掌編8:『アルト・ザ・タイフーン』
三岳島は人工島でプカプカ浮いて常に揺れている……かというと別にそういうことはない。
巨大な浮島すぎて普通に過ごす分には波の揺れなんかほぼ感じない。というか安定させるためになんかオケアノスが色々工夫して作っているようだ。
なにせここの目的は魔物を研究することでもある。だから島にはオケアノスの研究室が幾つも存在し、そこで作業を行うためには揺れるなんて論外だったのだろう。
しかしまあ、限度というものもある。
ここは鹿児島県の南。つまり台風の通り道でもある。
台風が直撃して雨と風が吹き荒れればさすがに三岳島もなんか気分が悪い揺れ方をする。なんつーかジワーッと斜めになってる気がするっていうか。台風が過ぎ去るまで地上の店はほぼ閉まり、住居か沈下区画で住人は過ごす。
で、問題なのは島の周囲にプカプカ浮かんでいるイカダ小屋に住んでいる底辺冒険者だ。つまりオレなんだが。
ガチッと対策された三岳島と違ってイカダ小屋なんかこの世の終わりみたいに揺れる。家具がほぼ無いのはそのためだ。
そもそもイカダ小屋は三岳島の建築資材として持ってきた木材を浮かべておくのに、ついでに冒険者の住居にしとくかとオケアノスが雑に用意した小屋だ。小屋の壁は防水段ボールで出来ていた。住人の保護とか住みやすさとかそういうのは一切考えていない。
というわけでイカダ小屋に住んでいた住人たちは海が荒れると逃げ出す。逃げ出さないと小屋の中で転がって頭打って死ぬやつが毎年出てくるな。死体はオケアノスが回収していって、多分魔物の餌になる。
逃げ出す先は三岳島にあるホテル等だが、台風の日を狙って冒険に行くやつも居た。
『海の中は結構静かだ』
「深いところはな。海面近くは酷いことになってるぜ」
オレはセンセイを誘って、嵐の中で異海ダンジョンを目指して進んでいた。
センセイのスペランクラフトジャケットによる潜水巡航で三岳島から直接海を潜って行く。ギルドも特別便を出しているんだが、4メートルぐらいの波にシェイクされながら進む船は特別慣れていないとまずゲロを吐く。
『それにしても……台風のときしか出てこない魔物とは、そんなのも居るのだな』
「そうだな。レアだからギルドでも高値で取引されているし──」
『寿司にしてみたら美味しいかもしれない!』
「……いやまあ、調査は進んでねえけどな」
そういったレア魔物をゲットするギルドの仕事を達成すれば、ギルドの休憩室で泊めてくれる。おありがたいことだ。リスクとリターン釣り合ってねえ。
余程の借金持ちか後がねえ冒険者(あとスクープ撮りたいグレイ)ぐらいしか台風のときに冒険へ出ないので、未知のことが多い。年に合わせて10日あるかないかの機会だしな。
ま、とにかく複数捕まえて、分前をギルドに納品すりゃオレもギルドで泊まれるだろ。オレが避難しようとしたときはどこのホテルも満室だった。最近海で魔物にやられて冒険者が激減りした分、オケアノスがあちこちから勧誘してきてにわかに増えているようだ。
『アルトも魔寿司に泊まればいいのに』
「オレは女に近づくとストレスで蕁麻疹が出るタイプなんだ」
『かなり条件厳しくないか?』
魔寿司なんて泊まったらウリンになに言われるかわからん。きっと宿代も請求してくるぞあいつ。
*****
「ハリケーンポリプテルスだ! センセイ、素早いから気をつけろ!」
『了解!』
こちらに向かってくるのは台風限定の魔物ハリケーンポリプテルス。『多くのヒレ』という意味を持つ古代魚に似ている魔物で、1メートル超える体と全身に生えている十枚以上のヒレを使った高速・高機動能力を持つ。
センセイがブラスターを向ける腕の動きよりも早く回り込み接近してくる。オレがカバーしてVA-NGで銃撃するが、
『!? アルト、増えたぞ!』
「幻影だ! クソ! 同時に狙う!」
ハリケーンポリプテルス……長いな、ハリポリでいいわ。ハリポリの特殊能力の一つ、幻影ハリケーンだ。グレイのオッサンが名付けた。どういうわけか分身を作り出して翻弄していくる。
それもこれも、ハリポリの体表を覆っている特殊な鱗……高分子重化合物鱗という物体が光の反射などを利用して幻影を生み出すとされる。
この特殊な化合物は人類の科学では現在生成不能な物体で、それ故に研究目的としてハリポリは高値で取引されていた。研究進んだらダイバースーツなんかに応用されるのかもな。
「センセイ! ネットを使え!」
『わかった──アルト!?』
「うおっ!?」
ハリポリがオレの眼の前に急接近。銃をぶっ放すが、鱗に弾かれる。
伸びたヒレの一つがオレに触れた瞬間、オレはきりもみ回転しながら吹き飛ばされた!
