第4話『音速マグロ討伐隊』
数日が経過して冒険者ギルドで音速マグロ討伐の依頼が出された。あの危険生物が海域にいたらマトモな魔物狩りができなくなるってんで、オケアノス直々の任務だ。
報酬はボチボチだが、仕事用の道具は一部支給。ただしランク四以上のダイバースーツを所有している冒険者に限る、とある。
ここ数年、やたらめったら性能が上がっているのがダイバースーツ界隈だ。ただの保温効果があるスーツなんか着ているやつは冒険者にほぼ居ない。
防刃、耐衝撃は基本機能。そこからパワー強化アシスト、AIによる自動駆動、高度生命維持なんかのサポートが追加されていく。高級装備で身を固めた冒険者はSF世界の未来戦士みたいな状態になっている。更に高いランクだとアイアンマンとかロボコップみたいになる。
当然、高性能なブツは値段もアホみたいに高い。冒険者の装備で一番カネが掛かるのがスーツだ。
ランク四以上指定ってのは、それ以下のランクで耐衝撃性が低いスーツだと音速マグロの衝撃波で一瞬にしてオシャカにされる可能性が高くて仕事にならんからだろう。安くて壊れにくい耐衝撃メットは支給されるが、お高いスーツを貸し出して冒険者ごとボロクソにされたら損だからそっちは持参しろってことだ。
オレ? オレはランク三のスーツだったからよ……それを中古屋に売り払って、それを種銭にパチスロで勝利したカネも足してランク四の中古スーツをゲットした。
結局、マグロ狩りには参加することにした。
なんてったって冒険者稼業は危険と隣り合わせ。リスクリターンで安全策を取るならこんな仕事辞めた方がずっと賢い。なら、今稼げることに最大限ベットするのがオレたちの生き方ってものだ。
パチンコ屋でスッてメシ代もなくなり、ここ数日寿司屋で賄いを奢ってもらってもう後に引けなくなったからではない。
オレはオレの意思で、危険な仕事へと赴いて大儲けしようって思ったんだ。爽やかに。
「おうアルト。おめえ参加すんのか? マグロ狩り」
「ああ」
ギルド職員のおっさんから確認されてオレは頷いた。
「そりゃ良かった。この前の被害が出すぎて、どいつもマグロにビビってるみたいなんでな。人数が揃わなくて囚人に首輪爆弾でもつけて出そうかって上層部が話し合ってるぐらいでよ」
「完全に悪役がやることじゃねえか……っていうか今回、ベテラン参加してねえの? どんぐらい居るんだ?」
「お前含めてそこそこやれるやつが五人だな。あと四十人は新人に毛が生えたウンコだ」
「うげ……」
マグロ刈り部隊は三チーム十五人ごとに船に乗り、別々のポイントで音速マグロ用のトラップを仕掛ける仕事だ。直接戦うわけじゃないので重要なのは水中でのトラップ設置作業を素早くきっちり行えるか、他のやつの邪魔にならないかぐらいなんだが。
「まあ、今回失敗したら第二弾を送り出す予定だろうしな。何回かやる度に成功率は上がるんで、他の連中は様子見してる」
「けっ。シーチキンどもめ(臆病な冒険者を罵るスラング)……ところでおっさん。そんな過酷な任務やるわけだが、捕まえた音速マグロ持ち帰れるようにできるか?」
「ん? ちょっと待て……」
おっさんが手元の端末を確認し、どこかと連絡を取ったようだった。すぐに返事が来て頷く。
「マグロの捕獲納品までが込みの報酬なんだが、それを減額するがいいか?」
「ああ」
「あと持ち帰れるのは一匹までな」
「ケチだな」
「これでも特例だ。最初のマグロ狩りに参加するやつへのご褒美ってやつでな。もちろん、成功が前提の条件だから一人だけマグロ持って逃げ帰ってくるなよ」
それだけ音速マグロの需要が高いんだろう。ウリンなんかクロマグロの二十倍の値段を提示したがそれでも手に入らない。そもそも市場価格が存在しないようだ。一般販売しないで買い手がつくから。
