第9話「世界を救う課(後編)」
第9話「世界を救う課(後編)」
○応接室
応接室に入ると、オーケー新聞(王国経済新聞)が豪華な革張りの肘掛け椅子に座っていた。いや、新聞を目の前に広げて読んでいる男が座っていた。
俺は勝手に男の座っている反対側の肘掛け椅子に座ると、足をテーブルの上に投げ出した。
男は読んでいた新聞をたたんで脇に置くと、俺を一瞥して言った。
「私が大臣だ」
背の小さな男だ。陰鬱な表情をしたせむし男という風情だ。大臣と言えば、でっぷりと太って黄金色のお菓子が大好物という万年守銭奴のような奴かと思ったが、こいつは神経質な中間管理職タイプだ。横柄なデブも嫌いだが、融通の利かない石頭も大嫌いである。
そんなことを考えていると、大臣が不機嫌そうに目の前に置かれた足を見ていたが、何も言わず、テーブルの脇に置かれた鞄から資料の束を取り出した。
そのなかの1枚と俺の顔を交互に見比べて言った。
「お前が勇者か」
「俺は勇者だ」
俺はうなずいた。
「王国南部のサビーナ村出身、最終学歴、王国歴596年勇者専門学校卒業、現在無職。年齢27歳。間違い無いか」
「無職・・・。前はね・・・ははは」なんとも嫌な気分だ。
「そうか」
大臣は背広のポケットから万年筆を取り出し、何やら資料に書き込みを入れている。
上目遣いに資料を覗いてやると、そこには勇者のプロフィールが書かれているようだった。備考のところに大臣は『将来性なし』と書いた。なかなかの先制攻撃に顔をひくつかせていると、俺の顔をじろりと見て言った。
「勇者のくせにずいぶん、歳がいってるな。いままで何をやっていたんだ」
「ああ、まぁ東へ西へブラブラと・・・。あしたはあしたの風が吹く。人生風まかせって所だな」
大臣は何も言わずに、さきほどの備考の所に『風来坊、品性下劣』と書いた。
それから大臣は、現住所(住所不定。勇者に住所が必要なのか)、犯罪歴(少なくとも捕まったことはない)、身体的障害の有無(五体満足だ)、既往症の有無(大病はしていない、二日酔いだけだ)、精神疾患の有無(特にない。ただし大臣はずいぶん疑った)などを質問してきた。
俺は質問に答えながら、資料に書き込まれる文字をながめてぼうとしていた。
大臣は俺の視線に気づいたのか、急に資料を裏返して言った。
「こちらの方ではもう聞くこともない。ではそちらから何か質問は」
「ああ、そうだな。えっちなシーンはあるのかな」
「えっち?」大臣は肘掛け椅子からずり落ちそうになりながら言った。
「このゲームは18禁かと、聞いているんだ」
「ななな、何を言っているのだ貴様は。卑猥なシーンなどあるものか。これはコンシューマー向けの健全なRPGだ」
「ちっ」俺は舌打ちした。
古来の伝承に聞く。むかしは、出てくるキャラクターとねんごろになれた、とか。さきほどの生意気な受付嬢にも勇者様の威厳? を見せつけてやったものを。残念だ。
「つまんねぇなぁ、じゃあ、セクシーブロンド美女軍団とか半裸のアマゾネスとか出てくるの?」
俺は手をわしわし動かし力説した。
「馬鹿者。そういう昔のエロゲーの主人公みたいな動きはやめろ」
ネタが分かっているんじゃねぇか。このむっつりスケベめ。まぁいいや。
「それじゃあさぁ、歩くのタルいから最新鋭飛行船とか用意してよ。レーザーが飛び出す奴とか、列車砲でもいいぜ、魔王の城ごと一撃粉砕だ」
「そんな物あるわけないだろう。お前などロバで十分だ」
「いや、俺、そっち方面は興味ないから・・・。なんか引くわ」
大臣は額に青筋を浮かべていたが、急にどうでもいい、という感じで資料をテーブルの上に投げ出し言った。
「もういい。お前の後ろに宝箱がある。なかに100Gと何か適当に入っている。それを持ってさっさと旅立て」
「はぁ?」