「ごあああああ!?」
視界が回る。内臓が締め付けられるみたいな全身の痛みがある。呼吸器を外さないように噛みしめた。手足を延ばし水の抵抗を強くして回転を止めようとする。
ハリポリの使う謎の体術だ。触れたらふっ飛ばされる。幻影と硬い体表で遠距離攻撃を防ぎ、近づいて回転を伴う攻撃をする厄介な魔物だ。
鍛えてないとコマみたいにぐるぐる回転させられてふっ飛ばされたときにパニックになって溺れるか、装備を失う。更に追撃が来るんだからタイマンだとやりたくねえ魔物だ。三半規管鍛えててよかった。
『封じる!』
幸いなことにカバーしてくれるセンセイが居て、ハリポリにネット銃をぶっ放した。一定距離進むと展開してワイヤーネットを広げ、中型の魔物を絡め取る武器だ。ちょうどハリポリぐらいには効果的である。
「トドメだ!」
どうにか復帰したオレが近づき、手持ちの銛でエラのあたりを刺した。そして外付け電撃銛用バッテリーを起動させ、電気を流し込み仕留める。
厄介な魔物だが電気に弱いのが特徴だな。いや電気に強い魚類ってなんだよと思うが。稀に居るんだ電気に強いのも。
ひとまず電気ショックで仕留めたハリポリを撮影。
「金になるのは皮の部分だけなんだがどうする?」
冒険者は荷物量を減らすために水中で魔物を解体していくことも多い。そりゃあ丸ごと一匹持って帰ったほうが高い値が付くんだが、デカい魔物だと運べないからそうも言ってられない。有用な部位が指定されていて証拠写真と一緒に提出することで換金できる。
『皮は基本的に寿司にしないはずだな……よし、解体して身の部分を貰っていこう』
「あいよ。捌くから周囲の警戒しといてくれ」
手早く水中でハリポリの頭を落とし、切れ目を入れて内臓も抜き取り、皮を剥ぐ。かなり硬いので身と皮の間にナイフを入れてギコギコと切り離さないといけない。
しかしねえ、ハリポリ。ポリプテルスっぽい魚。ポリプテルスってのは言ってみればシーラカンスみたいな見た目をした、観賞魚だ。観賞魚って美味いやつあんまり居ねえんだよな。アリゲーターガーの寿司とか聞いたことない。
まあ、試しに食うのはセンセイだからいいか。
*****
ハリポリを回収した後もオレたちは他の魔物もゲットしていた。
タイフウセンウオ。ダンゴウオっぽい魚だ。海底で群れが渦を巻くようにして泳ぎ、周囲の海流を大きく動かす。
『あれは食べられるかな!?』
「小せえから食いでがねえが……確かヨコヅナダンゴウオ(魔物ではない)の卵はキャビアとして食われてるんじゃなかったか?」
『魚卵の寿司もいいな!』
日本だとキャビアはチョウザメの卵だが、フランスだとイクラだろうが明太子だろうが、魚の卵はキャビアと呼ぶことがあるらしい。
次はアラシノナカデカガミダイ。マトウダイ(カガミダイ)に似たこいつは危険な魔物だ。頭部に18ミリ口径の生体銃を持ち、弾丸状の角質を水中で銃身が焼き切れるまでぶっ放してくる。18ミリって火縄銃の銃弾ぐらいか。オレは種子島鉄砲館に行ったことあるから知ってるんだ。
いきなり狙撃してきてセンセイに直撃。幸い、残機装甲が発動して問題なかったが、二十メートルの距離からダイバースーツ越しに骨とかへし折ってくる威力がある弾丸だ。頭にあたったら死ぬ。
「こいつ相手に守ったら負ける! 攻めるぜ!」
『で、味は!?』
「いや知らんが……カガミダイは普通に白身魚として刺し身でも煮付けでも焼き魚でも……あっ、肝が美味いんじゃなかったか? マトウダイ科は」
確か高級食材だった気がする。肝が美味い魚はアンコウやカワハギなんかが有名だが、マトウダイの肝はマイナーでも通人に評価が高い。
『じゅるり……ぜひ捕まえよう! 痛っ!』
「センセイ撃たれてる撃たれてる!」
