掌編12:『アルト・ザ・護衛任務(上)』
「女子アナを護衛して欲しいだぁ?」
『そうなのです』
オレはその日、魔寿司で氷寿司(シャリに見立てた氷の上に、ネタに見立てた氷を乗せた寿司。自作)を齧っているとやってきたトビーにそんな話を持ちかけられた。
トビーは日本人の強化アーマー乗りで、大手の警備会社フジバヤシ・テック社から派遣されてきている日本人冒険者のサポート役だった。
本人も冒険者として活動はするが、仕事の目的としては島内で負傷したり、事件に巻き込まれたりした日本人の保護や治安維持、三岳島に逃げ込んできた日本人犯罪者の逮捕などが役目として与えられている、非公式ロボコップみたいなやつだった。
もちろん相応に実力は高く、フジバヤシ・テック社の試作型強化アーマー『トビー』は小型ながら高機動だ。陸上でバク転したり壁走りしたりが可能な強化アーマーは今のところトビーだけだろう。
……まあ、その分乗り手が限られているみたいだが。オレは絶対乗れん。物理的に超小柄なやつしか乗れない。
それはそうと、妙な話の先を促した。
『今度、三岳島に東京のテレビ局から取材が来るのですが、危険地帯なので護衛が必要なのです。それで現地に駐在している、警備会社所属なボクが役目になったのです』
「東京のテレビ局だろ? いくらでもカネ出してお高いSPみたいなの連れてこられるんじゃねえの? 知らんけど」
東京行ったこともねえから完全にイメージだが。
トビーが肩を竦めるリアクションを取る。中に人が乗っているロボなのに人間臭い動きがトレースされるのが小器用だ。
『日本で一番優秀なSPを雇えるのが弊社フジバヤシ・テック社なのです。紛争地帯へ行く政治家やマスコミの護衛もやっているぐらいなのです』
「へーそーなのか。正直田舎育ちだから警備会社って縁がなくてな、よく知らん」
なにせ家の戸に鍵を掛けたことがないぐらいの田舎だった。オレの地元。店もほぼ地元商店ばっかりだったから。泥棒とか二十年ぐらい発生してないんじゃないか?
『とはいえ三岳島は特殊な治安状況にあります。様々な人種がごった返していて、その誰もが武器の扱いに手慣れているのです。地域ならではの文化や風習が存在せず、逆にいえば事前にどういったタブーや危険地帯があるのか調べることも困難なのです』
「まあ、ちょくちょく人間が入れ替わるからな」
なにせ冒険者がサクサク死んでいくので気がつけば一区画の住民が全員入れ替わっていたなんてこともあり得る。
同じ国の連中同士が徒党を組んでギャングみたいな一団を形成していることもあるんだが、やっぱり構成員となる冒険者の損耗率が激しくて大きな組織にはなれないらしい。
昔、威張り腐った徒党が根城にしている建物に他の冒険者が一斉に爆弾をぶん投げて壊滅させた事例もあった。冒険者は気が荒い上に武装しているからな。ついでに言えば、オケアノスからすれば身を粉にして海に潜る冒険者はともかく、地上で他の住民相手に威圧して強請ってるヤカラなんて資源の無駄だから排除される。
いつ、どこの地区にヤバい冒険者崩れの武装犯罪者が多いのか。そんなもん把握できていたら情報売ってカネにできるぞ。
