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第8話『センセイ』



 三岳島の道路をセンセイが進んでいく。スペランクラフトジャケットだったか? この強化アーマーは水中だけではなく陸上でも便利に使えるようだ。

 ずんぐりむっくりしているように見えるスーツだが、足裏にローラーがついていて安全運転で原チャリぐらいの速度を出す。しかも両手にマグロとオレを肩に担いだまま。



 音速マグロを獲っていた海域から三岳島に戻ったオレたちだったが、ギルドでもセンセイの詳細はわからなかった。そんな強化アーマーを着ていた冒険者の記録がないらしい。 

 考えてみれば当り前か。強化アーマーのハイグレード品は装備している冒険者も数人しかいない激レアだ。こんな目立つやつが居たらオレだって知っている。


 さっぱり身元はわからないんだが、三岳島に来るやつだとそう珍しいモノじゃない。ただ他国や他企業のスパイも入り込むことがある(っていうかもう入っているだろう)ので、なんか機械の仮入島カードをセンセイは渡された。

 恐らく発信機とか盗聴器とか仕込まれていていざとなればスパイを爆殺するやつだ。

 冒険者としての登録は窓口がもう閉まっていたので明日に案内することになった。なぜかオレが。助けられたから仕方ないか。


 で、特にセンセイも行くアテもないから寿司屋に案内っつーか、マグロ運んで貰おうと思ってこうしているわけだ。

 謎のテクノロジーで作られた先生の強化アーマーは百二十キログラムの音速マグロと成人男性のオレを担いで運んでもまったく問題ないようだった。バランサーも性能がいいのか、担がれて進んでいるのに揺れることもない。


「ヒュー! こいつは便利だな! オレも安いやつ買おうかな! 今回、カネががっぽり入るしよ!」


 マグロが百二十キロぐらいだから、キロ十万で千二百万エレク! 更に賞金首のツインヘッドシャーク(小)の討伐報酬が五百万エレク! 

 装備の半分を失ったから買い直さないといけないとはいえ、大儲けだ。


『……カタログを見るに、二千万エレク以内で買える強化アーマーだとヴァルナ社製の通称『段ボール』ぐらいしかないようだな』


 センセイから声が聞こえる。通信ではなく普通にアーマーの表面にスピーカーがあって喋っている仕組みだ。


「段ボールってあれか。推進機能付き強化装甲を被って筋力増強スーツで無理やり動かすだけのやつ……いらねえ。歯ごたえのある魔物のオヤツだ……っていうかセンセイ、ヴァルナ社のカタログとか知ってるのか?」


 記憶喪失なのに。そう訊ねるとセンセイは雰囲気的にアーマーの中で頷いた。


『この島に来てから無線の通信領域を使ってインターネットに接続し、世間一般の常識的な知識を閲覧しているところだ』

「ほー、なるほど。さすが高性能、ネットもできるわけか」


プロバイダとかどうなってんだろ。


『とはいえ表面的な知識だけだがな。ネットによればより詳しく知りたいときは『詳細キボンヌ』や『教えてクレメンス』と言えばいいのだろう?』

「ちょっと待って? センセイの見てるネット、なんか時差で過去に接続してない? 古の言語みたいなのが飛び出してるんだけど」

『違うのか……』


 完全にネット初心者だから必要な情報を探すのが難しく、古いアーカイブでも拾ったのかも知れない。

 しかしこれでセンセイもある程度の常識は手に入れたことだろう。『メートルって正確にどれぐらいの長さ?』とか聞かれても定規がないとオレは説明できねえから、一々聞かれないのは助かる。


「ちなみに調べて、センセイの着てるスペランクラフトジャケットはどっかのメーカー品とかわかったか?」

『不明だ。敢えて近いのを選ぶと、つくば市のイメージキャラクター『フックン船長』に似ている気がするが……』

「御当地マスコットじゃねえか……つくば市は確かに変な研究所ありそうだけどよ」


 スマートウォッチで調べて確認するとフックン船長は宇宙服っぽいキャラのディフォルメをイメージしているから、どっちかって言うと宇宙服に似ているんだろう。センセイのアーマーが。


「どこが作ったにしても強化アーマーは高級品なんだからいざとなれば売っ払えば生活資金にはなるだろ」

『記憶がない私が所有している唯一のモノだから手放したくはない。それにもし、これが私個人の私物ではなくどこかの企業から借りている道具だった場合がまずい』

「それもそうか。やっぱり明日、冒険者登録してダンジョン潜って魔物狩りになるかねえ。出自不明で経歴不問な状態だとそれぐらいしか稼ぐ方法はねえけど」


 なにせ身分証の一枚もないのでどこかの国に行くのも難しい。記憶喪失の外人が日本の港に現れたらどういう処理になるのか知らん。きっと面倒臭いことになる。


『ダンジョンに潜る、という響きは楽しそうで好みだ』


 どことなく楽しそうな声でそういうセンセイ。まあ……日本の中高生も話を聞いて冒険者する妄想だけなら楽しそうだって思っている連中も多いだろう。実際は十五人中十一人死ぬ仕事なんだが。

