表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/33

掌編15:『アルト・ザ・冒険者体験ツアー』


 『オケアノス主催、お楽しみ冒険者体験ツアー』


 字面だけで欺瞞を感じられる。そんな感じのイベントが三岳島では時々行われる。

 これはいわば、島外の観光客や冒険者志望者を引き連れて比較的安全な異海周縁に行き、一枚で一万ぐらいする昆布を取らせてみたり、雑魚魔物相手に水中銃をぶっ放してみたりするイベントだ。

 安全面を考慮して複数のベテラン冒険者が補助に付き、高性能ダイバースーツと新型空気ボンベや緊急浮上装置等の装備をレンタルして万が一雑魚(文字通り)魔物に噛みつかれても平気なようにしている。


 このイベントで気持ちよく雑魚相手に無双し、そして持ち帰った収穫物をギルドでレート高めに換金して貰い、三岳島のカジノやホテルで豪遊する。そうすると冒険者志望者たちの脳はやられて、自然と冒険者本登録の書類にサインしてしまうという寸法だ。

 行きは良い良い帰りは怖い。オケアノスも冒険者を増やすためだけに最初は甘い対応で引き込むわけだな。


 で、今日この日もそのイベントが開催された。

 人員が集まり次第なところもあるが、今日は15人のお楽しみ冒険者が集まっている。老若男女、腹が出た金持ち風のオッサンとか、健康志向だけはありそうなオバサンだとか、十代のガキだとか、よくもまあ集めたもんだとばかりに物見遊山の参加者だ。

 それをサポートする冒険者はオケアノス所属と、中級以上の冒険者が五人ついていた。

 一般冒険者にとって稼ぎ方面では美味しくない仕事だ。道中で手に入れた収穫物は全部参加者のモノになる契約だからな。

 しかしその分、ギルドへの貢献ポイントは高めに付く。なにせオケアノスが主催しているイベントだ。貢献ポイントを溜めて上級冒険者になれば色々特典もつく。装備購入補助金が出たりだとか借金の返済プランがゆるくなったりだとか。それを狙う価値はあるだろう。


 というわけでオレも体験ツアーの護衛チームに入っていた。いやまあ、貢献ポイントだけじゃねえんだけど理由は。


「アルトくーん! よろしくねー!」

「はあ……」

  

 参加者の一人に、ダイバースーツ(自前)を身に纏ったエリザが呑気にそう言った。

 なんとお楽しみ冒険者に今回はエリザが申し込んで参加しているから、仕方なくオレも護衛の仕事を受けているのだった。

 オレが受けたのは自主的にじゃない。ウリンにやれと言われて、ドッグフード一箱と引き換えに受けた。なんであいつドッグフードなんか持っているんだ。そしてついこの前に餓死寸前だったオレはそれを夢中で胃の中に入れたもんだから断りきれなかった。

 ウリン自身はまだ泳ぎが下手くそ(練習はさせられているらしい)だから参加せず、エリザが一人で行くというので危機感を覚えたようだ。


「ったく。センセイも別の仕事に回されちまったからなあ」

「残念だねえ」

「貢献ポイント溜めて上級になりゃ選べるんだろうが……」

 

 エリザの安全ということでセンセイも護衛チームに申し込んでいたんだが、ギルドに弱みを握られているのでよりセンセイを活用する方の仕事に回されちまった。

 具体的には海底トンネルを掘らされている。周縁海域の海底から海底遺跡群まで直行の坑道だ。完成すれば魔物がほぼ出ずに進める道になる。

 普通、海底トンネルなんて専用のトンネルマシンを使っても一日1メートルから3メートルも掘り進められれば御の字な難作業で、掘っている間にダンジョンがリセットされちまうから実現しなかったんだが、センセイの持つツルハシ型掘削機『ピキャスト』を使えばマイクラでもやってんのかってぐらい掘り進められるので一気に作業が進むようだ。


