場所にお姉さんが立っていた。
ペコリと頭を下げると、驚いたような表情を浮かべながらも、ニコッと笑ってくれた。
「その子、もしかして新しいメンバーさん?」
「ううん!うちのスタッフに勧誘してるところ!
あ、彼女はこのライブハウスのオーナーの娘さんだよ。」
「私はアユミ。よろしくね!えーっと?」
「初めまして!私は沙也音って言います。よろしくお願いします、アユミさん!」
「沙也音ちゃんって名前なんだ!可愛い名前ー!歳はいくつ?」
「えっと、26歳です。」
「本当?嬉しい!私と同い年だし、皆とも歳が近いじゃん!
皆は今年21で、涼介だけ20歳なんだけどさ。
年上のお姉さんの魅力にようやく気づいたかー?」
「あははっ!なんだよそれ!
ってかサヤちゃん年上だったの?びっくりした!」
ニコッと笑ってくれたのは、アユミさんという女性。
このライブハウスのオーナーの娘さんだと聞いて、また驚いた。
確かLumiyのデビューまでをまとめた本に、アユミさんの存在が書かれていた。
いつもLumiyを支えてくれていたスタッフさんで、メンバーがすごく感謝しているって言ってたっけ。
そして、アユミさんに歳を聞かれたとき、「今の実年齢でいいよね?」と思いながら答えると、アユミさんは自分の年齢と、皆の年齢も教えてくれた。
え…?ちょっと待って。そうなると…
確か、メンバーが22歳、涼介くんが21歳になる年にデビューするから…。
今は、デビューの1年前ってことだ?!
どうしよう…すごく貴重な場面に遭遇してるんじゃ…?
頭の中でいろいろと思い出していた私は、どんでもない状況に気づいて、軽くパニックになった。
「今日はこの子たちのワンマンだから、お客さんの入りがすごいけど、頑張ってね!」
「あ、今日は見学だけだから、サヤちゃん。ね?」
「は、はいっ!よろしくお願いします!」
アユミさんが「頑張ってね」と声をかけてくれると、春翔くんは「今日は見学だけ」と補足してくれた。
そういえば、さっき春翔くんは「スタッフとして勧誘中」って言ってたような?
どういう意味なんだろう?なんて思いながら、皆のあとをついて楽屋へ向かった。
「ここが楽屋だよー。凄いでしょ?いろんなバンドのサインがあるんだ。」
「わぁ…本当ですね!あ、Lumiyもちゃんとある!」
「あはは、もちろん!大きく書いたよ〜!目立ってなんぼだからね!」
楽屋に入ると、壁一面に無数のサインというか、落書きのような文字がびっしりと書かれていた。
そして、昔の写真で見たことがあるLumiyのサインもそこにあった。
写真撮りたいなぁ。スマホ…あ、ちゃっかりポケットに入れて来てる。私偉い!
使えないけど、カメラ機能くらいは使えるよね。あとでこっそり写真撮っちゃおうっと。
それに、ライブハウスの楽屋に入ること自体が貴重。
普通はあり得ないから私はとても興奮していた。
あれ?そういえば、さっきまで感じていたこの世界での生活への不安が、少し和らいでる気がする。
これは“好きなもの効果”なんだろうか。
まぁ、今は忘れて、音に触れたい。それが本音。
そう思いながら、私は“今”を楽しもうと決め、緊張しながらも皆とワイワイ話をしていた。
そんな時、ふいにギターを弾いている蒼くんに質問された。
「沙也音ちゃんって、音楽を聴く専門?
それとも、もしかしてだけど……やってた?」
「え?どうして分かったんですか?」
「やっぱり?そうだよね。なんかさ、音楽作ってるって顔してたから。」
「ええ…?」
突然のその質問に驚いた私。…どうして分かったんだろう?
確かに私は学生の頃、Lumiyに憧れて音楽を始めて、
つい最近までパソコンとスマホを使って曲を作っていた。
でも、それがどうして分かったのか不思議で仕方なかった。
理由があるなら知りたいなと思いながら訊ねると、
蒼くんは「音楽を作ってる顔をしてた」と笑った。
音楽を作ってる顔って…どんな顔?
そう思っていると、蒼くんはアコースティックギターを取り出し、突然私に手渡してきた。
「なんか弾いて?」
「ええ?きゅ、急に?」
「聴きたいなぁ、ちゃんの音。」
「えーと…弾いてと言われましても。
皆さんみたいな、まともな曲…ないですよ?」
「え?ってことはオリジナル曲作ってる感じ?ますます聴きたい!聴かせて?ね?」
「うううっ…」
何を言い出すのかと思えば、何か弾いてと何の躊躇もなく言ってきた蒼くん。
その笑顔は、突然の無茶ぶりもあって、ちょっと悪魔のように見えた。
困って春翔くんに助けを求める視線を送るも、満面の笑みを浮かべるだけ。
隣にいた涼介くんもチラッと見てみたけど、声には出していないものの「ゴメン」と口が動いていた。
ああ、これはもうダメだ。
蒼くんは言い出したら聞かないタイプだったことを思い出した私は、諦めてピックを受け取った。
「えっと…『春夏秋冬』という曲を…やります…。」
「わー!お願いしまーす!」
「えー…では…」
数ある自分の楽曲の中で、今すぐ歌えるのは『春夏秋冬』だけだった。
こんなの、拷問に近い。
そう思いながら、深く深呼吸をして、イントロを弾き始めた。
そして―…
何度目の季節を迎えたろう?君を過ごした季節は早すぎて
いつでも君の側に居たくて飽きるほど君を見つめていた
愛しくて涙止まらない夜は 一人月を見上げていた
乾いた瞳から出た涙は心の中の寂しさを紛らわす
桜が舞い春の匂いがするね
君と出逢った日と同じだよ
桜の木の下で風に揺られなびく長い髪
光る純な笑顔
眩しい太陽の下ではしゃいでる 子供みたいなその笑顔が可愛くて
いつでも君の側に居て護りたい そう思うよ
秋の空は少し切なくて すれ違う二人の心を締め付ける
ため息ばかりが部屋を包み何が幸せなのか分からなかった
幼い二人が夢見ていた
大人びた恋愛像
ガラスのような気持ちがお互いの心に光る時
何かが伝わる
これからいくつもの季節を君と歩いてくから
寒い時も 暖かい季節も 僕は側にいるよ
傷ついて流した涙は雪に解けてく
言葉に出来ない想いは雪に変えて届けよう
桜が舞い春の匂いがするね
君と出逢った日と同じだね
いつか夜空の星になる日が来たとき
僕は思うだろう 出逢えて幸せだったと
春も夏も秋も冬も 君と過ごして行きたい
「…い、以上です。」
もう、どうにでもなれという気持ちで、最後まで歌い上げた。
この曲は、どの季節に歌っても好きな曲だけど、
なんだか今の時期、春が一番ぴったりな気がする。
そんなことを考えながら顔を上げると、そこには放心状態のメンバーたちがいて、私は戸惑った。
私の下手くそな歌声と曲に、呆れてしまったのかもしれない。
そう思うと怖くて、思わずもう一度、俯いてしまった。
こんなことならどうにかして断ればよかった…。
そう思いながら今日一番の大きなため息を吐き出した―…