 とはいえセンセイの場合は、冒険者キラーなツインヘッドシャークに噛まれても平気な頑丈さをもつアーマーに、SF兵器を装備しているわけだから借金持ちで流れ着いて着の身着のまま冒険者になる連中の百倍はマシだろう。


「ま、ともかく今日のところは寿司を奢ってやるよ。助けられたしな」

『そうか。ありがとう。ここの通貨を持ち合わせていないものでな。今晩はアーマーの内部にあった水と携帯食料にしようかと思っていた』

「意外に快適そうだなその中……」


 後で内部見せてもらおう。

 そうこう話していると『魔寿司』まで辿り着いた。マジで乗っていただけだから楽だわ。もし日本の公道や町中でこんなフックンめいた薄らデカい物体が走っていたら目立つんだが、冒険者の町だからそうでもない。

 そして強化アーマーなんて持っているのは余程の金持ち冒険者か企業関係者だから、むしろそこらをうろつくオレみたいな冒険者より信用されるだろう。


「よっと」


 センセイの肩から飛び降りる。もう夜の営業時間で、魔寿司の暖簾が出ている。

 それをくぐって店に入るとやはりというか客はゼロだった。オレは意気揚々と言う。


「大将やってる~? おおっとまだ準備中だったかな? だぁれも客が居ない」

「ウザいネッ! もっと普通に入って来られないのカ⁉」

「来られないが?」

「堂々と言うナ!」

「アルトくんいらっしゃーい! 心配してたよ~? 大丈夫だった?」

「なあに、タフで知られたオレにとっちゃ、音速マグロに轢かれかけてツインヘッドシャークに追いかけられたぐらいラクショーだぜ」

「凄いね! タフアルトだね!」

「なんか安めの栄養ドリンクみたいネ」

「うるせ!」


 実際、ちょくちょく死にかけるような魔物から生き延びているオレはギルドから『しぶとい』アルトだの、『あわや』のアルトだと雑な異名を持っている。

 一年以上冒険者やっているベテランはもうちょっと装備を整えて危険を避け安全にやっているのが普通で、オレは無謀な方らしい。カネがねぇんだわ。


「それはそうと音速マグロ獲ってきたぜ。冷凍庫空けた方がいいんじゃねえの」

「え! アルトくん凄い! 丸ごと⁉ 解体ショーできるね!」

「野良犬にしては頑張ったネ」

「おーいセンセイ。持ってきてくれ」


 呼びかけるとセンセイが店の中にマグロを持ってのっそりと入口をくぐり入ってきた。見上げる巨体にちびっ子二人は固まる。


「安心しろ。宇宙人じゃないから。強化アーマーで運んでくれた親切なセンセイだ」

『雰囲気の良い店だ』

「こんなこと言ってるけどこのセンセイ記憶喪失だから普通の店の雰囲気とか知らんし適当にお世辞言ってるだけなんで勘違いすんなよ」

『そんなフォローいるか⁉』

「いらっしゃいませ! えーと、センセイさんですね! よろしくです!」

「老師? 変わった名前ネ。ともあれ、そのマグロこっちの計量器に置いて欲しいヨ」


 ウリンが芝刈り機みたいな台はかりをゴロゴロ転がして持ってきたので、センセイが軽く半冷凍してある(船で運ぶ間に過冷却水で氷締めした)音速マグロを軽くそれに乗せる。

 デジタルメーターに表示される重さは百二十六.五キログラム。ちなみに腐りやすい内臓はギルドでもう取っている。なかなかのサイズだ。一般的な養殖マグロは五十キログラムぐらいで出荷される。っていうかセンセイいねえと運ぶの大変だったわこれ。ギルドに頼めば輸送車出してくれるけどカネ掛かるし。

 一応、オレが持っているダイバースーツの筋力強化でも持ち上げられないことはない重さではあるんだがな。小魚みたいにひょいひょい扱うセンセイのアーマーはやっぱり別格だ。


