第2話『人工島・三岳島』
公海ってのはこの世で最も自由な海だ。
どこの国の法律も適用されないし、漁業や資源採取を誰かが取り締まることもできない。海賊とかが襲ってくることもある。
普通なら公海になるのは陸地から二百海里(約三百七十キロメートル)離れた海域だが日本の近くには何箇所か、公海扱いにしている特別海域が存在している。なんのこっちゃない、海峡になっているから他国の船が通過しやすいように領海じゃないってことにしただけなんだが。
鹿児島本土の先端である佐多岬から、種子島屋久島あたりまでの大隅海峡もそんな国際海峡の一つで、公海扱いだった。とはいえ双方から陸地が見えるほど近い海だ。ここを大手振って外国船が海底漁りすることなんてなかった。
この海域でダンジョンと魔物が見つかるまでは。
どれぐらいの海底が隆起、或いは地殻変動を起こしたのかわからねえが、五年前に大規模な地震が何回も起こり、近くにあった竹島と硫黄島は逆に沈んでいった。島民(と、島で飼っていた牛)は先に避難していたから良かったがな。
大隅海峡を中心とする大地震、更にそれに誘発して南海トラフ地震が発生して日本中が大きな被害に混乱し、気がつけばダンジョンができていたので調査はまだまだ進んでいない。
そのドサクサに紛れて世界一の海運会社であるオケアノス海運は日本の政治家にカネを握らせて開発許可を取り(実際、地震被害への支援金をめちゃくちゃ出したようだ)、特に政府から苦情が出ないままあれよあれよという間にここへ人工島を設置し、海域で資源採取を行う冒険者を集めだした。
一年足らずで人工島の大部分をどっかから持ってきて拠点にしたもんだから、震災で泡を食わされた政府が対応できる事態ではなかった。
それに、表向きは鹿児島県を中心にした被災地、離島への支援拠点であり、出現した魔物対策のためだ。どっちも政府は対応を後手に回っていて、実際にオケアノスに助けられた国民が万単位でいるもんだから今更排斥もできねえ
その人工島がメガフロート『三岳島』であり、今や立派な町ができている欲望渦巻く治外法権だ。
冒険から戻ったオレは成果物であるオークエハタをギルドに納品した。
この島にも漁協ギルドがあるんだが、JFこと日本の漁業協同組合とは関係ない、オケアノス海運が海産物や資源を手に入れるために作った冒険者たちの窓口だ。
基本的には取ってきた魔物や道具はここに渡せばカネと引き換えてくれる。買い取ったオケアノス海運は自分の息がかかった会社の研究に回すか、共同開発している他社へ高値で売りつける。研究済みでめぼしい利点もなくて食材扱いになっている魔物も高値で売れる。
ギルドで収穫物を報告する際に、依頼を受けていたクラゲスライムや薬草昆布、ついでにゴブリンフィッシュ、メタルウニなどを、
「これは食うから持って帰るやつな」
「なんだよそんなの食うのか? ゲテモノだぞ」
「オレが食うんじゃなくて店で出すんだとよ。最近オープンしたらしいぞ。魔物が材料の寿司屋」
「寿司屋……ああ、そういえばお嬢ちゃん二人組が出店申請してきたって噂になってたな。なにもこんな危ねえ島で店やらねえでもと思ったんだが……さてはアルトお前、冒険者辞めてそこの女の子のヒモになるつもりじゃねえだろうな」
オッサンが汚らわしい単語を口にしたのでそれを否定する。
「だぁれがヒモだ。その細長くてモノを縛る物質の名前を軽々しく口にするな。呪われるぞ。女に養われるつもりはねえよ。パチ代稼がねえといけねえんだから」
「小遣いでパチに行くとか」
「さすがに毎日数十万とかくれねえだろ。小遣い」
「お前はパチに使いすぎなんだよ。借金減らねえぞ」
「余計なお世話だ」
オレは『大丈夫です、問題ありません』を示す穏便なハンドサイン、中指をおっ立てて見せた。
そして報酬分差っ引いた現物を受け取る。オークエハタは丸ごと漁獲が珍しいのでそのまま渡すことになる。
