第3話 扉の向こう側
「何なの…?なんだかやけに懐かしい感じがするけど…。」
歩けば歩くほど、知らないはずの景色が懐かしく思えてくる。
それと同時に、胸がギュッと締め付けられる感覚が広がった。
理由は分からない。でも、この状況のほうがもっと分からない。
そう思いながら、目に入ったコンビニへと入ってみることにした。
中に入ると、店内は一見普通だった。
ただ、並んでいる商品のパッケージがどれも古めかしく感じられる。
今はこういうレトロ風のデザインが流行ってるのかな…?
お腹が空いていた私は、おにぎりとお茶を手に取り、レジへと向かった。
「お会計、260円になります。」
小銭を出すのが面倒で、千円札を差し出そうとした瞬間、
レジの店員と目が合った。明らかに怪訝そうな表情だった。
「それ…何ですか?おもちゃ?」
「え?何って千円札ですけど…」
「ここは子供銀行じゃありませんよ。ちゃんとしたお札を出してください。」
「え?これは正真正銘、千円札ですって!」
「ふざけてると、警察呼びますよ?」
「えぇ?呼ばれても困らないけど……面倒だし小銭出します…」
私は普段通り千円札を出しただけなのに、店員にまるで異物を見るような目で対応された。
何を言ってるのか分からないと思いつつ、しぶしぶ小銭で支払う。
ふと隣のレジを見ると、客が差し出した千円札には夏目漱石の肖像。
懐かしい……と思った瞬間、店員はその札を当たり前のように受け取った。
まぁ、レトロブームか何かだろう。
そう思いながらコンビニを出た私は、レシートを開いて目を見張った。
「……は?……1992年?」
そこに印字されていたのは“1992年”という日付。まるで目が点になった。
この店は古い時代のオマージュ的な店舗なのだろうか?
半信半疑のまま、すぐ近くにあったスーパーへ足を向ける。
入口にはセール日が記されたカレンダーがあり、
そこにも“1992年”の文字。
意味がわからない。なぜ1992年?本当に1992年なの?
混乱の中、私は慌てて外へ飛び出し、周囲を確認した。
すると、電柱に貼られていた歯医者の看板に、東京の住所と電話番号が記されていた。
「え、え?は?東京って……なに?!」
思わず声が漏れた。
だって、さっきまで私は確かに地元にいたはずなのに、突然“東京”の文字が現れるなんて。
パニックになりながら、次々と近くの家や店の住所を確認して回る。
どこも、すべて、東京都。
どう見ても私は今“1992年の東京”にいるらしい。
何がどうなってるの?
「とりあえず……怖いから帰ろう……」
状況が飲み込めず、私は屋敷に戻ることを決めた。
何度考えても答えは出ない。
屋敷で何が起こったの?おばあちゃんはどこ?
屋敷に戻り、おばあちゃんと呼んでも、返事はなかった。
「どういう状況なのよ、これは…」
混乱と恐怖。
行く当てもない私は、この屋敷に留まるしかなかった。
大きくため息をつきながら、2階へ続く階段をゆっくりと上っていく。
そして、1番手前の部屋の扉に手をかけ、そっと開いた。
中は、6畳ほどのシンプルな部屋。
ベッド、ソファ、テレビ、テーブル。
もっと埃っぽいと思っていたけれど、どこか人の気配が残っているような、そんな部屋だった。
「これから、どうすれば…。
あっ!そうだ。スマホ!」
ソファに腰を下ろした私は、現状から抜け出す方法を必死に考えた。
そのとき、スマートフォンの存在を思い出し、カバンから慌てて取り出す。
電源は入っていた。けれどそこには圏外のマーク。
まったく役に立たない。
「役立たず!!あーもう、どうすんのよ…。
これ、夢じゃなかったら、親も会社も心配するなぁ…。」
これは夢であってほしい。切実にそう願った。
そうでなければ、私は突然行方不明になってしまったことになる。
家族にも、会社にも、心配をかけることになる。
そう思うほどに、気持ちはどんどん重く沈んでいった。
私は…
私はいったい、どうしてしまったのだろう。
答えの出ない考え事の中で、時間だけが静かに過ぎていった―…
◇
翌日―
「はぁ…起きても、何ひとつ状況は変わらないなぁ。」
窓から差し込む朝日で目を覚ました私は、目に映る屋敷の部屋を見て肩を落とした。
夢じゃなかったんだ。そう思った瞬間、ため息がこぼれた。
「そういえば、突然こんなことになったから着替えも何もないじゃん…。
しかもお金もないし…どうすんのよ…。でも、お風呂入りたい…」
昨日はふて寝のような形になってしまい、結局お風呂にも入れなかった。
そのときになって、着替えも持っていないことに気づき、愕然とする。
どうしよう。私、このままなの?