「だいたい可食部が五割だから六十四キログラムぐらいカ」

「おいちびっ子。代金を可食部のみで計算するなよ?」

「わかってるヨ。キロ十万だから千二百六十五万エレクネ。即金で振り込むヨ」

「うひょーって言っていいか? うひょー!」


 キャバーンキャバーンとオレの口座にカネが入る音がした。心が満たされる。


「しかしそんな大金を動かしてこの売れない店大丈夫なのか?」

「音速マグロフェアに失敗したら店は潰れて姐姐は隣の飯屋でタダ働きネ」

「ううっ! プレッシャーだよ!」

「我は内臓を売られて暗黒金持ちのペットにさせられるヨ」

「全賭けしすぎじゃねえの⁉」

『飲食業って大変なんだな』

「暗黒金持ちのペットと隣合わせの飲食業は初めて聞くけどな」


 それだけ音速マグロで儲ける算段があるのだろう。なにせ幻のマグロだ。テレビ局を呼んでもやってくるんじゃねえかな。


『マグロは冷凍庫に?』

「あ、はーい! 絶対成功させようねえ」


 呑気な声を出してデカい業務用冷凍庫へ音速マグロを入れて貰っていた。


「さて、今日はカネも入ったしパチでも打ちに行くぜ! 今日はマクロスじゃなくて超時空魚類マグロス(パチモノ台)の方を打つか。一千万ありゃ勝てるだろ!」

「せめてこの店にお金落とすネ!」

『アルト……奢ってくれるって話じゃあ……』

「ちぇっ。わかったよ。エリザ、オレとセンセイに適当に握ってくれ」

「はい、任せてね! ウリンちゃん、おしぼりお願い!」

「一番高いコースをご馳走してやるヨ」


 オレとセンセイがカウンター席に座ると、眼の前におしぼりとエスプレッソが出てきた。改善した方がいいと思う。

 座ったとはいえ隣にクソデカアーマーがあると圧が凄い。


「……」

「……」

『……』

「いやセンセイそれ脱げよ」


 ウリンから微妙な、お前が言え的な視線を感じたので仕方なくツッコミを入れた。会ってからずっとそれ着ていたからついスルーしてしまったが。

 店に入ればコートだって脱ぐんだから、戦闘用の強化アーマーなんて普通着ないだろ。


『そうだった。ちょっと店の隅に置いていいだろうか』

「あっちの鉢植えの裏あたりでいいヨ」

『失礼』


 どうせ客も他にいねえから店の邪魔もクソもないんだが、センセイは隅っこへ行った。普通あんなので潜っていたら息苦しくて、陸に出れば脱ぎたくなりそうなもんなんだが平気っぽかったし、高性能品は長時間の装備も苦にならないんだろうなあ。

 そこで床に正座すると微妙に光っていた目が消灯する。ブシュッと空気が漏れる音がして、宇宙服のヘルメットみたいになっている頭部が動き、鎖骨から肩のあたりが緩むように広がった。

 頭部が背中の方に倒れると、中の人が強化アーマーから上半身を出して伸びをした。


「──ふう。やはり外の空気は気持ちがいい……といっても、記憶の上では初めて外に出たのだがな」


「わあ! センセイ、女性だったんですか⁉ 女教師ですか⁉」

「む? そうなのか? 自分の姿を覚えていないのだが……」

「記憶喪失って怖えな……あと女教師じゃねえだろ。エッチな単語を出すな」

「煩悩がヤバいネ」


 ウリンが指を店の窓ガラスに向けると、反射して鏡みたいになっているからそれでセンセイは自分の姿を確認していた。

 見たところ二十代ぐらいの女だ。長い黒髪ロングで、日本人か中国人か韓国人みたいな東洋系の顔つきをしている。コメカミのところには星型のアクセサリーみたいなのついているが、恐らく通信翻訳機のアプサラだろう。

 体のラインがぴっちり見える白い強化スーツを着ていて、手にはメカニカルなラインの入った腕輪とグローブ。操縦の補助機能付きなのか?

 強化スーツ着た冒険者の格好がSF戦士みたいになるってのは笑い話だが、まさにそんな感じだ。

 ほげーっと見ているとエリザがオレを酢飯臭い指で突っついて言う。


「アルトくんアルトくん! 中から美人さん出てきたんだからもっと、うおー! どっしぇー! お前……女だったのか……とか驚かないんですか⁉」

「んなこと言ってもな。中の人がいるのは知ってたんだから、男か女かが出てくるのは当り前だろ。あれだけ高性能強化アーマーなら登場者の男女差もなさそうだし」


 美人のチャンネーなことには多少驚いたが。モデルさんみてえ。

 中から魔物でも出てこない限りはそう突飛でもないだろ。


「よいしょ」


 センセイが強化アーマーの乗り込み口あたりに手を掛けて力を込め、中から下半身を持ち上げてアーマーに腰掛けた。

 下半身も白いスーツに包まれ────


「は?」



 センセイの腰から下は──魚だった。


 いわゆる──人魚だ。



「うおっ⁉」

「どっしぇー⁉」

「老師……蛟人だったのカ……⁉」



 オレ、エリザ、ウリンの順番に驚愕の声を出した。おいおいおい、地球で一番ファンタジーに近い場所たって、おとぎ話みたいな種族も出るのかよ⁉


 センセイは困ったような、戸惑ったような顔で微笑みを浮かべた。


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― 新着の感想 ―
人魚だと、できないじゃないか! (ダブルミーイング)
>「我は内臓を売られて暗黒金持ちのペットにさせられるヨ」 え、内臓売られた状態なのにペットとしても活動させられるってなにそれこわい。「・・・シテ・・・コロ、シテ・・・」みたいなこと?
アイエエエ!?ニンギョ!?ニンギョナンデ!?
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