『というわけで、現地で指示や咄嗟のアクシデントに柔軟な対応ができるスタッフが足りないのでアルト殿を臨時に雇いたいのです』
「つってもなあ……メリットがねえ……」
そりゃ臨時雇いの日当とかは出るんだろうけどよ。
まず冒険者なんて現代の炭鉱夫みたいな仕事している連中は稼ぎがいいのが特徴だ。(大正から昭和初期の炭鉱夫も羽振りはよかったらしいが)
警備員の日当が1万5000ぐらいか? ちょっとハネても一日5万行かないぐらいだろ。危険手当込みで。フジバヤシ・テック社はあくまで日本に本社のある企業であって、その給与体系は至って日本標準だ。
一方で命をベットして日銭を稼ぐ冒険者は、まあ最悪でも日に10万ぐらい稼げるはずだ。潜った瞬間に凶暴な魔物に襲われてリタイアしたとかじゃない限りは。警備員のバイトをするよっか、その間に冒険していた方がずっと実入りはいい。
そしてデメリットとして、オレはマスコミが嫌いだ。高校の頃に甲子園で惜しくも負けたとき、なんかオレの顔をパシャパシャ撮って週刊誌だの新聞で好き勝手書きやがったし、学校や実家にも押しかけてきやがったから。
『魔寿司も取材されるので、お店の紹介にもなるのです』
「野良犬。そこで氷しゃぶって営業妨害してないでさっさと仕事受けるネ」
「オレ関係ないじゃん! オレ関係ないじゃん!」
『ロケットトビウオ漁師も取材して直接の買い付けもできるのです』
「アルトくん! ロケットトビウオの直売はかなりお得なんだよ!」
「それも店の都合だろ!?」
無茶振りしてくる店の連中に文句を言い返す。
するとウリンがジト目で告げてきた。
「というか、そんなアルバイトが無駄なんてほざくぐらい稼いでるなら、氷しゃぶってないで高い寿司頼めヨ」
「借金に吸われてんだよ! 稼ぎが!」
果てしない借金がオレの生活を苦しめている。特に最近は催促がきつくなった。稼いだ端から奪われる。オレを殺す気だ。
『そこでアルト殿には現物報酬でどうですか?』
「現物ゥ?」
『宿代3ヶ月無料と、食事代として日本人街の飲食店で使える無料クーポン券を30枚渡すのです』
「無料クーポン券? そんなもん作ってたのか?」
『名古屋から来た飲食店の方が提案したのです。あそこの人はお得に敏感なのです』
島の通貨エレクトロンは他の国際通貨との交換レートがぼちぼち上下する。ざっと100エレクが110円だったり、90円だったりだな。大雑把には1=1ぐらいでいいんだが。
そこで円高エレク安のときに纏め買いするとお得になるってんで、十枚綴りぐらいのクーポン券を売るようになったとか。
名古屋人はそういった回数券が好きで、喫茶店だろうが飯屋だろうが靴屋だろうがなんか回数券を発行しているらしい。本当かよ。
しかしそれはともかく、借金取りに没収されない生活物資が手に入るというのは利点ではある。
『それと──本社に都合して送ってもらったコレを差し上げるのです』
「なんだ? ──おおっ! これは!」
トビーがカウンターの上に出したのはパチスロ台に付いているレバーだ。
しかもこの特徴的な、ボタンの上にウニが乗っているデザインは『ウニコーン』のやつ! 可能性の棘皮動物!
