第19話 色恋沙汰
「あのっ…沙也音さんはここのスタッフさんですか?」
「そうだね。えっと、名前聞いてもいいかな?」
「あたしは美緒と言います。19歳です!」
「19歳!若いなぁ。もうすぐリハだよね?頑張ってね。応援してる。」
「ありがとう…ございます…それで、あの…」
LUMEのボーカルは、美緒ちゃんという19歳の女の子だった。
若さと可愛らしさ、そして微笑ましさの三拍子が揃ったような子で、初々しい雰囲気が印象的だった。
そんな美緒ちゃんが、何か言いづらそうにしている。きっとLumiyのことだろうと察しつつ、私はあえて口を挟まず、美緒ちゃんからの質問を待った。
「Lumiyの皆さんとはとても仲良しなんですね?」
「そうだね。ツアースタッフやってるから。」
「そうなんですか?!ここだけじゃなくて?」
「メインはここだよ。でもLumiyがツアーやったり、地方でライブに行く時は一緒に行ってる。まぁ、マネージャーみたいな感じだよ。」
「そうだったんですね…あの、沙也音さんはアユミさんと同い年と聞きました。」
「うん。そうだけど、それがどうかしたの?
あ、もしかしてもっと老けて見えるのかな?嫌だなぁ…最近まともにお化粧…」
「そうじゃなくて!」
「ん?」
何を聞かれるのかと思えば、私がどこで何をしているのかという確認のような質問だった。
年齢まで聞かれたものだから、私がよっぽど年上に見えたのかと焦ったけれど、美緒ちゃんは「そうじゃなくて」と少し声を荒げた。
そして次に出てきた言葉に、私は一瞬戸惑った。
「付き合っている人がいるか知ってますか?」
「へ?」
「あと、Lumiyの皆さんは沙也音さんみたいな年上が好みなんでしょうか?
それとも、年下?同級生?どんな女の人が好みでしょうか?!」
「ええ?そっち?」
「私は初めてLumiyを観た日から恋してます。もう2年くらいです。
やっとバンドを組んで、Lumiyに会うためだけに頑張ってきました。
そしたら今日、まさか他のバンドさんのヘルプで来るなんて…。
絶対に今日のチャンスを逃したくないんです!
あの人たちの好みになれるよう、色々教えてください!!」
「…そっかぁ。」
Lumiyのライブを観てから好きになり、自分もバンドを始めたという美緒ちゃん。
その気持ちは分かる。私も小学生のころにLumiyと出会い、中学生になってからは音楽をやっていた父に楽器を教えてもらい始めた。
そして高校生の時に初めて曲を作り、バンドを組んでライブをするようになったから。
ただ、私の場合はLumiyとどうこうなりたいとか、そういう色恋目的で始めたわけじゃなかった。
だから、美緒ちゃんの真っ直ぐな気持ちを理解しきれない自分がいて、少し複雑な思いを抱えていた。
「美緒ちゃんは、今のバンドはどんなふうに思ってる?
歌が好きなんだろうから、趣味かな?それともLumiyと同じ高みを目指してる感じ?」
「私はLumiyのメンバーの彼女になりたくて頑張ってます!
バンドやってたら接点出来ると思って。
そのためのバンドなんで、趣味に近いと思います。
でも趣味とか高みを目指してるか、関係ないですよね?Lumiyの皆さんに嫌われないですよね?」
「んー…まぁ、他人がどんな理由で何をするかって、周りがとやかく言う事ではないからねぇ。いいんじゃないの?」
「ですよね!!私、このバンド組んで1年くらいになるんですけど、やっとNeon Arkでライブしようってメンバーが言ってくれたんです!
私の歌声ならNeon Arkでもお客さんつくんじゃないかって!
そしたら絶対にLumiy繋がり持てますよね!!それ狙ってるんです!
でも今日それが叶いそうでめっちゃ嬉しいー!
