第3話『愛でナムが落ちてくる』
「──と、そうだった。依頼されてたクラゲと昆布だ。あとおまけの魔物も持ってきたから買い取ってくれ」
オレも個人取引を頼まれていたんだった。ギルドに売るよりは高値がつく。
「わあ! アルトくん、わあ!」
「情報量がゼロの賛辞ありがとよ」
獲物を入れたリュックを渡すとエリザは大喜びで調理場へ持っていった。
「そういやこの店、普段の材料どうしてんだ? オレが持ってこなくても魔物寿司出してんだろ?」
「魔物素材を販売しているオケアノスの直売店があるネ。ただ値段が高いのと、人気のある材料は買い占められて手に入らないヨ。薬草昆布とか」
「オレに払う報酬より高ぇのか?」
「倍ぐらいするネ」
「ボリすぎだろギルドの連中」
例えば薬草昆布をギルドに納品すれば一枚で五千エレクがオレには振り込まれる。
だがオケアノスが一般販売する場合は一枚あたり三万エレクするらしい。
なのでこの店が直接、オレから一万五千エレクで買い取ってもまだ得するとか。
……そうなると冒険者たちによる密売が流行りそうだが、まずオレら冒険者ってのは信頼がカスだ。そこらのチンピラみたいなもんで、国籍も文化もバラバラ。そんな連中と個人間でマトモな商取引をするのはリスクがある。
中には企業が子飼いにしている冒険者ってのもいるみたいだが、そういうのとは別に怪しげな冒険者から買い取るよりは割高でもオケアノスが保証する取引から手に入れた方が確実なんだろう。
「……そんなクソ高ぇのを寿司にして提供する形態が間違ってるんじゃねえの」
「姐姐は『他では食べられない寿司』を目指してここに店を出したヨ。安い素材もあるから普段はそれをメインにしてるネ。分裂タコとか。マズアジとか」
「名前が最悪だよなマズアジ。マアジにズがついただけなのに」
「普通に食べるとマズいネ」
「だろうな」
「うちは姐姐の料理能力で美味しくしてるから安心ヨ」
基本的に冒険者が潜って銛なんかで魔物を取る。ただ比較的安全な外周部の海域から網や釣りでも穫れるやつがいてマズアジもその類で、結構大量に穫れるんだが、特に有効な成分があるわけでもなくマズいアジだ。一応人間に噛みついてくるので魔物扱いになっている。普通のアジとは遺伝子も全然違うらしい。
分裂タコもタコツボで捕まえられる。こいつは手足をぶっ千切っておけば全部再生して増えるという、タコっていうよりヒトデとかプラナリアなんじゃねえのって生態をしている。結構増えるペースが早くて、一匹捕まえれば水槽で延々増やせる。だから安いんだろう。
「本当に旨いんだろうな寿司……この店で賄いのピザとかしか食ったことねえぞオレ」
「ミャー! アルトくんアルトくん、なんかリュックにお魚の切り身が入っていましたけどこれなんですか⁉ サービスですか⁉」
「そいつはオレが獲ってきたオークエハタの切り身を特別に貰ってきたんだ。オレはいらんからお前らで食うなり店で出すなりしろ」
「ありがとうねアルトくん!」
「ちゃんと金は払えよ。それと味の評価はこのレポート用紙に書いといてくれ」
「なんか仕事押し付けられてますヨ姐姐……」
「いいよ~、どうせ『海幸山幸』にも魔物料理のレポート送らないといけないんだから」
ニコニコしてエリザはオレからの仕事を無料で引き受けた。素直でよろしい。
「『海幸山幸』って飯屋だっけか? フッツーの和食の」
「うん。魔物料理のレポート送る代わりにうちの店に出資して貰ってるんだよ!」
「潰れねえわけだ」
海幸山幸は蕎麦、うどん、丼もの、揚げ物に定食なんかを出す、日本全国あちこちの駅前にある和食チェーン店だった。なんならマトモな寿司も出している。自分たちではゲテモノの魔物食は扱わないけど、食品会社として気になるからエリザに依頼を出しているのかもしれない。飲食チェーンだが親会社はデカい企業だ。
魔物から取れる薬効や成分は世界中の医学者や製薬会社が注目されているが、味なんて気にしているっつーか積極的に食っているのは日本人ぐらいだ。中国でも一部のナマコや貝の干したやつが珍重されているぐらい。他の国だと魔物は悪魔の仲間扱いで食うやつはドン引きされることも多い。