「丸ごとのオークエハタは百六十万エレクだな」
ギルド職員の取引価格にオレは難色を示した。エレクというのは三岳島で流通している、オケアノス海運が発行した電子マネーだ。価値は変動するが、島の物価は日本円の感覚で使える。銃器や専用のダイビング装備は高価だが。
「おいおい、普通のクエの方が高いんじゃねえの? あれ年末価格だとキロ一万円はするぞ。このオークエハタ、二百五十キロはあるだろ」
「年末のクエは美味いし目出度いから高値がつくんだ。こいつは美味いかわからんし目出度くない。珍しくはあるがな。有用だと研究が進めば次から値段が上がるかもしれん。だいたい、クエだって安いときはキロ三千円だ。デカすぎると値段下がるしな」
「けっ。クエと値段同じなら日本で売ったほうがマシだったかもな」
「日本こそ買い叩かれるだろうよ、こんな豚面したゲテモノ。……待てよ? 儲けたいなら確か……」
職員のオッサンは手元のタブレットを操作してなにやら確認をし、頷いた。
「喜べアルト。毒見……ごほん。食味の調査も必要な魔物だったようだ。お前に分けてやるからやっといてくれ」
「毒見っつったか⁉」
「仕方ねえだろ、検査で検出されない未知の成分が混じっていて、それが毒な可能性もあるんだからよ。あんまりヤりたがるやつもいないんだ」
「つーかあのオークエハタ、腹の中に冒険者入ってなかった? なんか死体っぽいの食ってたんだけどよ」
「腕だけだったからセーフだろ」
おっさんはそう言いながらオークエハタを解体している職員に切り身を渡すよう指示した。肉、皮、内臓、骨などに分類して検査するみたいだが、そのうちで肉は結構余るのだそうだ。
「ほらよ。何日か冷蔵庫で寝かした方が美味いと思うが、できれば新鮮な状態と寝かした状態の二種類食ってレポートしてくれ」
「めんどくせえし食いたくねえよ。犯罪者にでも罰として食わせとけよそんなん」
「報酬は五万エレクだ」
「オレは魔物食うのが大好き魔物マンだ。どうぞよろしく」
しかしねえ。豚っ面の巨大魚のサクが手に入ったわけだが。あんまり食欲を唆らねえな。冒険者をボリボリ食っていたしあの魚。マグロの方がいい。魔物の音速マグロは超高級品だけど美味いらしい。
こういうときは他人に食わせて報酬だけはオレが貰う。これだ。
ひとまず納品分のエレクが入金されたのを腕に付けた端末で確認する。キャバーンキャバーンと快活な音が鳴って口座にカネが入っていた。
今日みたいに運が良けりゃあ一日で二百万近く稼げるのが冒険者稼業の約得だ。本当はもっと装備に経費かかるんだけどな。使い捨ての毒薬とか弾丸とかで。
未帰還の冒険者が大量に出てテンヤワンヤしているギルドから出る。海から拾ってきた足ヒレと銛はギルドのロッカー(有料)に預けておいた。海パンのまま、上半身にはアロハシャツを着て町へ向かうことにする。防水リュックサックには依頼された海産物やオークエハタの切り身を入れて背負った。
ギルドの外は夕方になっており、町へ向かうバス停へと向かって歩いた。
三岳島は大きな『コ』の字型をしたメガフロートの人工島で、湾になった部分に複数の港がありそれぞれにギルドが設置されている。町も三つあってスーパーもありゃコンビニもある。チェーン店の飲食店、武器屋、風俗、パチ屋にカジノまで作られている。
島民の正確な人数は発表されてないんだが一万人以上はいそうだ。主な島民はオケアノス海運のダンジョン関連研究者と人工島の管理、増築を行っているいわば三岳島自体の運営側。そしてダンジョンに潜って命をかけて魔物を取ってくる冒険者。更には島民が快適に過ごせるように商売を行っている連中。基本的にその三種類だ。
島内の移動は基本的にオケアノスが運行しているバスが安全だ。というか、世界中からろくでなしの荒くれが冒険者として集まる関係上、治安はクソ悪いのでちんたら歩いていると──
