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掌編16:『アルト・ギア・ソリッド』



 イサハヤワンデスワームが討伐されたというニュースは界隈を騒がせた。どうやら日本国内でもテレビで報道されるぐらいの事件だったらしい。


 なにせ、国内で比較的有名な魔物だ。九州の諫早湾から有明海に生息し、泥を潜って進む姿や、時折飛び跳ねて鳥なんかを捕食しているところが陸からでも見られる。

 で、海に入った漁師や船は確実に襲われて死ぬわけで、とにかくこいつを駆除することが有明海沿岸の漁師の願いだったようだ。


 しかし駆除は進まなかった。普段から防弾性能の高い泥に潜っている上に、デッケエ図体に相応しい生命力を持っているもんで銃弾を数発や数十発撃ち込まれた程度では死なない。

 じゃあ数万発ぐらいヘリなんかから機銃掃射するか、毒とか流すかという話も出たんだが地元漁師から大反対を受けた。有明海は殆ど閉じている湾で、水質の悪化が長期間の影響を及ぼす。鉛玉を大量にぶっ込んだり毒を流し込んだらデスワームを殺せても漁業が死ぬ。それに実際倒せるかわからんし。そういうことだな。


 大抵の日本国内、どっかの港に現れた魔物はどうにか倒すか、被害を与えてまた海に帰っていくので滅多に定着はしないんだが、イサハヤワンデスワームだけは数年間ずっと存在が確認されていた魔物だった。

 地元のテレビでは『今日のデスワーム動向』みたいなコーナーもあるとか。

 

 そんなイサハヤワンデスワームをぶっ殺す動画を、命投げ捨て系木っ端配信者の潮騒フグミとかいうやつが配信してバズったらしい。

 そこそこ、とかいうやつじゃなくて日本の全国テレビで取り上げられる規模のニュースになったもんだから、再生数は一千万を越えた。

 同時に、イサハヤワンデスワームの弱点が電撃だと判明したのでヴァルナ社に電撃兵器の注文が殺到したとか。

 自衛隊とか電撃兵器持ってないもんな。なんに使うんだよって話だが。いや今こそ国民を守るために導入するべきなのか?


 それはさておき。

 配信動画がテレビでも流されて地味にオレの姿も映されていたわけだが。

 どこから嗅ぎつけたのか知らんがオレのケータイにちょくちょく知らん番号から電話がかかってくることが増えた。最初に何度か取ってみたところ、マスコミや野球関係者とかだったので即座に切って着拒しておいた。

 まったく、動画配信するなら他人の顔にはモザイクぐらい掛けとけってんだ。あのフグ女。肖像権ってかなり最近薄れてきてねえか日本。

 そんで動画拡散の被害はオレ以外にも及んでいたようで。


「大変だよアルトくん!」


 下宿している日本会館で、無料のお湯にシュガースティック溶かして薬草昆布の切れ端を漬け込んで飲んでいた(今日唯一の食事予定である)オレにエリザがそんなことを言いながら訪ねてきた。


「大変ってなんだ? デスワーム食った客が中毒で死んだか?」

「大人気だよ! 研究所からも予約が入ったし、試食したセンセイは悩んでいた高血圧が解消されたって健康効果が!」

「センセイ高血圧で悩んでたのかよ!? 人魚なのに!?」

「上が190あったって」

「かなり高血圧だな!?」

「今は70ぐらいに」

「めまいがしてくるレベルじゃねえの!?」

「やっぱりミミズ系の薬効なのかなあ?」


 そもそも人魚の血圧って下げて大丈夫なのか? こう……体が人間とは違うわけだから190ぐらいでデフォなのかもしれないし。

まあ……寿司をドカ食いしてればそのうち塩分取りすぎでもとに戻るだろ。寿司は案外塩分が多い。

シャリにも塩入っているし、ネタも漬けにしたり下処理で最初から味付いているのも多く、醤油をつければ更に増える。サイドメニューのガリや味噌汁も塩分だ。安い回転寿司で腹いっぱい食べたら2日分ぐらいの塩分を取っていることがあるから気をつけよう。


「で、なんの話だっけか」

「そうだった。ほら、この前のデスワーム退治で映像が配信されたよね」

「ああ」

「それにあたしの姿もバッチリ映っちゃってて、拡散された配信映像を見たうちの両親がカンカンになって『危ないことしないって言ってたのに!』って怒って電話掛けてきたんだよね」