とにかくさっさと無力化しないと銃撃が飛んでくる。センセイを盾にして遠距離から仕留めた。食用にする場合、猛毒弾頭とか使えないのが難点だよな。
しかし水中で抵抗のデカい大口径銃を撃てるメカニズムを研究するため、ヴァルナ社が高値買い取りしてる魔物なんだが……まあいいか。
そんなこんなで食材をゲットしながら奥地へ進んでいく。未確認の情報だが、台風のとき限定で手に入るレア魔物と同じく、台風限定の宝箱もあるとかないとか。噂だな。見つかりゃ異物で大儲けできるかもしれない。
海底遺跡群に到達した。いつもより魔物の数が少ないか? 不思議に思いながらも探索をしていると、前方から水中スクーターをかなりの速度で走らせてこっちに来ている冒険者が見えた。
「あれは……グレイのオッサンか?」
体のあちこちに仕掛けているカメラで遠目にもわかる。なにやら焦っている様子で、こっちに近づいてきた。
そしてやや離れたところから通信が届く。
『アルト青年! センセイ! まずいぞ、向こうから【 】が来る!』
「……なんて?」
『遠いからかよく聞こえなかったな』
あのオッサン、なんか特殊文字みたいな発音した気がするが。環境依存文字だから表記出来ない感じの。
顔が見えるほどの距離になり、グレイは改めて慌てて身振りをしながら告げてきた。
『だから【魚嵐】だよ、【魚嵐】! すごそこまで来てる!』
「いやだからなんだよそれ」
知らねえって。
『私がさっき名付けたんだが……』
「アホか! 今作ったオリネームを説明もなく披露すんな!」
『魚編に、嵐と書く漢字なのだがなんと読むか知っているかね?』
「うーん、オレは魚の漢字結構知ってる方だと思うんだが聞いたことねえな……」
『ふむ……』
センセイは恐らく機体にダウンロードしてある辞書アプリを開いて確認した様子だった。
『魚嵐……と書いて、ぶりざーど、と読むようだ』
「漢字でブリザード!?」
『そう、それ。冷寒ブリの大群がやってきている! 今すぐ逃げるか、隠れるかしたほうがいい!』
「げ!」
『グッドラック!』
言うが早いか、グレイは水中スクーターをかっ飛ばして逃げていった。
『アルト、冷寒ブリとは?』
「冬場に出る魔物で、周囲の海水をごっつ冷やす魔物だ。味はいいんだが……」
冷寒ブリの大群だからブリザードか。なんだそれくだらねえ。
『是非取ろう!』
「言うと思った……」
そういうことになり、グレイの忠告を無視して待ち構えていたんだが……
「……なんか水温、下がってきてないか?」
『確かに』
まだ冷寒ブリの姿も見えていないのに周囲が冷たくなってきた。
海底遺跡群の街にある大通りの向こう側で影が動いた。
最初はイワシの群れかと思ったんだが……冷寒ブリが数百? 数千? そんな数うじゃうじゃとこっちへ犇めき合って近づいてくるのが見えた。
そして近づくほど海水温が低下していく。
「うわこれは無理!」
言いながらざっと冷寒ブリがここに到達する時間を計算して、水中音響爆弾VS-Gをタイマー設定して前方にぶん投げる。
逃げるか? いや、無理だ。ブリってのは魚の中でもかなり高速で泳ぐ種類で、時速50kmに及ぶ。センセイが全力で逃げればわからねえが、それに掴まるオレは水圧で死ぬ速度だ。
『建物に隠れよう!』
センセイもさすがに多勢に無勢と思ってそう提案してきた。残機システムは大量に攻撃を受けるとエネルギー切れを起こしてしまう。
近くの大きめな建物に入り、出入り口をセンセイがビルダーで大雑把に壁を作って塞ぐ。完璧に密閉しているわけではないが、中型魔物の冷寒ブリは入ってこられないだろう。