「ヒャハアアア!」
「カネ寄越せオラアアア!」
ギルドからバス停までの僅かな距離で強盗が襲ってくる。どこの国のイモか知らんが冒険者崩れの日焼けしたカスどもだ。手にはナイフを持っている。
なんでこっそり寄ってきていきなりズブリと刺してこないかっていうと、この島だと通貨であるエレクが島民に発行されたIDと紐づけされていて、死体からは奪えないからだ。現ナマで配っていたらもっと治安悪かっただろうな。
とりあえずオレはポケットに入れていた小石を手首のスナップでぶん投げてカスどもの目元に直撃させた。
「ぐえっ⁉」
「雑魚どもが! 捕まって人体実験の犠牲者になれ! 膝の皿割れろ!」
「罵り方がエグい!」
怯んだ強盗どもにヤクザ蹴りを食らわせて転がす。三岳島内では基本的に銃器使用不可(使っているのがバレたらオケアノスの警備部に射殺される)なんだが、こうして軽い投石なんかで遠距離攻撃するのはセーフだ。そして追撃で更に蹴って動けなくする。
「あばよカスども。来世でヨロシク」
冒険者としてロクに仕事もできねえで強盗になった落伍者なんぞに負けるかっての。
スマートウォッチで警備に通報しておいて説明が面倒なのでその場を離れた。基本的にこの島の屋外はどこでも監視カメラが仕掛けてあって、通報を受ければカメラ映像を参照に強盗だの殺人だのをやらかしたやつはオケアノスの警備部が捕まえていく。
罰金刑か、奉仕労働として危険な海域での調査をさせられるが(九割死ぬ)、カネもなければ潜る能力もない連中は更に悲惨で、人体実験されるって噂だ。
それこそ魔物から抽出した毒物の効果を試されたり、生態を確かめるため生け簀の中に叩き込まれたり。
この島ではオケアノス海運が王様で、島民の人権とかそういうのは考慮されていない。単にオケアノスが求めている、ダンジョンから穫れる資源を運んでくるから滞在を許されて報酬が支払われるだけで。
中には麻薬だの銃器密売だのの中継地点としてこの島を利用しようとしたヤクザもいたらしいんだがな、そんな会社の経営に貢献しない活動をしたやつは魔物の餌になったようだ。人を始末するのに躊躇いがないのが暗黒メガコーポの特徴。
そうこうしているうちにバス停へ到着し、丁度出発する自動運転バスに乗り込んだ。何人かの冒険者やギルド関係者も同乗していた。
近くに座ったオッサンが話しかけてきた。
「おい、聞いたかよ兄ちゃん。今日海に出た連中、半分は帰ってこないらしいな」
「あー。なんかギルドでも騒動だったな。サメが出たとか音速マグロに轢かれたとか情報が錯綜してんぞ」
この海で危険な生物の代表はなんといっても多種多様なサメ、それよりヤベエのが音速マグロだ。近づかれただけで衝撃波により死にかねない。
オッサンは興味深そうに訊いてくる。
「アンタは海帰りで無事みたいだが」
「定期船のダイブポイント近くでトビウオが爆発するわ、オークエハタが襲ってくるわで考えてみりゃ危ねえな、いつもより」
「今日は行かないで良かった……」
「つってもスーパームーン後は前もこんなもんだったぜ。まず儲けに先走ったやつらが大量に潜って死んで、次の日から危険度調査した海域にオケアノスが雇った上級冒険者に間引きさせるんだ。オケアノスがケツモチした凄腕どもがフル装備で暴れたら潜水艦だって沈めちまうだろうよ」
「へえ……ってその言い方、アンタひょっとして二年目か。やるなあ」
二年目ってのは冒険者のあだ名っていうか格付けみたいなもんで、一年以上ここで生き延びたやつのことだ。
新人の三割は一ヶ月以内に死ぬ。半分は半年で死ぬ。一年生き残る冒険者は一割ぐらいしかない。現代の炭鉱奴隷みたいな生存率なのが冒険者だ。
そんなわけで一年もやってればこの業界じゃベテラン扱いだな。というか、一年以上生き延びて順調に稼いでいたら五体満足で引退しても十分な稼ぎを持って帰れるんだが。普通は。オレはもう三年やっていて借金返し終わってねえんだけど。