特例的に許可してくれるのは、ここの大きなルールとしては『冒険者が捕った獲物は冒険者のモノ』という単純な法則があるのも考慮されている。オケアノスがいかに暗黒メガコーポとはいえ、好き勝手に冒険者の手柄を取り上げては皆が馬鹿馬鹿しくなって働かなくなる。最低限ボッた金額だろうが買い取りを提示して対価を与えるか、そうでなければ冒険者自身がそれを売りさばく権利を持つ。
まあ……オケアノスに借金をやらかしたらそんな自由はなくなって全部収穫物は納品しないといけなくなるんだが。
「わーったよ。少なくともオレの班は成功させりゃいいんだろ。他の班までは知らねえぞマジで」
「それでいい」
渋々、といった様子でオレは了承した。とはいえこの任務、成功報酬が百万エレクだ。それが無しになろうがマグロ持ち帰れば一千万エレクなのでカスい報酬金なんてゼロで構わん。
っていうか他の連中もよく百万のために音速マグロ狩りなんかするよな。いやまあ、冒険者の中には命がけで稼がないとヤバい連中もたくさん居るせいだけどよ。
「よし、人数も揃ったから出発は明日の九時だ。貸出品のリストはこれ。それ以外の個人装備持って港の六番乗り場に集合な」
リストを眺めると耐衝撃波用フルフェイスメットや日本国内に持っていったら捕まりそうな痛み止め薬や気付け薬、作業監視用ボディカメラ、生体反応ビーコンなんかが書かれている。音速マグロと直接戦うわけじゃねえけど、自衛用に銛や銃は持っていった方がいいだろうな。
******
冒険者たちの出入り口になる港はここのところ若干物々しい雰囲気に包まれている。
数日前のスーパームーン後、海域の危険度がバカ上がりしているせいだ。オケアノスは対魔物用小型戦闘艇『ニュンペー』(あだ名は対魔ニン)を何艘も出して、大型で危険度の高い魔物を減らそうとしている。
軍艦でも勝てない超大型魔物は無理としても、中型を間引くぐらいは魔物専用の装備を整えた戦闘艇ならどうにかできる。船の大きさを小型にして超大型の気を引かないようにしつつ、水中ドローンに積んだ爆薬で魔物を粉砕する。ただ、もちろんそんなのもそこそこ魔物に破壊されるので遠隔操縦の無人艇だった。
マトモに魔物対策している船はオケアノスの所有する戦闘艇か、三岳島へ本土から物資を運んでいる民間の武装貨物フェリー『プリンセス・メカサ』ぐらいだ。あっ、今メカサが出港していった。いかにもメカメカしくてアツいよな、あの船。
冒険者の中には船を買うやつもいる。オケアノスの戦闘艇は高くて買えないから、ノルウェーの捕鯨船を中古でってのが多い。あれについている捕鯨砲の銛は打ち込んだら銛に仕掛けられた高性能爆薬が炸裂してクジラの脳味噌も吹き飛ばすっていうイカした武器だ。通称『ノルウェイの銛』ってやつ。
ただし大枚はたいて船を買った冒険者は、その後常に船が魔物に破壊されないか不安になって早めに冒険者をリタイアする傾向にあると言われる。
ギルド職員のおっさん(量産型のように存在するが区別する意味はあるのか?)が酒焼けした声で呼びかけてきた。
「よーし、集まったな。マグロ狩りの参加者は船に乗り込め。喜べ、オケアノスの船なんざあんまり乗れねえぞ、お前ら低級冒険者は」
「一言二言多いんだよ、おっさん」
言いながら、普段使う定期船よりは確かに上等な船『パイエケス号』に冒険者たちは気だるげに乗り込んでいく。人数が多いからかそれなりに大きく、オレたち以外の警備兵も複数乗っている。冒険者がトチ狂って反乱を起こす可能性もそれなりに考えているようだ。
「よう、ミス・ゴジラさんも囚人を見張る仕事か?」
船に乗り込んで適当な場所に腰掛け、知り合いの傭兵を見つけたので挨拶をした。
並ぶとオレがモヤシに見えそうな大柄の女、ミス・ゴジラ女史は肉食恐竜のように微笑んだ。肉食恐竜って微笑むのか? このたとえ合ってる?