確かコンビニの一番くじで販売されたらしいウワサは聞いたんだが、手に入らなかったんだよなこれ。
握り込んでレバーを引くと、ヴー!と力強く振動して「アーアーアーアーアアアアアー」というBGMが流れた。
腕にはジーンという心地よいシビレ。
「仕事受けよう」
オレはごく自然にそう応えていた。
*****
撮影日まであまり間はなかった。リハとか事前調査とかそういうの抜きで撮影班がやってくるようだ。安全対策とかもっとよく考えろよ。
対策らしい対策というと、海路じゃなくてヘリコプターやってきたことか。異海の上を通らなければある程度は大丈夫とはいえ、なんだかんだ船がこの海域に近づくとはぐれ魔物に沈められる確率は他の海より遥かに高い。
三岳島にはヘリポートがあちこちにあって民間でも使用できる。予め島に渡ってきていたフジバヤシ・テック社の警備員十名ほどと並んで、オレとトビーも出迎えた。(センセイは雇えなかった。衣食住に不足してないからな)
「つーかこう、集まると異様だなこの会社。クローン部隊か?」
オレが周囲を睥睨しながらそう告げる。警備員ってのに馴染みがないからなんだが、全員お揃いの深緑色のスーツを身に纏って、頭を覆面つーか頭巾で隠している男がズラッと同じ直立不動で並んでいる。忍者サラリーマンか。
これが戦闘服だったらテロリストの集団みたいだ。
ちなみにオレも同じ制服と頭巾渡されたので質屋に持っていったらトビーにめちゃくちゃ怒られた。制服支給の信用を失って、今は頭巾だけ被らされている。オレだけユニーク個体アロハ頭巾だ。
『フジバヤシ・テック社は戦国時代の忍者、藤林長門守を祖とした忍者スキルを持つ警備会社なのです。それ故、正社員は個性を消した忍びスタイルで活動するのが社則なのです。そうやって明治時代から結社して数多くの実績を上げているのです。伊藤博文とか』
「暗殺されたじゃねえか!」
『板垣退助とか』
「そいつも暗殺されたやつだろ!」
『……彼らは胡散臭い汚れ仕事の忍びなんて雇わん!と主張して雇わなかったので暗殺されたとも言われているのです』
「本当かよ」
ともあれ、全国CMもバンバン出している警備会社なのでCMぐらいは見たことがあった。筋肉ムキムキマッチョマンのレスラーみたいな社長と忍者社員がポーズを取るやつだった。警備ってなんだ。
要人警護から建物、住宅の警備、更には畑を害獣から守る仕事もしているらしい。テックと名乗るだけあって機械技術開発にも長けていて、強化アーマーを作れるだけの技術力はあるし、それ以外にも非殺傷セントリーガン(監視カメラに連動して非殺傷弾を射ってくる固定銃)なんかも販売していた。
そういった連中とヘリポートで待ち構えていると、上空から輸送ヘリが降りてきた。日本は五年前の災害以来、道や港湾が破壊されたこともあって国や自治体も企業も急速にヘリコプターを買い求めた。ヘリパイは引く手数多の高級取りになって免許を取るやつが3倍ぐらい増えたらしい。
誘導に従ってヘリが着陸し、中から女子アナらしい人物が降りてきた。
動きやすそうなズボンと半袖のシャツ(ふわふわしたシティガールスタイルで来ていたら頭を抱えていただろう)姿の、派手な美人というより化粧っ気がなさそうな若干さっぱりした地味っぽい顔つきの姉ちゃんだった。オレより二つ三つ年上ぐらいか?
目を細めた愛想の良さそうな、朗らかな笑みを浮かべて挨拶してきた。
「はじめまして~大江戸TVの山田浅子と申します~今回はお世話になります~」
『強化アーマーの中から失礼するのです。フジバヤシ・テック社の三岳島支部特別班長、仇村伊那なのです。この度は弊社の警備員が山田アナウンサー及びスタッフの安全をお守りするので、ご自身の安全を守るため協力していただきたいのです』
「もちろんです~」
どこか緩くて緊張感のない声音の山田アナウンサーがトビーと握手をした。既にカメラ回っているみたいで、特派員は現地の凄腕護衛と接触した!みたいなナレーションでも付くんだろうか。
「ところで仇村さんはどうして強化アーマーに乗ってらっしゃるんですか?」
『ボクは警備員としては小柄で侮られやすく、依頼者も不安になることがあるのでこうして常に戦闘服を身に纏っていなければ、逆にトラブルの元になるのです』
そう説明していた。フジバヤシ・テック社の開発した強化アーマー『トビー』は試作型らしいが、重大な欠陥がある。超小柄……小学生レベルじゃないと乗り込めないことだ。エリザでもたぶん無理で、ウリンがギリギリか?
