掌編22:『アルト・ザ・イーサー』
ここは三岳島の日本会館。
日本人在住者が避難なり待合なりに利用している場所に、今日はグレイのオッサンが連絡して集めた日本人冒険者たちがいた。
そういう集まりって普段はオレあんまり参加しないんだが、ここに下宿している関係上強制参加させられた。
日本人冒険者は三十代から五十代の男が多い。トシ食っているやつは漁師アガリで、比較的若い連中は生き急いでいる英雄志願だ。さすがに十代は居ない。
たぶんガキが参加しようとしたら日本人コミュニティから説教されて帰される。こっそりやっているやつは居るかも知れねえが、そういうのはこういう集まりには来ないからな。18からやっていたオレとか。
ちなみにベテランってほどベテランは居ない。まあ、魔物なんてのが現れたのは5年前からだからな。日々新種の魔物が発見されているわけで、対応に慣れるなんて無理がある。もしくは、慣れたと思って油断したやつから死んでいく。
グレイのオッサンが皆に呼びかける。
「みんな、集まってくれてありがとう! 連絡していた通り、オケアノスからの依頼が来ていてね。日本人冒険者限定で引き受ける者を募りたいそうだ」
「どうして日本人限定で?」
一人が疑問の声をあげた。日本人だけを殺す殺人ウイルスの治験とかだったら嫌だからだ。暗黒メガコーポの依頼は疑うぐらいでちょうど良い。
「これが日本国内の自治体から、オケアノスに依頼してきた魔物退治の仕事だからだよ。日本に入国するのに身元がアレな外国人冒険者だと問題が多くてね……」
「ああ……」
納得したようなうめき声がそこかしこから聞こえた。
三岳島は魔物退治の最前線だが、海は繋がっとるけん、湧き出した魔物は日本全国津々浦々、海に面してればあちこちに出没する。
そこで退治の仕事をするのは武装した地元漁師や警察官、海上保安庁に自衛隊といった連中だ。
ただ日本国内で調達できる対魔物用の装備は限られている上に、三岳島にかなり劣る。最新型のダイバースーツを買う予算も自衛隊には降りてこない。
そういうわけもあって、専門家を抱えているオケアノスに依頼してくるケースがあるらしい。
「大丈夫なのかよ。前、オケアノスに依頼してきた事案だと潜水艇で小型魚雷撃ちまくって流れ弾で海岸線の形変えたって問題になってなかったか?」
オレがそう聞いたところ、グレイは頷いて応える。
「大規模破壊にならないよう考慮されて今回は冒険者の派遣といった形にしたいみたいだね。オケアノスとしては日本政府……特に鹿児島県の自治体とは好感度稼ぎたいから二つ返事で引き受けたようだ」
「オケアノスの専属ダイバーは?」
「彼ら人権がないから下手に外国で逃亡されると厄介というか」
「サラッと真っ黒なんだよ好感度稼ぎたがってる会社が!」
嫌そうなツッコミが一斉に入った。オケアノスの専属になるってそういうことだと周知されているので、日本人の専属ダイバーは殆ど居ない。グレイぐらいだが、協力員という立場のようだ。
「しかし今回は報酬がいいぞ! 人数制限無しで、成功報酬は参加者全員に振り込まれるが300万! 更にエレク払いか円払いか選べる! 円の現金払いでもいいようだ」
「円でくれるのか!」
「それはちょっといいな……」
「現金はありがたい……」
冒険者たちがざわついた。オレらは日本人だけあって、円の口座もしっかり本土の銀行には持っているやつが多い。そんで口座すら持てない元反社な冒険者も居て、現金は更にありがたいだろう。
円とエレクのレートはボチボチ等価(10%以内ブレることはある)ぐらいだが、ここがオケアノスのクソみたいなマジックがある。
エレクから円に両替すると手数料が取られるんだ。もちろんドルとか元とかに換えてもだが。しかも結構な量。
そんなわけで、最終的にエレクを円に換えて日本へ帰ることをゴールにしている日本人冒険者からしてみれば、同じ額でも最初から円で貰っとけばその分お得であった。
「いや待てオッサン。参加者全員に300万プレゼントって条件がクソ案件じゃねえのかそれ。退治する魔物がサイキックイトウとかじゃねえだろうな」
サイキックイトウはかつて北海道に現れた、淡水魚のイトウによく似た魔物だ。
サイキック能力があって近づくものすべてをサイコキネシスで破壊しまくった恐るべき魔物だった。
河川周辺を粉々に粉砕しつつ川を遡上していったので、上流から大量の毒を流す毒もみ作戦を現地の警察署長が敢行。河川の環境と引き換えに退治された。サイコキネシスによる直接的な死者231人という大被害だ。(署長もなんか腹を切って死んだ)
そんな化け物相手に行きたくはないんだが。
「いやあ、大丈夫……とは言い切れないかな。まったく新種の魔物の群れだから危険度はわからないし、オケアノスとしては爆散させたりしないよう死骸を持ってきて欲しいみたいだから……」
「爆発物駄目か?」