「や~、この前の失態で評価下げられちゃってねぃ。危ない任務とかを優先的に回されているのさあ」
「トビウオに沈められちまったもんな。定期船」
「三十匹ぐらいかっ飛んでくる爆弾を全部撃墜しろって無理だと思うんだけどねぃ。ま、とにかく今度はちゃんと装備も整えてきたよ」
ミス・ゴジラが見せびらかすように装備を掲げた。連射性の高いサブマシンガンをメインに、サブとして金属製ネットを打ち出すネットガンを持っている。背中には水陸両用のアサルトライフルVA-NGを背負い、腰には小型魚雷を打ち出すランチャーVA-JLをつけ、全身のあちこちに予備弾倉と音響手榴弾を保持していた。
フルアーマーミス・ゴジラって感じ。もしこのまま貨物フェリーに乗って日本に入ろうとしたら即ブタ箱行きになる重装備だった。
「重たそうだな。強化服着てるからそうでもないのか?」
いつものカーゴパンツと黒いインナーシャツを着ているように見えるが、ダイバースーツ界隈の技術発展に伴って兵隊が陸で着る服も随分便利になっている。こんなタンクトップみたいなのでも筋力が補助される。
「いやぁ、装備整えたら強化服まで予算回らなくてねぃ。素だよ。トレーニングにもなるし丁度いいねぃ」
「マッチョ信仰の方でしたか。それは失礼を」
「アルトくん細くないかい? プロテイン分けてあげようかい?」
「プロテインを溶かして飲む水がうちにはねえ」
「底辺イカダ暮らし……!」
三岳島では数千人の冒険者が暮らしているだけあってそいつらの住居も存在しているわけだが、カネがないやつ向けの宿代最低な家が海に浮かぶイカダ小屋だ。
窓もねえ、扉もねえ、水道も電気も通ってねえ、とりあえず屋根だけはあるみたいな住まいが三岳島の外側にはびっしり浮かんでいる。治安も最悪。何人も不法侵入者──不法ってわけでもねえな、法がないから──を返り討ちにして海に沈めたことがある。
あくまで一時的な宿で、マトモに冒険者で稼げばすぐそれなりの安アパートには入れるんだが。最近カネがなくてイカダ小屋で生活していた。
ちなみに三岳島はメガフロートの人工島なので、当然ながら河川なんてないから飲料水や生活用水は外から運ぶか、海水から作ったやつが売られている。
もちろん日本の水道代に比べてファッキン割高だ。ギルドには使い放題の水道があるのでそこで飲んでいる。
「ところでゴジラさんよ、音速マグロはどんだけの数が居るとか聞いてねえか?」
そういった出現する魔物の情報とかの説明は一切受けていない。オケアノスもやらない。なぜかっていうと冒険者の八割ぐらいはアホで、説明受けても理解しないから時間の無駄なんだ。両者にとって。
自分がやる作業の分だけ説明されてそれ以上は求めない。現場で小銭稼ぎに小型の魔物を採取したり、装備を掻っ払ったりするやつも出るがボディカメラで監視して問題行動があれば事後連絡するだけでいちいち止めない。止めてもやるやつはやるからだ。
冒険者の民度は平均すればSNSで闇バイトやらかしていやがる連中ぐらいのもんだ。オケアノスも期待はしていない。
ミス・ゴジラさんは警備に雇った傭兵とはいえある程度事情は聞いているみたいで教えてくる。
「それがねぃ、音速マグロの数が多すぎて正確にわからないらしいんだよ」
「マジかよ。百匹とか居たら無理だぞ」
「実際目撃した数じゃなくて、水中の衝撃波を観測したデータしか取れてなくて。で、ハチャメチャにあちこちから音速の衝撃波が出ているから数もわからないし、他にどんな魔物が海域にいるかもわからないって」
「最悪だな」
魔物は海の中にいるだけあって距離や数を把握するにはソナーが有効だ。最近のソナーは便利なもので、低空飛行した飛行機の上からでもデータは取れる。
ソナーは海中に向かって超音波を発生し、反響を調べるものだ。ところがその海の中で音速航行により衝撃波を撒き散らしていたら音波の反響どころじゃない。パチンコ屋のクソうるさいホールで囁き声を出して人を探すようなもんだ。そんな状況あるか? いや、水中で音速出すマグロの方が非現実的なんだが……
「音速マグロをどうにかしないと大型の魔物対策もできないからって急ぎのクエストになったみたいだねぃ。道具は一応、数十匹は確保できる分を用意されているから大丈夫だと思うよう」