強化アーマーなんて異海ダンジョンで運用するにしても、全高2.5mぐらいまでは大きく作っていいのにちょいと大柄なプロレスラーぐらいの体型で作ったもんだから非常に中は狭いわけだ。
これは警備会社だから、日本の屋内に入っていくシチュエーションを考えてトビーの大きさになったらしい。日本の家屋は基本的に身長2m以上のデカブツが自由に行動できるように作られていないからな。
最終的には外部操作する無人機にしたいそうだが、その動作学習データーの蓄積として唯一乗り込める社員の仇村が搭乗者に選ばれたのだとか。
『こちらが警備スタッフ十名なのです』
「よろしくお願いしますね~! あの、皆さんお名前を伺ってもよろしいですか~?」
一糸乱れぬ直立不動で並ぶクローン忍者サラリーマンたちはやや緊張した声音で返事をした。
「いえ! 自分たちなど影かなにかだと思ってくだされば! 見分けも付かないでしょうし、忍者Aとでも適当に呼んでください!」
「自分は忍者Bです!」
「拙者は忍者γでござそうろう。ニンニン」
「あっ! こいつ個性出して美人アナに覚えられようとしてるぞ!」
「許さん!」
「死罪ッッ!」
などと騒いでいる。バッチリカメラに撮られつつ。トビーは頭を抱える仕草を見せていた。
山田アナはニコニコしたまま頭を下げてお願いした。
「大丈夫です~、わたしは人の名前と特徴覚えるのが得意なので~」
「そ、そうですか……? 自分は副班長の高橋左膳です」
「私は水原大所化といいます」
「拙者は黒山軍記でござそうろう」
「(以下略)」
一人ひとり名乗っていくのを山田アナはウンウン頷いてちゃんと聞いていた。オレは既に最初の方の名前を忘れていた。微妙にムズいんだよ。オオショケって変な名前だな。
全員名乗ったのを聞いて、山田アナは確認をする。
「では、空手をやっていそうなのが高橋さん」
「はい!? いえやってますけど!?」
「いえ~ほら、指のタコがそれっぽくて」
山田アナが手を取って指摘した。
他のクローン忍者も、背が少し低いとか(シークレットブーツ履いてるのに気付かれてショックを受けていた)、ボディビル並に鍛えているとか、目の色が違うわとか、よくそのスーツと覆面の上からわかるなって要素でこの姉ちゃんは個体識別したみたいだ。
観察力が高いんだろうか。声を掛けられたモブ忍者たちは「女子アナに話しかけられた~」「名前呼んでもらっちゃった~」とデレデレしていた。こいつら警備員として大丈夫か。
そして山田アナはオレの方にも近づいてきた。
「こちらの方は~?」
『彼は現地協力員で、冒険者をしている──』
「インドネシアコロニー出身のバナナ味・サンクスです」
オレは偽名を名乗った。パチスロ『ウニコーン』の主人公の名前だ。バナナ味は植民地のバナナ農園労働者だったんだが実は華僑のボスの隠し子でイスラムテロリストに襲われる事件に巻き込まれていく。いや、パチの中にしかストーリーが存在しないから詳しくは知らんのだが。
ちなみにインドネシアはギャンブル禁止だがなぜかパチスロだけは許されているらしい。やはりパチスロには特別なパワーがある。
「バナナに感謝……ですか?」
「いえ地元だとよくある名前でして。両隣の婿養子と真向かいの家の三男坊も同じ名前です」
『死ぬほど嫌な地元なのです』
トビーが「もうちょっと無かったのか」と言わんばかりの声を出していた。
そもそもオレは身バレが嫌なんだ。3年前にやらかして全国ニュースになったからな。昔のことだが、今でも覚えているやつはいるかも知れない。カメラに映りたくねえ。
ちょうど覆面頭巾で顔を隠しているのでそうすることにした。
「よろしくお願いします~」
オレとも躊躇わず握手してくる女子アナ。危険だ。相手が毒手だったらどうすんだ? 少なくともこの島には1人居るんだが。毒手なやつ。
「なるほど~現役冒険者の方なんですね、バナナ味さん。野球やってました?」
「いえ野球嫌いなんで」
「ピッチャーとか」
「これはパチダコ(パチンコ打ちすぎてできるタコ)です」
なんかグイグイと問い詰めてくる山田アナから離れるオレ。なんか特徴を看破してきて怖い。大体野球なんて高校のときに半年ぐらいしかやってねえよ。
ともあれ、そんなこんなで撮影が開始された。
******
まずは比較的安全な日本人街の撮影だった。
日本近海のソドム。暗黒メガコーポが支配する、世界中からならず者が集まった海賊都市。そんな三岳島にわざわざ移住して商売をしている日本人たちの実情を追う!