「まあ……当然の反応だな?」


 そもそも、娘をこんな治安がワイルドゾーンなエリアに放り込むのも本来は反対だろうに。

 ここでしか手に入らない魔物食材があるってんでやってきたんだが心配は当たり前だ。

 

「それで説教して連れ戻すために三岳島までやってくるって話になって……お店も閉めさせて、知り合いが経営してる観光ホテルの寿司バーをやらせるって言うの! 酷いよね!」

「へえ。月収幾らぐらいで」

「7000ユーロ(120万円)ぐらいだって」

「娘を甘やかしすぎだろ!? なんだそのホテル!? 石油王でも泊めるのか!?」


 イタリアってインフレしてんのか!? そう思ったが平均月収は1500ユーロぐらいだから4倍以上になるみたいだ。

 

「でもアルトくん、あたし、ここに来てお店出して半年ぐらいで一億エレク以上稼いでるんだけど……」

「それもそうだな。収入大幅減だ」


 そもそも三岳島は……というか魔物は原価が高いもんで、魔寿司の寿司は安いやつだと3000エレクの一人前セットだが、高いやつは数十万になる。

 そんでボチボチ高いやつを頼む客も近頃は珍しくない。おまけに、経営者がエリザとウリンだから、諸経費を抜けばダイレクトに売上が収入になっていくわけだ。

 外の一般的な世界での高収入はさほど魅力的ではないかもしれない。それは命がけで潜って魔物取って、普通の漁師より何倍も稼いでいる冒険者も似たようなもんだが。


「だからアルトくん、やってきた両親にここでお店を続けるための説得手伝って!」

「オレがなんの役に立つ案件なんだそれ!?」

「こう……凄腕の冒険者さんがお友達で守ってくれているから安全的な感じ?」

「ぜってえ納得してくれねえだろそれ」

「どうして?」


 心底不思議そうな顔のエリザ。

 冷静に考えて、危険地帯で活動している明日には鮫のエサ候補で借金持ちのパチ依存症な目つきの悪い男が娘に近づいていて喜ぶ親は少数だ。

 

「どうにか説得しないと。アルトくんはあたしがお店辞めちゃったら悲しいでしょ?」

「おーおー。悲しい悲しい。悲しさを乗り越えてオレはまた強く生きていくぜ」

「うちのお店に魔物降ろさないとギルドの借金に全部持っていかれちゃうし」

「……それは深刻だな」


 適当に茶化して帰らせようとしたが店が存在しないデメリットを言われて考え直した。

 現状、オレには借金がある。しかも色々と2巻で経緯があったわけだが、特大の借金をオケアノスにしてしまった。

 オケアノスはでかい借金を抱えさせた冒険者をやばめの契約内容で取り込み、企業所属にしようとしてくる。

 具体的には借金返済に圧力を掛けて、ギルド報酬入金後即座に引き落とされて手持ちが常にゼロな状態が続くし金利も金色夜叉かってぐらい悪辣に取ってくる。ついこの前までオレが借金していたグレーゾーン金利が優しく見えるぐらいだ。

 そしてそれを緩和する条件としてオケアノスと契約して奴隷冒険者になってよ!と邪悪な勧誘が飛んでくるのだ。


 そうなるともう骨までしゃぶられるし、センセイはスペランクラフトジャケットを取り上げられて人魚の肉体を解剖されるのは目に見えている。

 恐ろしいのは借金の返済と奴隷冒険者契約には一切関連性がないので、借金を返し終わっても奴隷のままだという点だな。

逃げようにも世界の物流を掌握しているオケアノスから逃げるなんて現実的ではない。どっかの国に逃げて連れ戻されて魔物を寄せる囮にさせられた哀れな冒険者を何人も見ている。


