俺は勇者だ 第1話から第5話
俺は勇者だ
プロローグ
「ねぇ知ってる?」
「どうしたの?」
「また魔王が復活したんだって!」
「えーっ、またなの、もういい加減にして欲しいよね」
「まったくね。もう何回、復活してるのよ。倒されたと思ったら、また現れて、復活しまくり」
「そうよ、ぜったい100回は復活してるわよ。やんなっちゃうわ」
「・・・いや、それは言い過ぎじゃない?そんなに復活してないわよ」
「あらそう・・・ そういう意味で言ったんじゃないけど。あなたなら分かったくれると思ったんだけど」
「え? ごめんなさい・・・わたし、そういう意味で言ったんじゃないの。気を悪くしてしまったなら謝るわ」
「なーんちゃって。ホントは怒った振りをしただけでしたー」
「あーん、いじわるぅ」
「当たり前じゃない、あなたとの友情は永遠だよ・・・」
「そう、永遠だよね・・・」
第1話「俺は逃げ出した」
「あんた、見ない顔だけど旅の人かい」
最初に注文したエールのジョッキを一気に飲み干して「プハー」とやっていると酒場の親父が声を掛けてきた。
「ああ、今さっき王都についたばかりさ。ここの王様に呼ばれちゃってね。遠路はるばるさ」
さりげなく『王様』という単語をちりばめて親父の反応を窺う。
「ええ? あんた何か悪いことでもしたの」
親父は怪訝な顔になって俺をじろじろ見つめている。そうじゃないだろ、リアクション間違っているぜ、この親父は。
「違う違う。仕事だよ、仕事。王様が直々に俺へ頼み事があるんだって」
親父はいかにも「うそくせーなー」という感じで眉をひそめて、実際に「うそくせーなー」と言った。
「ホントだ」
きっぱり言ってやった。すると親父は急に考え出し「うーん」と腕組みをしている。そして、釈然としない様子で、いろいろ質問をしてきた。
「仕事で来たとすれば王様に御用聞きの商人かい? どっかから、さらってきた娘を後宮に納めているとか。こりゃあ極悪人だな。いや・・・その貧乏くさいなりで奴隷商人って事は無ねえか」
「商人じゃないよ。というか悪から離れてくれ」
「うーん、もしかして王様の知り合いとか? どっかの王族? いやいやいや、それは悪い冗談だぜ。こんなしまりのねぇ顔の奴が王族であってたまるものか。いかにも貧相だぜ」
だんだん酷い扱いになってきているのは気のせいか。俺は客のはずだが。
「・・・」俺はだまって顔を横にふった。
「じゃあ傭兵?」と親父は気の無さそうな声で言った。
「ああ、近い近い。やってる事はほとんど一緒だ。しかし傭兵なんぞと一緒にして欲しくないな。より崇高でエレガントな職業だ」
驚いたかこの野郎、俺様を誰だと思っていやがる。俺は余裕綽々で素敵な笑みを浮かべていると、親父の顔がみるみる赤くなっていくのが見えた。いやな予感。
「この野郎。どこの世界にお前のような、ひょろひょろの傭兵がいやがる。数々の戦士が出入りする酒場の親父の目をふしあなだと思ったか。さては場末の酒場だと思ってなめてやがるな」
親父はいまにも飛びかからんとする勢いだ。
このままではやられる。俺は急に下手に出て揉み手をしながら釈明した。
「いやいや、それは誤解と言うものです。いまはちょっと頼りなさそうに見えるのは、そうお約束というものでして、すなわちLv1だからに他ならないわけで、今後、誰も及ばないような実力を身に付けるというか、最終的には世界を救っちゃうかなぁ、という感じでして。はい。嘘なんてついておりません。そう、嘘つきは泥棒の始まりって言うじゃないですか。げへへへ」
我ながらうまい切り返しだ。親父は納得しているだろう。うむうむ・・・。
「なに! 貴様は泥棒だったのか。おう、誰か鉈もってこい、こいつの頭、カチ割ってやるぜ!」
親父は息巻いてカウンターの奥に向かって叫んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい。泥棒じゃない。俺は勇者だ。正義の味方だ」
「はぁ?」