確認するように首を傾げたのが『爆弾魔』と通称で呼ばれる冒険者だ。三岳島なら幾らでも爆弾作れるってんで移住してきた手作り機雷のプロ。日本本土じゃシャバに居られないギリギリのやつだった。
「今回は爆発物禁止だ。標的もそんなに大型じゃないようだから。大きさは五十センチから一メートル以内かな」
「標的の画像とかあるのか?」
「私が先行して撮影してきたものだが、これだ」
集会所に設置されているホワイトボードに、望遠水中カメラで撮影された画像が貼り付けられた。
場所が異海ではないので透明な海水じゃないからかなり不鮮明になっているが、十数匹の異形をした魚が泳いでいるようだった。
先頭にいる個体が一番巨体で、頭に王冠みたいなヒレが付いている。それに付き従うように小型の個体が居て、特徴としてはどれも胸ビレやら背ビレやら箇所は別々だが、刀剣のような形をした武器を持っている。
「恐らくは近接タイプの魔物だと思われるが、集団なところが危険度が高い。出現した場所は鹿児島県伊佐市──私はこの魔物群を『イーサーウオと円卓の鱚』と命名したよ!」
「伊佐だけにいーさー……うお」
「円卓の……ってこいつら鱚か!?」
「うん。いや待て。オッサンのゴミみたいなダジャレネームはともかくだ」
オレが手を上げて半眼で聞いた。
「まず鹿児島県民以外だとピンと来ねえだろうから県民のオレが言うけどよ……伊佐市に海はねえだろ!?」
伊佐市。鹿児島県の北部に位置する、山に囲まれた辺鄙な盆地だ。
『伊佐は、いいさ~』というフレーズは鹿児島県民ならほぼ全員聞いたことがあるかもしれないが、同じ県民でも9割は伊佐市に一生足を踏み入れないまま人生を終わる。そういう土地だった。結局伊佐の良さを知らないまま。
なにせ市なのに電車が通ってないし、高速道路からも外れているからなにかのついでにしても近寄ることがない。
それはさておき。海もない内陸部なのになんで魔物が出るんだよ。
「川を遡上してきたのです?」
仇村・トビー・伊那が首を傾げてそう聞いた。
「遡上してこねえよ普通は。川内川にはダムがあんだよ途中に」
「詳しいのです……さすがジモティー」
「地元でもねえけど!」
鹿児島県民だからって何でも鹿児島に詳しいと思われたら困るんだが。オレも行ったことないけどギリギリ県民として知っているぐらいで。
するとグレイが補足して発言した。
「そう、まさにそのダム湖……大鶴湖に魔物が根城にしている」
「ダム上がって来てるじゃねえか……!」
「時折そこから遡上して地元の河童が被害にあっているらしい」
「サラッと河童が人間サイドで出てくる世界観だったか!?」
「ほら」
写真を見せると伊佐市にあるガラッパ公園に飾られていたガラッパ(河童)の像が片っ端から首を切られているのを撮影したやつだった。
「伊佐市では鮎釣りなどを管理する河川漁協しかなく魔物対策の武器を所有していないことから支援を要請したようだ。今のところの被害は少ないが、なにせ詳細のわからない魔物だからね。最悪、ダムを破壊する能力を持っていないとも限らない。早急な対処が必要ではある」
「まあ……そこの鶴田ダム壊されたら下流の街がヤバいけどな」
川内川の水をせき止めている鶴田ダムは巨大なダム湖を形成している。それによる水害だけでなく、鶴田ダムの発電施設は近隣の電力をかなり賄っていて拡張工事が計画されているらしい。(下流の川内市に原発があったんだが、5年前の大地震のときに緊急停止、周辺環境が壊滅して以来再稼働していない)
「というわけで、参加希望者はこの参加用紙に記名して持って行く装備を申告して欲しい。警察にしょっぴかれないよう装備類はガンロッカーに纏めて輸送し、現地で渡すからナイフや銃を日本国内で持ち歩かないように。移動と食費、宿泊場所はオケアノスが手配するみたいだが現地で食べ歩きする時間ぐらいはたぶんあるだろう」
「なあアルト。その伊佐市ってなんの食い物が美味いんだ?」
「知らねえよ地元じゃねえんだから……米とか酒じゃなかったか?」
「えーと調べると……米、芋、ネギ、かぼちゃが特産品で……」
「田舎の作物って感じでテンション上がらねえな……」
微妙そうな表情をする日本人冒険者たち。オレも軽く調べてみる。伊佐市にはパチンコ屋が2軒しかない。かなしみ。
それでも、割のいい仕事だし日本人冒険者複数でパーティ組めば突発的な危険度も低そう、タダで日本本土に行けるし伊佐市には温泉もあるってことで結構な数が参加することになった。
オレもたまには本土のパチを打ちたい感情があるので行くことにした。
三岳島の違法パチは熱いんだが、最新機種は出回らないんだよな。型落ちしたやつを改造して出してるから。
******
日本に出張なので今回はセンセイとも別れての行動だ。普段強化アーマー乗りなんてレアでハイパワーな相棒がいる分、そっちに頼ってる癖が出ないように気をつけねえとな。
