表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飲んべぇ令嬢は時空魔法でワイナリーを運営します!  作者: 海老川ピコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話:前世の記憶と旅立ち

 王都の朝は、いつもと同じように静かで、どこか息苦しい。

 貴族の屋敷に生まれ育った私は、エレナ・フォン・リーデル、13歳。

 金色の髪を揺らし、窓辺でぼんやりと外を眺めるのが日課だ。

 外の世界は、馬車の音や市場の喧騒で賑わっているのに、この屋敷の中はまるで時間が止まったように退屈だ。

 刺繍、舞踏会、礼儀作法――そんなものに心が躍るはずもない。

 私の心は、もっと別の何かを求めている気がしていた。

 その朝も、いつものように窓辺で紅茶を傾けながら、ふと奇妙な感覚に襲われた。

 頭の奥で何かが弾けるような、でも温かくて懐かしい感覚。

 まるで鍵が開く音がしたかのように、記憶が溢れ出した。


「ワイン……?」


 口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。

 前世の記憶――そう、ワインに魅せられた前世の私が、突然この頭の中に蘇ってきたのだ。

 葡萄の香り、グラスに注がれる深紅の液体、舌の上で広がる複雑な味わい。

 あの人生では、ワインを愛し、作り、語り合うことに心を捧げていた。

 なのに、今の私はこの退屈な貴族生活に縛られているなんて!


「ふざけるなよ、こんな人生、冗談じゃない!」


 思わず声を上げてしまった。

 隣の部屋でメイドが何か落としたらしい音が聞こえたが、そんなの知ったことじゃない。

 私の心はもう決まっていた。

 このまま貴族の娘として、ドレスを着て微笑むだけの人生なんて送れない。

 ワインを、葡萄を、自分の手で作り上げる人生を歩みたい!

 その瞬間、胸の奥で何かが光った気がした。

 手のひらを広げると、そこには淡い青白い光が揺らめいていた。

 時空魔法――前世の知識と一緒に、この力も目覚めたのだ。

 さらに、意識を集中すると、目の前に小さな黒い穴が開き、物を飲み込むように消えた。

 アイテムボックス! これなら、どんな道具や材料でも持ち運べる。

 私の夢を叶えるための、完璧な道具だ。


「エレナ様、何を騒がしくしているのですか?」


 部屋のドアが開き、エルルゥが姿を現した。

 彼女は私の専属メイドであり、剣の達人でもある。

 黒い髪をきつく結い上げ、武装した姿はまるで騎士のようだ。

 彼女の「ワタクシ」という独特な一人称は、初めて会った時から少し笑いを誘うけど、その真剣な眼差しにはいつも心を掴まれる。


「エルルゥ、聞いて! 私、決めたの。この屋敷を出て、自分のワイナリーを作る!」


 エルルゥの眉がピクリと動いた。

 彼女は私の突飛な行動には慣れているはずなのに、今回はさすがに驚いたらしい。


「エレナ様、ワイナリー? 突然何です? それに、貴族の令嬢がそんな無謀な……」

「無謀じゃないよ! 前世の私が、ワインに人生を捧げてたの。思い出してしまったんだから、もう止まらない! エルルゥ、一緒に来てくれるよね?」


 エルルゥは一瞬黙り、鋭い目で私を見つめた。

 彼女の瞳は、まるで私の本気を見極めようとしているようだった。

 でも、すぐにその口元に小さく笑みが浮かんだ。


「ワタクシ、エルルゥ・クロウ、貴女のメイドとして、どこまでもお供いたします。ただし、エレナ様、道中はワタクシの剣に全てお任せを!」

「やった! ありがとう、エルルゥ!」


 私は思わず彼女に抱きついた。

 エルルゥは少し照れたように頬を赤らめ、「エレナ様、はしたない!」と小声で叱ったけど、その声には温かさが滲んでいた。

 その夜、私は父に直談判した。

 リーデル家の当主である父は、厳格で、貴族の名誉を何よりも重んじる人だ。

 私の提案を聞いて、案の定、彼の顔はみるみる曇っていった。


「エレナ、貴族の娘が商売など! そんな恥ずべき真似、許すわけにはいかん!」

「父様、恥ずかしいことじゃない! 私は自分の手で何かを作りたい。ワインは、ただの飲み物じゃない。土地の魂、人の情熱を閉じ込めた芸術なの!」


 父は目を細め、私をじっと見つめた。

 きっと、私の瞳に宿る本気を感じ取ったのだろう。

 長い沈黙の後、彼はため息をついた。


「……マークバラードの領地なら、好きに使って良い。あそこは荒れ果てた土地だ。失敗しても、リーデル家の名に傷はつかん。だが、エレナ、甘くはないぞ」

「ありがとう、父様! 絶対に成功させるから!」


 マークバラード――王国の辺境、荒れ地と貧しい村しかない場所。

 父の言葉は挑戦状のようなものだ。

 でも、私の胸は高鳴っていた。

 そこなら、ゼロから自分の夢を築ける。

 葡萄畑を、ワイナリーを、私の手で!

 翌朝、私は最小限の荷物だけをアイテムボックスに詰め込んだ。

 ドレスや宝石なんて必要ない。

 必要なのは、葡萄の苗、農具、そして私の情熱だ。

 エルルゥはいつもの武装メイドの姿で、私の後ろに立っていた。

 彼女の腰には剣が光り、どんな危険が待っていても守ってくれるという安心感があった。


「エレナ様、準備はよろしいですか?」

「うん、完璧! さあ、マークバラードへ行こう!」


 馬車に揺られながら、王都を後にする。

 窓の外には、華やかな街並みが遠ざかっていく。

 貴族の生活、退屈な日々――全部、置いてきた。

 あの記憶が蘇ってから、私の心は自由になった。

 ワインの香りが、葡萄の葉が揺れる音が、私を呼んでいる。


「エルルゥ、マークバラードってどんなところかな?」

「ワタクシも詳しくは存じませんが、聞くところによると、荒れた土地と貧しい村人たちが住む場所とか。エレナ様の夢には、少々厳しい環境かと」

「ふふ、厳しい方が燃えるよ。だって、ワインってそういうものだもの。過酷な土地でこそ、最高の葡萄が生まれるんだから」


 エルルゥは私の言葉に小さく笑った。

 彼女の笑顔は、まるで私の無謀さを応援しているようだった。

 数日後、私たちはマークバラードに到着した。

 馬車を降りた瞬間、目の前に広がるのは、想像以上に荒涼とした風景だった。

 風が土埃を巻き上げ、遠くには痩せた丘陵が連なっている。

 一応、麦の葉が揺れているとはいえ、それ以外にはほとんど何もない。

 村は小さく、木造の家々がまばらに点在していた。

 父が言った通り、ここはまさに「何もない」場所だ。


「エレナ様、ここで本当にワイナリーを?」


 エルルゥの声には、ほんの少しの不安が混じっていた。

 でも、私は笑顔で振り返った。


「うん、ここでいい。いや、ここが最高! この土地を、葡萄で、ワインで、輝かせてみせるよ!」


 私の胸には、前世の知識と時空魔法、そしてエルルゥという最高の相棒がある。

 この荒れ地が、私の夢の第一歩になる。

 葡萄の苗を植え、土を耕し、いつかこの地に最高のワインを生み出してみせる――そう、心に誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