親父は俺の言葉を理解しているのか、していないのか分からない様子でしばらく、その場に突っ立っていたが、急に肩を震わせて笑い出した。
「ぶはははははは」
親父は再びカウンターの奥を向き大声で怒鳴った。
「おい、何をぐずぐずしてやがる、はやく鉈をもってこい。こいつは大嘘つきだ」
すると酒場の奥の屈強な若い衆が手に手に鉈を持って奥から出てきた。酒場の親父は目を血走らせてカウンターの下をくぐり抜けこちらに迫っている。
俺は座っていた椅子からもんどり打ってころげ落ち、一目散に酒場の外へ。
俺は『逃げ出した』。どっどっど・・・。
ああ、ちなみに俺、本当に勇者だから(暫定)。
第2話「俺は駆け抜ける」
俺はどうして走り続けるのだろう。
卑猥な言葉を叫んでランダムに移動中の酔っぱらいも客引きのねえちゃんも道ばたで寝ている浮浪者もネオンでくすんだ色がすべてを塗りつぶした世界。夕暮れ時。夕立が去った後の生臭い空気が肺を満たす。酒に汚れた運動不足の身体は思うように動かない。大地に長くのびた俺の影は疾走のイメージからほど遠く処理落ちした動画のようにぎくしゃくしている。鼻の頭に汗が浮かぶ。身体を駆けめぐる血がじょじょに沸騰していく。汗をぐっしょりと含んだ服が体に貼り付き自由を奪っていく。存在感を持った空気の壁が俺の前進を阻むように立ちはだかる。腕と脚とが重さを増していく。心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響き頭痛がする。額を伝う汗が目に入り涙があふれる。
俺はなにをしているのだろう。
ふっ、と身体が軽くなった。まるで急に俺の存在が消えてしまったように。右手を前に左手を前に右脚を前に左脚を前に走り続ける。俺の身体が俺のものではないような感覚にとらわれる。どこまでも行けそうな感覚。肩が揺れ脚が大地を蹴りつける。身体を通り抜ける風が速度を増した。視界は遠くの場所に固定されて、行き交う人々の群れも流れる街並みもその境界を失い同化していく。世界はコントラストを失い、俺は光の中にいた。酒がまわりすぎて恍惚状態だったことはのちに証明される。
「おい、何をやってるんだ、そいつを捕まえろ」
その声に「ぎょっ」として振り返ると一人の男が至近距離で俺のケツにつけているのが見えた。さきほどの酒場の店員か。クソっ。『辛抱たまらん先走り屋』の異名を持つ俺を背後から煽るとはいい度胸だ。
「って、おい」
なんでこいつは手を伸ばして俺を捕まえないんだ。それどころか、俺が視界に入っているのか。目はあらぬカタを見つめて瞳孔が開いているわ、顔には満面の笑みを浮かべているわ、口元にはよだれを垂れ流しているわ、尋常ならざる事態を感じるぞ。そうこれは危険。あの鐘を鳴らすのはあなた。見てはいけないものを見てしまった。
「怖いよママー」
俺はギアをトップに入れかえてエンジンもぶっ飛ぶ勢いで逃げた。ここはさらにニトロを投入して一気に距離をひろげたい所だがそれどころか、先ほど飲んだビールが逆流してきて、喉の奥に苦いものが広がった。吐き気を無理矢理、押さえ込み身体をぷるぷると痙攣させながらも走るスピードを落とすわけにはいかない。これが世に言う『震えるほどヒート』というのだろうか、謎である。ここまで頑張ればいくらなんでも店員を巻いただろう。俺はこわごわと後ろを見た。
「ぎゃあああああ」
店員はいつの間にか、着ていた服を脱ぎ捨て、何故か全裸に酒場のエプロン一枚という出で立ちでなおも俺のケツに貼り付いていた。まさに物語の序盤にして勇者としての、男児としての最大の危機を迎えてしまった俺は泣きわめきながら、めちゃくちゃに通りを駆け抜けた。