まあ美味いやつはマジで美味いんだよな。魔物。所詮魚だから。
「クラゲスライムは塩を抜いて洗って、薬草昆布は茹でて使わない分は冷凍して……アルトくんも今日は食べていって! 今まで賄いばっかりだったから、お店のお寿司食べようよ」
「寿司屋の賄いなのにパスタやピザばっかりなのも謎だったが。それよりエリザちゃんよお、オレ様のお賃金振り込んでくれ」
「あ、そうだったね。ウリンちゃんお願い」
「わかったネ。クラゲスライム一匹で八千エレク、薬草昆布五枚で七万五千エレク、ゴブリンフィッシュ三匹で九千エレク、メタルウニが二千エレク……オークエハタはこの量だと二万エレクといったところカ」
「高級食材だな雑魚ばっかなのに」
っていうかこんな値段の食材使っているから、ここってゲテモノ寿司なのに値段が高ぇんだよな。
「合計で十一万四千エレクだネ」
「おう」
なかなかチョロいバイトだ。オークエハタに襲われたのは想定外だが、ダンジョン周辺海域の浅瀬でチャプチャプしているだけで穫れる、ほぼ危険度の低い魚ばっかりで一日十一万の儲け。普通の漁師じゃこうはいかねえ。
ウリンが手元のタブレットを操作してオレの口座に支払おうとして──笑った。
「で、野良犬が質屋に売り払った装備の債権を姐姐が買い戻した分を報酬から引くネ」
「ちょ、ちょっと待て! 別に頼んでねえぞ⁉」
「利子付けないだけ有り難く思えヨ。もちろん、今回の報酬からは足りないから口座から引いとくネ」
キャバーンキャバーンとオレのスマートウォッチからおどろおどろしい警告音が鳴って、口座に振り込まれていた今日の稼ぎが消えていくのが見えた。
中級冒険者の装備一式、百五十万エレクほどの金額が。
オケアノスバンクが発行した正式な債権証書(電子データ)があればこうして他人の口座から規定料金を引き出しちまうことも可能だった。
「があああ! オニ! 悪魔! 白髪女!」
「うるさいネ! だいたい姐姐も、こんなどこの馬の骨だかわからない野良犬冒険者に情けをかけて、装備買い戻しておくなんて止めるヨ!」
「あはは~、質流れするとアルトくん困ると思って……」
「今日の稼ぎを種銭にしてパチンコで何倍にも増やしてから買い戻す予定だったのに!」
「金をドブに捨てる前に有意義に使ってあげたんだから感謝するネ」
「クッソー……せっかく久しぶりに懐が潤ったのによ……」
スマートウォッチで残金を確認すると残り五十万エレク切っているぐらいの貯金になっていた。
これを余裕と見る冒険者は入りたての新人ぐらいだ。そもそも今日使った音響爆弾VS-Gだって使い捨てなのに一発五万エレクはする。買い戻した装備には含まれていないので用心のためにまた買いに行かないと大型と遭ったときにヤバい。長時間用酸素ボンベも一回の補給に二万エレク掛かる。使い切ったタバコ型ボンベはワンセット四万。こうした装備を預ける冒険者用ロッカーのレンタル代も必要だ。
「やっぱパチンコで稼がねえと……」
「素直に潜って稼ぎやがるネ」
「アルトくんも真面目に冒険者すれば成功するのに」
「言っとくがな、世間一般の常識からすれば、魚の餌になる確率がドチャクソ高い冒険者稼業とパチンコだと後者の方が死なない分マトモな稼ぎだからな」
「そうかな……そうかも……」
「姐姐納得しなくていいヨ!」
稼いだ端から装備代に費やす生活で借金返済できるのかという疑問からパチンコというアプローチを行っているんだが、なかなか上手くいかねえな。もう何千万突っ込んだか覚えてない。あのパチ屋マジでムカつくんだが、神台ばっかりなんだよな……なんでか外れるけど。
「よぉし、開店準備完了! お店開けるけど、アルトくんゆっくり食べていってね!」
「一番安いやつと水をくれ」
「今日は奢りだよ~」
「一番高いやつとドンペリ」
「姐姐。昨日仕込んで余りそうなマズアジの握りを出すネ」
「お任せあれ!」
オレの注文は通らず、つけ場に立ったエリザが淀みない動きでシャリとネタを握って下駄へ盛った。
十九の小娘で酔っ払いなのに洗練された動きに見える。オレは寿司漫画を何冊も読んでいて詳しいんだ。
