第15話 あの頃の恋の話
アンコールを含めて約1時間半ほどで、ライブハウスツアーは全日程を終了した。
最大の不安だった自分の曲。
その場での反応は良かったけれど、実際どう思われているのかは分からず、不安は消えなかった。
そんな気持ちを抱えたまま、春ちゃんたちはステージを降りて物販ブースへと移動し、最後にファンとのコミュニケーションタイムが始まった。
そこで聞こえてきたのは、私の涙腺を刺激するような温かい言葉から、「Lumiyっぽくなかった」という否定的な声まで様々だった。
感じ方は人それぞれだから、否定的な声が出ることも分かっていた。
だから特に傷つくことはなかったけれど、否定的な声が上がるたびに、彼らは庇うように言ってくれた。
「こういう音も俺たちだから、受け入れてもらえるように頑張るね」
その言葉は私の心を穏やかにしてくれて、また一つ「ありがとう」と心の中で呟いた瞬間だった。
「沙也音、お疲れさん!」
「アユミ!お疲れ様ー!なんかやっとホッとしたって感じだね。」
「そうだね!沙也音はずっとついて回ってたから疲れたでしょう?
でも、こういう子たちの成長していく過程を見ていられるのって本当に楽しいよね。」
「分かる!少しずつなんだけど、確実にいろんなものを吸収していってるなぁって分かるよね。
あの瞬間さ、見られて良かったなぁって思うんだ。」
ライブ後の後片付けをしながら、アユミとそんな話をしていた。
アユミも私も同じような感覚でバンドを見ているから、思うことも似ていて本当に楽しい。
何より、女性で同い年でここまで話せるのは仁那くらいだったから、私にとっては貴重すぎる友達だった。
まぁ、同い年って今だけなんだけど…。
それでも、できることならこのままずっとアユミとも友達でいたい。そう思わずにはいられないくらい、大切な存在だった。
「ねね、最近さ皆との距離も縮まってるみたいだけど、好きになったりしないのー?」
「ええ?唐突だなぁアユミは!今は特にそんな感情は誰にもないかも?
楽しいなぁ、この時間好きだなぁって思うことはあっても、それと恋愛は別だと思うし。
今は皆が駆け上がっていく姿を見てるのが楽しくって!そっちのことしか考えてないかも!」
「ええーー!何でよー!Lumiyなら誰とでも私は応援するのにー!
他に好きな人とかいたりするの?」
「いないよー!私、恋愛って20歳のころに大きな片思いして、それが最後なんだよね。
でも困ってないしいいかなぁって!」
「そうなのー?!今度その片思いの話聞かせてよ!楽しー!」
「あはは、じゃあアユミの恋も教えてよねー!」
アユミからまさかの質問を受けて驚いた。
私が皆に恋をする瞬間なんて、今のところ訪れるわけがない。
それに、地元のバンドの先輩への片思いを最後に、恋愛を何年もしていないこともあって、好きになる瞬間やその感覚はもう分からなくなっていた。
そう伝えると、アユミは「その話聞かせて!」とテンションを上げてきた。
やっぱり女の子はいつの時代も恋バナが好きなんだね。
というか、女の子同士で恋バナなんていつぶりだろう?