建物の近くを冷寒ブリのブリザードが通過していく。同時に、VS-Gが発動して群れの一部が混乱した様子で散っていった。警戒してこの建物周辺に留まらなければそれでいいんだが。後で直撃して気絶したやつ回収しよう。
しかし……
「つっ……冷てえ!」
建物を塞いだとはいえ、あちこちから海水の流入があるからか、建物自体が恐ろしく冷えてしまったのか。
建物内部の海水温がめちゃくちゃ下がってきた。
『大丈夫かアルト! 周囲の温度が5度を下回ったぞ!』
センセイから心配した声が聞こえる。どうやら強化アーマーに温度計が付いているらしく、正確な数値がわかるらしい。
「ダイバースーツは平気なんだが……クソ、夏の海だから余裕こいて、ヘルメット付けてねえから頭が冷える!」
冒険者の着るダイバースーツには高度な体温維持機能がデフォで付いているが、露出している首筋から頭部は別だ。そこから冷たい海水が体温を奪っていく。人間の発する熱量の二割は脳みそから生まれるぐらい、頭ってのは熱が大事だ。
頭がガンガン痛くなってきた。手足の間隔が麻痺してくる。呼吸が浅い。こりゃまずい。
『海水温が更に下がる……アルト、緊急事態だ! スペランクラフトジャケットの中に収容する!』
「入れるのかよ!? 容量的に!」
『詰め込もう!』
センセイが近づいてきて、機体のハッチをオレに近づけた。
『内部の減圧完了。よし、いれるぞ!』
ガシッとオレの体をアームで掴むと、ハッチがいつもより勢いよく開き、中に水がなだれ込むのと同時にオレをスペランクラフトジャケットの操縦席へ詰め込み、ハッチを閉じた。
「排水!」
センセイが声で指示をする。機体が操縦席に浸水してきた海水を外に押し出し、内部は空気で満たされていく。
スペランクラフトジャケットの中は程々に暖かく、オレは呼吸器を外して首を振った。
「サンキュウ。……ってかやっぱり狭いな」
「うむ。ちょっと体勢がどうにかならないかな」
なにせ無理やり入ってきたもんで、例えるならすでに運転手が座っている軽トラの運転席にもう一人が飛び込んできたとかそんな状況だ。助手席はない。激烈に狭い。
センセイが困ったような顔を浮かべて言う。
「やはり他の人を中に入れては戦闘行動などの操作は難しいな……とりあえずお互いの位置を変えてみよう」
「ああ」
すぐには機体を動かせない。暫く海水温が戻るまで待機が必要かもしれない。幸い、建物を塞いでいるからそこまで危険はないと思うが。
もぞもぞと二人で動いて安定する座り方を模索した結果、オレがシートに座ってオレの膝の上にセンセイが座る体勢になった。
「……」
なんだこれ。眼の前にセンセイの後頭部が来て落ち着かねえ。
「ふう……なんとか落ち着いたな」
「意見の相違が」
「どうしたアルト。ああ……下半身の向き的にちょっとキツイか? 向き合って座ったほうが楽かもしれないが」
「ダイジョブです」
下半身がお魚だからちょいと座りづらそうところもあった。っていうか向き合うとより気まずい。困る。
「昔、海底だか地底だかにこんなふうに閉じ込められる映画があった気がするな。水とか酸素とか夢とか希望とか徐々に無くなっていくやつ」
「一応、状態をチェックしてみよう。エアタンクは内部の空気正常化機能をあわせて、動かなければあと一週間は空気が供給される。非常用食料はざっと二人で2日分ぐらいか。水分は水もあるが、温かい味噌汁もある。アルト、冷えたろうから飲むといい」
「味噌汁まで」
センセイがコンソールパネルを操作するとあちこち、防水仕様のカバーが外れていく。モニターにつらつらと日本語が表示されて物資の情報が流れていった。
ダッシュボードみたいな収納から水筒が出てきて渡される。飲むと、魔寿司で出される味噌汁が入っていた。豆腐とワカメが入っている。なんかの魚のアラで取った出汁の味がして美味い。凍りつきそうな海水で曝された頭に染みる。