マズアジ。マズいアジっぽい魔物。オレも適当に焼いて食ったことあるが、身と皮が全部臭かった。主な利用法はこいつの臭い成分を集めて魔物の忌避剤を作ること。
しかしオレの前に出された程よい照明を浴びて輝く白身の握りは悔しいが旨そうだ。言っちゃなんだが、この店で賄い以外の料理は初めて食う。
「塩とレモン酢で締めているからそのまま食べられるよ!」
「レモンンンン~? んなオサレ丸出しの味付けとマズアジが合うのかよ」
一口でいける大きさなので口の中に放り込む。ウマっ。
「シャッキリポンとした歯ごたえのネタを噛み切ると、シャッキリポンと口の中で溶けるように消えて、シャッキリポンとシャリとマッチしてうめえ!」
「なんだヨその語彙」
「えー、これ本当に、臭さでサメが逃げるってマズアジか? フッツーにうめえわ。驚き。もう一貫くれ」
「いいよ~」
また出されたマズアジの寿司を食うが、やっぱり旨い。回らない寿司屋は行ったことがないオレだがこいつは別格だと一口でわかる。普段コンビニで売っている完全栄養を謳ったベース握り飯ばっかり食っている味覚がスパークしそうだ。
「マジでうめえ……どうなってんだ……今までオレが食ってたのは生ゴミかなにかか?」
「生ゴミ漁りに来ていた野良犬が言うと頷くしかないセリフだネ」
「えへへ、マズアジもちゃんと下処理すれば美味しくなるんだよ~」
「姐姐は通っていた調理専門学校で一番の料理上手だったネ!」
「ほーん」
「姐姐の料理を試食した教師や生徒が『他の料理が生ゴミみたいに思えるようになった』って絶望して拒食症になってたヨ」
「ヤバい成分入ってないよな⁉」
しかしこんな治安ウンコな町で暮らしていてヤバい成分を気にするのも意味ないかもな。そもそも魔物に含まれる成分はまだ研究が完全に終わっていない。
一応食べても無害だと思われている魔物も、長期間食べ続けたら影響が出ないとも限らない。なにせ、ダンジョンが見つかって魔物が溢れるようになってからまだ五年しか経過していないのだ。
「他のもどうぞ~」
「分裂タコって痩せた味で有名な……うおっ隠し包丁入れまくったところに特性のタレが染み込んで濃厚な旨味とタコなのにえげつない柔らかさ!」
「ウニ握るよ~」
「メタルウニって中身もコンクリートみたいな色で食欲が……嘘だろ黄金色に輝いてる。確変モードか? 激ウマ! ウニ入り卵焼きにして見た目カバーしてんのか……」
「今日取ってきたクラゲスライムも出してみるね」
「クラゲの寿司なんて聞いたことねえんだが……うおおおこのナタデココと求肥を足したような謎の食感……! 噛みしめると潮汁めいた上品な味が……!」
「リアクションが上手でもなんかムカつくネ」
どれも比較的安い魔物で、正直味も評価されてないんだがひと手間ふた手間加えてめっちゃ旨くなっているのは驚きだった。
「こんなに美味しいのになんでお客来ないんだろうね~」
エリザは困った様子ながら呑気な声でそう言った。
「名前が悪いだろ。どこの客がマズアジの寿司なんて初見で頼みたがるんだ。口にする以前の問題なんだよな」
今も夕飯時の営業時間が始まり、外には暖簾を出して看板を光らせているのにまだ誰も入ってこない。
「冒険者はほとんど来ないネ。オケアノスの職員っぽい人がぼちぼち来るぐらいカ」
「定番の寿司もないしな。客が『とりあえずコハダから握ってもらおう』とか注文したらどうすんだこの店」
「サメハダーの握りなら……」
「ポケモンを出すな。怒られるから」
カウンターに並ぶネタケースを見ても、まあ切り身なら誤魔化しが利くかもしれねえが青色で斑点がついたセルジュニアみたいなタコだとか、石化光線を受けたようなウニがトロ箱に入っている。食欲は唆らねえ。
「いっそ肝試し的な路線で宣伝出したらどうだ? 観光客も一応来ているだろ。そいつらを狙ってよ」
日本国内からなら鹿児島から様々な物資を運ぶフェリーが三岳島へ一日一便運行している。他国籍のやつは入管の審査やらアレだが、日本人なら物見遊山で寄ってくるやつも多少はいた。