恍惚の表情を浮かべた半裸の男と泣きべそをかきながら恐怖に目をむいた自称勇者の男とのさしつさされつのデッドヒートは、道行く人たちから暖かな眼差しを向けられ、ときおり「あ、変態だ」とか「馬鹿だ」などという励ましの声を受けて永遠に続くかと思われた。しかし楽しい時間には必ず終わりというものが訪れる。店員は俺の背後に出来たジェットストリームを利用して、ゴール前、一気に俺を抜き去ると通りのどんずまりにある男娼売春宿の入り口の中に消えていった。中からは何かが壊れる音とドスの利いた声が聞こえて来て、仕事前かと思われる青ジョリの髭を生やした男娼がまろびでてきた。
あっけに取られて、その場で呆然としていると、騒ぎを聞きつけて集まってきた群衆の中からひとりの少女が歩みでて俺に緋のマントを差し出した。俺はまごついた。すると、いつのまにか俺の横に立っていたさきほどの男娼が教えてくれた。
「君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、君の粗チンを、見るに堪えないのだ」
いつのまにか店員に服を破かれ俺もまっぱだかにされていたようだ。
勇者はひどく赤面した。
第3話「俺は風邪を引く」
ちゅんちゅんちゅん…。
「ぶあっくしょん」
王都での2日目の朝は自らのくしゃみによって始まった。俺は宿屋のベッドから身を起こし鼻をすすった。
寒気がする。それに体中が痛い。まさか風邪でも引いたんじゃないだろうな。
今日は俺にとって今後の人生を左右する大切な一日。王への謁見の日なのだ。なのに昨日は全力疾走で真っ裸で走り回ってしまった。風邪の一つも…。
考えるだけで憂鬱になってくる。俺は筋肉痛に悲鳴を上げる身体にカツを入れてベッドから這い出た。
ふらつく足取りのまま宿屋の談話室兼食堂に降りていくと、木製のテーブルにある椅子に腰を下ろした。
しばらくすると、厨房から宿屋の娘が出てきて、俺に気づき声をかけてきた。
「おはようございます。呼んで下されば、すぐに朝食の準備をしましたのに」
「ああ、すまん。なんだか頭がボーっとしてて」
「大丈夫ですか。ずいぶん顔色が悪いようですが、お医者さん呼びますか」
「いや、たぶん疲れが出ただけだ」
「そうですか。昨日はずいぶん慌てて帰ってこられましたけど、どうかなさったのですか」
「ちょっと・・・ (あれから俺は酒場の親父軍団の本隊が到着する前に、騒ぎのあった男娼売春宿の前から逃げ出し、あらかじめ取ってあった宿に、なるべく追っ手に見つからないように遠回りをしながら人気のない路地裏を選んで帰ったものだが、ときおりイタズラな風が俺の羽織っていたマントをはためかせ、目の前を歩いていた町娘の絶叫を誘って「きゃあああ、変質者よおおお」などと言われ心無き侮辱を受けたりしたもんだが、よく考えれば、いま俺は全裸にマント1枚という『変質者スタイル』だったりするわけで、勇者から何回クラスチェンジすれば、この状況に落ち込むかはなはだ謎である。その後、巡回の衛兵に追いかけ回されたりして、なんとかこの宿までたどり着いたのだ)。
俺は力無くほほえんだ。
だいぶ負のフォースが出ていたのだろう、元気が取り柄の看板娘も「朝食、食べますか」「いらない」「そうですか。御用の時はお呼びください」と必要最低限の営業トークをかわしただけで、そそくさと厨房へ引っ込んでいった。
けっきょく、コーヒーを一杯注文して飲んだだけで、俺は部屋へ戻り、この日のために用意した『お出かけ用たびびとのふく』を着込んで宿を出た。あと、やっぱり寒気がするので、マントも付けていった。これは完全に風邪を引いたな…。
第4話「俺は沸騰する」
真夏の炎天下に晒された都大路には、ゆらゆらと陽炎が浮かび今日はよい天気ね。外からは太陽の灼熱が、内からは風邪による高熱が、身体を冒して気分は最悪よ。おほほ・・・。
朦朧とする意識の中、街の様子など目に入らないが、道に迷うことはないだろう。なにしろこのドデカイ道をまっすぐに歩けば、とりあえず目的地に着けるのだ。
熱と筋肉痛に蝕まれた身体は鉛のように重く地面から引きはがすように一歩一歩、足を前進させる。しかし、たいした距離ではないのにいつまでたっても目的地は見えてこない。