実際、島にあるカジノや風俗で借金を膨らませたり、アホみたいな額の最新装備を購入して壊したりでなかなか抜けられなくなるやつも多い。
「なあ、死なないコツってあるのか?」
「持っていると死ななくなるお守りがあるぞ。一個二十万エレクで販売してやろう」
「もう持ってるぞ、それ」
「騙されるな、オレのが本物だ。買え」
「そこでネバってくるのかよ……」
げんなりした様子のオッサンに肩を竦めて「冗談はともかく」と言う。
「死なないためにはまず冒険者なんかならねえことだな」
「だよな」
昨日までイケイケだった最強冒険者があっさりとサメの餌になる。運が良けりゃ新人が一日で何千万も稼ぐ。人生詰んでいる連中しか集まらない、馬鹿みたいな仕事だ。
それでも毎年千人以上は新人冒険者が集まってくるみたいだがな。終わってるな人類。
******
町中でバスから降りた。異海ダンジョンは発生して五年しか経っていないし、この人工島も最初に作られてから四年目ぐらいなのだがアホみたいにメガフロートの増築を繰り返して、今では島内に町が三つあるほど広くなった。ざっと島を区分けすると冒険者や商売人が住んでいる区画が『一区』『二区』『三区』で、オケアノスの『研究区』と島を広げている『工事区』の五つに分けられる。
そのうちの『一区』がオレの普段住んでいるところだ。
オケアノス海運は冒険者を使い捨ての奴隷と思っているフシはあるが、奴隷どもにやる気を出させる程度には慈悲深い。冒険者の活躍に応じてペリカめいた社内通貨エレクトロンを支払い、三岳島内ではその通貨で飲み食いや娯楽もできるし、通販(オケアノスがやっている。だいたいの商品はある)も届く。
最終的にはエレクを円とかドルに交換して出ていくのがアガリではあるがな。
ともあれ客層がほぼ荒くれ冒険者ばっかりなのでこの町にはオシャレファッションをウインドウショッピングしたり、ネイルを手入れしたりする店は全然ない。
メシ、酒、ゾクフー、賭け事、釣具屋、ホームセンター(武器屋付き)といった、野郎どもが好きそうな店しか存在しない。
こんなクソみたいに危険なファンタジーと隣合わせな島なんだが、意外と店はひしめき合って乱立し繁盛していた。明日死ぬかもしれない冒険者どもは金払いがいいからだ。飲む買う打つぐらいしねえとやってられないとも言う。
ブラブラと歩いて目的の店にたどり着いた。
『魔寿司』と看板の掛かった小さな寿司屋だ。真新しい作りをしていて、つい最近にオープンした店だった。
「いつも思うんだがこの看板で客を寄せる気あんのか」
思わずそう呟いた。まずは魔寿司という名前がよくない。まずそう。
──と、背後から声がかけられた。
「ちょっと、そこの野良犬。人の店にケチつけないで欲しいネ。営業妨害カ?」
「だぁれが野良犬だ、ちびっ子」
オレを呼ぶ声に不機嫌さを表しながら振り向いた。そこにはムスっとした顔の少女が立っている。
銀髪にチャイナドレス。背丈は女子中学生並で、頭にケモノ耳(通信翻訳機アプサラのバリエーションだ)を付けているのではしゃいだガキンチョ感が増している。手には買い物カゴを持っていて、そこからフランスパンのバケットがはみ出ていた。
買い物に出ていたらしい。少女の後ろにはドラム缶に車輪がついたようなメカが付き従っている。三岳島でレンタルされている警備ロボ『メカルス』だ。
「おいメカルス。無言でこっちに銃を向けるんじゃねえ」
「ビビビ。銃向ケルゾコノチンピラ」
「言葉に出せば向けていいってわけじゃねえんだよポンコツが」
学習型人工知能と同型機とのネットワーク機能も持つこの自立駆動警備ロボは音波銃を装備していて、見るからに危険人物や監視カメラによる顔認証システムによって手配された犯罪者を見つけ次第射撃してくる。なんでかオレも狙ってくるが。バグか?