なにせユメも希望もない少子高齢化社会に社会不安が蔓延している現代日本。そこからちょっと船に乗れば、ファンタジー一歩手前のダンジョンへと挑む前線基地へ行けるのだから好奇心に釣られるやつが出るのも仕方ない。中には夢見がちにちょっとダンジョンへ潜ってみようかな、という一般ダイバーや動画配信者もいる。
まあ……もちろん三岳島は治安が悪いし守ってくれる警察も法律もない。今日のオレみたいな格好でダンジョンへ挑んで死ぬやつも出る。日本政府は三岳島への渡航を厳重に注意し、控えるよう要請している。
「島の冒険者連中は普段からグロい魔物を見てるから忌避感もあるだろうが、観光客なら切り身にしとけば大丈夫じゃねえか。ってかこの店、宣伝どーなってんだ? あんまし噂を聞いたことねえぞ」
島には多種多様な店が乱立している。特に飲食店や風俗店などはライバルも多くそのため宣伝に力を入れていた。
チラシやクーポンを配りまくるのは当然のこと、ギルド内や定期船に広告を貼っている。島内用に整備されたSNSでの活動も盛んだ。
「宣伝……?」
エリザが首を傾げるのを、ウリンの方が目を見開いて震えながら聞いた。
「……姐姐、前に宣伝は姐姐がやるって張り切っていましたよネ……?」
「うぇ、うぇひひ……」
「宣伝に使う素材の写真なんかも渡していましたよネ……?」
「ご、ごめんねウリンちゃん! い、忙しくて忘れちゃっててぇ……」
「閑古鳥鳴くお店の状況で、昼間からお酒飲んでいるのにカ?」
「忙しくなくても忘れるときは忘れるよね!」
「開き直るナ!」
「みゃー!」
ウリンがポンコツ店主の耳を引っ張って叱った。
「おいおい、そこらにしといてやれよ。そもそも、そんなネジが抜けた姉ちゃんに任せて確認しなかった手前にも責任があるってなもんだ」
「こちとら寿司握る以外の全ての業務を担当してるネ! 客が来なくても忙しいヨ! そもそもこの店も入念に計画して出したものじゃなくて、半年ぐらい前に姐姐が思いつきで出店決めたからなにもかもドタバタしてるヨ!」
「ウリンちゃんはねえ、調理専門学校の経営コースを卒業したんだよ~色々知っててすごく助かるんだ~」
「そうだな。その調子で広告もやっとけよちびっ子」
「闭嘴!」
とりあえずエリザが色々と問題がありそうな店主なんだが、この生意気チャイニーズ女がこき使われることは別に構わない。若いうちの苦労は土下座してでもやれというではないか。
聞いた話だと、エリザの調理技能は料理学校時代から飲食業界でも広く評判を呼んでいるらしく、こういった魔物寿司の店へ出資してくれるのもアホ店長の腕前を買っているが故なので、ちょいと小器用に雑用できるウリンは比べるべくもなく立場は低そうだ。
「……とにかく改めて広告出して店の認知度を上げるしかないネ。そのためには目玉になるネタを用意するべきカ」
「今日貰ったオークエハタは~? 薬草昆布で昆布締めすると美味しいと思うよ~?」
「もっと耳目を集めるネタが欲しいネ。そう……音速マグロが欲しいナ」
「音速マグロなら大トロ中トロ赤身が握れるねえ。うん、それにしよう!」
「おいおい、カイロソフトのゲームみたいなノリで寿司屋やってるお二人さんよう、音速マグロは漁獲量マジで少ねえレア魔物だぜ? 売ってねえだろ」
なにせ捕まえるにしても殺すにしても特殊な道具が複数必要になり、冒険者の致死率も高い。年に二十本ぐらいしか捕れないと聞く。
そんでもって、その音速(水中だと秒速千六百メートルぐらい)で泳ぐ脅威の生態を生み出すエネルギーや体組織を研究しようって学者や企業は多いし、どういうわけか食べたらアホみたいに旨いという話が広まって世界中のセレブから買い取りの打診が来ている。誰だ、マグロの旨さを世界に広めたのは。
そんなわけで買いたくても手に入らないことが多い。金を出せば売ってくれるわけでもなく、ツテがないと無理だ。
ウリンはどこから取り出したかメガネを着用して(賢いフリだろう)タブレットを操作し説明した。
「スーパームーンの後はいつも、音速マグロの活動が活発になって討伐隊が編成されるネ。それに参加すると条件次第で、冒険者でも音速マグロの現物報酬が得られるヨ」