「というわけでトビーは盾役を任せたぜ」
「一応言っておくけれども、うちの強化アーマーは高機動を重視していて防御性能そんなに高くないのです」
三岳島から鹿児島に行く高速船で隣に座っているトビー(の、中の人)に話しかけた。トシは20ぐらいと聞いたが、体がバグって二次性徴が起きなかったらしく見た目は小学生男子だ。半ズボンとか似合いそう。
その超小柄な体型だからこそ、強化アーマーにしては小型なトビーを身に纏って動ける。
「それにしても……なんでそこの女が付いてきてるんだ?」
オレが指差す先にはぬちゃぁって感じで笑みを浮かべた、死神スタイルの借金取りことカロン塚本が席についていた。
「ふひっ、しょ、小生も一応ダイバー登録しているのでぇ……参加者としてサポートしようかなってぇ。日本人ですしぃ、お金欲しいしぃ」
「借金取りの仕事してんじゃなかったのか」
「エージェントは歩合制も残業もナシの手取り18万エレクでしてぇ……」
「しょっぼ。泳げるのかよ。っていうか汗ダラダラでダイバースーツ着れるのか?」
「特注した試作型ダイバースーツを借りましてぇ……あっ、これ将来的に、スーツ着ながらおしっことかできるようになるって機能で水分の排出が可能なやつなんですけどぉ」
「こいつの近くで泳ぎたくねえ」
まあ、長期的に潜り続ける必要があるダイバーからすれば食事・排泄・それと睡眠は重大な問題だ。今のところは栄養剤で補給、薬物注射で排泄や眠気を抑えるなどの方法が取られている。あとケツのところだけすぐ脱げるダイバースーツな。
でも脱いでクソしてる最中に魔物に襲われて死んだ冒険者を十人は見てきたので、なるたけ控えたい方法だよな。
鹿児島港について、高速艇から降りてすぐに大型バスとトラックで人員と装備を輸送した。
そっから1時間半ぐらい県道を走って伊佐市へ向かう。どうせ今日は移動だけで仕事ねえからとバスの中で飲み始める冒険者も居た。
流れ行く景色は山だらけであくびが出てくる。やがて開けた盆地に出て、畑の真ん中を通った道を進む。伊佐に入ったかな?
バスは川内川近くの『ひしかりガラッパ旅館』という大きめの二階建て旅館に泊まった。建物の入口では『伊佐はいーさー』と書かれた歓迎の幕みたいなのを広げて従業員たちが迎えてくれた。
「いさ! いさ! ようこそ来てくださいました! 同胞──ガラッパの命を狙う恐るべき魔物をよろしくお願いします!」
旅館の主人みたいなオッサンがそう謎の掛け声と共に挨拶をしたが、ちょっと笑った。
なにせ主人は小柄でビア樽みたいな体型をしているのだが、目が大きく離れて頭も紡錘型をしていて、なんつーか半魚人顔だった。
ひょっとしたら河童が化けてるんじゃねえの。
「ふひっ……なんとなく親近感」
「水棲妖怪の繋がりか?」
じとっとしたカロンはともかく、とりあえず宿に荷物置いて、グレイのオッサンとオケアノスの職員が市役所に話通しに行くんで、今日は冒険者一同休みとなる。
スーパーに酒を買いに行ったり、飯を食いに行ったり、温泉とサウナは宿にあるらしく、そっちに行くやつもいた。
オレ? オレはパチを打ちに行くわ。見渡す限り畑の真ん中にパチ屋があったわ。
「ふひひっ……これどうやってプレイするんでしょうかぁ……あっ、プレイって言ってもえっちな意味じゃありませんよぉ」
「なんで付いてきてんだヌルベチョ女」
「だってぇ……この出張で顔見知りなのってぇ、アルトさんと伊那きゅんしかいませんしぃ……知らないおじさんたちと過ごすのはちょっとぉ……」
「トビーについて行け!」
「伊那きゅんは伊佐市にある会社の支店で情報集めてくるってお仕事に行ったし……」
「こんな田舎でも警備会社あんのかよ……ってそういや金山あったな、ここ」
トビーの所属するフジバヤシ・テック社は警備会社としては上等な部類のようで、銀行から要人警護まで様々なところに関わっているとか。
その親会社は更にドデカイ複合企業で、伊佐にある菱刈金山を開発しているのもそこだったはず。
日本中の他の金山にある量よりもずっと金の埋蔵量が多いとされる菱刈金山なら警備員だって雇って開発しているだろう。
「まあいいか……しかし田舎だからボチボチ古い機種だなここのパチスロ……まだタマとかコインが出てきやがる……そっちの方が好きだからいいが」
適当にカロンに教えながらグェングェンの消防隊を打った。いや違う炎炎ノ消防隊だ。これベトナムライズされてないやつだった。
三時間ぐらいして。
オレはクッソ負けていた。やべえ。カネがねえ。日本円だからそんなに持ってきてねえんだ。
一方で海物語を打っているカロンは「ウリンちゃんって子がよく出てきますぅ……ふひっ」とか言ってて、サム・魚群・ウリンちゃん(ウリン>>>>マリン・ワリンぐらいのありがたさ)をローテーションで出してやがった。嘘だろ。
こちとらジュース買うカネすら無くなってきたってのに!