「夢とか希望とか無くなりそうか?」
「なんとかなりそうだな」
とりあえず回りの温度が上がったらな。モニターを見回すと温度表示があった。周囲の海水温はマイナス20度。バナナで釘が打てる温度だ。
「やっべ。避難してよかった。凍るぞこんなの」
「かなり危険な現象なのだな、鰤ザード」
「どういう理屈で周囲を冷やしてんのかわかんねえけどな、冷寒ブリ。温暖化対策にならねえかな」
一匹ぐらいだとそこまで危険じゃないんだが、あんな大群になると通り過ぎただけで周囲の温度が冬の北極海並に代わってしまう。ここ鹿児島の海なんだが。
ここまで広範囲かつ海水を致死性にしてしまうとなると、対策してない冒険者は抵抗出来ずに死ぬ。暫く出くわさないように気をつけたほうがいいな。
「それにしても、センセイも平気か? サカナって人間の体温で触るとダメージ負ったりするらしいが」
火傷するって都市伝説もあるが、さすがに火傷はしない。触ったやつがパチンコ炎炎ノ消防隊のキャラとかじゃない限りはたぶん。
「そんなにヤワではないよ。普通にお風呂にも入っているしな」
「それもそうか」
人類社会に参入して活動するにはシャワー或いは風呂に入るのは踏み絵的前提条件だ。たぶん。風呂キャンセル勢? 社会に参入してないんだろ。
まあオレも大層なことは言えず、せいぜいギルドの貸しシャワーで仕事の後に体を洗うぐらいだが。時々いるんだ。シャワーで洗わず放置していたせいで極小の魔物ウシオニダニに噛まれたまま気付かずに体を食い荒らされる冒険者が。1ミリ程度の大きさの水ダニで、麻酔付きの牙で気付かれないようモリモリと肉を食っていくクソ魔物だ。お湯かければ死ぬのでシャワーしよう。
「今朝もお風呂に入ったぞ」
「ほーん」
その報告どういう反応で返せばいいの? 確かにいい匂いするなとか? 変態か。
どことなく自慢げにセンセイが言う。
「エリザが海藻は髪にいい、豆腐に含まれる豆乳・にがりは保湿成分もあると風呂に入れてくれてな。私は銭湯に行けない分、色々と豪華な入浴にしてくれる」
「海藻と豆腐ねえ」
豆乳とかじゃなくて? 疑問に思いつつ、ずずっと味噌汁をすすった。ワカメと豆腐も一緒に。謎の魚の出汁が利いた味噌汁を。
「……」
深く気にしないようにしよう。オレは水筒の蓋を閉めてセンセイに返した。
「それよりアルト、蕁麻疹は大丈夫か?」
「あん?」
「いや、女性に近づくと蕁麻疹が出るとか言っていたではないか」
「信じるなよ……テキトーな嘘だよそんなん」
「なんだ、よかった」
センセイが身をよじって、すぐ近くで顔を見ながら言った。
「……まあ、センセイはサカナの一種だしな。気にしねえよ」
「色々調べたのだが、ひょっとしたら私の種族の男ってさかなクンじゃないか?」
「合ってる部分が少ねえ!」
「あと人魚の絵などを色々見たが、上半身が男の人魚って若干面白い絵面になっているような気がする」
「微妙に似合わねえよな」
「人魚が人間になる話も見受けられたな。私もなんか変身とかできるのだろうか?」
「変身してえの? 結構その足だと日常生活が不便だったり?」
「そこまで不便ではないが……そうだな、トイレが少し面倒か」
センセイが頷いてそう言った。
「……ところでこのモニターの文字日本語表記なんだな」
「トイレするときはなにせ総排泄腔とやらが前に付いているからな。こう、便座にシャチホコみたいに体を反らして乗らないといけないのが結構つらい。手すりなどがあったほうがいいな。和式便器だとどうやればいいのだろうか……」
「オレ話逸らそうとしたよな!?」
女のトイレ事情とかナマナマしい話は別に聞きたかねえんだけど!?
