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掌編6:1巻発売記念『アルト・ザ・表紙の話』

アルトザダイバー1巻、7月30日発売なう!


「海に泳ぎに行きたいだ?」


 オレはエリザの提案に渋面を作って聞き返した。

 

「うん! やっぱりプールもいいけど大自然の海は楽しいよね! 綺麗なマリンブルーに白い砂浜、光る太陽! お魚も居るし!」

「楽しくはねえよ魔物出んだよ魔物」

「そうなんだよねえ……アルトくん、どこか近場で安全な海ってないのかな」

「ンなこと言ってもよ」


 そもそもオレは海でチャプチャプ水遊びをする習慣なんかねえわけで。海に入るってのは魔物か魚を取りに行く目的がヒャクパーな仕事だ。

 海には魔物が出る。

 それは異海ダンジョンだけの問題ではなく、海は繋がっとるけん日本中のあちこちで、出現率の違いはあるが魔物が出て被害を齎している。

 特に異海ダンジョンに近い鹿児島県、それから九州沿岸と黒潮に乗っての四国あたりは出現率高めで、漁港も武装していることが多い。


「鹿児島県の海水浴場はたいてい滅んでるからなあ」

 

 五年前の大地震に伴う津波が鹿児島沿岸を舐め尽くして漁港だけではなく海水浴場も大被害を被った。

 綺麗に整備されていた砂浜にはごちゃごちゃと被災して流されたゴミや廃材が打ち上げられ、砂の中にもどんな危険物が埋まっているか把握できない。災害復興はインフラと町が優先されて手つかずのママなところも多い。おまけに海で泳いでいたやつが魔物に食われる事件が毎年起こるので、海水浴は国から止められている始末だ。

 下手に海水浴に行きたいなんてSNSに投稿したら不謹慎警察から粘着されかねない。

 そんな時代だった。


「できればセンセイも一緒に行きたいんだけど……」

「余計日本は無理だな」

  

 エリザの希望に肩を竦めた。センセイは身元不明で身分証の1つも持っていない記憶喪失人魚だから、当然ながら入国ビザとか持っていない。三岳島に居る外国人が日本に渡るには鹿児島港にある入国管理局で手続きが必要だった。オケアノスに依頼すると日本に対して袖の下を渡しまくっている暗黒メガコーポ故に色々と手続きを簡略にしてくれるが、だからといってセンセイは難しいだろう。保証する身元が何一つない。

 

「つまり、三岳島からそう離れていなくて、砂浜とかあって、人も少なくて、程々に安全な泳げる場所か」

「あるかな!?」

「ねえよ」

「しゅーん……」


 エリザが意気消沈する。そんな便利な場所あったら開発されてんだよ。


『あるぞ』


 と、店の奥からやってきたセンセイが告げてきた。

 

「センセイ! あるんですか!?」

『ああ。衛星写真とオケアノスの周辺地域活性化計画などをネットで確認したが、オケアノスが安全なビーチとダイビングを楽しめる観光地を作ろうとしているようだ。魔物が出ないか、出た際には駆除するよう冒険者へ現地調査依頼も存在する』

「へー。どこだっけ?」

馬毛島(まげじま)だ』



 ******



 馬毛島は種子島の西12kmぐらいにある島で、まあ自衛隊の基地建設で有名だった島だな。立地的には三岳島から一番近い島でもある。

 かつては無人島、そこから自衛隊が基地を作ろうってんで反対やら賛成やら色々言われながらも開発が進んでいた島だった。一時期は島の中で活動する数千人もの工事現場の作業員たちのために、パチンコ屋まで作られていたって話だ。

 ところが残念なことに、この馬毛島はモロに震災の被害を受けた。すげえ震源から近かったからな。

 海底が百メートル以上隆起する異常な地殻変動で発生した津波は、島全体を滑走路にするぐらい平らだった馬毛島全域を何度も寄せては返すが如く洗い流した。

 自衛隊が作っていた基地施設も集積していた機材や重機もほぼ壊滅。地盤が塩田になるほど海水が染み込んで滑走路も駄目になった。だいたい累積して2兆円ほど掛けていた基地整備費用がパーになったという。

 そもそも日本国内あちこち壊滅している状況で、新たな基地整備プランが出せるわけもなく。予算を計上しただけでも国内から猛反発を受け、日本政府は馬毛島に自衛隊基地を再び作ることを実質放棄した。

 そこでオケアノスは三岳島開発の物資保管と、他の離島救援のための一時基地として馬毛島を借り入れた。(購入したようなもんだ)

 とはいえ自由に開発増築できる三岳島と違って曲がりなりにも馬毛島は日本の土地なので、そこまでオケアノスの手は入っていない。大規模な港湾工事すら色々と手続きが面倒らしいからな。そこで比較的簡単にできるものとして保養地を計画しているようだ。ホテルは客船でも使えばいいしな。