それだけか。何か今からこう壮大な物語が始まります的なモノがあってもいいんじゃないのか。血だるまの兵士が飛び込んできて、世界の運命がどうとかいう・・・。
「・・・」大臣はいぶかしげに俺を見つめている。
「いや、ええと。話がぜんぜん見えないんだけど。俺は何をすんの」
大臣は馬鹿を見る目を俺に向けた。
「RPGなんだから魔王を倒すに決まっているだろう」
「いや、だから一体、誰が世界を狙っているの」
「誰がなんて、そんなに重要な事かね」
大臣はそっけなく答えた。
「重要に決まっている。具体的に誰かが世界を狙っているから俺が呼ばれたのだろう」
「いや、別に」
「別にぃ? じゃあ、なんで私が呼ばれたのだ」
「魔王が世界を狙っているからだ」
「・・・・・・」
どうも話が堂々巡りをしている。こいつは脳障害だろうか。頭の上に、?マークを3つばかり浮かべていると、大臣は分かっていない、という表情を見せた。
「この世界は『常に』に滅びに瀕しておるのだ。狙われいないRPG世界などに何の意味がある。たんなるファンタジー風の環境ソフトではないか」
「まぁ、たしかにそうだが」
「しかし奴らが実際にこちらに攻めてくることはない。お前は冒険中、魔王やら破壊神やらが軍勢を率いて侵略している姿を見たことがあるか」
「ないな・・・」
「やつらが自ら動く事があり得ないのだ。なぜなら・・・それはお前のせいだ」
「俺の?」アホのような顔をして聞き返した。
「じゃあ、聞くがお前が運良く魔王を倒したとしよう。その時、王都がモンスターに攻め落とされていたらどうする」
「どうするって・・・そんなこと考えたことがない」
「当たり前だ。お前はこの世界で遊ばれている存在にすぎない。いや、遊んでいるのか。失敬。勇者がいなければ、ゲームが永遠に終わらん。終わりなき世界を彷徨う存在、それがお前だ。エンディングのないRPGなど存在しないのだ」
「うーむ・・・」
「それに限らず、他の町や村がモンスターに襲われる心配も無い。少なくともお前がこの世界にいる間はな」
「なぜだ?」
「他の町や村が攻め落とされたら、最終地点まで無補給で行かなければならない。さらに装備もほぼ初期状態で最後の敵に挑むことになる。お前はそれで勝てるのか。無理だな。いにしえのユーザーの中には竹槍一本で竜の王に立ち向かって行った猛者どもが居たが、お前には無理だろう。やれLvアップのバランスが悪いだの物語の謎が難解だのダンジョンが複雑だのすぐにゲームを投げ出してしまう。バランスが悪いのはお前の頭のほうだ」
大臣は興奮して俺の顔につばを飛ばしまくっている。
「お、俺に言われても困るが、まぁ俺も人ごとではない気がするな。まぁ落ち着け」
俺は大臣をなだめながら言った。
「いや、取り乱してすまん。とりあえずこの世界がどうにかなる、という心配は全くない、それがこの世界のお約束だ」
のっけから、俺の『英雄伝説』を根幹から否定する事実を聞かされてしまった気がする。まぁ俺は世界がどうなろうとはじめから気にしていないし、問題ないが。
「そんじゃ、具体的に何から手を付ければいいんだ、ヒントだけでもくれ」
「うむ。そんなに難しいことではない。いわゆる普通のRPGの行動を取っていればよい。まず適当に近くの町や村を目指して歩いて行く。そうすれば道中、よからぬことを企てている輩の噂がいやでも耳に入ってくる。そいつの居場所を特定して、不意打ちでも何でもいい一方的に抹殺するのだ。それがお前の仕事だ。敵は実際に悪いことをしていなくてもよいぞ。噂の段階で十分だ。だいたい本気で世界を狙っている輩など最初から存在しないのだしな」