「まあ、滅多に死人も出ないお遊び体験だから大丈夫だろうよ」

「滅多にって時々出るの?」

「年に十人ぐらい」

「割と出てるね!?」

「魔物に齧られるよりパニックで溺れる方が怖いから、それだけ気をつけとけよ」


 実際、ゴブリンフィッシュや餓鬼カマス程度の噛みつきなら、露出している指や顔面を狙われなければダイバースーツで防げる。痛いけど。

 慌ててパニックになって呼吸器を外して溺れるパターンが危ない。すぐに救助に入れるように冒険者の護衛が居るんだが、溺れて暴れるやつって抑えるの大変なんだよな。


「一応講習は受けたよ! 危なくなったらとにかくインフレーターで浮上しろって」

「普通の海だとそっちも問題なんだが、異海だからなあ」


 インフレーターはダイバースーツの背中に装着されている緊急浮上装置だ。栓を引っ張るとガスが注入されて一気に上昇していく。

 ただ異海以外でそんなもん使うと減圧症だとか潜水病だとか中耳炎だとか、まあ諸々と体がやられちまうんだが、異海はどういうわけか水圧が弱いので平気だった。

 そもそも、最近のダイバースーツとマスクを装着しとけば内部の気圧を保ってくれるから割と平気なんだがな。


「自衛の武器ぐらいは持ったんだろうな」

「うん! 包丁~!」

「ナイフにしとけよそこは!」


 まるでメンヘラみたいな気軽さで包丁を取り出した。スーツの腰にあるハードポイントを手縫いで調整して、包丁の鞘が入るようにしているらしい。

 

「ってか落としたら面倒だろ。貸してみろ」

 

 冒険者のナイフを海底に落として未回収になったことあるやつ率は、統計取ってねえけどたぶんヒャクパーに近いと思う。普通のダイバーも結構落としているに違いない。

 量産品ならまだしも高いやつとか持ってくるもんじゃねえな。

 オレは自分の小物入れからゴムとワイヤーを組み合わせたバンドを取り出し、包丁の柄に巻き付けた。もう一方をエリザの腰へ括り付けて、落としても繋がって引っ張れるようにしておいた。


「わあ、ありがとう! アルトくん! あっ、こっちにも付けておくべきかな」

 

 エリザは持っていたもう一つの武器──これも自前の、ヴァルナ社製魔法の杖『ガーダーメイス』を掲げた。

 試作品だが使用感や取り回しに難があって販売されなかった代物で、テスター特権で一本センセイが買い取った道具だった。見た目は鈍器だが電撃が発射できる。


「そっちと結ぶのは止めとけ。重たいから落としたときに繋がってたら引っ張られちまうぞ。いざというときは素直に捨てるべきだな。……っていうか結構危ない、範囲攻撃系の武器だが集団行動なのに持ってきて大丈夫か?」

「センセイが改造して使いやすくしてくれたから大丈夫!」


 エリザの説明によると、高圧の毒液発射機構は水圧ジェットと共に微細な単分子カーボンの針を吹き付けて攻撃する兵器に。

 電撃は指向性を付けて目標へワイヤー付き端子を飛ばしてピンポイント感電させられるようにしたようだ。もちろん殴るときに電気を流すこともできる。

 他にも重さやバランス諸々もエリザが持ちやすいよう調整している。

 もはや別物。エリザはガーダーメイスという名前が長いので『バチカネ』と呼んでいた。イタリア語で肉叩きの意味らしい。

 ……シロートに持たせる武器じゃないと思うんだが。それ。単分子の針なんか吹き付けられたらクソ硬い魔物でも削り殺せるんじゃねえの?