「毎年死人が出るやつな」
「そこに野良犬が参加してうちで出す音速マグロを獲ってくればいいネ!」
「アホか! 死ぬわ!」
音速マグロは秒速千六百メートルという常軌を逸した速度で水中をかっ飛んでいく化け物中の化け物だ。この速度がどんだけ早いかっていうと、アメリカのエイブラムス主力戦車に積まれた高速徹甲弾の発射速度ぐらいある。
人間に戦車砲が撃たれればカスリもしなくても、数メートル横を通過しただけでも衝撃波で死ぬ。つまりこのマグロが近くを通過しただけで人間は死ぬ。ライフル弾よりも早いマグロの姿を視認することなく、音速で衝撃波を叩きつけられて突然死していく冒険者は毎年発生している。
こんなヤバい生き物が居たら海もめちゃくちゃになりそうなもんだが、ある程度の狭い範囲を回遊する性質と、個体数が少ない(噂だと魔物はダンジョンから湧き出てくるんだが)ので、冒険者としては「遭うやつは運が悪い!」という肝練り状態だった。
「そうだよ、ウリンちゃん。アルトくんが危ないよう」
「まったくだ」
「そうですか……野良犬は雑魚雑魚ですからそこらでクラゲやナマコでも獲ってくるのがお似合い程度のFラン冒険者ですヨネ……」
「Aランクでも死ぬっつーの! っていうか冒険者ランクは初級中級上級の三段階だっつーの」
ちなみに冒険者なりたてが初級、ある程度の量や質の魔物をギルドに納品するか、三百回以上の仕事で中級になる。上級は腕利きが認められてオケアノスの依頼を直接受けて仕事したりするやつらだ。オレは中級。
「音速マグロ獲ってきたら、キロ十万エレク買い取るネ」
「十万……!」
キロ十万だと……思わず聞き返した。例えばクロマグロの値段は高いときでキロ六千円、平均は三千円ぐらいか。キハダマグロなんか千円前後だ。
音速マグロの大きさは普通百キログラムほど(最大で五百キログラムはありそうな個体がいたらしいが、某国の潜水艦にぶつかって両方爆散した)。つまり一匹捕まえてくれば一千万エレクの儲けになる。
これがギルドに納品だとぼったくっているので十分の一以下の報酬だ。
「そんなお金、うちにあった? ウリンちゃん」
「姐姐を担保に海幸山幸から借りれば余裕ネ」
「あたし売られちゃうの⁉」
「向こうもツテがあれば音速マグロ欲しいだろうし、超高級品で広告出せばオケアノスの職員が食べに来るはずヨ。一貫一万エレクで売り切れば余裕でペイできるネ」
「ちょっ……ちょっと待て。いいか、手前ら。さっきも言ったが音速マグロは危険なんだ……なんだが……キロ十万か……」
一千万エレクあれば借金返済が進むし、装備も上等なやつに買い替えられる。
百万二百万稼ぐ日もあるんだから、それを何回も繰り返したほうが安全という思いもあるにはあるんだが、それぐらいの稼ぎだとすぐに使っちまうんだよな。
とりあえずエスプレッソを飲んで落ち着こう。クソ。なんで寿司屋なのにコーヒーなんだ。しかも旨いし。
「……考えさせてくれ」
「一応言っとくケド、野良犬以外に依頼を出してもいいんだからナ。無理そうなら薬草昆布でも売りにくる生活をしとけヨ」
「そうだよアルトくん。危ないときは昆布だよ。なんかこう、細長くて物を縛れそうなやつで生活しよ!」
「意味のわからん励まし止めろ」
オレは依頼の報酬に心惹かれながらも、危険度との天秤が揺れる思いで店を後にした。
そして帰り際にギラギラとネオンの光るパチンコ屋『大洋ゴラクセンター』へ吸い込まれるように入った。三岳島は風営法もないのでパチンコ屋は二十四時間営業だ。
『大工のグェンさん』は止めておこう。あれはクソ台すぎる。今日は『北斗のグェン』で攻めるぜ。派手派手しく光る台からテンションの上がる曲が流れている。
『〽 ホーチッミィィン‼ 愛で ナムが 落ちてくる♪』
なんでここのパチンコってベトナムライズされているんだろうな。
翌朝。
「よし……マグロ狩りの依頼受けねえとな。カネねえし」
この店、絶対遠隔やってるだろ。クソが。
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