……いや普通なんだがな。鹿児島市内のアーケード街とさほど変わらない。飯屋、飲み屋、雑貨屋なんかが並ぶ。ただ客層の9割以上は男で肉体労働者ということを考慮したラインナップだ。おっしゃれ~なお店は存在しない。あと自炊もしないので生鮮食品も飲食店の仕入れ用店舗ぐらいだ。
「ここの地域は三岳島でも安全と言われています~あっお饅頭売っていますね。すみませーん、買いまーす」
「はいよ!」
何故か売っている金生饅頭(鹿児島銘菓)を買っている山田アナ。
安全は安全なんだが、あの屋台のオッサンすら護身用の催涙ガスボンベを屋台に設置しているからな。個人が持つ携行スプレー缶と違って高圧で刺激ガスを吹き付けてくるやつ。口やケツに当てると死ぬ。それで毒火炎放射もしてくる。
日本人街は比較的安全だが、別段境界や検問があるわけではない。他の国からやってきた冒険者連中も、安全でメシが美味いってことで日本人街にやってくることも多いので、問題あるカスが外からやってくる。
三岳島の住民はだいたい雰囲気でヤバいやつがわかるんだが、今回警備の増員で来たクローン忍者サラリーマン部隊は余所者なので、オレが指示をしてやる。
「おい、あっちの通りから近づいてくるやつはヤクやってラリってるから早めに排除しとけ」
「了解です!」
目つきでそう判断して告げると忍者Aがスッと撮影現場周辺から外れてスルスルと他のスタッフに気付かれないような速さでヤク中へ近づき、後ろから腕と口を押さえて別の路地へ引っ張っていった。手際いいな。
「向こうからメカルスの警報が近づいてるな。全員道脇に寄ってもらえ。音波銃が流れ弾で飛んでくるぞ」
「了解です!」
「バナナ味顧問! あそこの全裸でむしろ誇らしげに歩いている人物は!?」
「あれは修行が趣味なスリランカ人の坊さんだから大丈夫だ。特殊ダイバースーツどころか全裸で潜るから凄えよな」
などと教えていると爆発音が近くから響いた。
スタッフがざわつく。かなり近い。コンクリが崩れる音。煙の臭いがする。事故か?
