第18話 楽しみな季節と面倒ごと
季節は8月を迎え、真夏の暑さの中でも相変わらず精力的に動いていたLumiy。
ふとカレンダーを眺めていた時、あることを思い出した。
そういえば、この年の8月22日って確か…。
デビューのきっかけになる音楽事務所の関係者がお忍びでライブを観に来てくれた日だ。
何だっけ…。そうだ、Astlunaという、いまや世界的にも知名度のあるロックバンドを発掘した社長さんだ。
その社長が経営する音楽事務所「Sky Dream」は、私のいた時代では大手事務所に成り上がっていたやり手の事務所。
この時代ではまだ小さな事務所だけど、Astlunaが世間に認められてから徐々に力をつけ、さらにLumiyがデビューして人気を得た影響もあって、いつしか「所属したい事務所」として名前が挙がるほどになっていた。
そしてSky Dreamは、大手レコード会社「Aqua Records」と古くからの付き合いがある事務所で、Lumiyもそこからデビューしたんだよね。
「凄い…今月はある意味、緊張する月になるなぁ…。」
「何が緊張するの?」
「え?あ、蒼ちゃん!今日はライブ無いのにどうしたの?」
「今日は涼介と一緒に別のバンドのお手伝いですー。」
「そうなんだ!別のバンドの曲を覚えるの、大変そう…」
Lumiyの今月の動きを思い出して変に緊張していた時、後ろから肩をポンッと叩かれて振り返ると、そこには蒼ちゃんと涼ちゃんが楽器を持って立っていた。
別のバンドのヘルプとして出演するらしく、驚いた。そんな予定は書いてなかったけど、急遽頼まれたのかな?
「それより何に緊張するの?」
「え?!あ、えーっと…
あ、実は今日のライブの出演者の中に、初めてライブハウスで演奏する新人さんがいてね。その緊張が移っちゃった。」
「あーなるほどね。分かる分かる。どのバンド?挨拶してこようかな。」
「女の子がボーカルのバンドでね、LUMEってバンド。
そういえばLumiyが憧れって言ってたよ。」
「へぇ。行こ、涼介。」
「あー、うん。」
せっかく話題を変えたのに、蒼ちゃんは私が「緊張する」と言ったことをまた聞き直してきた。
咄嗟に今日出演するバンドのことを話すと、蒼ちゃんはまんざらでもない表情を浮かべ、涼ちゃんを連れて楽屋へと向かっていった。
危なかった。たまたま出演者に新しい人たちがいて良かった…。
そう思いながら、私は仕事の続きを始めた。
そういえば、女の子がボーカルのバンドをここで観るのは初めてだな、と少し楽しみになった。
私も昔、一瞬だけ紅一点でライブをやったことがあった。
返しの音があまり聞こえなくて、音が広がってしまい、曲に入るタイミングが分からなくなって焦ったっけ…。
そんなあの頃のことを思い出していると、何だかちょっと楽しくなってきていた―…。
◇
「沙也音、軽食食べに行かない?俺、昼で上がるために結構詰めて仕事したから、あんまりお昼食べられなくて。」
「いいね涼ちゃん!私もちょっと小腹空いたなぁって思ってたところ。」
「でしょ?沙也音はお昼食べてもいっつもチョコレート食べてるから、小腹空いてるかなって。」
作業が一段落したところで、涼ちゃんが声をかけてくれた。
「何か買いに行こう」と誘ってくれた瞬間、即座に甘いものが頭に浮かんだ。
涼ちゃんは、私が何を考えているのか分かるようになったらしく、いつも私が言う前に先回りして手を差し伸べてくれる。
そんなに私は分かりやすい性格なんだろうか?と毎回不思議で仕方がない。
だけど、そんなやり取りが嫌いじゃないと思う私は、結構単純なのかもしれないと少し笑ってしまった。
「あれ?蒼ちゃんは?」
「蒼くんも来るよー。先に下に降りてると思う。」
「そっか。あ、アユミー!ちょっとだけ出てきても大丈夫?」
「いいよー。私はカフェオレ飲みたーーい!」
「あはは、分かった!買ってくるね!」
「ありがと!後でお金払うからー!」
「いいよそれくらい!じゃあ、行ってくるね!」
単純な自分についてあれこれ考えながら、アユミに少し出てくると告げて涼ちゃんと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
ふいに見上げると、長いまつげが目に入り、若い頃から「女の子よりも綺麗な顔してんな!」と心の中で突っ込んでしまった。
「なに?俺の顔に何かついてる?」
「え?別にー。女泣かせな顔してるなって思っただけー。」
「ええー?俺が遊び人顔ってこと?」
「そういう意味じゃなくて。いい意味だよ。」
「女泣かせな顔を、何をどう解釈したらいい意味になるんだよ?」
「男前って事でしょー?分かってないねぇ。」
「…ふーん…男前ねぇ…」
加工しているのかと思うくらい綺麗な顔をしているから、ついジッと見てしまい、目が合った瞬間に涼ちゃんが目を細めてきた。
だから「イケメンだよ」と伝えたくて女泣かせ顔だと言ったのに、涼ちゃんは意味を理解していない様子。
「男前だよ」と言い直すと、明らかに疑いの目を向けてきた。
無自覚イケメンほどたちが悪いものはない。
そう思いながらエレベーターを降りると、涼ちゃんはボソッと私に言った。
「それって、沙也音にとっての男前ってこと?」
「え?んー、そうだね。うん。」
「ふーん。そっか。」
ふいに聞かれたものだから素直に頷くと、涼ちゃんは満足そうな表情を浮かべて蒼ちゃんの元へと駆け寄った。
何が聞きたかったんだろう?と首を傾げながら、2人の後ろを付いて行く途中、クイッと背中の服を掴まれて足を止められた。
振り返ると、そこにはLUMEのボーカルをしている女の子が立っていた。
「サーヤ?何やってんの?行くよ。」
「ごめん、2人とも先に行っててくれる?」
「ん。分かったー。」
何か私に聞きたいことがあるのかと思い、2人には先にお店に行っててと声をかけてからもう一度振り向くと、彼女は何か言いたそうに唇をキュッと噛みしめていた。
その瞬間、女の勘が働いた私は「涼ちゃんたちのことで何か言いたいことがあるのかな?」と少しだけ身構えた。
私の予想通りの話じゃありませんように。
そう心の中で祈りながら、彼女に声をかけた―…。