「っていうかウリン、寿司屋なのにパン買ってんのかよ……」
女の名前はウリン。国籍は中国人。魔寿司の副店長をしている女だ。見た目はちびっ子だが成人女性ではある。(配慮)
キンキンと高い声をインチキ臭いイントネーションでオレに言ってくる。どことなく見下した目つきで。
「寿司屋も普段の食事はパンぐらい食べるネ。人の店の生ゴミを漁る野良犬とは違うヨ」
「うるせえな。二、三回店のポリバケツを漁っただけだろうが」
「なんでそんな過去があって強気を維持できるカ⁉ 見つかって土下座してたのに⁉」
そう。ちょい前にオレはパチンコで負けて、メシを食うカネがなかったときに餌を求めてこの店の裏で少々拝借していたのが縁で、こいつとも関わるようになった。
しかしこの中国人、とにかく口が悪いし態度も悪い。オレのことを野良犬だと呼んできやがる。
「んなことより依頼のやつ持ってきたから入るぞ」
「ちゃんと本物か確認するヨ。野良犬のことだから海に浮いていたビニール袋をクラゲスライムだと言い張って姐姐を騙すかもしれないネ」
「……その手があったか!」
「ないヨ!」
「土下座したらエリザは騙されたフリして報酬払ってくれねえかな」
「姐姐は許しても我は許さないヨ⁉」
キャンキャンと騒ぐウリンを適当にあしらいながら開店前の店に入る。
魔寿司は名前の通り寿司屋だ。そして名前の通り、魔物を食材にして提供する三岳島でも数少ないゲテモノ料理屋でもある。店内はカウンター席とテーブルが三つぐらいの小さな作りで、ウリンと店主のエリザの女二人で切り盛りしていた。
女二人でこんなセクションエイトが守るゴッサムみたいな治安の町で暮らせるのは警備ロボのメカルスが近づく悪党を片っ端から抹殺しているおかげだ。メカルスは店内にはいると規定の充電ポイントへと向かっていった。
「あ゙~! アルトくん、いらっしゃーい! だぁいじょうぶだった? ウリンちゃんもおかえり! うぇひひひ、お茶ぁ淹れるね~!」
厨房から底抜けに明るい声と共にエリザが顔を出した。
ウリンなんかは「姐姐」とエリザを呼んでいるが別に血縁関係はなく、ウリンの一個年上のイタリア女だ。料理学校で一緒になったらしい。
括った金髪と健康的な肌をした、美人というよりまだ子供に見える女だが成人ではある(配慮)。いかにも寿司職人らしい白衣と着物が悪魔合体したみたいな仕事着を着ている。頭につけているウサギ耳はトチ狂っているわけじゃなくてこれも翻訳通信機だ。いろんなバリエーションがある。子供か風俗の姉ちゃん向けのデザインだが。
エリザがやや顔を紅潮させて陽気に手を振っていたのを、ウリンが近づいていって耳を引っ張った。
「姐姐! また昼間からお酒飲んでたネ⁉ 夜の営業も今からだっていうのに!」
「イタタタ、ウリンちゃん、ごめんなさぁい! ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「お店のワイン、お客さんより姐姐が消費してるヨ!」
「ううう……お客さんがあんまり頼まないから開封して余ったワインちょっと貰っただけだもん……」
涙目で呻くエリザ。こいつの問題は色々あるんだが、そのうちの一つは酒好きで昼間から飲むことだ。アホだから。
酔いを覚ますためもあって濃いめの茶を淹れてオレにも出してきた。
「はいアルトくん!」
「……前々から思ってたけどよ、なんでこの店、寿司屋なのに出す茶がエスプレッソコーヒーなんだ?」
「カプチーノは朝しか飲まないからだけど~アルトくんイタリア行ったことない? 鹿児島市とナポリ市は姉妹都市なのに!」
※鹿児島市は『東洋のナポリ』と古くから呼ばれている。らしいが、いつ誰がそう呼び出したのか不明。
「知るか! 緑茶を出せ緑茶を! そんなんだから客がリピートしねえんだよ」
「アルトくんが寿司ポリスみたいなこと言ってる……!」