「モニターの文字か? ちゃんと設定で複数言語に対応しているみたいでな、自由に変えられるようだ」
センセイが操作すると『LANGUAGE』の項目が浮かび上がり、日本語、英語、中国語などの言語が選択できるようになっていた。
ちゃんとユーザーフレンドリーに作ってんだな、異物の強化アーマーも。
「……イルカ語ってのもあるんだが、これ」
「それを選ぶと、文字ではなく鳴き声と超音波でなにやら伝えてこようとしてきて頭が痛くなるぞ」
「イルカが乗ることも考慮されてるのかよ。センセイ、イルカ人に奪われるなよこれ」
「気をつけよう。他は……さすがに海底だからネットには繋がらないな。アルト、DOOMでもやって周囲の温度が戻るのを待つか」
「DOOM入ってんのこの強化アーマー!?」
「アルトはキーボードマウス派か? 異物のゲームパッドもあるが」
「異物のコントローラーなのにエレコムって書いてんだけど!」
そうしてオレたちは周囲が安全になるまで、二時間ほどゲームをして過ごしていた。パチスロのゲームとか入れといてくれねえかな。できればリアルマネーが手に入るやつ。
******
三岳島に戻るといい感じに出発時よりも暴風が吹き荒れていた。上陸時が一番危ない気がする。センセイの頭に掴まってどうにかギルドまでたどり着いた。
山分けした魔物素材のうち幾らかをギルドに納品。センセイも全部持って帰りたいところだろうが、ある程度は貢献ポイントを付けとかない睨まれるからな。いや実際のところセンセイの貢献ポイントってドチャクソ上がってる気がするんだが。オケアノス的に。
それでオレたちは納品量分のギルド宿泊券を貰った。これがあればギルドの休憩室で泊まれる。設備はちょっと高いネカフェぐらいのもんだが、治安という面では三岳島でも最高ランクだ。冒険者がイカレポンチでもギルド内部で騒ぎを起こすやつは滅多にいない。
とはいえ普段は別の宿があるから、そこまで使い所はないんだが。ただ宿泊券は他の冒険者に売れるので損はしない。
『アルト、魔寿司まで行って寿司を食べないか?』
「いやもう外は暴風雨じゃん。行ったらギルドまで帰れなくなるだろ」
『送ってあげるから。それにアルトも気にならないか? 自分が取ったレアな魔物の味』
うーむ、美味いのは確かなんだろうな、エリザが作る限りは。
それに魔寿司のネタはその日の仕入れ次第なところがあり、台風のとき取れた魔物だと滅多に食えないだろう。
学術的な興味ってやつに惹かれてオレはセンセイに付いて行くことにした。
『ゆっくり道路を運転するぐらいならアルトが同乗していても大丈夫だろう』
「またやんのか……」
『緊急時にまた収容するかもしれないから慣れておいたほうがいい』
そう言われたので、センセイの姿が映らないよう監視カメラを操作して(スペランクラフトジャケットの機能で周囲のカメラをハッキングできるらしい)オレはまた中に入った。
「……」
のしっとセンセイがオレ膝の上に座る。海の中だと硬くて筋力補助も付いているダイバースーツ越しだったのでそんなに体重も感じなかったが、結構重たいし鱗がひんやりしていた。
「火傷しねえよな?」
「フフ、させたいか?」
なにその誘い文句。
******
魔寿司に行く途中でエリザとウリンにメッセージを送ったらしく、魔寿司に到着したら同時に店のシャッターが自動で上がった。
デカい入口をくぐると、エリザとウリンが出迎えてくる。
「おかえりなさいセンセイ! 台風の中大変だったねぇ」
「結構遅かったが無事カ? 野良犬も死んでないよナ」
『大丈夫だ。魔物もたくさん取ってきた』
「わぁ! ……あれ? 一緒に来るって言ってたアルトくんは?」
『ここだ』
と、言いながらやや前かがみになってハッチを開放する。操縦席で重なっているオレの姿を見てエリザは目を丸くしていた。
そしてウリンはなにやら顔を赤くしてオレに指を突きつける。