 そういう見えている罠を避けるためにオレは借金返済しつつ、魔寿司に魔物を売りつけて現物で食料や装備品などを受け取っているわけだ。

 なくなると……少なくとも他の伝手を探さないといけなくなるな。エリザはお人好しだからほぼ等価交換のトレードしてくれるんだが、他だと中抜きされそうで困る。


「うーむ、つっても危険地帯にいる年頃の娘を心配しまくる親の説得とか思いつかん」

「ちゃんと成人した大人なんだけどなあ、あたし」

「ん? おーいトビー! 手前なんかいい考えねーか?」


 今日はオフの日らしくランニングシャツに短パン姿のトビーこと仇村伊那がカップ麺を片手に休憩所を歩いていたのでそう聞いた。

 警備会社の社員で成人男性なんだが見た目は小学校低学年にしか見えない発育不良だ。声も甲高いし顔つきも幼いので日本で昼間から歩いていたら補導されそうである。

 そんなガキっぽい見た目の野郎ならさぞ親から心配されてたんじゃなかろうかと思ったのだが、


「さあ? ボクの親など『孫の顔見せるまで帰ってくるな』と言っているのです。危ない仕事とか当然な忍者の家系なので」

「忍者の家系って実家どんな仕事してんだ?」

「忍者グッズを売るお土産屋なのです。福岡の秋月にあるのですが」

「土産屋でいいのか忍者の仕事……」


 前に聞いたがどうやら秋月忍者とかいうマイナーな忍者集団がその辺に居たらしいが、江戸時代にはすっかり帰農。しかし一部の連中は物好きにも技能を伝え続けていたとか。

 

「そもそもボクは孫の顔の前に二次性徴が始まらないといけないのですが……それはそうと、料理漫画みたいに美味しい料理でも作って食べさせれば事件解決するのではないでしょうか」

「本当かよ」

「……そうかも! 『喰いタン』でも料理で解決してたよね!」

「その漫画、解決の方向性が殺人事件だっただろ」

「なんか自信湧いてきた! よぉし、とっておきの材料で最高のお寿司を握るよ!」

「そりゃ良かった」

「マインドコンテリボウズハゼの身って催眠効果があるらしいんだよね」

「洗脳方向で!?」


 なにはともあれ、エリザはそういう方針で行くことになったのでオレは特に手を貸さないで良いっぽかった。楽。

 それでも無理で魔寿司が潰れたらアレだ。トビーにアドバイス責任罪を問わせて物々交換窓口になって貰おう。



 *******



 数日後。


「大変だよアルトくん!」


 魔寿司までマインドコンテリボウズハゼ(米粒と小さい針で釣れる)を納品に来たオレにエリザがそう呼びかけてきた。

 クーラーボックスを床に降ろしながら半眼で聞き返す。


「今度はなにが大変なんだ? γ-GTP(よく知らんが肝臓が悪いと上昇するやつ)の値が1000を越えたとか?」

「まだ300ぐらいだから大丈夫だよ! そうじゃなくて、テレビ!」


 指を向けられてテレビの方を見ると、小型のクルーズ客船が映されている。日本の放送局だから日本語でテロップもあった。

 オケアノス所有、三岳島行きクルーズ船『らしんばん号』が謎の武装勢力によってシージャックにあったらしい。三岳島の近くで。

 

「へえ。珍しいな。オレが島に来て3度目ぐらいの事件だ」

「ほぼ年一で発生してるじゃないカ……」


 ウリンがげんなりと言った。異海周辺海域は三岳島だけが占拠しているわけではなく、国籍不明な謎の船がちょくちょく出てくるし、三岳島で手に入った魔物素材を島外の研究施設や市場へ売るために出している船を襲う海賊もいる。

 法の秩序が守られない国際海域でも海賊なんてのは殲滅対象なのでオケアノスも容赦なく機関砲なんかで粉砕するわけだが。


「それより! このクルーズ船、あたしのお父さんたちが乗ってるの!」

「うわ。運が悪ィなそれ」

「ううう……大丈夫かな……身代金とかで解放される?」


 シージャックってのはなんというか、映画でよく見かける気はするが船を制圧する難易度からそんなに起こらない事件だ。

 なにせ金銭目的なら制圧なんて面倒な手段は取らずに金目のモノがある船を襲って、奪って逃げればいい。つまりそれ以外の、政治思想で人質を取るだとかそういった目的が多いんじゃなかろうか。