……エリザに米買ってきてくれって頼まれてカネ渡されてたんだよな。伊佐米。米どころだから。寿司屋で使う米は独自のブレンドで作っているらしいが(台湾米とカリフォルニア米と日本米のブレンド)、まだ研究中で色々試したいとか。
その代金どこに持ってたっけ?
「……ノリ打ちって技法があってな?」
「はあ?」
オレは頷きながらカロンに話しかけた。
「つまり二人とか三人でパチ屋に行って、最終的な儲けや損を共有しようって打ち方だ。こうしとけば一人がクソ負けても、誰かが勝っていれば全体的な損は少なくなる……勝ちにガツガツ行かなくて趣味の台なんかで遊びやすくなるわけだ」
「はあ……」
「ありがとうな、勝ってくれていて」
「ええっ!? ノリ打ちに参加させられてますぅ!?」
その後、カロンの座っていたあたりが汗でビッチャビチャになっていたことを、店員から小便漏らしているんじゃないのかと怒られ、オレが代わりに謝って宥めることでカロンに恩を売ってどうにか勝ち分を折半してくれた。
危ないところだった。
宿に戻ってだらけて(晩飯の時間にオッサン冒険者どもから囲まれてチヤホヤされたカロンが緊張の滝汗でドン引きされたりもしたが)いたら、グレイがやってきてブリーフィングが始まった。
「数日前から魔物寄せの餌を使って誘き出そうとしていたのだが、動画を見てくれるかい」
そう宿のプロジェクターで監視カメラみたいな映像を出した。
湖──ダム湖の上に小舟を浮かべて、人形も設置してある。魔物の多くは人間を攻撃してくるのでその攻撃性を測るのに使われるものだ。
釣り竿みたいなのを伸ばしているが、その先に集魚剤が入っているのだろうか。
暫くなにも起きない映像だったが……
いきなり、小舟が細切れに分断された。
なんつーか、粘土細工で作った船をナイフで輪切りにしていったように、抵抗もなくすっぱり何箇所も切断されていく。
そして水面から一匹の、円卓の鱚とやらが飛び上がってトドメとばかりに剣の形に伸びた巨大なヒレを叩きつけ──人形が一刀両断された。
「……」
「……」
「ちなみにあの舟も人形もオケアノスの異海強化プラスチック製でライフル弾も弾く硬さをしているんだけどね」
「やべえな。破壊力だけならBランクの危険度あるんじゃねえの」
少なくとも、ダイバースーツの防御力だと耐えられなさそうな攻撃だ。
「近接はナシだろ。集魚剤で水面まで呼んで電撃か毒でも撒いて一網打尽にできねえか?」
「ソナーセンサーの記録だと集魚剤に寄ってきたのは一匹だけでね……あの規模の湖だったら端っこに居ても効果があるはずなんだが」
魔物寄せの道具、集魚剤。凄く便利そうに思えるアイテムなんだが、アホみたいな欠点もある。
効くか効かないかよくわかってないんだ。
なにせ魔物研究が始まってまだ数年。なにを食っているのかもよくわからんし、常に新発見がある。集魚剤も一応なんか複数の魔物が集まってくるが、まったく効果がない魔物だっている。原因は不明。そんな開発途中の道具だった。
「集魚剤じゃなくて小舟の人間狙って来ただけって説も考えられるわけか……」
「ちょっといいのですか」
トビーが手を挙げて発言した。
「菱刈鉱山で働いている弊社の社員に聞いた情報なのです。以前に、川内川で砂金採りをしていた人がこの魔物に襲われたと」
「砂金採りィ? そんなん出るのか、ここの川」
「まあ、採算が取れるほどではなく趣味でやって楽しめる程度なのですが。元々砂金が出ていたけれど、五年前の地震以降で更に増えたとかで……」
「それで? 仇村くん。情報とは」
グレイが促し、トビーは話を続けた。
「襲われた人は少量の砂金を持っていたそうなのですが、逃げるときに慌ててその辺に落として川から出たそうです。それで岸の上で魔物の姿を確認したら、砂金を落としたあたりでなにか食べていた様子だったとか」
「ほう……」
「それと、魔物に破壊されたガラッパ像は金箔が貼られていたこともあるのです。それで、鉱山関係者は魔物が金を狙っているのではと不安になっていました」
菱刈鉱山は直接的に川内川に面していないが、魔物は短時間なら陸上移動が可能なものもいるのは知られている。
