第2話 屋敷にいた人物と知らない世界
「2階って、結構部屋数あるんだ…って、勝手に開けちゃダメだよね。」
1階をぐるりと見て回ったあと、2階に上がったところで、ハッとして、ドアノブにかけた手を止めた。
冷静に考えれば、他人の家に入るだけでも十分マズい。
なのに勝手に部屋の扉まで開けようとしたら、もっとマズい。
そう気づいた私は、そっと階段を降りて、時計のある広間へと戻った。
それにしても、やっぱり広い。まだ気になる部屋もあるけれど、勝手に行くのはダメだよね…。
屋敷を出ようと、時計に背を向けたその時-
カタンッ
「…え?」
広間の右手奥にある通路から、何かの物音が聞こえた。私は思わず立ち止まった。
気のせい…?でも、確かに聞こえたような…?
恐る恐る近づくと、細い廊下の向こうに、ひとつの部屋があることに気づいた。
どうしよう…怖い。でも、気になる。
しばらく迷った末、私は意を決して廊下を進み、震える手でゆっくりとそのドアを開けた。
「……えっ?!お、おばあちゃん?え、生きてるよね?!?」
「おやまあ…。珍しいね。ここに人が来るなんて。お嬢さん、道に迷ったのかい?」
「しゃ、喋った!?えっ、あの!!勝手に入ってすみません!
何か…呼ばれた気がして…って、何言ってるんだろ私…。すみません!すぐ出ます!」
揺れる椅子に座っていたおばあちゃんの姿を見つけた私は、思わず声を上げてしまった。
すると、そのおばあちゃんが、ゆっくり目を開けてこちらを見たのだから…さらに驚いてしまった。
これは完全に不法侵入だ。そう思った私は慌てて部屋を出ようとした。
だけど、私の背中におばあちゃんの声が届いた。
「ちょいとお待ち。お嬢さんは、この屋敷に呼ばれて来たんだね。
それじゃ、一緒に広間へ行こうか。」
「え…?あ、はい…」
叱られると思って覚悟していた私は、意外な言葉に戸惑いながらも、
そっとおばあちゃんの後ろをついて広間へ戻った。
何をするんだろう…?そんな疑問が浮かんでいる中、
おばあちゃんは、あの大きな時計の前で静かに足を止めた。
「私はね、この屋敷で迷える人々を導くためにいるんだよ。」
「迷える人を…導く?あ、もしかして…占い師とかですか?」
「ふふっ。そうだねぇ。
占い師というよりは、未来への道しるべのような存在かもしれないねぇ。」
「道しるべ…ですか。私、迷ってますか?」
時計の前で、おばあちゃんは規則正しく音を立てる振り子を見上げながら話した。
おばあちゃんは「道しるべ」と言っていたけど、その言葉の意味がうまく理解できずに黙っていると、おばあちゃんはもう一度口を開いた。
「お嬢さん。ずっと胸に引っかかっていることがあるだろう?」
「え?引っかかってること…?特には……ないと思います。」
「そうかい?でも、お嬢さんがこの扉を開けられた理由は、そこにあるんだけどねぇ。」
「え…?でも私は、何も……」
何か引っかかることがあるのかと考えた。
ないと思っていたけれど…
でも、何もないなら、あの扉は開かなかったと、おばあちゃんは言った。
その時、心の奥に、ひとつだけ浮かんだ感情があった。
困っているわけではない。けれど、引っかかっていた。
それをどう伝えようか迷っていた私に、おばあちゃんは優しく言った。
「お嬢さんの人生で、とても大切なことだよ。これからの未来にね。
だから…行っておいで。ちゃんと答えを見つけておいで。」
「え…未来って……?おばあちゃん、それ!何してるんですか!?」
「私は、いつでもお嬢さんの味方だよ。」
「まぶしっ!!ちょっと…!」
人生で大切なことだから。
そう言い切ったおばあちゃんは、
大時計の振り子の扉を開け、そっと振り子に触れた。
次の瞬間-
目を開けていられないほどの光が私を包みこみ、
私は思わずギュッと目を閉じた。
一体、何が起こったの?
分からないまま、ただその光が収まるのを、私はひたすら待ち続けた。
◇
あれから、どれくらい目をつむっていただろうか。
目の奥に感じていた光が消えた気がして、私はそっと目を開けた。
すると、さっきまで一緒にいたはずのおばあちゃんの姿が、どこにも見当たらなかった。
「えっ……え?どういうこと!? おばあちゃん?どこですか!」
思い切り声を張り上げてみたけれど、返事はない。
誰もいない。まるで、初めからそこには誰もいなかったみたいに。
もしかして、本当に“幽霊屋敷”だったの……?
そう思うと同時に背筋を冷たいものが這う。
恐怖が、急に体の隅々まで押し寄せてくる。
そして、ふいに腕時計を見た瞬間、私は言葉を失った。
「……2時間!? え?2時間も経ってる?! 私、さっき来たばかりだよね?
もしかして、この時計壊れたの!? この間買ったばかりなのに!」
嘘みたいだった。
念のため、広間にある振り子時計を確認してみる。だけど、私の時計と同じ時間。
おかしい。感覚と現実が噛み合っていない。
時計が壊れているのか、私の時間の感覚がおかしくなったのか…。
答えの出ない不安を胸に、私はひとまず屋敷を出ようと入口の扉へ向かった。
そっと扉を開けると、その先に広がる光景に、思わず言葉を失う。
「…どこ?」
そこにあるのは、いつもなら見えるはずの近所の公園ではなかった。
代わりに、目に飛び込んできたのは見たことのない街並み。
どこを見ても、知らない家ばかり。知らない空。知らない風景。
夢……?
そう思い、頬をつねってみる。
痛い…
これは、現実?
どうして? どうして突然こんなことに……?
頭が混乱する中、私は目の前に続いている小道を、少しだけ歩き始めた。
この屋敷にいるよりはマシだよね。そう思いながら、ただひたすらキョロキョロと目を泳がせていた-…




