掌編14:『アルト・ザ・次にくるライトノベル大賞2025にエントリー投票しよう』
「『次にくるお店』大賞だァ?」
「そう!」
魔寿司の店内。オレはグレイの奢りでモジャモジャコの三枚漬け握りを食いながらそう聞き返した。
グレイが今回告げてきた新しい企画かなにからしい。
そして一瞬、なにか妙な気分になって聞き返す。
「……前もこんなことなかったっけか? 気の所為か?」
「気の所為じゃないよ……! 君たちが投票を死ぬほど荒らしてくれたのを忘れていないからね……!」
「メンゴメンゴ」
いや、まさか。
こんな露骨に宣伝みたいな流れで言われたもんだからなんかループに突入したのかと不安になっただけなんだが。
「説明すると、三岳島で次に大評判の名店になりそうなお店を投票して商業を盛り上げようという企画でね」
なるほ。今度は冒険者じゃなくてお店ね。
「んなもん、ヴァルナ社の武器屋かオケアノスのコンビニでフィニッシュじゃねえの? 組織票もあるし」
「だからこそ『次にくる』なんだよ。定番の……っていうか大会社資本の店は対象外。個人経営の店をエントリー投票する企画なんだ」
「それなら他にも冒険者が世話になってる媽祖集団の人体実験してる病院とか、マナナン・マクリル社の自白剤入りビール飲ませてくるスパイ酒場も無しなわけか。オケアノスが運営している沈下区画の高級店も駄目となれば……」
地表に苔みたいにしがみついている、半分以上は一年以内に潰れる店の数々。
低レベルな争いになりそうだ。いや別に含むことがあるわけじゃないぞ。
「そこで! 候補としてこの『魔寿司』のエントリーを勧めに来たのだけれど、アルト青年はほぼ関係ないのにこっちの奢りにして寿司を頼んでいるよね!?」
「バカ言うな。オレは魔寿司の調達部所属だ」
「自分の都合のいい時だけ主張してるヨこの野良犬!」
ウリンから文句が飛んできたが、都合のいい時にオレをそんな所属チームにしたの手前だろ。ブーメラン飛んでくるぞ。ほら飛んできたが、店の強化ガラスで弾き返された。残念。
「他に候補というとマグロラーメンの『三岳ラーメン』、スパモン教の酒場レストラン『ヴァイキング&パスタ』、店主が豪傑なフレンチ中華『ジャンヌ・ダ・呂布』、店内で酒を密造というか脱法製造している激安酒屋『AL工場』、質屋兼調達屋の『オーシャンジプシー・ミッキマー』、装備改造の『スミス三角』……などなど」
「まあ、ボチボチ有名なところだな。オレはカネがねえからあんまり行かねえけど」
大抵の冒険者はゲットしたカネで酒飲んで遊ぶからな。オレは酔うと記憶がすっ飛ぶからあんまり飲まねえけど。
「ん? ゾクフー系が入ってねえな。それこそ冒険者がよく使うんじゃねえの?」
「アルトくんフケツ!」
エリザがやや不満そうに頬を膨らませて言ってきた。
「オレは行かねえよ。ゾクフーでカネ使うよりパチ打った方が楽しいし」
「なあんだ。じゃあ良かったね!」
「別に良くは無いダロ……」
何故かジト目でウリンが見てくるが、知らん。
グレイは肩を竦めて言う。
「今回の企画はオケアノスがスポンサーで、健全な商業活動をアピールしたいことからそういった風俗店や賭博は対象外になっていてね。アルト青年のよく通うパチンコ屋も外されている」
「なァんだ。じゃあ投票するところねえや。興味ゼロ」
「うちに投票しろヨ!」
いつものパチ屋が一位にでも選ばれたら記念として設定甘くなったかもしれないが、コンテスト対象外なら仕方ねえ。
自分に関わらないコンテストって言われてもな。
「もしこの第一回の『次にくるお店』大賞に選ばれればそれは非常に名誉なことだろうね。三岳島にこの店ありと島内外に宣伝され、まさに名店中の名店」
「ほ、ほほう……」
ウリンの目が露骨に金勘定を考えて輝いていやがる。
「更には大賞受賞店にはオケアノスから1000万エレクトロン硬貨が非課税で与えられる!」
「1000万! 凄いねウリンちゃん!」
「非課税なのが嬉しいところだナ!」
「オケアノスの連中、報酬からも容赦なく手続き代だのサービス料だの差っ引いて行くからな」
「よし、野良犬! 宣伝して大賞狙うヨ!」
「なんでオレがそんな七面倒臭いことやらねえといけねえんだ」
「調達部ダロ!」
うんざりと手を振って断りつつ、次の寿司を食う。夜鮭のイクラ軍艦。っていうか川に遡上してねえのにイクラ蓄えてんのかよ異海の鮭。
夜鮭は夜にしか目撃されていない鮭型魔物で、夜にダイブする冒険者が少なめだから割と値段しそうな寿司だな。頑張って夜に潜るんだから冒険者だってもっとレアな魔物を探しに行く。
「ウメえウメえ」
パクパク食っていると、エリザがやけにニコニコしていた。
そして隣に座っていたグレイが立ち上がってウリンに告げる。
「では、『次にくるお店』大賞頑張ってくれたまえ。お勘定を頼むよ」
「ハイ。一緒で?」
「別々で」
チャリンチャリン。オッサンは電子マネーを支払って出ていった。
……?