「ゴールドイーターか……そういえば一番大きな、イーサーウオは金の王冠みたいな頭部をしていたな」
金を食っていると思しき魔物は既に存在している。狩りやすいやつだと『金貨サバ』あたりがそうだ。金を食って蓄積し、体に金塊を生み出す。
日本近海の海底には回収不能(というか回収しても採算が取れない)金が結構な量あるらしい。それを食って冒険者に回収されるのはありがたい魔物ではある。
しかしそうなると川内川の砂金を感知して上流まで昇ってきたんだろうか。イーサーウオ。伊佐以外で見つかったらどうすんだこの名前。
「よし、砂金を取り寄せてまた魔物を寄せる実験をしよう。順番で冒険者諸君には手伝ってもらうから、シフト表作るよ」
「……ひょっとして今から準備するのか?」
「犠牲者が出る前に片付けないといけないからね」
ということになり、砂金を混ぜた集魚剤の作成や工作技術があるやつは市内のニシムタ(ホームセンター)で罠なんかの材料を買ってきて、ヤマダ電機でドローンも用意した。オケアノスの経費で落ちるらしい。早速銃を組み込んで改造していた。
しかしそういう道具作っていると、センセイが居てくれれば随分助かったんだがな。なんでもすぐに作れるから。
日本国籍どころかどこの国籍も持っていないから入国できなかったんだけど。こういうときに出番減るからなにかしら考えておいた方がいいんじゃねえの。設定を。
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二日ほど交代交代に、イーサーウオと円卓の鱚どもを挑発したり攻撃したりしたことでやっと方針が見えてきた。
まず、砂金に食いつくのは本当のようだ。撒いたり、砂金を詰めた袋を海に垂らしたりすれば寄ってくる。
網で捕らえるのは無理だ。金属を織り込んだ網を貼って誘い込んでみたが、容易く剣で両断された。
毒を流すのも無理がある。まずダム湖が広すぎて、そこ一帯に効果が出るぐらい流したら下流がヤバい。
電撃は効かなかった。体内に蓄積した金やヒレが変形した剣がなんか上手いことアースになっているのかもしれない。
魔物自体の能力は高速接近、剣による攻撃以外は確認できなかったが、とにかく動きが早い上に水面からのジャンプで10mは飛び上がれる。道理でダムを昇って来られるはずだぜ。ドローンを一機落とされた。
魔物の防御力は並。どうにか海面近くに来たやつをドローンからの銃撃で一匹だけ仕留めた。水中銃でも十分に効果はあるだろう。
「えー……というわけで、砂金で寄せた魔物の群れを全員で遠距離から弾幕張って攻撃、遠距離で仕留めるという方向で行きます」
「色々試したが結局力技だな」
「もっと楽で安全な手段があればよかったんだけどね……」
目元に隈ができているグレイがぐったりとした声でそう告げた。冒険者連中はシフト組んでサボったりしながら調査実験に付き合っていたが、班長であるグレイは休んでいないのかもしれない。
「オケアノスから水中銃を追加で送ってもらったので使いやすいのを複数用意して持っていくことにしよう──近づかれると死ぬからね!」
「普段三岳島で麻痺してるけど日本国内だとヤバい仕事だよなこれ」
「それにあんまり時間を掛けていると警察とか公安とかに目を付けられるからね!」
「割と深刻な理由だった」
地元の自治体と、警察と、公安なんかはそれぞれ別の思惑で動いているらしい。伊佐市からしてみれば銃器を大量に持ち込もうがぶっ放そうが、早急に魔物を退治してくれればそれでいいのだが、他は問題がなくもない。
日本国内で水中銃の類を持つにしても免許や登録が必要(緩和されて取りやすくなっているとはいえ)なんだが、三岳島で普段活動している冒険者が国内のそういった手続きをしているわけはない。
ただ警察からしても魔物被害の実情を鑑みて、非合法冒険者が活動するのも数日程度なら通報もないし、見なかったことにしてくれるので早めに終わって帰りたいのがオケアノスの立場だった。
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ダム湖の上流からオレら冒険者たちは武器を持って潜った。