 そして交渉相手としてオケアノスはカスだ。テロには屈しないし百倍にして返すがモットーらしく、かつて起こった事件では船ごと沈めて処理していた。


 ちょっと情報知ってそうなゴジラさんに電話して聞いてみた。


「ゴジラさんよ、今起きてるシージャック事件ってどんな感じ?」

『あーはいはい。どうやら【ロゴ教団】が起こしたものらしくてねぃ』

「あのブロックを組み合わせて遊ぶ……」

『それはレゴ。正式名称は【ロゴ・トゥム・ヘレ教団】で、魔物を信仰している破滅主義者たちの邪教徒だよぅ。とにかく魔物退治をしているオケアノスとは敵対しているテロリスト団体で、オケアノスの邪魔になることならなんでもやるみたいな』

「うげ。穏便に終わる可能性ゼロかよ?」

『なにやら時間稼ぎっぽい声明を発表しているけれど、オケアノス上層部の判断だと、奪った船に爆薬でも積んで三岳島に突っ込んでくるんじゃないかって疑いだから、動き出し次第魚雷とかで沈めるつもりだねぃ』


 スピーカーで聞いていたエリザが顔を真っ青にしていた。ご家族の方からご焼香をどうぞになりそうだな……


「……ちなみにだが、犯人グループの人数とか特徴とかわかってんのか?」

『ロゴ教団の武装信者が10人。全員アサルトライフルで武装しているねぃ。信者の特徴はタコの模様が描かれているアロハシャツを着ていること。教団の正装らしいからねぃ』

「10人ぐらいだったらオケアノスの特殊部隊でも派遣してぶっ殺した方が船沈めるより安上がりなんじゃねえの?」

『それも案としてはあるんだけれど……テロリスト相手だから、派手に人質ごと粉砕して事件を再発生する意欲を挫くという意見も強くてねぃ。船の再建費とか遺族への詫び金とか幾らでも払える会社だから』


 嫌な金持ちだな。クソ。

 微妙に気の早いお通夜的雰囲気が漂い始めてきたところだったが、さっきまで置物のように黙って寿司を食っていたセンセイが発言をした。いや置物は寿司食わねえけど。


「ならば私とアルトでそのレゴ教徒を無力化してエリザの御両親を救助しよう」

『ロゴねぃ。怒られるから。本当に』

「センセイ!? でも、相手は恐ろしいテロリストなんだよ……!?」

「問題ない。スペランクラフトジャケットならば携行火器程度は装甲で受け止められる」

「オレそれ着てないんだけど。っていうかオレも参加確定なのか?」

「作戦を立てよう」


 なんかイヤって言えない空気が満ちて、どういうわけか平均的日本人男性であるオレが邪教テロリストのシージャックした船に乗り込む作戦が始まろうとしていた。

 そういうのはジェイソン・ステイサムとかにやらせろよ。



 ******



 普通、一般人はテロリストと戦ったりなんてする義務もないし、むしろ関わるべきではないんだがどういうわけかやることになった。

 怖いわけじゃない。そもそも三岳島にはテロリスト級にクソみたいな犯罪冒険者は数多くいるし、そいつらと撃ち合いをしたことも一度や二度じゃないからな。正直なところ魔物と日常的に殺し合いしてて恐怖心がバグってる気もする。

 それに邪教徒どもは教義によってアロハ装備だが、こっちは特殊ダイバースーツだ。ちゃんとフルフェイスメットもしておけばマシンガンで撃たれても平気──ってほどじゃないが、死にはしない。

 だが変なテロリストに恨みを買うのもなんだかなあと思いつつ(メットで人相は隠してるが)、オレは作戦通りに海中からシージャックされたクルーズ船へ向かっていた。できればとっ捕まった邪教徒どもは全員オケアノスによってサメの餌になって欲しい。


「船の左っ側に来たぜ。敵影なし」


 通信をセンセイに送る。今回の作戦だとセンセイは陽動とサポート、オレが潜入だ。センセイの方が正面からの撃ち合いには圧倒的に強いんだが、不利を悟った邪教徒が乗っている客を人質に取る可能性もあるので、こっそり潜入して一人ずつ仕留めることになった。


『了解した。トビウオを解凍する。気をつけてくれ』

「あいよ」


 作戦の第一段階は魔物の襲撃を装っての船への潜入だ。エリザが金を払ってロケットトビウオ漁師の斎藤さんから買い付けた冷凍ロケットトビウオ。これを船の右側へ行くように海水で解凍する。

 ロケットトビウオ漁で使われる冷却水による凍結漁は、何匹かは完全に凍結しているもののトビウオの群れ内部のやつは極低温によって活動が鈍っているだけで生きている。それを海水で温めてやればまた動き出し、魔物魚雷の完成だ。