「今、あのオッサンオレの分払ってくれた?」
「払ってないガ?」
眼の前には、食いかけの寿司。
スマートウォッチで口座の残高を確認する。120エレク。
「……」
「メカルスー! 食い逃げが出ないように見張るネー」
「アルトくん! 一緒に宣伝頑張ろうね!」
世の中は得てしてこういう罠が仕掛けられているもんだ。
******
『次くる』の噂はSNSオケアノエックスを中心に一気に広まったらしく、町中では旗が立ったりチラシが掲示板に貼られていたりしていた。
意外と盛り上がっているようで、どこの店も大賞を目指して広報活動を行っているようだ。小規模なセールが島内のあちこちで起こり、冒険者たちも店へ向かっている。
とりあえず魔寿司は期間中、予約無しの昼営業で持ち帰り寿司も販売を始めて客を呼ぶことにした。
それに関連してオレとセンセイは魔寿司のビラを貼りに出るのであった。
『それにしてもアルト、勝手にこの掲示板にある他のチラシを剥がしていいのか?』
「さあ? 悪かったら誰か指摘するだろ」
アナログな方法だ。店のチラシを掲示板に何枚も貼り付けてアピールしていく。
とりあえず大事なのは名前を覚えさせることだ。選挙だって公約がどうとか、前科がどうとかそんなことよりまず名前を覚えさせようとしてくるだろう。
どうせ投票する冒険者なんて明確な目的や応援の意識があるやつは少数で、「どこにするかなー」とぼんやり考えて名前がパッと浮かんだところに入れるやつが多い。
ちなみに投票すると200エレク貰える(1人1回)ので、ジュース代ぐらいにはなるから冒険者の多くも参加するはずだ。
「ちなみに今回は投票結果をハッキングできねえの?」
『さすがに釘を刺された。次にやったら電磁牢獄行きだそうだ』
「リスクとリターンが吊り合わねえな」
言い合いながらペタペタビラを敷き詰めていく。他の連中が貼れないように隙間なく。
と、オレたちに声が掛けられた。
「そこ! 許可を得ていない個人的な掲示物を貼るのは禁止だ!」
振り向くと頭に『ELITE』の文字が輝く、ギルドの課長がどうやらオレらを叱責しているようであった。
「界村アルトにセンセイ! 貴様ら、違反行為をしていたならば相応の罰金が課せられるぞ!」
「おいおい! 勘違いするなよ! オレたちはビラを貼っていたんじゃなくて、違法に貼られていたビラを回収していただけなんだからさ! なあセンセイ?」
『まったくだ』
スッと自然に合わせてくれるセンセイ。オレはしれっとした顔で言う。
「恐らくどっかのライバル店舗だと思うんだが、魔寿司の評判を落とすためにこうして違法な感じにビラを貼りまくる妨害工作を行っているみたいでな……あちこち回って剥がしているところなんだ」
『まったくだ』
言い逃れようとしたら、エリート課長はスマホを見せてきた。
「これはここの監視カメラの映像だが、思いっきりお前らが貼っているな」
「よしずらかるぞセンセイ!」
『まったくだ!』
「あっ! 逃げた! こら! 貼った分せめて剥がしていけ!」
とりあえずセンセイに乗って離脱。監視社会って嫌なもんだな。
******
あらゆる個人店舗がライバルとなれば、伝手のある日本人街で票を稼ぐのも難しい。一応ビラぐらいは指定された掲示板に貼ってもいいんだが、他の店も平等に、だ。
大賞以外にも上位10店舗は公表されるので、それに選ばれるだけでも店の知名度は向上するし箔が付く。
特に日本人街は最近人気の、イソノマグロを出汁に使っているマグロラーメンの店が強い。日本人だけではなく外国人冒険者も通っている、中毒性の高いラーメンだ。
おまけに店主がどうやら『次くる』に乗り気らしく、大々的に宣伝しているようだ。
「マグロラーメン、現在百エレク引きだよ! 店内でうちに投票する画面を見せてくれれば無料!」
「三岳ラーメンが大賞になったら感謝セール! 3日間半額にするよー!」
などと店員が呼びかけて客を引いていた。
「……とりあえず食いに行くか。腹減ったし。マグロラーメン自体はめっちゃ美味いからな」
『アルト、お金あるのか?』
「ない。センセイは?」
『私もない』
「……」
オレたちは店内で、この店に投票する画面を見せてタダで食った。
借金って悲しいよな。マグロラーメンは美味かった。センセイも喜んでいた。この子にだって、寿司以外の世界も知って欲しい。それだけなんだネエさん。誰だ手前。
