第10話 私の想いと本当のこと
「ねぇ、何あの子。見かけない子だよね?」
「新しいマネージャじゃないの?」
「彼女…じゃないよね?!」
後片付けと挨拶を終えたメンバーと一緒にライブハウスを出ると、待っていたのは沢山の出待ちファンたちだった。
彼らは私を見るなり、明らかに敵意をむき出しにした表情で睨みつけてくる。
そりゃそうだ。突然メンバーと一緒に女が現れたのだから。
だけど、違うのよ!そう心の中で必死に訴えていると、クルッと春翔くんが振り向いた。
「サヤちゃん?大丈夫?行くよー。
あ、皆今日もありがとうね!また遊びに来てねー!」
「ハルーー!!私も打ち上げ連れて行ってよー!」
「あはは、ダメダメー!じゃあ、またねぇ!」
ファンの人たちの圧に押されて立ちすくんでいると、それに気づいた春翔くんが声をかけてくれた。
そして、あの笑顔を惜しみなく振りまきながら、手をヒラヒラと振ってその場を後にした。
一度アパートまで戻って車を置くと、タクシーを2台呼んで乗り込み、打ち上げ会場へ向かった。
その会場はこじんまりとしたお店だったけど、個室があり、すぐに案内してもらえた。
そういえばこの「心」という店は、昔から彼らが通っていた場所で、ライブのあとには必ず利用していたらしい。
今でもこの店は健在で、ファンの人たちがよく訪れるため、ちょっとした“聖地”になっているって言ってたっけ。
「それでは、今日のライブ…お疲れさまでしたー!!」
カチンッ、カチンッ。
「んーーーっ!美味いっ!仕事のあとのビールは最高だねぇ!」
「いやぁ、今日のライブも良かったよなー!」
個室は座敷になっていて、とても落ち着く雰囲気で私の好きなく期間だった。
そして、入ってしばらくすると、注文もしていないのにビールが運ばれてきて驚いた。
この店では常連すぎて、注文しなくても皆の好みを把握していて、自然と料理や飲み物が出てくるらしい。ちょっと感動した。
そして、運ばれてきたビールで乾杯すると、メンバーたちはまるでビールのCMのような反応を見せながら、体全体でその味を楽しんでいた。
その姿が何だかとても可愛らしくて。
若い頃はこんなふうに弾けていたんだなぁと思うと、私が知っている落ち着いた彼らの姿が嘘みたいに思えた。
「サヤちゃん!どうだった?!俺たちのライブ!!」
「皆さん、本当にパワフルでした!まだまだ若いなぁって思わされるところもありますけど、逆にそれがとっても新鮮で!
春翔くんのMCが攻め攻めで楽しかったです!
それにLumiyの曲は激しい曲ももちろんありましたけど、言葉一つ一つを本当に大切に紡いでいて、それを声や楽器を通してちゃんと伝えたいっていう気持ちが伝わってきます。
皆さんの心がそのまま音に繋がっているって感じがするんです。昔から。
そして、春翔くんが真っすぐな想いでファンの人たちに届けようとしているのが伝わるから、涼介くんたちもその想いをしっかり音に乗せることが出来るんだと思います。
本当に…本当に素敵です、Lumiyは。何度助けられたか…」
「沙也音ちゃん…?」
ビールを軽く飲んだあとで聞かれた今日のライブの感想。
私は今まで自分が思ってきたことを、そのまま何の躊躇もなく伝えた。
ファンレターなんて書いたことがなかったから、アーティスト側に気持ちを伝えるのは初めてだった。
だから、どう言えばちゃんと伝わるのかは分からなかったけれど、今まで私が感じてきたことを素直に言葉にしたかった。
すると、何だかメンバーの表情が硬くなった気がした。――私、変なことを言ったのかな?
そう思いながら首を傾げると、音馬くんが不思議そうな顔をして私に言った。
「沙也音ちゃん…本当に俺たちのライブ観るの初めて?絶対に違うよね?」
「え?」
「1回ライブ観てそこまで感想が出る?」
「!!」
「ねぇ、何か隠してるよね?絶対!」
音馬くんに言われるまで、自分が何を発言したのか意識していなかった。
ただ、素直な気持ちを伝えたつもりだったけれど、よくよく考えればあの言葉はおかしい。
「昔から」とか「何度助けられたか」とか。そんなの、何度も足を運んだ人間にしか出てこない言葉だ。どう考えても…。
どうしよう、これは最大のピンチなのでは?!と心の中であたふたしていると、側にいた涼介くんが口を開いた。
「沙也音ちゃん、そういえば聞かせてくれる?」
「え?」
「迷子になった話。ね?」
「あ…でも、多分これは皆さんに信じてもらえる話じゃないっていうか…
きっともっと私を疑いの目で見るようになってしまいます…」
「…それは聞いてみないと分からないじゃん。大丈夫、話して?」
「涼介くん…」
涼介くんはそう言って、小さく微笑んだ。
そういえば、今日の打ち上げで聞かせて欲しいって言われていたんだった。
だけど、いざ自分の話をしようとすると言葉が詰まる。どうせ信じてもらえない。私だってまだパニック状態なのに、こんな漫画みたいな話…。
そう思って俯いていると、春翔くんにも「大丈夫だから」と言われ、もう一度涼介くんを見ると、彼は静かにコクリと頷いた。
…もし疑いの目を向けられたなら、もう二度と会わなければいい。私はそう自分に言い聞かせて、自分の身に起きた話を始めた。
本当は2025年を生きていたこと。会社員として働いていたこと。そして、あの屋敷のこと。
Lumiyのことは話すわけにはいかなかったけれど、今置かれている状況については全て語った。
すると、予想通り彼らはぽかんと口を開けていた。
分かってはいたけれど、この事実を話してしまった以上、出会った日が別れの日になってしまう。そう思うと、目頭がじんわりと熱くなった。
自分で話すと決めたんだ。奇跡のような体験が出来ただけでも感謝しなくちゃ。
そう思いながら私はスッと立ち上がり、震える手をギュッと握りしめて深く頭を下げた。
「今日はありがとうございました!そして、こんな場所まで一緒にのこのこ付いてきてごめんなさい!
…今日のこの出会いはずっと忘れません。本当に、素敵な経験をさせてくれてありがとうございました!
今日のここの御代、必ず返しに来ますから。…失礼します!」
「えっ?!」
これ以上この場所にいると、涙が溢れてしまう。
そう感じた私は頭を下げたまま皆に「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝え、個室の扉を開けて急いで靴を履き、お店を飛び出した。
…お金、どうにかして稼がなきゃ。
だけど、身分証もないし、こんな私を雇ってくれるところなんてあるんだろうか?
そんなことを考えながら、知らない景色の中をトボトボと歩いた。
見上げた空には星たちが輝いていて、東京の空もこんなふうに綺麗に見える瞬間があるんだ。
そう思った途端、一筋の涙が頬を伝った―…。