そんな不安が押し寄せてきたとき、どこからかふわりと良い香りが漂ってきた。
味噌汁の香り…それに、焼き魚の匂いもする。
まるで母親が朝食を作っているような、そんな懐かしい香り。
私は慌てて二階から降りてキッチンを探し、ドアを開ける。
そこには、朝食の支度をするおばあちゃんの姿があった。
「おばあちゃん!?どこ行ってたの!?何が起きてるの!?
私、どうなってるの!?ここ、どこなの!?」
おばあちゃんを見つけた瞬間、感情が爆発して、私は一気に質問をぶつけた。
けれど、おばあちゃんは何も言わず、ただ黙々と朝食の準備を続けていた。
「まぁまぁ、ご飯を食べてからゆっくり話そうね。
さ、持って行ってくれるかい?」
「ええっ…?まぁ、分かった…」
私の質問には何ひとつ答えず、料理を手渡すおばあちゃん。
テーブルに運びながら、疑問ばかりが募っていく。
それでも、その朝食は、驚くほど優しい味がして、思わず目の前が潤んだ。
こんな状況なのに、どうしてこんなにも美味しいんだろう。
そう思いながら、私はおばあちゃんの手料理を噛みしめていた。
「ねぇ、おばあちゃん。どういうことか説明してよ。
昨日は本当に混乱して大変だったんだから。屋敷を出たら“東京”って書いてあるし、
コンビニでお札出したら“偽札”って言われるし。おばあちゃんはいなくなっちゃうし。
本当に不安だったんだから!」
「突然のことで混乱するのは当然だよねぇ。
詳しいことは言わないけれど、この屋敷はね、
人生の分岐点に来ている人、大きな迷いや悩みを抱えていて、
この屋敷に来なければ解決できない子たちが、ここにやってくるんだよ。」
「え?どういうこと?私だけじゃないの?ここに来たの。」
「そうだねぇ。過去にも何人も来ていたよ。
そこで“進む道”を決めて先へ進む人もいれば、
“変わらない道”を選んで戻っていく人もいる。」
「戻るって…すぐには戻れないの?
私、別に困ってないし、悩んでもない!
それに、両親だって友達だって心配するし…」
「戻るときは、この屋敷が決めてくれるよ。
それにね、“何もない子”には、この屋敷の扉は開けられないんだよ。」
「そんな…」
朝食を食べ終えたあと、私は改めておばあちゃんに問いかけた。
すると、私以外にもこの屋敷に来た人がいると教えられた。
そして、ここに来た人たちは自分の進むべき道を決めて、元の場所へ戻っていくって言われた。
でも、何を言われても、私はまったく理解できなかった。
自分が何に悩んでいて、どんな道を進むべきかなんて、考えたこともなかったから。
だけど、何もない人は、この屋敷には入れないなんて言われると考えてしまう。
知らない間に、私はこの屋敷に“呼ばれていた”ということ?
確かに昨日、“呼ばれた気がした”って一瞬思ったけど…。
でも、急にこんな訳の分からない状況に放り込まなくてもいいじゃない。
そう思いながら、私はただ大きなため息を吐き出した―…