「これまでの事例からして、居て十数匹だと思うんだがなあ。音速で水中をかっ飛ぶ怪獣が百匹いたらこの世の終わりだぞ。海の生き物全部衝撃波で死にそう」
「まあ……音速マグロも常に音速出して泳いでるわけじゃないから」
「常に音速だとまず視認ができんからなあ」
基本的にはやや早いマグロなんだが、他の魔物に襲われて危機を感じたか人間に襲いかかるときに音速で泳ぎだす。威力的には戦車砲を発射すると言い換えてもいい。ファンタジーの火を吹くドラゴンより危険度高いんじゃねえの? こいつ。
そんな高速で動いて自分が死なないのかという点については、研究が進んでないのでよくわからんという素敵な報告が発表されている。気だとか魔力だとかそういうので保護している説も根強い。マッチョ信仰のおかげかも。
まあともかく、定期的に水中で爆発起こしているようなマグロどもはそれ故に大雑把な位置は特定しやすい。データを集めればどのあたりを周遊しているかの検討もつく。オケアノスの連中がそこらを計算して、この船を目的の海域へ向かわしている。
「ところでこの船大丈夫なのか? 音速マグロが近くを通っただけで相当揺れるぞ」
下手なボートだと転覆するぐらいの波っていうか衝撃波が海中から突き上げてくる。近づかないように気をつける、と言っても音速で接近してくるやつにどんな警戒ができるというのか。
「そうだねぃ。詳しくないけどこの船いざとなったら海面からちょっと浮いて飛べるらしいからそれで逃げるんじゃないかい?」
「そういや船名も『パイエケス号』だからそんな機能もついてんのか」
「『パイパイスケスケ号』? この船の名前だっけぃ?」
「はいIQゼロ。パイエケス人の船っつったらギリシャ神話でオデュッセウスが乗ったやつだろ。荒れた海でもかっ飛んで移動できる超科学の船」
「なんでそんな知識があるんだい? 神話に詳しいサブカル青年だったかぁい?」
「パチスロ『オデュッセウスの帰還』に出てきた。激熱リーチになるんだ」
「……」
スロの『アナザーゴッドハーデス』シリーズがやけにヒットしてギリシャ神話系が充実したんだよな。何年か前から。オケアノスが出資しているって噂だが。
「男の子はみんな、大事なことはパチスロで学ぶんだ」
「なんで日本人の男はあんなにパチスロが好きなのかねぃ……」
「DNAに刻まれてるのかもな」
「そんな嫌なDNAある⁉」
「しかし本当にパチによる知名度向上はすげえんだぞ。悟空やルフィすら知らないジジババでも、めぐみんやレム、リムルは知ってるんだから」
「どーでもいいよう」
心底パチスロに興味なさそうに話を打ち切った。なんでアメリカ人はパチンコやらないんだろうな。グアムあたりにはあるらしいんだが、日本人観光客で賑わっていると聞く。海外旅行してもパチ打ちに行くあたり日本人ハマりすぎ。
まあ、ともかく到着まで支給品の装備を身につけていく。前回、海水浴客みたいな姿で最低限の狩りに出かけたときと違って今回はマトモな格好だ。
オレの着ている黒に白い模様が入ったダイバースーツはシャチ迷彩と呼ばれるやつで、シャチっぽい柄で魔物や魚をビビらせようという魂胆がある。効き目があるかは諸説あった。他の冒険者が着ているやつも、サンゴ礁に合わせた黄色や赤のカラフル色だったり、目玉みたいな模様がびっしりついていたりしてキモいものなど、視覚効果でカモフラや威圧なんかを与えられたらな~みたいな祈りで彩色されている。
空気ボンベは値段によっていろんな形があるんだが、オレが使っているのは薄めのランドセルみたいな箱型だ。従来のスキューバダイビングで使うようなやつだと魔物と交戦したときもぎ取られる危険がある。他のやつも、体にベストやサイドバッグみたいに巻き付けるタイプやフルフェイスヘルメットに内蔵しているやつもある。
タバコみたいな小型のアイテムで数時間は酸素供給できる技術革新というか、素材革新があったから空気ボンベはいろんな形で長時間使えるのが出回っている。
