第16話 片思いだったあの頃
翌日―
「おはよう涼ちゃん。」
「おはよう沙也音。」
「わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのに!
涼ちゃんたちのアパートすぐそこなんだから。」
「いいのいいの。じゃあ、行こうか。」
午前10時を回ったころ、屋敷のベルが鳴り、涼ちゃんが顔を覗かせた。
皆が住んでいるアパートまでは徒歩で行ける距離なのに、わざわざ迎えに来てくれるなんて律儀だなぁと思いながら、一緒に屋敷を出てアパートへ向かった。
本当は今日はゆっくり休みたいんじゃないかな、と色々考えていたけれど、涼ちゃんは「大丈夫」の一点張り。逆に心配になってしまう私。
若いから体力が有り余ってるのかな?なんて呑気に考えながら、涼ちゃんの部屋へとお邪魔させてもらった。
「…やっぱりキレイ好きだね、涼ちゃんは。」
「え?やっぱり?」
「あ、何でもない!部屋に無駄がないというか、落ち着いてるよね。」
「そうかな?でも好きなもの集め出したら、とことん集めちゃうタイプでさ。いつも溢れちゃうんだよね。」
「そうなの?でも全然綺麗だよ、この部屋。」
Lumiyの中でも随一の綺麗好きと言われていた涼ちゃん。
話には聞いていたけれど、本当に部屋が整っていて、私なんかよりずっと綺麗好きだと証明されて、思わず笑ってしまった。
「はい、コーヒー。」
「ありがとう、涼ちゃん。」
目をキョロキョロと動かしながら、涼ちゃんからコーヒーを受け取る。
このアパートは安くて職場からも近いという理由で、全員が同じ場所に住んでいるらしい。
それを本で読んだ時は「仲良すぎだろう!」と突っ込んだ記憶が蘇った。
同時に、男の人の部屋に上がらせてもらうのは、あの先輩以来だなぁ…なんて記憶まで蘇り、胸が少しギュッとなった。
「昨日は本当にお疲れ様だったね。いいライブだったね。」
「そうだね。ファイナルに相応しいライブになったと思う。
あのライブで確信したよ。きっとこのバンドなら大丈夫だって。
それに沙也音の曲も演奏できて、めっちゃ嬉しかった。」
「本当?でもやっぱり賛否はあった感じだね。
ファンの人たちからの意見は、“Lumiyっぽくない”っていうのが一番多かったね?」
「そうだねー。まぁ、それは俺たちが一番分かってることだけど。
それでも“やりたい”って思ったんだから、それでいいと思う。
初めてやる曲なんてそんなもんだし、演奏し続けて成長していくんだよ、きっと。」
「前向きだねぇ、皆。」
コーヒーを飲みながら昨日の話題を振ると、涼ちゃんは満足そうな表情で答えてくれた。
春夏秋冬についてもとても前向きに考えていて、まだ20歳なのにしっかりしているんだなぁと実感した。
そんな時、涼ちゃんは少し言いづらそうに話題を振った。
「昨日…話してたことなんだけどさ。覚えてる?」
「昨日?ああ、昔の恋愛の話?涼ちゃん、覚えてたんだ?聞きたいの?」
「…聞きたい。」
「変わってるね?別にいいんだけどさ。どこまで話したっけ?」
「好きなバンドの曲を歌ってもらったって話。」
昨日の今日だから忘れていないとは思ったけれど、こんなにも早く続きを聞かれるとは思っていなくて驚いた。
私の恋愛話なんて聞いてどうするつもりなんだろう?特に何の変哲もない片思いの話だけど…それでもいいのかな。
そう思いながら、あの頃を思い出して話し始めた。
「最初のライブの打ち上げの時にね、家が近いことが分かって送ってもらったの。
その時に“また連絡して”って言われて、思わず“連絡先知らないですよ!”って返したんだ。
そしたら次の日に、うちのバンドのボーカルの子からメールが来てね。前に話した、携帯で手紙みたいにやり取りできる“メール”って機能。
そのメールには“ジンが連絡してって!”って書いてあって、届いた瞬間叫んじゃった。馬鹿みたいにはしゃいじゃって。あ、ジンっていうのが名前ね。
その日をきっかけに、朝から晩まで毎日メールのやり取り。時には夜中に電話もして…。
そうやってどんどん好きになっていったんだ。
たまに出させてもらうライブは一緒だったし、先輩のバンドのライブに行く回数も圧倒的に増えて、打ち上げに参加して、送ってもらって…。そんな生活をしてたの。」
「ふーん…そうなんだ…」
話し始めたら止まらなくなった。
あの頃、青春時代の恋はとてもキラキラしていて、腹も立つけど楽しくて幸せで。泣いたり笑ったりの繰り返しで、本当に心から笑えていたなぁって思う。
だけど、思い通りにいかないのが片思いなんだよね。そう思いながら続きを話した。
「まぁ、結局は片思いのままっていうか。向こうは私が自分のことを好きだって分かってたの。だから自由だったよー。からかい上手というか、なんというか。
友達連れてライブを観に行った時なんか、“今日は打ち上げ出ずに早く帰ろうかな”って言ったら、“俺といたい気持ちと帰りたい気持ちどっちが上なの?”って。
皆の前で言うんだよー?!信じらんないでしょ?!