この鶴田ダムによって生まれた大鶴湖は日本有数の巨大な人造湖で、深さは最大で60mにも及ぶ。この湖から十数匹の魔物を追いかけ回すのは現実的ではないし、四方八方から鉄でもぶった切りそうなやつに襲われるのも冗談じゃない。
なのでお互い総力戦で正面からぶつかってぶっ殺し切るしかなかった。こっちの遠距離攻撃で仕留めきれれば勝ちだが、近づかれたら誰か死ぬだろう。
まあ、そんなのは異海だとちょくちょくあることだ。
潜る際にオケアノス製偏光アクリルボードを沈めている。学校の黒板ぐらいのデカさをした半透明のこれは水中では光の屈折によって正面から見ると裏に隠れた冒険者が見えにくくなる性質を持つ。作戦開始までこれで魔物から身を隠し、準備をする作戦だ。
ちらっとボードの脇から前方を確認して呟く。
「おっ! 結構視界よくなったなー」
オレは潜ってゴーグルを調整しながらそう呟いた。
ダム湖に予めセンサーソナーを放り込み、周辺情報を所得。それをゴーグルのモニターに送信してAIで補正したクリアな視界を表示している。
これを使えば異海以外の海でも透明同然に視界が確保できる。
それどころか、一キロほど離れた場所にいる魔物の位置まで確認できた。
『ふひっ……これなら当てやすそうですねぇ……』
「なんか手前の周囲の水が揺らいでるんだけど」
『汗を排出しているのでぇ……』
近くを泳いでいるカロンの体から、プールの中で小便したやつみたいになんか周囲の水と違う液体が滲み出て見えた。特殊なスーツは体を保温しつつも水分を排出してくれる。近くを泳ぎたくねえ。
シロートっぽいカロンだが、いつも持っているメカニカルなオールっぽい棒に水中銃を三つ外付け装着して構えている。射撃管制システムが組まれていて、電子制御された銃を一度に操作できるらしい。オルガン砲みたいで火力はありそうだ。口元にジュース缶(伊佐市名物のゆずジュース)を取り付けてストローで飲んでいる姿は気が抜けているが。
『前方に水中マキビシの散布完了なのです』
「そろそろ作戦開始か」
『爆発するドローン手裏剣も使えないから今回は僕も銃でサポートなのです』
そう言ってトビーもフジバヤシ・テック社が開発している水中銃『イソラ』を二丁持ちで用意していた。アワビとかサザエとかカキとか、養殖している高級海産物を密猟しに来るやつを警備員が射殺するために作られた。
『おいアルト! お前射的の腕が良いんだからこっちの長距離ライフル使え』
日本人冒険者の一人(パチ仲間の田中さん)がごっつい水中銃を渡してきた。水中用狙撃銃の結構値段がするやつだ。これは特殊弾頭専用で、発射後に銃弾本体から推進するガスが噴出して弾丸周辺を空気の膜でコーティングし、水中の抵抗を軽減させる仕組みになっている。
その特殊弾頭がクッソ高いから便利そうだがあんまり冒険者に使われていないレア武器だった。名前を『ヴァルナ・アストラ社・スーパーキャビテーションライフル』。長いのでヴァスキャラと呼ばれていた。
「土壇場で使い慣れてねえ武器渡してくんなよ」
『調整しといてやったから。ってかお前一時期使ってただろこれ。お前が質流れさせたやつを買ったんだぞ』
「あー、そういえば一時期ヴァルナ社から装備の現物支給でテストやってたときに使ってたんだったわ。テスターをクビになったから売っぱらったのか、売っぱらったからクビになったのか今となってはよく覚えてねえけど」
『最悪だな!』
言われながらも渡された銃を構えてみる。
……うん、なんとなく使えそうな感じはする。連射力はねえけど、これで狙い撃つか。代わりに田中さんへ、オレの持っていたVA-NG2を二丁渡しておいた。
通信から、地上で指揮を取っているグレイの声が聞こえる。
『諸君、準備はできたかい? 今回はとにかく矢衾で相手の突撃を受け止めることが肝要だ。騎士の時代は銃の登場で終わったのだと、魔物の騎士団に教えてやってくれ』
「騎士じゃなくて鱚だろ」
ぼやきながらも銃を構える。スコープとゴーグルを同期し、射線を睨んだ。
『作戦開始!』
グレイの声で、水中銃の最大射程地点あたりに砂金を含んだ集魚剤がドローンで投下される。カネに汚い魔物の騎士団がピクリと反応して集団でそっちへ移動を開始した。
まずは一番射程の長い武器を担いでいるオレの不意打ちからだ。