*****
「ぐぬ~! 卑劣なラーメン屋ネ! 商品を安売りして票を得ようなんて外道!」
店に戻って一日の成果を報告すると、ウリンが怒り心頭とばかりに唸った。
「大なり小なり、本気で上を狙ってる店はやってるだろそれぐらい」
別段、この『次くる』の宣伝に関して禁止されていることは少ない。電子的、物理的に投票結果を改竄するハッキングは禁止。投票は冒険者に限る。頭部を破壊された者は失格となる。それぐらいか。
一応今回も再投票は可能で(カネが出るのは1回だけだが)、その変動っぷりも途中まではエンターテイメントとして公開されていた。
魔寿司もそこそこの位置にあるが、現在トップは三岳ラーメンだ。
「こちとら原価が高いから安売りするとダメージが痛いネ……! そもそもラーメンは一杯で満足するかもしれないガ、寿司は半額とか無料だと三十貫も四十貫もモリモリ食べる客が次々に来る気がするヨ……!」
『そこでだ、ウリン。こういうのはどうだろうか』
珍しくセンセイが経営に関して助言を行うようだ。彼女は機体のマニピュレータを器用に使ってどこからともなく取り出した紙とペンでサラサラと図解を書いた。
『寿司ラーメン』
「あっ! エリザが見たこともないような渋面を作っている!」
「寿司職人のプライドをいたく傷つけたようだヨ!」
シャリカレーはセーフなのに寿司ラーメンはアウトらしい。基準がわからん。
「だってラーメンってパスタ料理だもん……パスタにお米って入れないよ……」
「これはKAGOMEが紹介している、トマトケチャップを使ったナポリタンパスタにケチャップライスを混ぜ込んだ『ナポメシ』という料理らしいが」
「イタリア人が発狂しちゃうよ!?」
スマホで画像を見せたらエリザから拒絶反応が出た。いや……あの日本国民1万人に見た目だけでゲロ吐かせた深き者共の寿司はOKでナポメシはNGなのかよ。
「くう……どうにか大賞を取りたいネ……!」
「別に大賞なんか取らんでも予約客で食っていける程度に儲かってんだろ、この店」
「飽きられたらどうするカ! 今は魔物料理で物珍しさもあるけれど、この魔物のマグロを使ったラーメン屋みたいに次々に新しく店ができるはず……! それに追いつかれないためには地位と名誉を得る必要があるヨ!」
「ウリンちゃん、お店のことを真剣に考えてくれて……!」
「中国では『金を稼ぐ努力をしない者は逮捕し思想矯正』って諺があるネ!」
「それコトワザじゃなくて共産党の政治方針だろ」
ウリンが革命精神めいた覚悟をキメた目で握りこぶしを作り、言う。
「こうなったら自爆覚悟で資産減らしても安い寿司を出して客を寄せるネ──!」
「止めとけ止めとけ! 安売りしてたら碌なことにならねえぞ!」
「でも!」
「具体的にはカスみたいな客層が押し寄せてくる」
「……」
二人は微妙に嫌そうな顔をした。現状でも、ナンパ目的だの卑猥な言葉を掛けてくるだのカスが来ないわけではないのだ。
「だいたい、手前らが思っているほど冒険者ってのは安売りに敏感じゃねえ」
「そうなの?」
「ああ。一日で十万とか稼ぐからな。金銭感覚バグってるアホみたいな連中が多い。一万の寿司だろうが、二万の寿司だろうが主婦みてえに気にしねえで食いたけりゃ食う」
「でもアルトくんみたいに借金で困っている人とか」
「借金持ちはより顕著に、カネを借金取りに奪われる前に使っちまえぐらいの感じで生きている」
「野良犬が言うと真実味があるナ」
「アルトくんの場合収入が刹那すぎるよね」
近頃は借金取りが何故かオレ(と、センセイ)に厳しく、稼いだ端から持っていかれるから厄介だ。
対抗策として、魔寿司に魚を売る際には代金振込タイミングを調整してもらい、振り込まれたら即座にパチスロのカードに入金しないとパチが打てなくなるぐらいだった。
お陰で食費他にかけるカネがねえ。
「じゃあどうすればいいネ」
「音速マグロのときはそれこそ物珍しさと周囲の盛り上がりで冒険者も集まったからな。これって感じで人の目を引くネタを仕入れて宣伝すればいいんじゃねえか?」
「姐姐! 今ストックされているので一番レアなネタは!?」
「うーん……スーパードクターフィッシュKとか……」
「それ医療用の魔物だろ!?」