「お客さん。必ず武器の使用はガイドの冒険者が指示した場面以外では謹んでくださいね」

「うん! あたし、採取目的だから念の為だよ」


 もちろん他の水中銃だって誤射されたら危ないので、予め参加者は講習を受けている。沈下区画にあるプール施設でダイビングの訓練や試し打ちも行っているはずだ。


「それじゃあ皆さん船に乗ってくださーい!」


 と、ガイド役のオケアノス所属冒険者が呼びかけて、一行は異海へ向かった。



 ******



 お楽しみ冒険者たちを連れて行く船はさすがにお客様待遇だけあって装備の整ったやつだった。普段冒険者を海に捨てに行くやつとは大違いだ。

 様々な電子機材を載せていて、お客様に付けているビーコンも受信して位置を探り、超音波通信でガイド役にも伝えることができるので迷子にも対応。

 特に必要はなさそうだが、大型魔物を吊るためのクレーンや水槽もあった。客の捕ってきた魔物を放したりするんだろうか。

 甲板では客たちに護衛の要となる強化アーマーを紹介していた。

 オケアノスのエース、ゴルゴン三姉妹が装着している機体『ゴルゴーン』……の、量産廉価タイプ『グライアイ』だ。頭部のモノアイが特徴的な灰色の機体で、シルエットは半魚人をメカにしたような感じだった。

 ゴルゴーンはあの改造人間姉妹用に調整されていて脳波で操る兵器とか付けているので、グライアイはそれよりも堅実に銃器や小型魚雷、音波兵器、アーク溶断ナイフなどが装備されている。ヴァルナ社の十腕王より高機動でもあるな。その分、水中専用なところはあるが。水中推進機が陸上だとデッドウェイトなんだ。

 まあ、どっちにせよ周縁海域だと過剰戦力なぐらいだから客も安心だろう。

 なにやら参加者の一人、チャラい髪色をした若い女がダイビング用スマホ(超音波通信で中継機を浮かべとけば海に潜っていても通信できるやつ)でセルフィー写しながら叫んでいた。


「ふぐぐぐ、オケアノスの秘密ロボ出ましたぞ! これ配信で流しても大丈夫なやつ!?」


 オレはエリザを手招きしてヒソヒソと言う。


「ふぐぐぐぐなんて笑い方を口で発音するやつオレ初めて見た」

「アルトくん……そういう細かいところは突っ込まないでよ。ウリンちゃんの口調だって怪しげな中国人みたいでわざとらしいって今更言わないでしょ?」

「若干そうは思っているんだが」

「あの人はブリーフィングで自己紹介してたけど、『潮騒(しおさい)フグミ』ちゃんって言う動画配信者なんだって。だからキャラ作ってるんじゃないかなあ」

「ふーん」


 確かによく見ればフグの被り物を被っているいやギリギリだなあの被り物。どこぞの魚類学者が被ってそうな。

 

「しかしフグだから「ふぐぐ」と笑うなんて漫画の『包丁無宿』でしか見たことねえキャラ付けだぞ」

「面白いよね包丁無宿。イタリアでも人気だったよ?」

「包丁無宿が!?」

「フィレンツェのウフィツィ美術館で画展が開かれたぐらい」

「たがわ靖之の!?」


 ちなみにオレはたがわ靖之作品だと当然だが『パチンカー血風録』から入ったクチだ。小学校の図書室に置いていたが、教師の私物じゃないのかあれ?



 ******



 次々に異海の透明な海に潜っていくお楽しみ冒険者たち。護衛たちはそれを取り囲むようにして周囲を警戒していた。

 参加者が一人でも怪我をしたら報酬が半分に減額だ。神経質にもなる。

 とはいえ異海はめちゃくちゃ透明度が高くて1キロ先も見えるぐらいだから滅多に不意打ちはされない。海底の岩陰が危険なぐらいだ。あと透明な魔物とか。結構危ねえな。

 にわか冒険者たちは一応緊張した面持ちで水中銃や銛を持ってついていく。

 どうせそんな奥には行かない。適当なところで停止して、ガイド役のオケアノス所属冒険者が解説を入れている。異海用双眼鏡が客には支給されていて、それで遠目から海底遺跡も見られる。


『おおっ! 見てください遥か遠くに見える巨体──数キロ離れていますが、あれはツインヘッドシャークの超巨大個体【フォルネウス】です! なにか他の魔物を捕食しているようですね』