一発当てたら反応してこっちに向かってくるはずだから、その一発で数を減らしておきたい。
「パチの入賞口が口開けてるような気分だぜ……!」
『お前それだと当たらねえだろ』
『その例えやめろ』
「オラッ! お亡くなりになりやがれ!」
回りの冷めたようなガヤを無視して、オレはベストなタイミングで引き金を引いた。
狙い通り、呑気に金を喰いに来た円卓鱚一匹の頭をぶち抜き──そのうしろに居たもう一匹まで撃ち抜いた。
「二枚抜きだ。大当たり抽選が始まるぜ」
攻撃を受けたことで魔物の群れは散開。アクリルボードから身を乗り出して射撃したオレの姿を認めて、こっちに高速接近を開始した。
『撃て! 撃て!』
『ヒャッハー!』
『くたばれ!』
皆が声を上げながら水中銃をぶっ放しまくった。
『ふひひひっ! ヌーカーエイト! ピンポイントに集中砲火!』
カロンも両手で杖を構えながら、恐らく視線データを送信して三丁の水中銃がヌルヌルと射線微調整しながら迎撃射撃を行っている。おっ一匹殺った。
『イソラのネット弾頭で行動を遅らせるのです!』
トビーの銃がぶっ放す拳大の砲弾が広がって網となり、円卓鱚を絡め取る。それを切断しようにも、硬質の網ではなく粘着性らしく張り付いて動きを阻害していた。
遅くなった魔物をオレがリロードして脳天ぶち抜く。このヴァスキャラの難点もう一つは弾丸と発射機構が特殊すぎて一発ごとにリロード必要なんだ。正直、ソロ冒険者だと不便すぎる。
『くっ! こいつら……剣で身を隠しながら近づいてくるぞ!』
誰かの悲鳴みたいな報告。遠目に確認すると、剣みたいになっているヒレを前方に伸ばし、その影に隠れながら進んできている。
魚は言うまでもなく流線型の体型で、真正面から見ると非常に細く小さく見える。なのでそれを剣で隠してしまうとかなり正面からの銃弾は当たりづらくなる。
『川崎班は上! 下林班は海底に移動! 上下から撃て! アルト青年の班は正面から数を減らせ!』
グレイの指示が飛んできて、オレらは三隊に別れて射撃しながら移動をする。幾ら前方投影面積が減ったとはいえ、腹や背中側から狙う分には問題がない。
上下からくるニードルガンの弾丸と、進路上に巻かれた水中マキビシ(刺さると高速回転して傷口をえぐる)によって怯み、ガードが下がったやつをオレとカロンの精密射撃で一匹ずつ撃破していく。
爆裂弾頭があればもっと弾幕も威力があったんだろうが、ダムに悪影響があっては非常に問題だ。猛毒弾頭も外した毒入りの針が下流に流れていって人に刺さると危険なので禁止されている。大いなる海と違って、川ってのは捨てたらいけないものだらけだ。海もだめ? それはそうなんだが。
それでもニードルガンの弾幕で更に数匹は死んでいく。三十人の冒険者が弾代無視のトリガーハッピーモードでぶっ放す銃弾の雨は魔物でもキツかろう。接近できなければこの魔物もただのサカナだ。
なんだが……
「クソ! かなり近づいてきた!」
『あと数匹なのです!』
こっちの射程に入ってから魔物が一直線でなく銃撃を避けつつも、接近戦の間合いに突入するまで30秒足らず。
動きが速い! リロードして更にもう一匹をぶち抜く!
敵の密度が低下して狙う弾丸も集中しているはずなんだが、残り三匹が一番奥のイーサーウオを庇うような陣形で迫ってきている。
サカナでもボスを守るって感情があるのか? もしくはあのイーサーウオが雌なのかもしれん。派手派手だしな。
『イィジェクトォ!』
上ずったようなカロンの声と共に、ヌーカーエイトに組み込まれていた三本の水中銃が前方に向けて排出された。弾切れした銃を前にぶっ飛ばしたようだ。
銃弾とは比べ物にならない質量の投擲物が剣で保護しているとはいえ前方に直撃し、三匹の円卓鱚は怯んだ様子だった。
『剥がしてやるのです!』
その隙に、トビーの鎖鎌が射程に捉えた。ぶん投げた鎌が水中で推進力を出しながら回転して円卓鱚にぶっ刺さり、力任せにトビーはそれを引っ張って切り裂いた。
ガードされていたイーサーウオが露わになる。
「トドメだ、王様野郎!」
ヴァスキャラを撃ち込むと、残った円卓鱚が身を挺して庇ったがその体を貫通。イーサーウオのドタマに弾丸は直撃──いや、逸れた!?