楽しそうに俺の脇を走り抜けていく糞ガキの「きゃっきゃっ」という声が妙にいらつく。そもそも「きゃっきゃっ」などと言いながら走っていくガキなんぞ見たことない。今日は俺にとって一世一代のハレの日だったはずだ。それがイヤな汗をだらだらかきながら、くたばりぞこないのジジババみたいに息をぜぇぜぇさせて歩かねばならんのだ。それになんだこの暑さは。ハァハァ。ああ、今日はハレの日だけに一日中、猛暑に見舞われるでしょう。あははは・・・。笑えねえ。
その時、ふいに妙な浮遊感におそわれた。普段はなんでもない都大路の石畳のくぼみに足を取られ、前のめりにぶっ倒れてしまった。
頭をしたたかに打ち付け一瞬、意識が途切た。なんだか気持ちがいいなぁ、このまま大地に還りたい。母なる大地よ。しかし、すぐに焼け付く石畳の熱が肌の露出された肘や腕から伝わり俺をいまわの際から強制送還させた。「あっちぃよ」俺はうつぶせのまま悲鳴を上げた。
顔を上げると頭の上から道行く人々の冷ややかな視線が注がれていた。そいつらは影絵の悪魔のように吊り上がった目と口を開き、俺をせせら笑っているように見えた。
「(なんだいこいつ、行き倒れか)」
「(かっこう悪ぅ)」
「(なんで寝てるの)」
「(くさそう)」
「(腐ってるんじゃないの)」
「(きもい…)」
世界中のすべての人が俺を否定しているように思えた。実際に口に出して言っているわけではないが目がそう言っている。目が。
俺は暑さと熱さと頭に受けた衝撃で脳がゆだった上にシェイクされて、まともな思考力を失いつつあった。
----俺はいらない人間なのではないだろうか
----俺は何のために産まれてきたのだ
----俺はいったい何なのだ
俺が酷く惨めな存在に思えてきて、涙が出そうになった。
その一方でこの理不尽な仕打ちに対するある感情がふつふつとわき上がるのが感じられた。それは怒り。
----俺はいらない人間なのではないだろうか
俺は必要とされる人間である。
----俺は何のために産まれてきたのだ
俺は世界を救うために産まれてきたのだ。
----俺はいったい何なのだ
俺は勇者だ。
俺は生命を吹き込まれた傀儡のように、ノーモーションで立ち上がり、あたりの人間を睨み付けると大声を張り上げて叫んだ。
「何もしないで世界を救ってもらおうなんて、なんと身勝手な愚民共だ。世界を救って欲けりゃ、まず俺を救え。俺は勇者だ。お前らなんて全員死んでしまえ。馬鹿野郎」
俺はどこにそんな力が残されていたのか、目の前で目を丸くして呆然と立っている女を払いのけると、一目散に都大路を『王城』へ向かって駆け抜けた。俺は完全にキレていた。
第5話「俺は癒される」
「うおおおぉぉぉぉぉ」
道行く人々を蹴散らし都大路をばく進していると前方に堀で囲まれた王城が姿をあらわした。
「ぬおおおおおお、目標発見」
俺は堀の上を城門へと渡す橋のたもとまで来ると、そこあった『ここは王城です』の看板を引っこ抜き、それを掲げて城門に突っ込んでいった。「俺が王城だぁあああ」
もはや、意味不明であった。
あまりの事に橋のたもとで立ちつくす門番たちの間をすり抜けると、持てる力のすべてをこめて、看板で城門をぶっ叩いた。
薄っぺらな板でできた看板はこなごなに砕け散り、俺の顔や腕に突き刺さった。
「いてええぇええええ」
俺は叫びつつ、なおも城門に体当たりした。何度も城破壊の行動を試みたが、城の防御力はゆるぎないものだった。俺は恨めしそうに傷一つ付いていない城門を見上げた。そして精も根も尽き果てて顔中を血まみれにして城門にだらりともたれかかった。
後方から馬鹿げた馬鹿を捕らえるべく門番たちが血相をかえて走ってくるのが見えた。
門番たちは俺を後ろから羽交い締めにすると、ずるずると橋のたもとまで引きずっていった。
「なんだ貴様は」
一人の門番が俺をそのまま地面へ突き倒した。
どうやら、このゲームでは勇者でも素手で城を破壊できるシステムはないらしい。
「うへっ、うひょひょほひひ」
俺はその場所で笑い続けた。
「ひっ」