でもその日はどうしても早く帰らなきゃいけなくて。そしたら夜中に電話がかかってきて、“打ち上げ終わったら会いに行こうかな”って。
まぁ、本当に自由だよね。」
「何か腹立つ…。」
「あはは、今思えばそうだよね。でもあの頃はそんなジン君が大好きでさ…。
ジン君も私の気持ち分かってるから、打ち上げ会場で隣になった時、こっそり手を重ねてきたりして…ハッとして顔を見たら“シッ!”ってやってくるんだよ。反則だよね…」
「ますます腹立ってきた…」
「そうでしょ?で、腹が立ちすぎて作った曲が何曲もあるよ。」
「なに?聴く。」
「そう?じゃあ、これね。」
私があの頃に作った恋愛系の歌は、ほとんどがジン君への想いを綴ったものだった。
今聴いたら笑っちゃうけど、当時は本当にどうにかして伝えたくて。
そんな曲を聴いていると、涼ちゃんの顔がどんどん不機嫌になっていくのが分かった。
ふざけてるって思われたかな?でもね、当時は本当にそう思ってたんだよ。
「このYOU&Iって曲、すごく可愛いのにめっちゃ腹が立つ。」
「あはは、何それ!でも可愛い曲だよね?私も大好きなメロディなんだー。」
涼ちゃんが聴いた曲、YOU&Iはまさに振り回されている最中に作った楽曲。
“君は言う『今好きな人いるの?』って”
“目の前にいるんだけど”
“君は笑う 見透かしたその笑顔で優しさばら撒く”
“無神経すぎるよ 本当に ねぇ”
“今あたしがどう思ってるのか分かっているの?”
“今年の夏は誰よりも熱く輝いていたいから”
“ダーリン 早くあたしの側に来て ねぇ、ダーリン”
こんな笑っちゃうような歌詞が炸裂する曲なんだけど、友達にアレンジしてもらって、とても元気の出る曲に仕上がった大好きな一曲だった。
「沙也音は自分の気持ちを素直に歌に乗せるのが上手だね。
俺ならこんなに素直すぎる歌詞なんて書けないよ。」
「いやぁ、当時は若かったからね。気持ちをそのまま乗っけられたってだけだよ。
私は涼ちゃんが作る曲…す…き、聴いてみたいな!」
「俺の曲?んー、採用には至らない曲ばっかりだよ。」
「そうなの?絶対大丈夫だよ!涼ちゃんもっと自信もちなって!」
涼ちゃんは私の曲をとても褒めてくれたけど、私だって涼ちゃんが作曲している曲は大好きだった。
そう伝えようとしたところで、この時代はまだ作曲した曲がないことを思い出し、慌ててごまかした。
危ない危ない…こういうこと言ったら、自分たちがデビューできるって分かっちゃうじゃん。
こういう大切な未来の話は絶対にしないようにしなくちゃ。
知らない方がいいこともあるし、だから頑張れるってこともある。
そう思いながら、墓穴を掘らないように意識しつつ、涼ちゃんとの会話を続けていた―…




