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透明な貴方  作者: ねこまんまときみどりのことり


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1/3

前編

 一度投稿した前編を間違って削除してしまいました。見ていただいた方、すみません。

『トランスペアレント』

 物理的に光を通す「透明な」という意味。

比喩的に「隠し事のない」「明確な」という意味でも使われる。



◇◇◇

 政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。


 私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。

 ククルス公爵家の一人娘。


 父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。


 私は次期公爵として、幼い頃から厳しい教育を受け続けていた。家庭教師(ガヴァネス)から知識を、父方の祖母である前公爵夫人からは礼儀作法を。


 使用人は全員父と祖母の味方。

 祖父とはずっと別居状態らしい。


 泣いても落ち込んでも、誰も同情してくれない。

 それはもう、幼い時に理解できた事実。


「あいつは俺のことを下らないと言ったんだ。もっと早く酷い女だと分かっていたら、結婚なんてしなかったのに……」

「過ぎたことは言わないの。良い時間もあったのでしょう?」

「それは、そうだけど。でも、干渉や束縛が酷かったんだ。こっちは神経をすり減らして働いていたのに……」



 たまに一緒になる父と祖母と三人での夕食。話の内容は未だに母への不満。宰相の下で働く父は重圧があるのだそう。


 誰も止める者はいないから、私は音楽のようにその不満を聞き流す。母のことは殆んど記憶にないから、特に辛くもない。


 最後の決まり文句を祖母が言って終わり。


「貴女は勤勉に励みなさい。我が公爵家を継ぐのだから」

「はい、お祖母様。公爵家の為に精進致します」


 それだけ言っておけば、納得してくれる祖母。

 その正解が分かるまでは何度も失敗したけれど、今は怒られたりしないわ。


「父親のように怒りに任せてはいけないよ」

「お前はまだ子供なのだから、我が儘を言う立場にはないの。生意気なことを喋ってはいけないわ!」

「正しいと思うことでも、一呼吸置いてから口に出しなさい。お前の意見は公爵令嬢としての、権力が絡むことになるの。何気ない一言が威圧になるのよ」



 私が納得する答えをしないと、こんこんと説明が続いていく。

 他人には慈悲深げな顔と折り目正しい作法で、非の打ち所がない人なのに。私には厳しい。

 父は祖母の言動には何も口を出さない。けれど邸で笑っている顔も見たことがなかった。


 そんな祖母達と暮らすうちに、私の心も凪いだものになっていた。

 与えられたことを受け入れ、坦々と日々を過ごす。

 そうすれば怒られることもない。


 庭に植えられた花でさえも、蝶々が戯れて楽しそうなのに。この邸には春がないように思えた。



◇◇◇

 ある日祖母の機嫌を損ねたのか、開かずの扉と呼ばれる部屋に入れられた。外出先で嫌なことがあったようで、いつもの受け答えをして不興を買ってしまった。


「いつも同じことばかりね。それで良いと思っているの?」


 とうとう、そう言われてしまった。


 けれど目が慣れてくると、月明かりで周囲が見えてくる。

 年代物の並べられた部屋は、暗くはあったが美術館のようにきちんと整頓されていた。

 普段は鍵がかかっていて、決められた者しか掃除にも入れない部屋なのだ。


 人形、花瓶、刀、額に入った絵画、外国のコイン、指輪やネックレスの宝飾品、年代物のドレスの数々がトルソーにかかっている。 


 暗闇だけど、不思議と怖いとは思わなかった。

 そして何故か、人間の声までする。



「貴方はどうしてここに? 泥棒でもなさそうだけど」


 マントを付けた若い男性は、私の声に首をキョロキョロさせた。


「もしかして、俺に言ってるの? 見えてるってこと?」

「? 見えているから、貴方に話しかけているのよ。誰よ、貴方?」


 驚いたと思ったら、途端に微笑んだ男性。

 桃色の長い髪に橙の二重の瞳は、彫りの深い美形の顔にとても合っている。


「俺はお前の爺ちゃんだよ。よろしくな、マーシャ!」

「爺、ちゃん? 私の祖父だと言うの? ふざけるのもたいがいになさいな。どう見ても20代じゃないの!」


「いや~、これには訳があってさ。お前と一緒に暮らしている婆ちゃんに、閉じ込められたんだよ。この鳥のぬいぐるみにさ。だから体の方は、きっと死んでるんじゃないかな? たはぁ~」

「ちょっと、待って。祖母が閉じ込めたですって? どうやって?」


「ん~、何かの呪術らしいよ。人形に入れられる時に言ってた。不思議なこともあるもんだな?」

「何でそんなに他人事なの? 悲しくないの?」


「最初は辛かったけど、何か馴れちゃって。極た~まに家令が掃除? 点検? にくるんだけど、寒気がするってすぐ出ていくんだよ。『この部屋、何かいる』って蒼い顔してさ。ハハッ」



 これって、幽霊なのかしら?

 明るさしかないわね。


「それより何でここに居るんだ。お前はこの写真の姿より成長しているから、びっくりしたぞ」


「え、写真があるの?」


「おお、あるぞ。これこれ、可愛いな」


 箱をごそごそして、小さな額に入った写真を引っ張り出す自称祖父。

「わぁ、小さいなぁ。たぶん、これ私だわ。記憶にないけど」


 笑ってる。写真の私、笑ってるわ。


「大丈夫か? 何か悲しいことでもあったのか?」


 おろおろする自称祖父は、泣いている私にハンカチを差し出してきた。

「たぶん汚れてない綺麗なやつだ。使うといい」

「……うん、ありがとう」



 ここには時々家令以外にも、祖母が愚痴を言いに来るそうだ。掃除も兼ねて。

 私の知らないことばかりだ。


 それに体がなくても、物が持てる自称祖父っていったい?