『あのニュースにも度々出てくる巨大鮫!? こっちに襲ってこないのか!?』

『ご安心ください、フォルネウスが狙うのは基本的に大型の魔物類や大型船です。それに異海中央のブルーホール付近から離れることは滅多にありません』


 そういうこっちには来ないなんてフラグは立てないで欲しいんだが、まあぶっちゃけフォルネウスは比較的遠目でよく見かけるEX級魔物だ。

 全長約200メートル。しかも成長中という噂もある。そんだけデカけりゃ人間なんてアリンコみたいなもんで、腹の足しにならないからいちいち狙ってこない。イワシの群れでも飲み込んだ方がマシだからな。

 冒険者にとっての危険度で言えば、巨大個体よりも大型個体(20メートル級)と小型個体(9メートル級)の方がよっぽど出会ったら死を覚悟するやつだった。小型の方はオレがやったんだが、よくよく考えたら複数個体居るんだからあれ一匹だけとは限らねえよな。

 うん。悪いことを考えると寄ってくるかもしれん。気にしないようにしよう。


 とりあえずガイドの方針としては軽く魔物の血を見せてお客の闘争本能をたぎらせようという感じで、用意していたコンテナが船から吊り下げられてきた。


『あのコンテナの中には魔物が数匹入っております! コンテナが開き次第、こちらに襲いかかってきますが水中銃でよく狙って撃ってください! 自信のない方、見学がしたい方は後ろへ。大丈夫です、プロの冒険者たちがカバーしますので!』


 凄く野蛮なハンティングゲームの雰囲気を感じる。これが動物だったら愛護団体かすっ飛んで来そうだ。創作の悪役か中世の貴族とかが奴隷や原住民を使ってやってそうでもある。

 オケアノスの倫理観は期待しちゃいけない。お楽しみ冒険者たちの中で男の連中は銃を構えて並んだ。エリザや配信者含む女たちは基本的に下がっている。いきなり魔物相手とはいえ銃をぶっ放せと言われても。そんな顔だ。

 コンテナが開くと、ゴブリンフィッシュや餓鬼カマス、そしてやや小型のアコウロウニンアジが放たれた。どうやら毒でやや弱っているようで、動きが鈍い。

 それでも魔物の本能で人間の集団──こっちに向かって牙を剥き出しに泳いでくる。


『撃ち方どうぞ!』


 と、ガイドの指示が出て、客共は魔物に向かって水中銃をバスバス連射してやる。

 小口径のニードルガンとはいえゴブリンフィッシュ程度なら軽く撃ち殺せる威力はVA-NGにもある。

 少しは撃たれながらも前進してきたものの、魔物の群れは容赦なく掃討された。手柄を挙げた客の男たちが酔ったように感嘆の声を漏らしていた。


 そんで自信を付けてから海底近くで探索パートだ。前日にコインや安い宝石とかを袋詰めして埋めていたりとか、比較的高級なハマグリフォンを撒いていたりとか、ここでもヤラセ満載の冒険体験が行われる。

 岩陰からスタッフがそっと金貨サバを放して狙わせたり、それも当たらねえから周囲の冒険者が代わりに撃ち落として客に贈呈したり。

 うん。こんなクソツアーで自信を付けて新入り冒険者になったら3日以内に死ぬな。たぶん。


 宝探し気分で参加者が綺麗な珊瑚だとか海だとかただの伊勢海老だとか探している中で、エリザがちょろちょろと岩場をほじくって他の人と離れていた。

 仕方ねえので近づいてオレが見張ってやる。


『アルトくんアルトくん! このウニは!?』

「あーそりゃ【テニスウニ】だ。弾力があって針も刺さらないウニで、テニスボールみたいに弾む」


 食い物というより殺さない程度にムカついた相手にぶん投げるアイテムだな。


『このカニも市場じゃ見たことないね』

「うおっ! 触るな触るな! そりゃ【死ヲマネキ】だぞ! 鋭利なハサミで頸動脈狙ってくる、油断してたら即死系の魔物!」

 

 危ないのも居たので銛で突っついて始末する。

 