「姐姐の作るお寿司はちゃんとエスプレッソに合うように味付けされてるから平気ネ」
「寿司をエスプレッソに合わせるなよ!」
ぶっちゃけこの店は流行ってない。むしろ閑古鳥が鳴いている。魔物料理なんてゲテモノ出す上に、寿司屋だっつーのに茶はエスプレッソだし酒はワインを出しやがる。
初見の客が入って二度と来ない店。そんなウンコがここだ。
「それにしてもアルトくん、怪我とかしてない? ダンジョンの海域大変だったみたいだよ~? ほら」
店に置いているテレビが点けっぱなしになっており、そこではニュース番組がやっていた。この島は鹿児島の放送電波を拾って見られるようになっている。
ニュースの映像では、某国の軍艦がまたダンジョン周辺海域に出現したようだ。陸地から近いのですぐに撮影されてしまう。
幾つかの国はここから穫れる資源を狙って軍を派遣して独占しようとしている。日本政府は遺憾の意を唱えるばかりだが、どうでもいい対応をしている事情もあった。
「おー、また来たのか。今回はタコか? ドラゴンか?」
「ウミヘビがカッコよかったネ」
呑気にテレビ画面を見ていると次の瞬間、軍艦は海面から飛び上がってきた頭が二つに分かれた船と同じぐらい巨大なサメが艦橋をかじり取り、デッキ部分を転げ回るように蹂躙した。
「ツインヘッドシャークか! テンション上がるな!」
「うわあ……一方的ネ……」
そう、どっかの国が度々軍艦を送ってくるんだが、ダンジョンから出てくる超巨大魔物にぶっ壊されるのが毎回のことなわけだ。
もちろん来たほうもやられっぱなしというわけではなく、デッキに乗り上げた双頭の巨大ザメへ機銃なんかを打ち込んでいるが死ぬ気配はない。逆にキレてサメの餌になっている。
ツインヘッドシャークは時々目撃される危険な魔物で、数メートルの小型サイズ、二十メートル近い中型サイズ、今テレビに映っている百メートルを越える巨大サイズ(巨大サイズは『フォルネウス』と呼ばれている)が確認されている。どれも気は荒く食欲旺盛で、遭うとほぼ死ぬ。
この海域は巨大な侵入者にめちゃくちゃ厳しい。小型ボート以上の大きさが近づくとまず間違いなく大型の魔物に襲われるし、怪獣ぐらいデカくなった水棲の魔物には戦艦だって一方的にやられる。なにせ水の中に打ち込むようにできてねえからな大砲。仮にも国際海峡に機雷を流しまくるのも無理だし。魚雷が当たっても死なねえ耐久力もある。
これまでにも全身に眼球がついた巨大タコ『ダゴンモドキ』、ドラゴンに似た火を吹く海棲イグアナ『ドラグアナ』、龍みたいなクソデカ毒ウミヘビ『ナーガラージャ』が船を沈めてきた。完全に怪獣だ。
こうした超巨大魔物はオケアノスが出している賞金首で、桁外れな討伐報酬がついているが、まず無理だろうな。
巨大怪獣に狙われないため、オレらみたいな冒険者が身一つでダンジョンに近づいていくようになったわけだ。
「動画サイトにアップされたさっきのサメが暴れる動画、もう二百万再生行ってるネ」
ウリンがタブレットで高画質版の動画を見ている。このファンタジーに片足突っ込んだ海域での動画は世界中で人気のコンテンツだ。
サメはバキバキと軍用に固く造られているはずの船体を噛みちぎり、完全に破壊して沈めてしまった。落ちた人間もほとんど助からねーだろう。
「どっかの国もこういった娯楽を提供してくれることだけは感謝しねーとな。どんだけカネが掛かっているかしらんが船を沈めてまでして」
時折発作的にこうして軍艦や潜水艦で魔物を蹴散らしてしまおうって国は出てくるんだが(日本も自衛隊の船沈められたことある)、結果はたいてい税金の無駄だ。
こうなると馬鹿らしいのでほとんどの国はオケアノスからボッタクリ価格で欲しい資源を購入したり、共同研究を持ちかけたりといった方向で協力するようになった。もしくは自国の軍人を冒険者として送りつけ、オケアノスではなく自国企業へ納品させる。