王冠みたいになっている頭はえげつない硬さらしい。イーサーウオは機敏に加速し、デッケエ剣ヒレを向けてオレに突撃してきた。やっべ! リロード間に合わん!
強化プラスチックを粘土細工みたいに切り裂くイーサーウオの一撃が振るわれ──
『ヌぅぅカぁぁぁ!』
変な掛け声と共にカロンが前に出て、銃を取り外したヌーカーエイトを振るった。キャビテーションの泡が出るほどの高速。オールの反対側から推進剤の燃焼光が見えた。水中で強制加速して振るう機構が付いているようだ。
それはイーサーウオのエクスカリバーめいた剣と撃ち合い──両者弾き合って小規模の水中爆発を起こした。切れてない。相当頑丈だ。
『捕まえるのです!』
トビーが鎖鎌の分銅側をぶん投げて、それはイーサーウオの剣へと絡みついた。強化アーマーのパワーで引っ張って剣を振るうことを妨害する。
その間にオレはリロードを終えて、ぽっかりと開けたイーサーウオの口を狙って引き金を引いた。
「あばよ! ご自慢の剣はヒレ酒にしてやるぜ!」
******
「──というわけでイーサーウオと円卓の鱚とやらをぶっ倒して来たってわけ。はいお土産。買い取ってくれ」
「わあ! アルトくん! これが『円卓の鱚』!?」
「見た目には円卓要素ゼロネ」
「オケアノスに納品する予定だったんだが、数が十数匹居たから一匹ぐらいコソッと持って帰れるように交渉して来たんだぜ。非売品の激レアだから高く買い取ってくんな」
三岳島に戻ってきて、エリザの寿司屋に持ち帰った円卓鱚を買い取らせた。他にも頼まれていた伊佐米や焼酎黒伊佐錦なんかも渡す。
いやあ、事前に伊佐米のカネはエリザから貰っていたんだが、魔物退治祝勝会で伊佐市の役人に「伊佐の米と酒を欲しがっている寿司屋が居るんすよ~」って話をしたらタダでくれたから得したよな。これだったらカロンのやつにノリ打ち頼まなくても良かったぜ。
『はあ……私も行きたかったな。冒険』
スペランクラフトジャケットを着たまま肩を落とす器用な動きを見せるセンセイ。
「センセイは身分がな……」
『それも考慮して、ビルダーで身分証をクラフトするのはどうだろうか』
「偽造じゃねーか!」
『マイナンバーカードも作れそうな気がする。フルネームはどうしよう。界村センセイとか』
「オレを巻き込まないでくれないか!?」
うちにはこんな妹や姉やお袋は居ません。いやお袋の顔見たことないんだけどなオレ。シングルファザー親父だったから。
「それはそうと野良犬。出張なのにあの借金取りのベチョベチョ女と随分楽しそうに遊んでいたらしいナ」
「知らない世界線の話すぎる」
「ホラ! あの女のオケアノエックスのアカウント! 出張の数日は野良犬と撮った写真がアップされてるネ!」
「なんでそんなやつのアカウントフォローしてんだよ……」
タブレットを押し付けるように見せてきたが、カロンがオレとノリ打ちしているところとか、宿の晩飯で隣の席に座っているところとか撮影されていた。盗撮じゃねえの。
「つまりこういうことか……ウリンもノリ打ちがしたい」
「誰がするカ!?」
「三岳島だと負け額がエグいからな……前、ガチで店内で殺し合いはじめたノリ打ちコンビを見かけたことがある」
「そんなことより、我個人にお土産はないのカ」
「んだよ結局催促かよ。仕方ねえな、伊佐の観光課の役人が色々くれたやつだが」
はちみつとか茶とか菓子とか、とりあえず貰えるもんは全部貰ってきたやつをバッグから取り出してカウンターに置いた。
前にも述べたように、鹿児島県の中でも伊佐市は全然県民がやってこない位置にあったりするので、どうにか伊佐を盛り上げよう、特産品をアピールしようという試みで、こうしたお土産は多種多様に作られていた。
現金なもんでウリンは大喜びではちみつの瓶を開けてスプーン突っ込んで舐めたり、エリザも豚味噌を小皿に盛って焼酎黒伊佐錦を水割りで飲みはじめた。
センセイもスペランクラフトジャケットから出てきて焼酎モナカをむしゃむしゃ頬張りだす。
ぷへーっと酒臭い息を吐いて、エリザが言った。
「うーん、美味しい! 伊佐はいいさー、だね!」
「……なんなんだ今回は。伊佐からカネでも貰ったのか」
伊佐はいいさー。いやまあ、もう行くことはねえだろうけれど。
あなたの町にもアルトくんがやってくる!
あけましておめでとうございます
今年もアルトくんをよろしくです!