『……? なんか変な模様の物体があるんだけど』

「【モザイクアワビ】だな。貝殻の反射光が異常でモザイクの塊に見えるアワビだ」


 ひょっとしたら見た目は卑猥すぎるのかもしれないが、それを言うとセクハラになるかもしれないので止めておいた。

 他の参加者はお宝や事前に説明されていた換金率の高い雑魚魔物目当てだが、エリザはあまり出回らないし冒険者も持ち帰らない魔物を探しているようだ。

 いやまあ、オレもこんな周縁海域の海底で採取なんてしねえからな。普段。稼ぎ効率が悪いから。

 

 おおよそ、お楽しみ冒険は客の様子を見ながらだが1時間ちょいで終わる予定だ。

 なんでかってダイビングに慣れてない素人だと体力が限界になるからな。長時間活動用のダイバースーツの中には栄養剤や疲労回復気分シャッキリ系の薬剤を自動で注射してくれるやつもあるが、さすがに客には着せてない。

 余談だが長時間活動の冒険者で問題になるのは、トイレもある。どう解決するか? ダイバースーツの腰部分だけ簡単に脱げるようにブロック化されている。そんで母なる海に還す。いやまあ、潜る前に暫くは出ないよう気張るんだがな。


 さて、そろそろ戻るかという頃合いになったときにガイドから悲鳴めいた通信が上がった。


『デンノコエイだ! 下がって! グライアイは迎撃!』

『任せな! ボッシュに不良品として送ってやる』


 勇ましい声を操縦者の男が上げた。

 大型の魔物が海底から飛び上がって来たようだ。電動ノコギリエイ、略してデンノコエイ。まあ、名は体を表すというか。前に突き出ている(くちさき)がチェーンソーみたいに回転してるやつだ。

 大きさは約3メートル。素人がビビって漏らすには十分な巨体で襲いかかってきた。

 周縁海域で見ることは稀なんだが、運悪く遭遇したか?


 客を庇って前に出た強化アーマー・グライアイは手持ちの大型水中銃で射撃を行いながら、自分にターゲッティングを向けようと接近。顔が機体の方を向いた瞬間、網で捕縛するネットランチャーを撃ち込んだ。

 巨体の魔物では取り込めないネットなんだが、この強化ワイヤーが回転しているデンノコ部分に引っかかって絡まり強引に回転を止めさせた。

 それでも硬質な吻を振り回せば人体など軽々切り裂ける威力はあるわけだが。

 怒ったデンノコエイがグライアイへ吻を叩きつけようとするのを、グライアイは腕部装甲で受け止めてアーク溶断ナイフで吻を根本からゴリゴリとぶった切った。パワー負けもしていないし、さすがはオケアノス製の強化アーマーだな。

 メイン武装を失ったデンノコエイにグライアイが至近距離から銃弾を撃ち込みまくって始末する。これで危険は去った……か?

 いや、待て。なんか変な音が聞こえる。

 足元から。


「エリザ! 浮上すっぞ!」

『え!? う、うん!』


 慌てて海底から離れた瞬間、砂からドデカイ魔物が飛び出して来てオレたちの足元を通過し、また砂地へ潜っていった。

 デカい。電信柱ぐらいの太さで、長さは倍ぐらいある! 蛇型魔物……いや違う!


「イサハヤワンデスワームだ! 初めてリアルで見たぞあんなん!」

『い、いさはやわん……!?』

「九州の諫早湾で目撃されたデスワームだよ!」


 モンゴルのゴビ砂漠で目撃されたUMAのモンゴリアンデスワームと似たような種類ということで名前が付けられたらしい。

とはいえ、モンゴリアンデスワームは体長1.5メートルのちょっとデカい毒ミミズだがイサハヤワンデスワームは十メートルを超える巨体だ。口だって人間を一飲みにできそう。


 従来、諫早湾(5年前の地震で干拓用の水門は粉砕して干拓地は終わった)の干潟でしか目撃がされたことがない巨大魔物で、そっちでは漁師なんかの被害がかなり出ている凶暴なやつだ。

 水よりも更に厄介な砂泥に潜っているので銃器が効かず、動きも早く生命力も強くてまだ誰も倒せていないとされている。諫早湾のみならず有明海全域の浅瀬を生息地にしていて、別名は『干潟竜(ひがたりゅう)』とも呼ばれているな。