俺を突き倒した門番は悲鳴をあげた。もう一人の門番は心底を嫌なものを見るよう顔をゆがめた。
「キチガイめっ」
二人の門番はなにやら耳打ちをして、俺と城とを交互に見たり、舌打ちをしたり、ため息をついたりしていた。
すると二人のうち年長かと思われる顎髭の門番が近づいてきてこう言った。
「あのな、本来ならこれだけの狼藉を働けば当然、縛り首なんだが、この国ではキチガイは罪に問われないんだよ。王様のお慈悲に感謝しろよ。馬鹿」
二人の門番は俺を蹴り転がしながら通りの真ん中まで行くと、さっさと橋のたもとに戻っていった。「二度と来るなよ」そう言いながら。
俺は通りにうち捨てられた。風邪を引いた上にこれだけの乱行を重ねれば、もう手の指一本動かす力さえ残ってはいない。俺は死ぬのかな。王様に会う前に『しんでしまうとはなにごとだ』なんちゃって。
俺の左右をたくさんの人がまるで落ちているウンコを踏まないように気を付けながら通り過ぎていく。俺はウンコだ。ウンコ人間だ。
「・・・・・・」
何かが俺の後頭部に触れている。すると後頭部から背中にかけて、太陽の熱とは違う温もりが伝ってきた。犬の鼻息かな。犬はたまに他の犬のウンコを食うし。まさか好きこのんでウンコに手を差し伸べる人間がいるはずもない。いるとしたら…。
アラ○ちゃんかな。
顔をうつぶせに地面にこすりつけ世界は真っ暗なはずなのに、暖かな光が遠くの方から近づいてくるのが見えた。
その光はしだいに世界に広がり、俺の全身を包んでいった。
身体に絡みついていた茨の鎖がだんだんとほどけ身体の自由が回復していく。そして光の海を俺は鳥のように飛んでいくのだ。光の中に浮かぶ俺を誰かが呼んでいる。
「…ょうぶですか」
俺はいつぶせのまま頭をあげ目を開いた。まぶしい陽光が目を突き刺し、眼前に何者かの黒い影が飛び込んできた。
はじめのうちは目が慣れなくて、黒い輪郭にすぎなかったその影はしだいに鮮明さを増していく。それは女の顔であった。丸メガネの女だ。
「あのう…だいじょうぶですか」
「アラ○ちゃーーーーーーん」
俺はがばっと半身を起こし、メガネ女に抱きついた。
「あうわ、あああ・・・」
抱きつかれたメガネ女は、腕をばたつかせている。「ここここ・・・『こんらん』?」メガネ女は俺の腕の中で慌てふためいている様子だったが、突然、「サーカールっ」と叫んだ。ごく至近にイエローの閃光が炸裂した。
うおおおおおおおおおおおお、なんか盛って来たぞ。全身に力がみなぎり、亀頭にも熱き血潮の奔流が押し寄せてきた。
「うひひひひひひひ」
「間違えちゃった」
俺はメガネ女をぎゅうぎゅう抱きしめ、舌をベロベロさせて接吻をせまった。
「やだぁ…」
俺という愛のハンターに捕まえられた野生の動物のようにメガネ女は手足を必死にもがいている。
メガネ女のボデイサイズは上から84、56、86というところかの。よきおなごじや。浜のヤドカリのようにメガネ女の身体に手を這わせていると、眼前で閃光が炸裂した。
「ゴン、ぐしゃ」
しかし、今度は実際に何かが光ったのではなく、メガネ女の強烈な頭突きにより俺の目から飛び出た花火による閃光であった。
俺は真後ろにぶっ倒れた。
鼻をぶつけると何故か切ない気分になる。このかいは淫乱な夢を見ていて、いざクライマックスという時に突然、目が覚めてしまったかのような切なさであった。「ぶはっ」俺は大量の鼻血をまき散らした。
「いけないっっ」メガネ女はそう叫ぶと俺の元に駆け寄った。
「お鼻、大丈夫ですか…」そう言って、すまなそうにハンカチで鼻血を拭いてくれた。
「ああ」俺は空を眺めながら言った。
大量の鼻血が身体から出て行ったせいで、俺の中のたけき血は、だいぶ収まったようだ。首の後ろを叩きながら、俺は起き上がった。
「ごめんなさいっ。まさか瀕死の上に『こんらん』していたなんて思わなかったもので。あまつさえ頭突きまでしてしまって。すいませんすいません…」
メガネ女は法衣の乱れを直す事も忘れ、何度も頭を下げている。
ん?法衣?