 直接的に魚雷で攻撃をすればオケアノスとの戦闘だと考えた邪教徒が人質を殺すかもしれないが、魔物による偶発的な襲撃だとすれば慌てるだけだ。

 センセイがやや離れた所から用意したロケットトビウオ入りのアイスボックスを海面に放出し、ややあって動き出した魔物20匹ぐらいは本能によって近くにある船舶へと突撃を開始していく。

 船の右側で連続した爆発音。オケアノスのクルーズ船は漁船に比べて頑丈だからコレぐらいでは沈まないだろう。しかし邪教徒どもは何事かと、右側へ集まるはずだ。

 その隙にオレは浮上し、ワイヤーフックを海面から飛ばして船の手すりに巻き付け、一気に船上へ登った。

 お楽しみクルーズ船だけあってそこらに椅子やテーブルやパラソルなんかがあり、身を隠す隙間も見つかった。


「船に上がったぜ。作戦開始」

『らしくないなぁアルト』

「誰だ!?」


 通信に割り込んで入ってきた中年男性の声に誰何する。

 その相手はどこか余裕を伺わせる楽しげな声で続けた。


『今ではお前と同じく冒険者生活だ。たまにはパチを打ったりもしている』

「いやだから誰だよ」

『俺だよ──兄弟』

「誰!? 誰なの!? こわ!?」


 意味不明な通信にビビって、センセイを呼び出す。


「センセイ! 変なのが聞こえてきたんだけど!?」

『ああ。連中の通信妨害として適当に作った音声データを通信帯域に紛れ込ませている。近くのなにも関係がない冒険者同士のやり取りが雑音として受信されていると勘違いするはずだ』

「オレの個人名出さないでくれる!?」


 センセイの空回りせんばかりのやる気満々さは何なんだ。


『私は船が三岳島へ突撃しないよう船底からスクリューを分解しておくからアルトは船上を頼む。渡しておいた寿司ランチャーの使い方はわかるな?』

「この素直にわかりたくない武器だよな……」


 寿司ランチャー。それは寿司を発射する装置である。センセイが作った。

 寿司マガジンに込められた、エリザとウリン特製のエイエンノネムリブカ寿司(食うと寝る)を邪教徒の口めがけて発射して無力化していく作戦だ。

 銃声がしないので悟られない、口を塞がれるので叫び声も上げられない、あまりの美味さに吐き出すとかは無理で絶対食って寝るなどのアドバンテージがある。 

 とりあえずコレを使って邪教徒どもを寝かしつけていき、見つかって本格的な銃撃戦になったらセンセイをエントリーさせてドスコイだ。

 とりあえず人質の安全を考えてなるべくオレが多く倒しておけばいいんだが。


「おっ……早速一人発見……なんだろうな、テロリストの口元に寿司を発射するって」


 幸い、教義による服装規定なのか顔をマスクで覆っていない。

 オレは物陰から寿司ランチャーを構えて発射。人間工学に基づき、人間が食べるのに適した速度で射出された。なんだよ人間が食べるのに適した速度って。

 テロリストにヒット。寿司は躊躇無く口の中に飛び込み、味わい、そして昏倒した。


「……」


 若干釈然としないリアリティを感じつつも、オレは眠りこけた男を物陰に引っ張って縛り付けておいた。

 


 それから二人ばかり、単独行動していた邪教徒に寿司をお見舞いして寝かしてやったあたりでセンセイから通信が届いた。


『アルト。マズい情報を手に入れた』

「なんだ?」

『船底から侵入して動力部にいたテロリストを排除したのだが、爆弾を仕掛けていた。それは解除したのだが、他に燃料タンクと人質を集めている場所にも設置しているらしい』

「帰っていいか?」

『エリザの両親のためだ。私が燃料タンクの爆弾を解除しに行くからアルトは人質の方を頼む。爆弾は海にでも投げ捨てればなんとかなるだろう。強力なジャミング装置を作って起動させるから暫くは遠隔操作で爆破できなくなるはずだ』


 暫く魔寿司で寿司食い放題ぐらいの得があってもいい気がしてきたぞ。こんなクソミッション。

 とりあえずさっきから彷徨いて邪教徒をヒットしていた段階でなんとなく人質が集められている場所は目星をつけていたのでそっちへ向かう。

 船尾の屋外にあるコンサートホールみたいな場所だ。そこで客と船員が手錠で数珠つなぎみたいにされていた。見張りのライフル持った男が二人。

 不意打ちで一人に寿司を撃ち込む。気付いたもう一人がこっちに向けて発砲してきた。落ち着いてそいつにも寿司を撃ち込んだ。終わりだ。寿司強すぎねえ?