 実際、さっきの動きみたら時速50kmぐらいあるんじゃねえのか? 砂から飛び出してくるだけで。

 時速50kmで電信柱がかっ飛んでくるところを想像してみて欲しい。もしくは自分が時速50kmでバイクに乗っていて電信柱に衝突する場面。

 死ぬわ。


 新たに出現した巨大化物に対して、恐怖が限界になったのか客の一人が浮上装置を作動させて海面に逃げようとした。

 浮上装置は高圧でガスをバルーンに注入して膨らませ、勢いよく海面にかっ飛んでいく装置なんだが。

 海中にバルーンが膨らむ『ボッ』という音が響いたとき。

 その客の体は、デスワームの口腔内から生えた長くて細い触手が瞬速で伸ばされて掴まれていた。

 言葉にならないぐらい悲痛な叫びが通信に響く。浮上する力と触手で引き戻される力で骨や関節が軋む音まで聞こえてきた。

 

『グライアイッ!』

『了解! エロ以外の触手は絶滅させてやる!』


 ガイドが指示を出すが早いか、グライアイがアーク溶断ナイフで客を掴んでいた触手を切断する。重傷を負った客を救助にガイドは行く。


『グライアイと護衛は注意を引きつけろ! 皆さんは浮上装置を使わず、静かに泳いで海面に向かってください! 魔物が音に反応する場合があります!』

 

 護衛の冒険者たちが銃撃をデスワームに加えてグライアイが高速で周囲を移動しながら小型魚雷をぶっ放している。

 だがデスワームはすぐに砂地へ潜って大きく砂煙を撒き散らし、視界が悪くなったところで冒険者の一人が悲鳴を上げて──悲鳴が止まった。どうやら襲われて食われたようだ。


『アルトくん、あたしも上がって大丈夫かな?』


 微妙に集団から外れたところで採取していたエリザがオレの近くで取り残されている。

 全員仲良く泳いで上がれば犠牲になる確率はルーレットみたいなもんだが、ここでエリザが一人泳いで逃げるのは若干危なそうだ。


「ちょっとここに隠れて待ってろ。安全そうなら通信入れるから」

 

 岩の隙間にエリザを隠す。砂地を潜る生態ならここは安全なはずだ。オレは身を乗り出して様子を確認する。

 砂煙に血が混じっている。あんまり女子供に見せたい光景じゃねえな。と、近くの岩場の影で、フグの被り物した女体化さかなクンみたいな配信者がもう全身震わせながら、スマホを戦いの方へ向けていた。

 クソ馬鹿配信者だが、見殺しにするのもアレだ。

 仕方なく近くに寄って声を掛けた。


「おい! 危ねえぞ! 早く逃げるか隠れるかしろ! インプレ稼いでる場合か!」

『ふぐ、ふぐぅ……こ、腰が抜けて泳げない』

「海で腰って抜けるのか。初めて知った」


 パニックになって溺れていないだけマシなのか? ともあれ、引っ張ってエリザが隠れている岩場まで連れてきた。

 さて改めて──


γαμήσου(くたばれ)!』


 グライアイの操縦者から外国語の罵り言葉が翻訳されて響いた。

 おおっ! グライアイの機体がデスワームの胴体にしがみついて、溶断ナイフで輪切りにしようとしている。ナイフというがちょっとした刀ぐらい長いのでいけるはずだ。 

 他の冒険者も危ねえし武器も利かねえもんで遠巻きに見ていた。怪我しているやつもいるみたいだ。

 水中でもアーク光を輝かせて熱で焼き切るSF近接兵器(熱すぎて強化アーマーぐらいしか装備できない)で──デスワームの胴体が半ばでブチッと千切れた!