アユミさんにも話したんですけど、あの二人と話がしたいから繋げてくれますか?」
「……」
美緒ちゃんの想いを聞いていると、何だか一緒にやっているメンバーとの温度差がありそうで、少し勿体ないなぁと感じた。
彼女自身は真っ直ぐで純粋な気持ちを持っているのだろうけれど、バンドを「Lumiyに近づくための手段」として捉えているように聞こえてしまう。
もちろん、それを他人の私がとやかく言うことではない。
だけど、Lumiy目的で私に色々求めてくるとなると話は別だ。
この1年は、Lumiyにとってとても大切な時期。
だからこそ、周囲の雑音や色恋沙汰で揉めたり、仲がおかしくなったりすることだけは避けてほしい。
その思いが胸の奥にじんわりと広がり、私は静かに息を吐いた。
「誰かに恋して誰かを追いかけてっていうのは悪いとは思わないよ。
けど、申し訳ないけど私は協力できないかな。」
「どうしてですか?」
「…自分の力できっかけを作ってごらんよ。私、そういう橋渡しが苦手なんだ。」
「でも、紹介ぐらいは出来るじゃないですか!」
「それを言ったら楽屋隣なんだから挨拶に行けばいいんじゃない?」
「挨拶なんてっ…さっきしましたよ…でも、よろしくの一言で終わっちゃいましたよ…だから頼んでるんです。」
「うーん…なんて言えばいいかな…。」
言葉を濁してやんわり断っていたけれど、美緒ちゃんは全く引き下がる気配がなかった。
「挨拶したら一言で終わった」と言っていたけれど、まぁあの二人ならそうなるだろうな…。
どうしよう、ここはハッキリと言うべきなのか。そう思って悩んでいると、コツコツと足音が近づいてきて視線を移した。
「あっ!蒼さん!涼介さん!」
「あれ?二人とも先に店行ったんじゃなかったの?」
「遅いよサーヤ。」
「沙也音の好きそうなもの適当に買ってきた。食べよ?」
蒼ちゃんと涼ちゃんは、どうやら私が来るのが遅いから適当に買い物をして戻ってきたらしい。
二人が戻ってきた瞬間、美緒ちゃんの声色がパッと明るくなったのが分かった。
「ごめんね!あ、アユミの」
「カフェオレも買ったよ。」
「さすが涼ちゃん!」
「でしょ?」
「で?2人は何の話してたの?」
アユミに頼まれたものまでしっかり買ってきてくれた涼ちゃん。さすが周りを見てるなぁと感心していると、蒼ちゃんから「何をしてたの?」と聞かれて言葉に詰まった。
二人を紹介してほしいと言われていたなんて言えない…そう思っていると、ここぞとばかりに美緒ちゃんが前に出てきた。
「あのっ!先ほど挨拶しましたLUMEの美緒です!
沙也音さんとだけじゃなくて私とも仲良くして下さい!」
「え?」
「皆さんに憧れてバンド始めました!今日のライブ楽しみにしててください!
あと…今日のライブが成功したら、私も一緒に打ち上げに参加させてもらえませんか?」
「ええ…?」
「仲良くなりたいんです!私も皆さんと一緒に!
歳も近いですし、沙也音さんやアユミさんよりお話も合うかと思います!
もっと知りたいんです!Lumiyのこと!」
「……」
自分の感情が爆発したかのようにしゃべり倒す美緒ちゃん。
チラリと2人の表情を見ると、明らかに引いているのが分かった。
ここはスタッフとして、年上として私がちゃんと言うべきだろうか。
人に注意するのはすごく苦手だけど…仕方がない。意を決した私は、静かに深呼吸をして美緒ちゃんに声をかけた。
「美緒ちゃん、ストップストップ!」
「え?どうしてですか?!」
「自分の想いだけを乱暴にぶつけるのは、愛情でも何でもないんだよ!
…見て分からない?蒼ちゃんも涼ちゃんも、もう引いてる。これって最悪のパターンだよ。」
「え…」
ひとまずお喋りを止めなければと思い、「2人が引いてる」と伝えると、美緒ちゃんは我に返ったのか、2人の表情を見た瞬間ハッとして顔面蒼白になった。
元々「グイグイ来られるのは苦手」と雑誌のインタビューで言っていたくらいだから、本当に嫌なんだろうなというのが伝わる2人の表情。
さすがにマズイと思ったのか、美緒ちゃんは走ってその場を去り、エレベーターに乗って会場へ戻っていった。
非常に良くない展開になってしまった。
美緒ちゃん、今日まともに歌えるんだろうか…。
それに蒼ちゃんも涼ちゃんも気にしてしまうかもしれな。
私がもっと早く美緒ちゃんに恋愛系は今は難しいと話をしていれば良かったよね。
そう反省しながら、2人と一緒にエレベーターに乗り込み、会場へと戻った―…