 ポルターガイスト現象と言うやつだろうか?


 何だか衝撃が強くてドキドキする。いつも変わらない毎日で、嬉しいことも苦しいことも感じなかったのに。


 祖父かどうかも分からない、幽霊みたいな人に慰められている異常事態。


 でも……何だか肩の力が抜けて、楽になってる。


 気分の良くなった私は、閉じ込められた時間を彼と話し過ごした。





◇◇◇

「あらまぁ。寝ているなんて、物怖じしない子だね。誰に似たのやら。まあ、あの子に似ているのは確かだろうけどね」


 ドアの開く音で一瞬覚醒したが、またうとうとしてしまう私。

 祖母にしっかりと抱えられて、その部屋を後にする。

 7歳になった私は結構重いのに。


 この時の祖母はとても優しくて、温かい声色で話をしてくれていた。

(いつもこうだと良いのになぁ)


 そして誰もいない深夜に、私の部屋へと戻されたのだ。




◇◇◇

 また変わらない日々が暫く続き、父が邸に戻って来た。

 そして「愛人が妊娠した。今度こそ温かい家庭が持てると思う」そう祖母に報告していた。見たこともない笑顔で。


(ああ。この人も笑えるんだ。この邸が嫌なだけだったのかしら?)

 そう考えなら何気なく父の方を見ると、訝しげな顔をされてしまう。


「ブレンダと結婚したら、本当はお前なんかもういらないんだ。精々優秀になれるように学んで、家政や執務を手伝えるように頑張るんだな。そうなれば、お情けで置いてやるから。クハハッ」

「…………」


 いくら別れた母が嫌いでも、娘の私にまで追い出す宣言をしてくるとは。まだ結婚前だと言うのに。でも妊娠しているなら、そう言うことなのかな?


 祖母は暫く俯き、無言で考え事をしているようだ。

 そして…………。

「結婚は、身元調査をしてからになさい。他に付き合っている男がいないかだけでもね。それでクリアなら、反対しないわ」


「他の男なんている訳ない。でもまあ、一応公爵夫人になるんだから、調査はしよう。じゃあ……俺は忙しいから、母上が手配してくれないか?」


「良いですよ。でも調査が終わるまでは、籍を入れないようになさい。もしかしたら、他に良いと思う娘が出てくるかもしれないでしょ?」


「そうだね。じゃあ、よろしく」


 

 父は私に冷たい言葉を投げつけて、夕食を摂った後自室に戻って行った。

 私は父の態度に僅かに心が揺れたが、そこまで嫌われていたのだと改めて受け入れた。


 そんな私に対して祖母が言葉をかけてくれた。

「顔をお上げなさい、マーシャ。貴女こそが公爵家の血筋なのだから。貴女がこの家を継ぐのよ」


 祖母に言われた言葉に疑問が生じた。

 だって父は、後妻になる人の子を跡継ぎにすると言ったのに。


「大きな声を出してごめんなさい。でも時が来れば分かることよ」


 いつもより優しい祖母の言葉が、偽りじゃなく本心のように心に響いた。




◇◇◇

 私の(ケリー)は王妹で、(ダントス)は前王弟である祖父の息子だ。血の近い従姉弟(いとこ)に当たる。

 二人の結婚は、母からの告白で始まったらしかった。


 父が一人っ子なのは、祖父の体が弱かったせいだと聞いたことがある。病気の治療の為に魔棟にいることを、祖母と母が話しているのを偶然聞いたのだ。


 母は父の出勤している時に、たまたま公爵邸に現れているようだったが、私には顔を合わせずに帰っていた。


 図書室に行く廊下の通りすがりに、応接室で話す二人の話し声から祖父のことと、私の話題が出ていたのだ。


 祖父の治療法がまだ見つかっていないことと、(マーシャ)は元気にしているかの確認を。

 本当は会いたいけれど、会えば連れ去ってしまいたくなるからと泣いている声が。


 その当時5歳だった私は、出来るならば母に連れて行って欲しかった。だってここにいるのは、とても寂しいから。


 でも同時に泣いている母の様子で、それは無理なのだと思った。大人の事情は子供には分からないながらも。


 部屋に戻って泣いて泣いて、それからは母のことを考えないようにしたのだった。




◇◇◇

 父の愛人のブレンダの調査報告書が届いた。彼女は父とは別に付き合っている人がいるようだ。


「嘘だ、こんなもの。彼女が気に入らなくて、母上が改竄したのだろう? 俺は彼女を愛しているんだ」


「じゃあ、貴女が調査を依頼なさい。そうすれば納得出来るでしょう?」


 静かで圧し殺した声が夕げの場に響く。

 食事の途中で席を立つ父は、「こんなものは信じない。自分で再度調査をする」と、怒りを滲ませて去って行った。


 嘆息する祖母に声をかけられず、ただ俯いて食事を続けるしかなかった。


 私は祖母が嘘をつくように思えない。

 厳しいけれど、正しく導いてくれていると感じるから。





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