第7話:川での釣り
マークバラードの朝は、今日も清々しい。
丘の畑では、カベルネ、シャルドネ、山葡萄の苗が少しずつ育ち、緑の葉が朝日を浴びてキラキラと輝いている。
小屋の窓からその光景を眺めながら、私は新しいアイデアに胸を躍らせていた。
葡萄畑の世話も大事だけど、村人たちとの絆をさらに深めるには、もっと楽しいことをみんなで共有したい。
そんなことを考えていると、シルビアが眠そうな目をこすりながら小屋のテーブルにやってきた。
「おはよう、エレナ。朝からそんなニヤニヤして、何企んでるの?」
シルビアの栗色の髪は、寝ぐせで少し跳ねている。
彼女のローブは昨日より少し埃が取れて、村での生活に慣れてきたようだ。
エルルゥはすでに朝食の準備を終え、スープを配りながらいつもの鋭い視線を私に向けた。
「エレナ様、また無謀な計画でしょう? ワタクシ、貴女の体力が心配です」
「ふふ、今日は無謀じゃないよ! 村のみんなと一緒に、川で釣りをするんだ! 魚を捕って、アイテムボックスで保存して、村の食卓を豊かにする計画!」
シルビアがスプーンを止めて、興味津々な目で私を見た。
「釣り? 面白そう! 私、風魔法で魚を寄せられるかもしれないよ」
「シルビア、ナイスアイデア! エルルゥも一緒に来てよね。剣で魚を捕まえるなんて、できないよね?」
私はわざとからかうように言った。
エルルゥは眉をピクリと動かし、鼻を鳴らした。
「ふむ、ワタクシの剣は魚ごときには不要です。ですが、エレナ様の無茶な行動を見張るため、お供いたします」
「やった! じゃあ、さっそく準備しよう!」
私はアイテムボックスから釣り竿と網、麻の袋を取り出した。
シルビアが「へえ、なんでも出てくるんだね」と感心する中、エルルゥは「貴女のアイテムボックス、底なしですな」と半ば呆れたように呟いた。
村の近くを流れる川は、透き通った水がキラキラと光り、岩の間を縫うように流れている。
シャンティーの森から流れ込むこの川は、魚が豊富だと村長のガルドから聞いていた。
私、シルビア、エルルゥの三人は、川岸に立って準備を始めた。
村の子供たちも興味津々に集まってきて、「魚、捕れるの?」と目を輝かせている。
「よし、みんな! 今日、釣りを覚えて、美味しい魚を捕まえよう!」
私が元気に声をかけると、子供たちが「やったー!」と飛び跳ねた。
シルビアが風魔法で軽く風を起こし、川面に小さな波を立てる。
すると、水面下でキラリと光る魚の影が見えた。
「シルビア、すごい! 魚が寄ってきた!」
「へへ、風魔法の応用だよ。エレナ、竿を投げてみて!」
私は釣り竿を握り、教えられた通りに糸を投げた。
前世では釣りなんてしたことなかったけど、子供たちの期待の目に見守られて、なんだか楽しくなってきた。
エルルゥは川岸に立ち、子供たちに竿の持ち方を教えながら、時折私をチラ見して「無茶は禁物ですよ」と釘を刺す。
「エルルゥ、安心して! 釣りくらい、魔力使わないから大丈夫だよ!」
私が笑いながら言うと、突然、竿にググッと重みが! 引き上げると、銀色に輝く中型の魚がバタバタと跳ねていた。
子供たちが「わあ、捕れた!」と大騒ぎ。
シルビアが風魔法で魚を網に誘導し、簡単に捕まえた。
「エレナ、ナイス! この魚、焼いたら美味しそう!」
シルビアが笑顔で言うと、子供たちも自分たちの竿で真似し始めた。
私はアイテムボックスに魚を収納し、どんどん捕まえる。
シルビアの風魔法のおかげで、魚が次々と寄ってくるから、子供たちもすぐにコツを掴んだみたいだ。
「シルビア、君の魔法、ほんと便利! これで村の食卓が賑やかになるね!」
「ふふ、こんなの簡単だよ。クシナーダじゃ、風魔法で魚を捕るなんて日常茶飯事だったから」
シルビアの言葉に、私は少しだけ引っかかるものを感じた。
クシナーダ。
彼女の故郷の話は、いつもどこか曖昧で、深い部分には触れられない雰囲気がある。
エルルゥもそれを察したのか、シルビアをチラリと見て、剣の柄に手を置いた。
「シルビア殿、クシナーダの話、興味深いですな。いずれ詳しく聞かせていただきましょう」
エルルゥの声は穏やかだけど、どこか探るような響きがあった。
シルビアは少しバツが悪そうに笑い、「まあ、そのうちね」と誤魔化した。
夕方までに、私たちは山ほどの魚を捕まえた。
アイテムボックスにぎっしり詰まった魚を見て、子供たちが「こんなに!?」と驚いている。
私は笑顔でガルドに報告しに行った。
「ガルドさん、今日の釣りの成果! 村のみんなで分けて、美味しい魚料理にしよう!」
「エレナ様、こりゃすごい! こんなに魚、久しぶりに見たよ。子供たちも楽しそうだったな」
ガルドの皺だらけの顔が、珍しく柔らかく笑った。
私はアイテムボックスから魚を出し、村人たちに配り始めた。
子供たちは「焼き魚!」「スープ!」と騒ぎながら、母親たちに魚を渡していく。
その光景を見ながら、私の胸は熱くなった。
この村が、こうやって少しずつ賑やかになっていくのが、たまらなく嬉しい。
夜、小屋に戻った私たちは、シルビアが風魔法で火を調整して焼いた魚を食べた。
シンプルな塩焼きだけど、川魚の素朴な甘さが口いっぱいに広がる。
エルルゥが「ふむ、悪くない味ですな」と珍しく褒め、シルビアも「クシナーダの川魚より美味しいかも」と笑った。
「シルビア、今日の風魔法、ほんと助かったよ。これからも畑や村のことで、たくさん頼っちゃおうかな!」
私が言うと、シルビアは少し照れたように頬を掻いた。
「うん、エレナの夢、なんか楽しそうだから。私、ちゃんと力になるよ」
「エレナ様、シルビア殿、ワタクシも負けません。貴女たちの無謀な計画、しっかり見守りますよ」
エルルゥの言葉に、私たちは三人で笑い合った。
川の魚、村人たちの笑顔、シルビアの風魔法――マークバラードは、どんどん私の夢の色で染まっていく。
この村が、葡萄の香りと笑顔でいっぱいになる日が、きっと近い!