『撮影班の皆さんは建物の内部へ来てください!』
トビーが拡声して呼びかける。予め日本人街の店舗とはハナシを付けていて、緊急時には建物に避難することを頼んでいた。助け合いの精神だな。
忍者軍団はスタッフがはぐれないように取り囲み、オレとトビーが入口近くで見張っている。饅頭屋台のオッサンも防弾加工されている屋台に屈んで潜り込んでいた。
店の中からカメラを回している様子に軽く舌打ちして騒動の方向を注意していると再びの爆発。近くのビルの二階部分が吹き飛んだ。
「うおっ! マジかよ。交通事故とかじゃなくて爆弾かなんかだぞ」
『なんでこんなときにそんなガチなのが出るのですか』
「知らねえよ……げっ!」
遠目に見ていたら通りの向こうからノシノシと歩いてきたのは、ざっと全長4メートルほどの巨大な亀だった。
間違いなく魔物だ。大きな特徴としては背中に砲台みたいなのが付いている。
「あっ! あれは……『バズーカかキャノンみたいなのが付いている亀系魔物(名称未設定)』だ!」
『バズーカかキャノンみたいなのが付いている亀系魔物(名称未設定)!?』
「まだ統一した名前が決まってねえんだよ!」
『なんかこう……見た目にピッタリな名前が出てきそうなのですが!?』
「版権的に厳しいとか聞いた」
なにはともあれ、ええと略称バズ亀は危険な魔物の一種だ。水中でも容赦なく砲撃がかっ飛んできて広範囲に爆発の衝撃波を撒き散らす。
おまけにアホみたいに全身硬い。カッチコチ。弾も銛も刺さらねえ。というわけで、睡眠毒なんかで生け捕りにしたのを運んできたんじゃねえかな。そんで途中で事故って三岳島にリリース。そんなとこだろ。
「さて、こっちに近づいてきやがるけど、どうしよっかトビー」
『アルト殿の方が詳しいのでは?』
「もう無理だから寿司でも頼むか」
『諦め早すぎない!?』
だっておめー、あんなの専門の武器か薬剤持ってねえと勝ち目ねえぞ。恐らく人間が持てるバズーカでも死なない。戦車呼んでこい。
実際に駆けつけたメカルスの群れが音波銃を叩き込んだり、近くの冒険者が反撃的に銛を投げつけたりしているが一切効いていない。
幸いと言って良いのか、攻撃方向が前方に限定されるので後ろに回り込めば水中よりは安全だと思うが。陸上だと動き遅いし。でも専用の鎮圧チームが来るまで周囲はあいつのバズーカで破壊され放題になるだろうな。砲台だけあって。フフ。
実際にバズ亀がそこら辺にバズーカを乱射してどんどん被害は広がっていく。
「日本人街の最後か……よかったな撮れ高あって」
『いきなり終わられても困るのですよ!?』
んなこと言われても。怪獣映画で怪獣が出た街の連中もそう思うだろうよ。
などと言っていると、バズ亀の反対方向からセンセイがエリザとウリン乗っけてスペランクラフトジャケットで走ってきた。
エリザが手を振って呼びかけてくる。
「アルトくーん!」
「ばっか手前、あぶねーから来んなよこんなときに!」
「援護に来たのに失礼なやつネ」
オレらの近くでセンセイは急停止して2人を降ろした。なんでかタッパーと薬壺を持っている。
「センセイからの連絡でね、センセイが捕まえてギルドに納品した『バズーカかキャノンみたいなのが付いている亀系魔物(名称未設定)』が運搬中に暴れて逃げ出したから対処して欲しいって依頼が来たの」
「それでその亀用の眠り薬を調合して持ってきたヨ」
「マジかよそのフットワークの軽さをオケアノスに分けて欲しいぜ。っていうか毒を持ってきたならセンセイに持たせればいいんじゃ?」
確認すると、機体の頭あたりに専用のカメラを外付けされているセンセイが顔をこっちに向けながら告げた。
『動画の撮れ高というのがあってだな……』
「配信しとる!?」
『普段の仕事や生活などの動画をオケアノエックスにアップすることで借金返済の足しになるかと……』
オレたちチームはオケアノスに対してクソみたいな借金に悩まされているわけだ。
そういうわけで割りかし美人どころのエリザやウリンの活動シーンも撮りたいみたいだ。まあ、センセイだったらバズーカ直撃しても機体で防げば平気なのか?