武装は基本のVA-NGに愛用の銛とダイビングナイフ。緊急用にVS-Gが一個。二個は高くて買えなかった。ヴァルナ社の兵器モニター契約をすれば安くで売ってくれるんだが、死の商人との契約はちょっと慎重になったほうがいい。
ついでに小型水中スクーター。こいつも高かった……レンタル品もあるんだが、失くした場合に新品買うより高値をふっかけられる。でもこれがないと海中からマグロ運べないから仕方なく購入。
魔物回収用のボックスは今回持ってきていない。メインは水中に捕獲スクリーンを張る作業だからな。
オケアノスから参加者に支給されたフルフェイスヘルメットを調整する。拡張現実(AR)を出せるゴーグル付きで作業指示を送れる通信機能もある。暗黒メガコーポの洗脳装置じゃないことを祈ろう。
そうしているとメットの装着に四苦八苦している知り合いの冒険者がいた。
「チェスターじゃねえか。手前も参加してたのか?」
「おうっ! アルトどん! よか修行じゃッッ‼」
「声でか」
この色黒でやかましい男はチェスター。ブラジル人の冒険者だ。髪をちょんまげかパイナップルみたいに結っているのでヘルメットが入りにくいみたいだった。
チェスターの持ってきている装備を見てオレは揶揄して言う。
「手前、まだ刀一本でやってんの? よく死なねえな」
「オイのブラジリアン示現流とナミヒーラに掛かればフカん如き、つけ揚げの具じゃっちッッ!」
「錆びねえの? その刀。海の中で使ってて」
「ヴァルナ社で防錆コートとメンテしてもらってごわす」
チェスターは愛用の刀を掲げて自慢げにそう応えた。こいつは変わり者の冒険者で、もともと故郷では『ブラジリアン示現流』という流派をやっていたらしい。
二十世紀初頭に行われた日本からブラジルへの移民には鹿児島人も多く参加し、その中にいた薩摩示現流の使い手が現地でブラジル人たちに指導したことから発生した。
詳しくは全然知らんが、まあチェスト叫んでぶった切る剣術だ。そもそもチェスターも本名は忘れたが、よくチェスト叫んでいるので冒険者からあだ名で『チェスト男』呼ばれるようになった。
チェスターは習得したブラジリアン示現流を実戦で使いたいと思って、修行や腕試しを兼ねて冒険者になった変わり者というか、アホだ。それで水中銃を使わず、海の中で刀(ナミヒーラとかいうブラジリアン刀鍛冶が打ったやつらしい)を振り回して魔物を切って遊んでいるやばいやつだった。
こいつはオレが鹿児島出身だと聞いてやけに親しげに近づいてきて、毎朝の立ち木打ち込み練習に誘ってきたので引っ越して逃げたことがある。鹿児島人なら示現流は義務教育だと勘違いしているらしい。いやまあ、現代でも示現流道場だとスーツやジャージ姿で立ち木を殴っているけどよ。
南米のサッカー選手めいたギラギラした目つきのブラジリアン侍は無駄に気合の入ったブラジリアン薩摩弁で語る。
「音速マグロを切ィ飛ばせっチャンスは滅多に無かち、オイの稲光が如き太刀筋と勝負してみたかなあッッッ」
「水中で振ってもそんなに速度でねえだろ剣」
「ヴァルナ社で水中加速機構と電撃発生機を刀に取り付けてもらったでごわす」
「めちゃくちゃ改造してんじゃねえかナミヒーラ」
よく見るとこいつの刀はやけにメカメカしい装飾をしていた。
実際のところ、魔物との戦いでは接近戦も手段としては有効ではある。魔物の種類によっては鱗が固いか肉厚で水中銃だとなかなか死なないとか、動きが素早くて音響爆弾が使いづらいなどもある。そこで相手の懐に飛び込んでエラのあたりから刃物を突き刺して仕留められれば一発だ。めちゃくちゃ危ないという欠点さえなければ。
魔物とはいえ、魚なんだから噛みつくぐらいしか攻撃手段がないと油断する初級者もいるがところがどっこい、毒針を逆立てたリ、ヒレが刃物みたいになっていたりするのは序の口で、周囲に猛毒を撒き散らす、電撃を放つ、怪光線を撃ってくるやつもいれば全身が光って凶暴化するやつもいる。ユニコーンガンダムみたいに。オレはパチスロで詳しいんだユニコーンガンダムのことは。可能性の獣にいつも敗北するだけで。
そういった危険度の高い魔物ほど死体でも持ち帰れば高値がつくけどな。ともあれ慎重に戦わないとこの冒険者稼業は一年と続かないだろう。
