第9話:村人の怪我と癒し
マークバラードの朝は、いつになく騒がしかった。
小屋の窓から外を見ると、村の広場に人々が集まり、ざわめきが聞こえてくる。
普段の静かな村とは違う、どこか緊迫した空気だ。
私は急いでドレスを整え、アイテムボックスから簡単な応急処置の道具を取り出した。
エルルゥが剣を手に、すでにドアの前で待っていた。
「エレナ様、何かあったようですな。ワタクシ、先に様子を見てきます」
「待って、エルルゥ! 一緒に行くよ。シルビアも、来て!」
シルビアが寝ぼけ眼でローブを羽織りながら、「うわ、朝から何!?」と慌ててついてきた。
三人で広場に向かうと、村人たちが輪になって立っている。
その中心には、村長のガルドと、泣きじゃくる女の人がいた。
彼女の腕には、10歳くらいの男の子がぐったりと抱えられている。
足から血が流れ、顔は真っ青だ。
「エレナ様! お願いだ、トムを助けてくれ! 森で木を切ってたら、岩に足を挟まれて……!」
女の人――トムの母親らしい――が涙ながらに叫んだ。
私は胸が締め付けられる思いだった。
こんな小さな村で、怪我は命に関わる。
前世の知識では、応急処置だけじゃ足りないかもしれない。
でも、私には時空魔法がある。
「トムの足、どのくらい前?」
「ついさっきだよ! 急いで運んできたんだ!」
ガルドの声に、私は頷いた。
時空魔法なら、怪我の時間を少し巻き戻せるかもしれない。
危険だけど、試す価値はある。
「エレナ様、魔力の負担は相当です! 無茶は――」
エルルゥの制止を振り切り、私はトムのそばに跪いた。
シルビアが「エレナ、無理しないでよ!」と心配そうに言うけど、私は目を閉じ、魔法の力を呼び起こした。
手のひらに青白い光が集まり、トムの足を包み込む。
意識を集中し、彼の足の時間をほんの数分巻き戻す。
岩に挟まれる前の状態に――。
光が強くなり、トムの足の傷がみるみる塞がっていく。
血が止まり、青ざめた顔に少しずつ色が戻った。
村人たちが「おお!」と声を上げ、母親が「トム! トム!」と叫びながら彼を抱きしめた。
でも、その瞬間、私の頭に鋭い痛みが走り、視界がぐらりと揺れた。
「エレナ様!」
エルルゥが素早く私を支え、シルビアが慌てて駆け寄る。
私は膝をつき、息を切らしながら笑った。
「大丈夫……トム、助かったよね?」
トムが目をパチパチさせ、母親の腕の中で「ママ、痛くなくなった!」
と言った。
その声に、村人たちがどよめき、ガルドが目を潤ませて私の手を取った。
「エレナ様、まるで聖女だ! こんな奇跡、見たことねえ!」
「聖女だなんて、ただの魔法だよ……でも、よかった」
私は力なく笑ったけど、体がふらつき、その場に倒れ込んだ。
エルルゥが「言わんこっちゃありません!」と叫びながら、私を小屋まで運んでくれた。
シルビアが風魔法で涼しい風を送り、額に冷たい布を当ててくれる。
「エレナ、ほんと無茶するんだから! でも、すごかったよ。トム、ほんとに元気になった!」
シルビアの声は、感動と心配が混ざっていた。
エルルゥはベッドのそばに立ち、厳しい顔で私を見下ろした。
「エレナ様、貴女の心は立派ですが、命を削るような真似は二度としないでください。ワタクシ、貴女を失うわけにはいきません」
「ごめん、エルルゥ……でも、トムが助かってよかった。村のみんなが笑顔でいてくれるなら、ちょっとくらい無茶してもいいよね?」
私は弱々しく笑った。
エルルゥはため息をつき、でもその目には温かさが宿っていた。
シルビアが「エレナ、ほんと変わってるね」と笑いながら、水を差し出してくれた。
その夜、村人たちが小屋に集まってきた。
トムの母親が、手作りのパンを抱えて涙ながらに礼を言う。
子供たちも「エレナ様、すごい!」と目を輝かせ、ガルドが「この村、エレナ様が来てから変わったよ」としみじみ言った。
私はベッドに寝たまま、みんなの笑顔を見ながら胸が熱くなった。
「みんな、ありがとう。でも、私一人じゃ何もできないよ。エルルゥとシルビアがいて、みんなが協力してくれるから、こうやって前に進めるんだ」
シルビアが照れたように頬を掻き、エルルゥが「ふむ、ワタクシは貴女の無茶を見張るだけです」と呟いた。
村人たちが笑い合い、トムが元気に「エレナ様、大きくなったら葡萄畑手伝う!」と言ってくれた。
夜が更け、村人たちが帰った後、私は窓から星空を見上げた。
時空魔法の負担は大きいけど、今日みたいに誰かを救えるなら、使った甲斐がある。
シルビアがそっと私の手を握り、囁いた。
「エレナ、クシナーダじゃ、魔法使いは怖がられるだけだった。でも、ここでは違うね。ありがとう」
「シルビア、君もこの村の一員だよ。これからも、一緒にマークバラードを盛り上げよう!」
エルルゥが「ワタクシも負けませんよ」と言いながら、剣を磨く音が静かに響いた。
葡萄畑、燻製魚、そして村人たちの笑顔――この村は、私の夢の色でどんどん染まっていく。
聖女だなんて大げさだけど、みんなの希望になれるなら、私はもっと頑張れる気がした。