「后座してる!? 破廉恥! 狭い中でなにしてるネ!」
「うるせえなちびっこ。見ての通り尻に敷かれてるんだよ」
「后座とはなんだ? アルト」
「知らん。中国語か? いきなり言われると翻訳機動かねえんだよな」
「調べてみるか……背面座位?」
「わー! あー! 早く降りるヨ!」
なんかやたら慌てているウリンに促されて強化アーマーから降りた。エリザもなにやら乾いた笑みを浮かべている。
さて、二人にセンセイが持ってきた魔物を渡す。有毒か無毒か調べる試験紙で検査して、次にウリンが切れっ端を食って大丈夫か判断する。そしてエリザが試食してどういう味付けで出すかを決める流れだった。新規の魔物はいつもこうしているとか。
暫くテレビでも見て待っていることにした。パチ屋のCMがやっている。モーリモリモリナーガー新台入れ替え~♪ たまには本土のパチ屋もいかねえとな。ただし台風の日は止めた方が良い。甘い設定にしなくても暇なやつが集まってくるから、店は設定を絞りまくって当たらねえ。
店で出す前の試作品として作られたのが、
・ハリケーンポリプテルスのおぼろ寿司
・タイフウセンウオキャビアの煮切り泡醤油軍艦
・アラシノナカデカガミダイの白身と薄切り薬草昆布の握り、酒蒸し肝軍艦
・冷寒ブリの湯引き握り
が、出た。
「本当はキャビアをじっくりお醤油やお酒に漬け込んでからなんだけど、即席で泡醤油に絡めてあるからね。アラシノナカデカガミダイも昆布締めして一晩ぐらい置いたほうが美味しいかも。冷寒ブリは死んだ後なのに身が凍ってるから、湯引きで脂肪を解かしてみたよ」
「おお。……しかしハリケーンポリプテルスのどうしようもなかった感」
砂糖醤油味醂で煮て身をほぐし、田麩にしてある。
「難しい食材だねえ……味のしないカニみたいな身だからそのままだとあんまり美味しくないみたいで」
「ま、全部の魔物が食材に適してるわけでもねえだろ」
言いながらも食ってみる。スッゲ高級な田麩の味がして美味い。ハリポリらしさってのは感じないが、田麩にするには適してるんじゃなかろうか。
センセイ、ウリン、エリザもテーブルを囲んで試食を楽しんでいる。シュワシュワする炭酸麦茶まで出しやがった。酔うと面倒なんだよなこいつら。うおっ冷寒ブリ美味っ! 口の中で冷えながら溶けるという謎の食感。
「うひー! 酒蒸し肝と炭酸麦茶の相性が最高だよ! アルトくんも飲んでみて!」
「ええええ……」
「ノリが悪いネ。中国では酒を断る男は出世しないタイプヨ」
「そうなのか?」
「まあ……上役からの酒を断った瞬間に社会的死を迎えるから出世は気にしなくていいかもしれないガ」
「過酷すぎるアルハラ文化だろ」
容赦なくオレの前にコップ置いて酒を注いで来やがった。クソ、逃げようにも外の嵐はより酷くなっている。
センセイをチラッと見たらセンセイもごくごく炭酸麦茶を飲んでいた。
……運転、大丈夫だよな? オレを送ってくれるんだよな?
送ってくれませんでした。センセイは満腹の酔っ払いになった。
結局、その日は店に置かれた長椅子に座って寝ることにした。オレも酒飲んだからダルい。外に出て帰ろうとしたら記憶を失ったまま海に飛び込むかもしれん。
いらねえつったんだがエリザからタオルケット渡されてそれを被って寝た。両手と足広げて帝王の如きポーズで。
なんか夜中にエリザとウリンがそれぞれやってきて、寝ているオレの足の間に座って自撮り写真取っていたんだが、なんだったんだあいつら? 起きて話かけるのもダルかったから寝たフリしてたけど。
<i1010063|37433 >
https://x.com/sadakareyama/status/1950790114168463636
(なんか挿絵が表示されない人用URL)
人魚と密着するってエッチだよね(イラスト:ミチハスさん)
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