 人質がざわついてオレの方を見て、なにやら声を掛けてくるやつもいたが無視。

群衆の中心あたりで、パツキン白人の姉ちゃんが後ろ手に空気ボンベみたいなのと縛り付けられていた。あれが爆弾だろう。たぶん。違っていたら悪いな人質の皆さん。オレは頑張った。

腰からナイフを取り出して姉ちゃんと爆弾を縛っている縄を切る。魔物素材由来の特殊繊維だったが、ヴァルナ社の新型ナイフの切れ味が勝った。


「グラッツェ! センキューやでアンちゃん! チューしたろか!?」

「いらねえよ忙しいんだこちとら!」

 

 パツキンから妙なイントネーションでお褒めの言葉をもらったが、爆弾を海にぶん投げないと今すぐ爆発したらオレが死ぬ。

 ダイバースーツの筋力補助機能を発動してボンベ爆弾を持ち上げて船の外へ遠投した。これ使って野球ボールとか投げると時速200kmぐらい出る。肩に悪そうだよな。

 海に放り込まれ、沈んだ爆弾がやや遅れて爆発し水柱が上がって船が揺れた。


『アルト。ジャミングの効果が切れたが間に合ったようだな』

「毎日が危機一髪だよチクショウ」

『それと悪い情報がもう一つ。邪教徒のリーダーは船に強化アーマーを持ち込んでいるらしい。大半は無力化したが、そいつがまだだ。合流しよう。寿司バズーカランチャーを渡す』

「なんだよバズーカランチャーって……」


 ロケット発射装置(バズーカ)発射する機械(ランチャー)して寿司を撃ち出すとか謎の機構すぎる。

 ともあれセンセイが船の内部からこっちに向かっているようだが、


「おのれ! 深き海の眷属たちと敵対するならず者め!」


 罵声が聞こえたので顔を向けると、コンサートホールの舞台上にデッケエシルエットがいつの間にか出現していた。

 強化アーマーを持つテロリスト。センセイの情報通りのボスだ。その強化アーマーは見たことがない種類の代物で、敢えて言うならば人が乗った巨大な機械タコって感じだ。触手めいたメカニカルなアームがうねうねと動いている。

 視界確保のためなのか、顔は外に出しているサングラスを掛けた男がオレを見ていた。


「我らが生み出したこの『オクトパスリリイ』で捻り潰してくれるわ! 死ねい!」

 

 捻り潰されたらイヤだからとりあえず寿司を撃ち込んでみた。


「甘いわ!」


 人間の胴体ぐらいある野太い触手なのに異様に機敏に動き、発射された寿司を空中で掴み取るという器用さも見せた。


「くっくっく……ライフル弾すら光学反射センサーで受け止めるフレキシブルクラーケンアームに隙はない! むしゃむしゃ」

「掴み取った寿司食っとる!?」

「はっ! しまったつい美味しそうだから……ぐう」

「アホ! すげえアホ! 誰か動画に残さなかったかこのアホを!」


 大層な強化アーマーまで持ち出したテロリストのボスは。

 撃ち出された寿司を受け止めて無力化したにも関わらず、エリザの寿司から醸し出される美味そうなオーラについやられて食って終わった。

 なんだったんだこいつ。


「……ある意味、美味い寿司で解決したってことになるのか?」

『寿司バズーカランチャーの出番は……』


 寿司で全滅したテロリストとしてこいつらは記録に残しておきたい。そんな事件だった。



 ******



 面倒な後処理は縛られていた船員に「なんか上手いこと解決をオケアノスに伝えないと魚雷で沈められるぞ」とアドバイスしてオレとセンセイはひとまず役目を終えてクルーズ船から出ていった。ここで魚雷とか来たら嫌だから。