勿体ねえ。媽祖病院とかに売りつけろよ。激レアで数匹しか飼育されてないらしい。皮膚疾患ならなんでも治すやつ。
「老師! 野良犬!」
『了解した。なにか珍しくて、そして有名なやつを探してこよう。音速マグロもまだ居るかも知れないしな』
「仕方ねえな。ちゃんとカネ払えよ」
ということになって、やむを得ずオレらはレアな魚を探しに行くことにした。
まあどっちにせよ、日々の稼ぎのためには潜らないと駄目なんだが。とにかく、今はギルドから借金のカタに獲物を奪われないようにしないとな。
ダイブに行く前に、ふと宣伝を思いついてギルドの掲示板(仕方なく正規の掲載料金を払って貼った)にある魔寿司のポスターに文字を書き込んだ。
『アルト? ……それ、大丈夫なのか?』
「宣伝活動の一環だろ。オレらだけでなく、あいつらも体を張らねえとな。よし、行くか!」
******
運よくオレたちは音速マグロの仲間というか、似た種類の『亜音速カツオ』を捕獲することに成功して店に届けた。
エリザも「カツオは結構寿司ネタには難しい魚だからこそ、腕が鳴るよね!」と喜んでいてウリンは亜音速カツオ寿司の宣伝を早速始めた。
それから客足も増えて評判も上々。『次くる』の投票サイトを見ると魔寿司の順位はかなり伸びていった。
このままだと一位も取れるかもしれない。
マジかよ。
「センセイ、オレ隠れとくから後で二人に教えといてくんない?」
『謝ったほうが良いと思うが……』
ちなみに大賞を争っていた三岳ラーメンの店主は頭部を破壊されて失格になっていた。生で仕入れたイソノマグロにやられたらしい。
*****
そして発表日。
見事、魔寿司は『次にくるお店』大賞に選ばれたのだった! おめでとう!
公園でセレモニーが開かれ、記念品の1000万エレクコインが渡され、インタビューを受けているエリザとウリン。
「いやー、それにしても大胆でしたね! 魔寿司のお二人とも!」
「はい?」
「大賞になったら1ヶ月水着で営業をするなんて! 冒険者のお客さんそういうの好きですからねえ!」
「え゛」
司会はスマホの画面、オケアノエックスでバズっている画像を見せた。
それはオレが魔寿司のポスターに落書きして『大賞になれば水着営業1ヶ月!』が誰かに撮影されて拡散したものだった。
エリザとウリンの笑顔が凍りついた。
そもそも、投票なんてどこが大賞になろうが冒険者の大部分にとってさほど利益もない話だった。
だったらいっそ、なにか面白いことにでもなりそうなところに冷やかしで入れるやつも少なくない。優勝を狙う店主たちはセールキャンペーンじゃなくてオケアノチューバーにでもなってバズりそうな企画立てるべきだったな。
で、他の店が出せない資産としては店員が可愛い女二人組ってことで、体を張って水着営業を出させたってわけなんだが。
まさか本当に大賞になるとは。
会場に集まったスケベな冒険者どもが冷やかしの声や口笛を鳴らして、魔寿司の優勝を称えた。全員ニやついているようだった。
「の、の、野良犬ゥゥゥゥ!! どこに居るカアアア!!」
大きく響くウリンの叫び声を、オレは狭っ苦しいスペランクラフトジャケットの中で聞いていた。
ぎゅうぎゅう詰めで座っているセンセイにオレは確認する。
「やっぱり逃げた方がよくねか?」
「アルトも水着になって謝れば許してくれるだろう」
しかしまあ、『次にくる』大賞という企画はなかなか良いものだと思うぜ。
店と客は商品と代金を交換する五分の関係だ。しかしこういった客参加型の投票というのは、客の善意で店を盛り上げることが可能になる。
普段世話になっている店。店主のことを個人的に気に入っている店。潰れて欲しくない店。続いて欲しいラノベ。そういった対象に向けて、エールを送る意味で一人ひとりの投票に価値があるんだ。
みんなもやろうぜ! 『次にくる』やつを応援して!
「野良犬ウウウ!」
仕方ねえ土下座しとくか。
余談だが商品の1000万エレクのコインは、換金不可の記念品だった。ケチ臭え!
https://tsugirano.jp/
「次にくるライトノベル2025」のエントリー受付が行われていますので是非
「アルト・ザ・ダイバー 1 異海ダンジョンに挑む冒険者と魔物握る寿司屋」をエントリー投票お願いします!
この作者、必死すぎないか…!? と思われるかもしれませんが
必死ですので何卒…!