『やったか!?』

『頭の方に集中砲火しろ! 生きてるかもしれん!』


 などと回りの連中が叫んで水中銃で滅多撃ちにしていたら──

 冒険者の一人が小さい触手に喉元を貫かれた。

 その触手はぶった切ったデスワームの下半分の切れ目から出ており……断面が盛り上がって、そこに大きな口と牙が出てきた。

 ええと、つまり……デカいやつを半分に切ったら、半分サイズのデスワームが2匹に増えた……ってコト!?


「金太郎飴かよ! 脳とかどうなってんだあいつ!」


 でかさは半分だが攻撃を飛ばしてくる口の数は倍になっちまった。より逃げにくい状態だ。

 上半身のもう一匹も暴れ出して、自分をぶった切ったグライアイに猛攻を加えている。噛みつかれ腕の装甲がもげて溶断ナイフを破壊された。音波砲で追い払おうとするが、より凶暴化して突進をぶち当てグライアイは交通事故みたいに吹き飛んだ。


『アルトくん! たぶん、電気の方が効果的だと思うの!』

「なんでだ?」

『脳が無いってことは神経が集まって脳の代わりをしているんだろうけれど、その神経に電気ショックを与えると一気に弱るかも!』

「なるへそ」

『ヒトデとかナマコとかを新鮮なまま絞めて料理するのに電気を使うことあるから』

「……新鮮なヒトデやナマコの寿司って食ったことねえなあ……」

『今度食べさせてあげる』


 とにかくあの暴れ回すデスワームをぶっ殺すか撃退しないと安全に逃げられない。正直、ダイバーなんて海面に向かって逃げて泳ぐところが一番無防備で危ねえんだ。周囲に身を隠す場所とかねえからな。

 エリザの持っていた肉叩き棒バチカネを借りて持って行く。センセイの改造で技名を叫ばなくても電撃は出せるようになっている。

 足ヒレもこれ使える、推進機付きのやつ履いてきてよかった。


 戦場に近づくと目も覆いたくなる乱戦だ。そんでグライアイがボコられてるから有用な攻撃手段がなく、冒険者どもが散発的に攻撃を仕掛けながらターゲットを次々に移して逃げ回っている。

 やつらも本当は海面まで逃げたいところなんだが、オケアノス側からの指示もなく依頼中に逃亡したらまあ、色々アレだ。違約金とかでその後の生活がクソみたいになる。なので時間稼ぎに専念していた。

 しかしいつ事故って死んでもおかしくねえし、気分転換のおやつ感覚でエリザの方に行かれても面倒だ。


 オレは自分の背中につけていた浮上装置を取り外して手持ちにし、起動させる。

 ガス圧がバルーンを膨らませる音が鳴った。特定の周波数に顕著な反応を示すのか、デスワームが二匹ともこっちを向いた──気がする。

 口から高速の触手が飛んできたが、一直線だし不意打ちでもねえなら避けるのは容易い。浮上装置をポイ捨てしながらひょいと躱して伸び切った触手を掴む。

 強引に二本の触手を肉叩きに巻き付けてやり、電撃を流した。触手の根本まで通電してデスワームたちは身を縮こまらせるように怯んだ。すかさず接近。

 

「オラッ! 柔らかお肉になりやがれ!」


 近くにいた一匹をガツンとぶん殴りながらチョクで電撃を流してやると痙攣してたぶん死んだ。

 なるほど、電撃に弱そうだな。基本的に生息しているのが有明海の砂泥地だから電撃を浴びせるって方法が取られたことなかったんじゃなかろうか。


 残るもう一匹に肉叩きを向けて遠距離から電撃をお見舞いしてやろうとしたら、危機を察知したのか一目散に海底へ潜っていった。

 再び出てきる気配はない。

 クソ、逃げやがった。まあいい。仕事はこれで十分やっただろうが……客がなんかやられてたな。報酬半分か? いや、交渉してやる。



 ******



 客が怪我をしたら報酬が半分になる契約だったが、逃げ遅れた客二人(エリザとフグ女)を救助したことと、やられそうだったグライアイを助けてデスワームをぶっ殺したことを理由にオレだけは減額無しにできた。