 エリザからは滅茶苦茶感謝されて、とりあえず寿司を奢られた。今日は貸切だ。


「ありがとうアルトくん! センセイ! お父さんとお母さん無事だって!」

「そいつは良かった。シーチキン軍艦握ってくれ」

「はいデスカツオのシーチキン軍艦!」


 寿司職人のプライドはねえのか。そう思いながらも回転寿司で流れてそうな見た目の軍艦巻を食う。うまっ。うままっ。テロリストが抵抗できなさそうな味だ。

 テレビではシージャック事件解決のニュースが流れていた。あの後、オケアノスの部隊が乗り込んで船を検査し、スクリューとかはセンセイが壊していたのでタグボートで牽引されて三岳島に入ったらしい。

 ロゴ教団の連中は全員寝ているところを逮捕。オケアノスの警備部に連れられていって、まあ二度と出てこないんじゃないかな。きっと。


「エリザの御両親が無事だったのがなによりだ。むしゃむしゃ。エビアボカド寿司を頼む」

「はいクルマエビジロウとアボカドのお寿司です!」

「美味しい」


 クルマエビジロウ──通称『瘋癲(フーテン)のエビ』。なんか人情味があるエビの魔物だ。それとアボカドを合わせてマヨで和えた感じの寿司。なんでも作れるなエリザ。

 そうこうしていると店に入ってくる客が現れた。


「エリザちゃーん! 来たでー!」


 ニコニコ笑顔のまま入店してきたのは、クルーズ船で爆弾に括り付けられていたパツキンの姉ちゃんだった。テロリストに人質にされて爆弾まで仕掛けられたのにやたら陽気な雰囲気で何故か関西弁っぽい日本語だ。

 姉ちゃんは店内を見回して(ちなみにセンセイは足を隠せる車椅子に座っている)ウリンを見つけ、躊躇わず抱きついた。


「ウリンちゃんも元気しとったかー!? これシチリア土産のマイアーレパーネやんな! レンジでチンして食べや!」

「うぷぷ……乳交死(ズリデス)するネ……!」


 どう見ても551蓬莱の箱に入った豚まんをカウンターに置きながらウリンを巨大な胸で圧迫していた。大阪土産じゃねえのそれ。

 その勢いに隠れているが、地味なスーツ姿をした白髪頭な爺さんも店内に入ってきていた。

 声を潜めてエリザに尋ねる。


「あれ? 手前の姉ちゃんと爺さんか? 両親って言ってた気が」

「ちゃんとうちのお母さんとお父さんなんですけど!」

「ええー……」


 母ちゃん若ェ。父ちゃん(ふけ)ェ。犯罪か? 見た目だと母ちゃんはエリザと10も離れていないように見えるし、親父の方は還暦を過ぎてそうだ。杖を突いているしな。

 とはいえ身なりは良さそうな老紳士って感じの親父さんが、疲れたような声でエリザに話しかけた。


「エリザや、お前がわたしらの身を案じて、危ないところへ救助を送ってくれたようだね」

「うん! ここにいる、アルトくんとセンセイがやってくれたんだよ!」

「なるほど……この度はお世話になりました。ありがとうございます。エリザの父のルチャーノといいます。家内のマリカ共々、お礼申し上げます。この恩は忘れません」

「お、おう」


 などと爺さんが頭を下げてくるものだから、オレはどこかバツが悪くて茶を啜って会釈した。友達の親父に頭下げられるのって微妙に居心地悪いよな。


「なんや、助けに来てくれたアンちゃんがキミかいな! イカツイヘルメッツ被っとったからわからんかったわ! あんがとな! 飴ちゃん舐めるか!?」


 紹介されたエリザの母ちゃんがまた容赦なくオレに抱きついてきやがった。シチリア人は抱きつき癖があるのか?


「うぐぐ……乳交死(ズリデス)するから離れてくれ……」

「おばちゃんマリカ言うねん! マリカーやないで! あっこれ鉄板ネタなんやけどキミマリカーやっとる? 対戦できる? シチリアじゃマリカーが下手な男はスケベも下手言うてな……キノコで抜いたり亀をぶつけたりするから! アハハハ!」