「まあ……今回はそのダンビラを振り回すよりも罠設置作業をしっかりやれよ。作業監視されてっからな」
「このメット被っとチェストすっとに邪魔じゃ」
ブツブツと文句を言うチェスターを置いて船室の給湯室へと向かった。そこに置かれている携帯食カロリーバーを掻っ払って食べておく。
オケアノスの依頼で乗る高級そうな船にはたいてい携帯食が置いていて冒険者は食っても文句は言われない。それを積極的に教えているわけではないから今日この船に乗っている初級冒険者たちは知らないかもしれないが。
作業には時間が掛かるしダイビング中は体力を使う。空腹状態だとマジでつらい。なので今のうちにカロリー摂取だ。
ちなみに半日以上、下手すれば丸一日以上かけて潜る仕事や、ダンジョン中心部を目指して長期戦に挑むときもある。その時は水中に設置する簡易休憩所を持ち運ぶか、海底遺跡群の中に休憩所として使える場所をあらかじめ探し、食事を摂る。かなり面倒くさいが、ダンジョン中心部の調査と採取はオケアノスからの報酬もデカくなる。
シャキサクッとした謎の硬質なカロリーバーを齧りながら外に出ようとすると、船室に冒険者の一人がグッタリとした様子で運び込まれてきた。
運んできたミス・ゴジラ女史に訊ねる。
「おい、どうしたんだそいつ」
「支給された痛み止めのクスリをチョコ感覚で口に入れたみたいだねぃ。もうこいつは当分使い物にならないよう」
「こわっそんなクスリ渡すなよ」
完全にラリって脱力している冒険者の男を足で突っつきながら言う。
「本来は首筋とかに貼り付けるパッチなんだけど、口に入れたら粘膜吸収で効き目が強すぎになったんだねぃ」
「さっきと同じセリフ言っていいか? そんなクスリ渡すなよ……」
「仕方ないねぃ。ホイミ的な回復手段はないんだから」
「噂だと再生力の高い魔物を素材にした薬で失った手足が生えてくる可能性があるらしいがな」
「微妙に不安になりそうだねぃ。魔物に乗っ取られないかとか」
「案外仲良くなるかもしれねえぞ。お約束だ」
「腕が失くなったら傷病手当貰って引退するよう」
そりゃそうか。しかしオレみたいな借金返済目的だとどうしようもねえな。
ちなみに冒険者で再起不能の怪我を負って借金持ちじゃないやつはだいたい故郷に帰る。故郷まで船を出してくれる積立金がギルドには存在して、普段ピンハネされているアレだがそれによってオケアノスにとって利用価値を失くした邪魔な冒険者崩れは帰されるわけだ。
借金持ちで手足がなくなった? きっとオケアノスの実験体として研究所送りで手足に分裂タコとかくっつけられるに違いない。
いつか彼らの尊い犠牲で、再生治療が発展することを信じて。
「ってかこいつがラリって倒れたから作業人数減るのかよ!」
「そうだねぃ。ま、募集時点から何人かは使い物にならないこと前提みたいなところあるし、上手く現場を回してくれい」
「もうね、罠張るのもドローンにやらせろよって思う」
「水中作業用ドローンと操縦者複数雇って下手したら失うよりより冒険者のほうが安いんだよねぃ」
まあそりゃ、オレらが死んでも補償とか出ないしな。
日本なんかが国を上げてダンジョン資源の確保をしないのも、死人がボロボロ出るのがほぼ確定しているのにその補償をどうするかという問題もある。
海上自衛隊だろうが海上保安庁だろうが、職員が潜って一人でも死んだらデカい労災だしマスコミがこぞって死地に送った政府をぶっ叩くだろう。
となれば民間の、しかも日本じゃない会社が自主的に人命を使い潰しつつ資源を取ってきてそれを買い取った方がよい。時々軍艦を派遣して盛大に粉砕される某国以外の国もだいたいそういった対応だ。
「パシリはパシリらしく仕事をこなすとするぜ」
「そういえばアルトくん、今回は音速マグロを持ち帰って寿司屋に売るらしいじゃないかい。それが成功したらお店に食べに行こうかねぃ」
「マグロ食ってるゴジラは駄目なやつだって風潮あるが」
「……逆にゴジラってマグロ以外なに食ってるんだい?」
「そういえば知らんな……」
そんなことを駄弁って目的の海域に到着するのを待っていた。
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