 オケアノスとの交渉のコツは、交渉相手とは現場でサシの対話すること。そして片手に武器を持ったままやることだ。周囲をオケアノスの銃を持った兵隊に囲まれている状況でやったら駄目だ。交渉ってやるかやられるかみたいなところあるから。


 ついでに副収入だが、オレがぶっ殺したイサハヤワンデスワームの片割れはエリザの持ち込んだ武器でやったってことで、エリザが所得することになった。

 オケアノスも初回収の魔物な上に、近くにクレーン付きの船があったこともラッキーだった。丸ごと全部手に入れて、エリザには売買料金として1000万エレクを手に入れた!(ついでにデスワームの肉も数キロゲット)

 そんで女神エリザさんの御慈悲で、オレと山分けってことになって500万エレク頂けることになった。

 いやまあ戦ったのオレだけど! これはありがたい。


 諸々手続きを終えて、冒険後の懇親会はキャンセルし(魔物の恐ろしさに衝撃を受けた客の多くはキャンセルしたようだ)、店に戻った。今日は休みだが、エリザはウキウキで手に入れた魔物を下ごしらえしている。

 やがて、センセイがくたびれた雰囲気で戻ってきた。


『ただいま……』

「おうセンセイ。どうだった? 穴掘りは?」

『はあ……作業中になにか巻き寿司みたいな形の魔物が地面を掘りながら暴れていき、穴の大部分が崩落した。巻き込まれた作業員を掘り起こして救出するのが大変だった……死人は出なかったのが幸いだ』

「巻き寿司みたいな、地面を掘り進む魔物……」


 どう考えても逃げたイサハヤワンデスワームだな。あんなのが居るなら、周縁海域から海底遺跡へ繋げる地下道もそう安全ってわけでもなさそうだ。

 エリザが慰めてデスワームの肉を使った肉巻き寿司を作ってくれるそうだ。……あのデスワームってなんの生き物に近いんだろうな? ミミズか? プラナリアか?



 さて、エリザから山分けの報酬を貰うわけだが、タイミングを頼むことにした。

 そういうわけでエリザを連れていつものパチ屋へ。カウンターでオレのICカード(パチマネーを出し入れするカード)を店員の姉ちゃんに預けて、エリザに眼の前でオレの口座に振り込んでもらう。

 そしてオレの口座に入った瞬間、オケアノスのカス借金取りに奪われないよう即座にICカードに全額ぶっこむ処理をしてもらう!

 

「っしゃあ! 入った! パチ代500万!」

「凄くなにか釈然としない気分……」

「なに言ってんだ。パチの景品で食料も日用雑貨も他のやつが質屋に売り払った装備も手に入るんだから、これはもはや三岳島の第二の通貨みたいなもんだ」


 最近、マッハで借金取りがオレの口座から稼いだカネを奪っていくもんで、日常生活もままならなかったわけだが、これで一息ついた感じだな。


「ありがとな、エリザ。手前も1パチとかで遊んでいくか?」

「いや、なんか人として大事なものを失いそうで……」

「パチンコは適度に楽しむ遊びであって、そんなヤバいことではないんだが?(配慮)」


 なにはともあれ種銭が500万もある。生活に余裕ってもんができたぜ!



 ******



「で? どうなったのカ?」


 翌日。店に顔を出した際にウリンが聞いてきたのでオレは爽やかに応えた。


「最終的にマイナスが2万エレク……ちょっと負けたかな? 腹減った。ウリン、ドッグフードタダでくれねえ?」

「2万じゃないダロ! 502万負けてるんだヨ! 借金持ちなのにそんなに賭けて完全に依存症じゃないカ! 傻瓜(シャーグァ)! 愚かモノ!」

「500万のビッグゲームをやった結果、たかが2万ぽっちマイナスってのはむしろ勝利」

「むしろ!?」


 まあ、なんにせよ久しぶりにたっぷし高レートが打てて楽しかった。こういう気持ちが大事なんだよ。もう二度と『トンキン喰種(グール)』は打たねえけど。



 そういえばなんか例の配信者がアップしていた動画がバズったとかなんとか? 人の顔を拡散してねえだろうな。不安だ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