第7話つづき、第8話「世界を救う課(前編)」
つづき
その後、しばらく陶然としていた王様は、ようやく王としての責務を思い出し、詳しい状況などは別室で控えている大臣から聞くように、と言い残すと玉座へと戻っていった。
ああ・・・、この王様は本当にいい人だな。実は、RPGの王様というものは「行ってこい、殺ってこい、奪ってこい」的なノリを持つ体育会系の人物だと思っていた。おそらく、今までやったRPGが悪かったのだな。
しかし、王様というものは貴族の長だけあって、物腰の柔らかい鷹揚な人物が多いのかもしれない。これはたんまり恩賞を頂けそうだ。
さて、いよいよ本格的に(俺のための)伝説の幕が上がった。一体、これからどんなスペクタクルが待ち受けていることか。俺は浮かれたまま、前にいる兵士に話しかけた。
*兵士「武器は装備しないと効果がないぞ」
ば、馬鹿にしてるのか。いまどき子供でも知っているわ、そんなこと。つーか武器を袋に入れたまま戦う間抜けがどこの世界に居る。アホかキサマ。
嗚呼・・・、また兵士にいちいち突っ込みを入れてしまった。せっかくのよい気分が台無しである。憮然として赤絨毯の上を歩いていると、そこかしこから誰ぞやの視線がツンツンと頬を刺した。
むむっ。誰だ。
勇者様にガンをくれようというのか。
あらためて謁見の間を見渡すと、赤絨毯の脇に居並ぶ兵士どもが素知らぬ振りをして、ちらちらと横目で俺の様子を窺っているのが分かった。これは・・・。
ははん? 俺は思い当たった。こいつらゲームのフラグ〔王様への謁見済みが条件〕が解除されて、「鍵の事」やら「呪文の事」やら「戦闘の事」やらチュートリアルを言いたくてしようがないのだな。
俺は意地悪を思いついた。近くの兵士の前まで来ると、俺は「はなす」そぶりを見せて、素早くしゃがんで床を「しらべた」。
その兵士は言葉を発しそうになって、あわてて俺の口を両手で押さえた。うひょひょひょひょ。いい気味だ。話してなんてやるものか。お前ら全員、セリフ無しだ。
俺はその後、左右に居並ぶ兵士の前で同じネタを繰り返しつつ、歩いていった。(ある一人の兵士など引っかかって『セレクトボタンを・・・ああ!』と思わず口にしてしまった。間抜けめ、ステータス画面でも開くのか)
多少、憂さが晴れたものの、一抹の不安が脳裏をよぎった。そもそも俺はこのゲームの説明を何にも聞いていない。特殊な戦闘システムだったらどうしようか、敵を前にして為す術無くボコられる危険性があるのではないか。
しかし、今さら引き返して聞くことは出来ない。それは勇者のプライドを打ち砕く行為である。いささか困ったことになった。
俺は不条理な悩みを抱えつつ謁見の間を後にして大臣のいる部屋へ向かった。
一体、俺は何をしているのだろうか。
第8話「世界を救う課(前編)」
○受付
謁見の間をあとにして、城の内壁に沿った廊下をぶらぶら歩いていくと、『世界を救う関係の人はこちらに』という看板が天井からぶら下がっていた。俺はまさに世界を救う関係者なのでその看板に従って、『順路』を歩いて行った。
『順路』は城の東側一番奥の扉に続いていた。その扉には『世界を救う課』というプレートが掲げられていた。
「課?」謎である。俺は、何故か無性に癪に障りドアを拳で思いっきりぶっ叩いた。
「ばこんっ」
殴られた扉は軽薄なスチール板を震わせながら、何の手応えもなく開いた。俺はぶっきらぼうにその中に入った。そこには銀行の受付のような光景が広がっていた。
目の前に伸びるカウンターの上には揃いの制服を着た受付嬢たちが冷ややかな視線を送っている。
カウンターの反対側には長椅子が並べられていて老人や商人風の男たちが座っている。そいつらは、乱暴に扉を開けて入ってきた俺をわざと無視して各種金利を表示している電光掲示板を見つめたり、瓦版を読んだりしていた。瓦版の題目には『魔王現る!? 王様と魔王との意外な関係』という見出し踊っていた。
あたりはしんと静まりかえり、時間が止まったようだ。どうも場違いな所に来てしまった気がする。
「42番ノ番号札ヲ オ持チノオ客様 3番ノ窓口マデオ 越シクダサイ」