「お母さん! アルトくん苦しんでるから! あと友達に下品な話は止めて!」


 クソ。バスケットボールみたいな脂肪の塊が2つ付いているから、頭を抱きかかえられたら窒息死しそうになった。

 エリザがどうにか引き剥がしてくれたのでオレは渋面を作って告げた。


「手前の母ちゃんちょっとアレだな」

「初対面で酷い評価になってるからねお母さん!」


 娘に叱られたマリカー氏は不思議そうに首を傾げる。お母さんと呼んでいるが、20代ぐらいにしか見えない。


「なんでやろ……親しみやすく日本語も頑張って勉強したのになあ……じゃりン子チエとかで」

「なんでシチリア人は微妙にメジャーじゃない日本の漫画で日本語勉強するんだよ」

「じゃりン子チエはメジャーだよ!」


 そうかもしれないがもうちょっとあるだろ。なにか。

 エリザのママンは次にセンセイにも「美人さんやなー! ロボのパイロットやて!? パイパイがロットロット!」などと言いながら抱きついていた。

 センセイも窒息して乳交死(ズリデス)しそうな顔色になっていたが、旦那はスルーしてエリザに言う。


「エリザ。お父さんはお前を危ないところから連れ出そうと思って島にやってきたのに、逆にお前に危ないところを助けられたのだね。まだ未熟な子供だと考えていたが、それは間違いだったようだ。頼れる友人と、寿司の腕で物事を立派に解決していける一人前になっていた」


 ルチャーノ爺さんの言葉にオレはウリンへ小声で囁く。


「寿司でテロを解決するのが若干おかしい気がしないでもないが」

「寿司専門学校に通っていたときも寿司で悪の組織を壊滅させたから、言ってみれば当然の成長ネ」

「この前は寿司で魔物も眠らせてたしな……」


 そのうち寿司で隕石を跳ね返したり、ゾンビを人間に戻したりするようになるのかもしれない。

 エリザは心配させないとばかりに自信満々で父親に言う。


「お父さん! あたし、お寿司を修行していてよかったよ! 自分を守れた。お父さんとお母さんも守れた。お客さんも笑顔にできてる。だから──これからもここでお寿司屋さんをやっていくよ!」

「そうか……強くなったな。アルトさんも、シニョリーア・センセイも娘と仲良くしてやってください」

「だってよセンセイ。……センセイ?」


 話を振ったら、マリカの大きな胸に挟まれたまま放置されていたセンセイが顔色を真っ青にして痙攣していた。


乳交死(ズリデス)しとるー!?」

「ちょっとお母さん!? センセイを放して!」

「あかーん! 堪忍なー!」


 とりあえず店にあった酸素供給器でシュコッとセンセイに呼吸を促して復活させた。なんでそんなものがあるんだよ。



 とりあえずその後、両親はエリザの魔物寿司で舌鼓を打ち(感動で無呼吸状態になったり、虹色の涙を流したりすることをこの店ではそう言う)、魔物寿司の奥深さも理解してくれてエリザを連れ帰ろうとは言わなくなったようだ。結局寿司で解決か。

 

 親父さんはテロリストの人質になったことで地元の仕事関係者がとにかく心配しまくっているので早めに帰らねばならなかった。

 胸でいつか人を殺しそうなお袋さんの方は鹿児島市の『ナポリ祭』(姉妹都市記念の祭り)にも参加するってことで暫く日本に居て、三岳島にも顔を出したりするらしい。

 島から出る前にまた「うちのエリザちゃんを頼むで~!」などとオレを窒息死させようとしてきたことには閉口したが。

 どう考えてもセクハラなんだがシチリア人感覚では普通らしい。知人の母親をぶん殴って追い払うわけにもいかず。

 見送ってげんなりと、ウリンに漏らした。


「オレ……ああいうタイプ苦手かもしれん……」

「それはいい事ダナ。規格外の大きさは秩序を乱すからナ。大きいのに目移りなんてしたら死刑ネ死刑」

「いや性格の話なんだが?」


 余談だがセンセイはちょくちょく、ネット対戦でマリカーをやる仲になったらしい。

 なんとも疲れる話だったが、まあエリザも親孝行できてよかったってことにしておくか。墓に布団は着せられねえしな。

 



・ルチャーノ・ベルモンド

エリザのパパ。地元の名士。不動産関係の仕事をしていてとても顔が広い。65歳ぐらい。


・マリカ・ベルモンド

エリザのママ。地元で小料理屋兼飲み屋をやっているが、旅行の際には人に貸している。

陽キャラ。エロに寛容。胸がエリザよりデカい。

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