ああ、この女はいわゆる『職業:僧侶』か。
回復呪文か。僧侶っぽいし。助けてもらった? 門番に酷い目にあった(ほとんど自爆だが)俺に哀れみを感じたのかな。職業病か。分からない・・・。だが命の恩人か。いきなり抱きついてしまって悪いことをしたな。いささかバツの悪くなった俺はいちおう礼を言っておくことにした。
「俺こそ助けられたのにいきなり抱きついてしまって・・・ すまん。それに急に欲情してきて。ありゃ一体、何だったのか」
「はっっ…」
メガネ女僧侶は、顔を赤らめている。なんだろうか。
「すいません。だいぶ『こんらん』しておられたようなので、混乱を沈静する呪文を唱えようとしたのですが、突然の事だったので呪文を間違えてしまいました。あれはお歳でめっきり元気のない大司教様にご奉仕する時に使う呪文で、え?いえいえ、大司教様はご壮健でいらっしゃいますが、大司教様のご子息がさすがに最近、お疲れ気味というか…」
「・・・」
むしろ俺のリトルサンが元気を取り戻してきた。
「やだ、わたしったら、何を言っているのかしら」
メガネ女僧侶は、両手で顔を覆って身もだえしている。なんだかすっかりエロゲーみたいな展開になってきた。正統派RPG主人公を目指す俺としてはこの流れを断ち切る必要があるだろう。いささか勿体ない気もするが。
「ああ、ええとその事はもういいや。ところで何で俺なんかを助けてくれたんだい。僧侶だから?」
「あっ」
メガネ女僧侶は、急に何かを思い出したのか、真剣な面持ちで質問してきた。
「あ、あの、いきなりこんな事を聞いてヘンに思われるかもしれませんが、もしかしてあなたは『勇者』様ですか」
「へっ」俺は呆気に取られて聞き返した。
「なんか話が見えないけど、まぁ、俺は勇者だよ。よく分かったね。限りなくボロ切れに近い浮浪者みたいだったろう。俺って」
「はい、そこに倒れているあなたは、限りなくにモロ出しに近い変質者みたいでした」
なかなか手厳しい。メガネ女僧侶はさらに続けた。
「数刻前、たまたま大通りで『死ね』だの『馬鹿野郎』だの叫んでいる狂人を見かけたのですが、その狂人はこちらに近づくとわたしを押しのけて王城の方に走っていきました。わたしは思いました『この人は勇者だ』。…それがあなたなのです」
「・・・」
確かに俺は勇者だが一般常識としての勇者ではないような気がする。俺の事だからより一層情けないが。そんな事を考えていると。
「でも、実を言うと、勇者様が倒れていた所にこの『てがみ』が落ちていたからです。失礼とは思いましたが、書かれている文面を拝見しました。それがこの『てがみ』です」
そう言うとメガネ女僧侶は『てがみ』を差し出した。