「これは・・・」思ったよりひどい設定だ。俺はためいきを吐いた。なんという夢の無い話だろう。勇者の仕事とは、国内をパトロールしてたまたま見つけた不埒モノをぶち殺すだけなんだろうか・・・。ようするに勇者とは意地の悪い憲兵みたいなもんだ。これがRPGの本当の姿か。平時に乱を起こしているのはこちらの方だ。しかし本当に何事も起こっていないのか。
「ああ、でも、最近ずいぶんモンスターが増えている、という話じゃないか。俺も王都に来るまでけっこう危ない目にあった。何者かが世界を征服しようとしている予兆なのではないのか」
「これだから田舎者は・・・」
大臣はいやみな微笑をたたえた。
「RPGの世界にモンスターが出てこなくてどうするんだ。あれらはほとんど、国家が魔界より召喚しておる」
「なんだと。街道やダンジョンで出会うモンスターはお前らの仕業だったのか」
「すべてではないが・・・」大臣は言いよどんだ。そして開き直っていった。
「自然発生するモンスターは無頼の冒険者どもに狩られ放題、減少の一途を辿っておる。いざ、魔王だの親玉級の敵が現れた時には勇者がレベルアップするモンスターを残す必要がある。さらに有象無象の冒険者風情が現れる。だから、こちらでそれを補っているのだ。だいたいヘンだとは思わないのか、RPGが開始されて以来、旅先で出会うモンスターは主人公の成長に合わせるように強さを調節されている。そこに人為的なものを感じないのか。自然発生の状態でそんな都度よくLvアップできるわけないだろ」
「モンスターの親玉を倒すためにモンスターを召喚しているのか。何か矛盾しているな。俺はかまわんが。国民が黙っていないだろう」
「お前は本当に馬鹿だな。街の施設を見てみろ。武器屋に道具屋に魔法屋にその他の施設諸々・・・、みんなモンスターを退治する商品を売るために成り立っておる。モンスターが居なくなったら王国の産業は壊滅だ。税金も入ってこない。それは国家の滅亡を意味する。モンスターは居てくれなければならんのだ。そんな事も分からないのか」
「ぬぬぬ・・・」
「モンスターを召喚する費用も馬鹿にならん。よく、型が同じで色違いのモンスターがいるだろう」
「ああ・・・」俺はあきれて答えた。
「あれはすべて養殖だ。オリジナルのモンスターを何匹か召喚してそれを養殖しておるのだ。育った環境が違うから微妙に強さに差が生まれて好都合。時には人間の手で毒を身体に塗られるモンスターもおる。低予算でできる苦労だな。お前ら勇者はそんな苦労も知らずにのうのうと経験値稼ぎをしおって・・・」
大臣は身を乗り出して俺の首を絞めた。
「むぐぐぐ、苦しい」
俺は、首に取り付いていた大臣を振り払い、息を弾ませながらいった。
「はぁはぁ・・・。知ったことか。お前らだって裏でちゃっかり儲けているんじゃねぇか。勝手にスライムでもドラゴンでも召喚してやがれ。俺様が全部根絶やしにしてやる。目をくりぬいて串刺しにして食ってやる。俺は勇者だ。何をやっても許される。ざまぁみろ。ぎゃはははは」
大臣は肘掛け椅子とテーブルの間にぶっ倒れていたが、顔をあげて叫んだ。
「馬鹿。そんな真似をしてみろ、大変なことになるぞ。やめろ、やめろ」
「知るか、ボケっ」
俺は応接室の入り口近くに置いてあった宝箱を蹴飛ばして、中から出てきた金貨の詰まった麻袋と散らばっている薬草やたいまつを掴んだ。
ん?
その中のひとつに分厚い本があった。俺はタイトルを読んでカチンと来た。
「こんな自作自演に付き合ってられるか」
俺は手にした『モンスター手帳』を大臣に投げつけると勢いよく応接室の扉をしめ、受付に出て行った。応接室から勇者を呪う言葉が聞こえてきたが無視した。
受付を大股開きで歩いて行くと、さきほどの黒髪の受付嬢と目があった。
「じゃま、したな」
俺はそれだけ言い残して、『世界を救う課』を後にした。
「ご利用、ありがとうございました」
彼女は丁寧にお辞儀をした。