センセイは手早く、周囲に物質を創り出す便利な装備『ビルダー』で防壁を築いてバズ亀から2人を隠した。
ともあれエリザがオレに寿司を渡してきた。
「寿司!?」
「ウミガメといえば好物はクラゲ! クラゲのお寿司だよ!」
「絞って水分を抜いた『歯クラゲ』に『エイエンノネムリブカ』の毒を染み込ませたネ。直接触らず手袋付けて持って、亀に向かって投げて食べさせるといいヨ」
「そんな危ねえ寿司投げつけて食わせる作戦なのか!?」
ちなみに歯クラゲってのは人間の前歯みたいな形状をした小型のクラゲで、吸水性が高くて小さいのにカップ1杯分の水分ぐらいは吸い取れるという魔物だ。エイエンノネムリブカは鮫の仲間で眠り毒を持つ。
それを乗せた寿司を遠距離から投げて食わせる。本当に成功するのかよ。なんのミニゲームだよ。
「ええい! オレの投擲スキル見せてやらあ!」
仕方なくオレは寿司が崩れないよう微妙な力加減のアンダースローで、バズ亀の口元を狙ってぶん投げた。一応、おにぎり大ぐらいの大きめな寿司だったが。
距離は50メートルほどだったろうか。
たぶんこの距離を寿司投げたやつは人類初だと思う。
いい感じに硬めで握られた寿司はバズ亀の口にスポッと放り込まれた。
『おお! 入ったぞアルト! 配信盛り上がってるぞ!』
「クソみたいな情報ありがと!」
「さすがだねアルトくん! お寿司を投げさせたら世界一だよ!」
「他に誰が参加してるんだそのレギュレーション!?」
「ほら早く次の寿司を投げるネ!」
「くそっ! さっさとおねんねしやがれカメバズーカ!」
『言っちゃったのです!?』
寿司をタッパーひとつ分、バズ亀野郎に投げつけて次々に食わせる。元々、亀ってやつは鈍そうに見えるが獲物を咥える動きはビビるほど速い。とんできた好物のクラゲ寿司を(4メートルの巨体からすると米粒みてえなもんだが)パクパクとキャッチして行く。
やがてバズ亀は大あくびをして(物知りアルトのワンポイント。爬虫類はあくびをするぞ!)、手足を引っ込めてその場に倒れ伏した。
どうやら毒が回って眠ったようだ。
『よし! 任務完了だな、アルト。無力化処理してくる』
言うとセンセイが近づき、ビルダーで生成したごっつい鎖で手足が出ないように縛り、甲羅に付いている生体バズーカは掘削用削岩杖『ピキャスト』(ピッケル・キャスト)で剥ぎ取った。接続部の研究のために納品するときは無傷で捕まえたのだろうが、町中で暴れた以上は武装解除が必要だ。
ふと、気がつくと建物の中からテレビクルーと警備員たちがこっちを見ていた。
ちゃんとカメラも回して。なんか警備員の忍者軍団の目に尊敬めいた色が灯っていた。
「やったねアルトくん! 作戦大成功!」
「ほら野良犬。なにアホみたいな格好しているカ。魔寿司のエプロンでも着てアピールするネ」
『チーム魔寿司の勝利だなアルト』
すごくわざとらしく、テレビカメラの前でなんかそれっぽいポーズと魔寿司がプリントされたエプロン(強化アーマー用の特別製もある)を見せつけてアピールする三人。オレもチームに含むらしい。
「あのさあ! オレってインドネシア出身のバナナ味くんってことになってるから名前呼ばないでくれる!?」
「意味わからないネ」
「アルトくんはどんなときでもアルトくんだよ! 自分を見失わないで!」
「見失ってねえよ!」
『私の配信見ている人はいつものメンバーだからもう気づいていると思うが』
クソっ! カメラに撮られて放送されたらまた地元の戦犯がこんな所にいるとかネットで叩かれるんだぞ!
なるべく気づいてくれるなと思いながらオレはテレビクルーをチラッと見た。アルトなんて名前、珍しかねえよな。
山田アナはなんか思い出すような顔つきしないでくれる?
《つづく》
これも2巻後の時系列だな…
掌編が本編の話数に追いつきそうなぐらい増えていますが
掌編はなんというか、スレイヤーズで言う所のすぺしゃる、オーフェンで言う所の無謀編、フルメタのふもっふみたいなものです
山田浅子アナウンサー
去年の「肝の据わった女子アナランキング」1位
危険地帯だろうがゲテモノ料理だろうが紐なしバンジーだろうがニコニコしながらこなす
剣道5段。全国大会優勝10回。先祖が首切り役人だった