何だかちょっと楽しいな。そう思えている自分に驚きながら、片付けを進めていった―…。
◇
「お疲れさまでしたーーっ!!」
「カンパーーーイッ!!」
Neon Arkの灯りが消えたあと、皆で打ち上げ会場である「心」へ移動した。
今日はお店を貸し切りにしてあり、これまでツアーに関わってくれた人たちを呼んでの少し大きな打ち上げが始まった。
約2ヶ月にも及ぶライブハウスツアーが今日をもって無事に幕を下ろし、達成感でいっぱいになっていたメンバーたち。そして、それを支えてくれたNeon Arkのスタッフの皆さん。
そんな人たちとの打ち上げは大盛り上がりで、話題が尽きることなく、誰かが常に笑いながらしゃべっているような賑やかな空間だった。
元々、大人数の場が得意ではなかった私は、アユミの隣でこじんまりと飲みながら、色々な話を聞いていた。
開始からしばらくすると、誰かが席を立つと空いた席に別の誰かが座り、また違う席が空けばまた別の人が座る。そんな入れ替わりが繰り返されていた。
良いのか悪いのかは分からなかったけれど、皆が割と気さくに話を振ってくれたおかげで、何とかコミュニケーションを取ることができていた。
その入れ替わりが続いた数十分後、私の隣に涼ちゃんが座った。
すると、反対側にいたほろ酔いのアユミが突然、私に話を振ってきた。
「ねね、さっきの続き!地元の先輩に恋してた時の話聞かせてよー!」
「ええ?今?いる?その話!」
「いるいるー!ね?涼介も聞いてみたいよね?沙也音の恋愛話ー!」
「俺は別に…」
「どんな人だったの?教えてー!」
アユミは何度も「教えて教えて」とせがんでくる。
お酒が入ったアユミはこうなると、言うまで要求が止まらないんだよなぁ。
涼ちゃんは呆れた様子で見ていたけれど、仕方なく少しだけあの頃の話をした。
「高校3年生の頃に同じ学校の子と組んだガールズバンドがあってね。
そのボーカルの子の知り合いの3つ上の先輩だったの。
その人もバンドでギターボーカルをやっていて、頻繁にライブをしていたんだ。
それで、私たちもライブをやってみようってなって、先輩がいつも出演していたライブハウスで、同じイベントに出させてもらえることになってさ。
初めてのことだったからすっごく緊張するじゃん?その先輩に言われたの。
“お前らのやりたいことやってこい”って背中を押されて、その瞬間に緊張がスッと消えてね。何とかライブをやり切れたんだ。
しかも、その先輩バンドの曲がめっちゃ良くて、すぐに憧れたんだよね。
その日は打ち上げにも呼んでもらえて、隣の席に座ってたんだけど。
そしたらカラオ…ちょっと歌を歌おうってなって。
私の好きなバンドを先輩は知っていたからか、そのバンドの曲で、しかも私が一番好きな曲を歌ってくれたの。それがきっかけで、その先輩に恋したって感じだよー。」
「キャアッ!若いね!青春だね!!めっちゃ楽しいその話!続き聞かせてー!」
「えー?もういいでしょー?」
出会いと憧れのきっかけを話すと、アユミはとても楽しそうに聞き入っていた。
この話をするのは本当にあの頃以来で、少し胸が締め付けられるような感覚もあった。
でも、思い返すと「あの頃は本当に楽しかったなぁ」と自然に笑みがこぼれていた。
そんな中、アユミは続きを聞きたがったけれど、ちょうどタイミングよく他の席に呼ばれて「後で聞かせてね」と言い残してその場を離れていった。
「はぁ…まったくアユミは本当に恋バナ好きなんだから。」
「沙也音…その、先輩とはどうなったの?」
「え?涼ちゃんも興味あるの?」
「んー…まぁ、ね。」
「そうなの?んー…じゃあ、明日話す!こんな大勢が聞いてるかもしれない場所で話すのはちょっとね。」
「…分かった。約束ね。」
「うん。約束ー!」
アユミに説明せずに済んでホッとしていたのに、今度は横で聞いていた涼ちゃんが続きを聞きたがって驚いた。
全然そういうタイプじゃないと思っていたけれど、意外と恋バナ好きなのかな?なんて思いながら、「明日話すよ」と言うと、涼ちゃんは少し口角を上げて笑い、静かに頷いた。
別に話してもいいんだけど、大勢の前で自分の過去の恋愛話をするのは気が引けてしまい、つい「明日話す」と約束してしまった。
あの頃を振り返ると、あの3年間は私にとってとても濃い時間だった。
本当に恋をしていたと実感できる瞬間がいくつもあった。
振り回されて、それでも好きで、諦められなくて。
当時はいろんな感情が爆発して大変だったけれど、今思えば楽しかったなぁと思える日々だった。
そして今、私はそれと同じくらい楽しい毎日を送らせてもらっている。
恋愛は全くないけれど、それでも毎日が充実していて、「楽しい」「幸せ」という感情が溢れている日々はそう多く経験できるものじゃない。
だから私は、今この瞬間を何よりも大切にしたい。そう思うんだ―…