突然、無機質な声が響いた。カウンターの横に置かれた機械の画面に42の番号が表示している。
うつむいて何かの書類を見ていた商人風の男が反射的に立ち上がりカウンターの方に歩いていった。
俺は居心地の悪さを感じながら近くの窓口に近寄り、わざと横柄な態度でカウンターの上に肘をついた。
「あのさ、いますぐ大臣を呼んでくれる。勇者が来たって言えば、分かるから」
カウンターの向こうには黒髪に前髪パッツンの受付嬢が座っている。彼女は形のよい眉毛を少し釣り上げて答えた。
「分かりかねます。ご用のある方は、カウンター横にあります機械から番号札を取ってお待ちください。順番が来たら機械がお知らせします」
言葉遣いは丁寧だが、一切、感情がこもっていない事務的な口調だった。別に待ってもいいのだが、勇者と名乗る人物になんら反応を示さない、その態度が気に触った。
「なんだと! 勇者が来た、と言っているのに、事は緊急を要する」まぁ、全然緊急じゃ無いけどね。
「分かりかねます。番号札を持ってお待ちください」彼女は表情を変えず繰り返した。
「勇者である俺がいちいちパンピーと一緒に待っていられるかってぇの。俺は世界的危機を救うMVPであり、冒険的職業のVIPであり、国民的美少女なワケ。分かるだろ」
「分かりかねます。番号札を持ってお待ちください」
せっかくボケてやっているのに彼女は突っ込む気配もゼロで同じ事を繰り返した。
「俺はなぁ、王様とツーカーの仲なんだよ。へへっ、俺を粗末に扱うと後で大変な目にあうのはアンタだぜぇ、分かるだろ」
「分かりかねます。番号札を持ってお待ちください」
何を聞いても、インプットされた答えしか返ってこない。これでは呼び出し機械と何ら変わらないではないか。
機械ならば人間に奉仕して然るべきである。人間の役に立たない機械など、この手で再教育してやらねばなるまい。俺はインテリジェンスに満ちた理論を瞬時に打ち立てて、この機械女に制裁を加えるべく、拳を高々と振り上げた。
「キッコーン! マン!」
その瞬間、カウンターの横に置いてある番号呼び出し機が鋭い電子音声を発した。
かと思うと、突然、俺の周りに緑色の光の粒が発生した。急速にそれが収束されたかと思うと半透明の縄が俺の身体に絡みついた。俺はその場に釘付けになった。
「そこにある機械は防犯機能もついております。職員に危害が及ぶ可能性がある行動を取られますと、状況に応じた呪文が発動されます。今後、お気を付けください」
いまさらそんなことを言われても困る。
彼女は無駄のない動きで立ち上がり、カウンター横の機械から番号札を1枚はぎ取ってきて、俺の鼻面に貼り付けた。
「それでは順番が来るまで、そこでお待ちください」
金縛りの呪文を食らったまま、立ちつくす事、1時間半。ときおり何を勘違いしたのか、俺の前を通り過ぎる老婆が熱心に両手を合わせて拝んでいったり、母親に連れていた糞ガキが俺のポケットの中身を漁っていったりして、母親に「目を合わせてはダメよ」とたしなめられたりしながら時間が流れていった・・・。どういう状況だ。
「69番ノ番号札ヲ オ持チノオ客様 4番ノ窓口マデオ 越シクダサイ」
そう機械が告げた瞬間、俺にかけられていた呪文が突然、消え去った。
俺は怒りに燃えて、さっきの受付嬢に再度、詰め寄った。
「この野郎。どういう了見だ。勇者に恥をかかせやがって」
俺はやや、涙目になりながら、カウンターに身を乗り出した。
「はい、勇者の『イワン(ああああ)』様でございますね」
鼻息がかかるくらいの距離まで顔を接近させた俺に向かって、彼女は微動だにせず静かな口調で答えた。少し、いい匂いがした。
「は? たしかに俺は勇者だ」
「大臣が応接室でお待ちです。右奥のドアから応接室にお入りください」
そういうと彼女は俺の鼻面についている69の番号札をはがして、部屋の奥に手をさしのべた。彼女の前には4番窓口のネームプレートが置いてあった。
「お前は仕事のトーク以外、喋れないのか・・・」
ここまでコケにされて、勇者としての面目丸つぶれだが、また機械に呪文を浴びせられてはかなわない。俺はしぶしぶ、応接室に向かった。