 そういう事情もあるから三岳島の代わりに馬毛島を異海ダンジョン攻略の拠点に使おうとはならなかったんだな。自由に開発できないし、怪しい外国人冒険者を大量にいれるわけにもいかない。


 そんなわけで、馬毛島にオケアノスがオープン予定の『ペガサスビーチ』へとオレたちは向かった。馬の毛の島だからギリシャ神話で馬系の名前をつけようとオケアノスは思ったようだが、日本人に馴染み深い神話の馬がペガサスかケンタウロスぐらいしか居ないと知ってその名前にしたらしい。

 寿司屋は臨時休業だ。チェーン店じゃない普通の飲食店だって週に一回ぐらい休むんだからまあ偶には休むのもいいだろうということになった。というかエリザの故郷だと日曜日は飲食店どころかスーパーなんかも休みになる。宗教的に休日は大事らしい。

 オレたちはゴムボートに乗ってセンセイがそれを引っ張って海の上を移動していた。ゴムボートにはレジャーグッズと、一応魔物が襲ってきたとき用に銛を持ってきている。


「楽しみだねえウリンちゃん!」

「我、最近泳ぎの練習を始めた段階なんだガ……」

「何事も実践だよ! それにアルトくんもセンセイも居るから大丈夫!」


 ウキウキしているエリザに比べて、ウリンは渋々って感じだ。そもそも中国人ってあんまり泳ぐ習慣や教育がないらしく、先進国の中では水泳可能な大人の割合が25%ぐらいとドチャクソ低い。海に面していないネパールやモンゴルよりも低い。ウリンも泳げなかったんだが、プールで泳ぐ練習を2巻でやっていたから大丈夫だろ。2巻ってなんだ?(突然沸いてきた謎の単語)

 ちなみに日本人の泳げる割合は62%ぐらい。EU平均が78%ぐらいだからヨーロッパ人の方が基本的に泳げるらしい。


『とりあえず砂浜に降りてから海に向かうか』


 先で引っ張るセンセイからの通信が届く。ゴムボート用の船外機も用意できるんだが、センセイみたいなデッカイのが乗り込むのは大変なので引いてもらっている。この程度の移動は苦にならない便利な強化アーマーだ。

 

「はあい! センセイもそれ脱がないですか?」

『誰に見られるかもわからないからな。なに、案外このスペランクラフトジャケットで潜っても海は楽しいものだ』

「我もどっちかって言うとそっちの方ガ……」

 

 自由自在に動ける潜水艇みたいなもんだからな。魔物が現れたり、ウリンが溺れたりする可能性も考えればセンセイがアレを着て警戒している方がいいだろう。


 ペガサスビーチにゴムボートごと上陸した。エリザは自信満々にビーチパラソルを突き立てて、宣言した。


「ここをキャンプ地とするよ!」

「なんで水曜どうでしょうネタが出てくるんだシチリア人」

「ヨーロッパでも放送されたんだよあの番組。ヨーロッパ旅もしたからね。イタリアにはちょっとしか寄らなかったけど……」

「中国でも放送されてたネ。シェフ大泉(ダァチュアン)のエビチリは中国では自作エビチリを振る舞うとき鉄板ネタでウケるヨ」

「意外に国際的なんだな……」

 

 いやまあ、オレも見たのは再放送なんだが。

 とりあえず浜辺に荷物を置く。この島はオケアノスの社員が物資倉庫のあたりで働いているぐらいしか人も居ないし放置してもパクられない。

 ついでに言うと野生動物もほぼ居ねえからな。もともと鹿とかネズミとか居たんだが津波で全部流された。

 

「よーし、ウリンちゃん! 泳ぐよ~!」

「サメとか出なければいいガ」

「ま、これも仕事だからな。センセイ、ちょっと見て回ろうぜ」

『了解した』


 オレとセンセイはギルドでこのビーチ周辺の海域調査を依頼されている。魔物やサメが出ていたら狩るように、ということだ。

 一応ビーチ周辺の浅瀬には特殊なブイが浮かべられている。太陽光で発電して特殊な音波だか電波だかを出すことで魔物が嫌がる道具だ。そんな便利なのあるのかっていうと、まあ気休めぐらいにはなるかな……って感じの性能ではある。その音波を垂れ流して進む無人潜水艇があったが、普通に大型魔物に壊された。

 蚊取り線香程度の予防効果はあると願おう。


 浜からやや離れた海を潜りながら周辺を見回す。今日はダイバースーツではなく海パンで来ていた。なんでかって、常に潜り続ける仕事ならまだしもビーチで着ているとクッソ暑いんだアレ。保温効果高いから。

 どうせ異海ダンジョンから離れたここらには大した魔物も居ないだろうってことで装備も銛だけだしな。なんか居たらセンセイに頼もう。


『周辺に居るのは……普通の魚ばっかりだな』

「おー、いいなあ実写版魚群リーチ。漁師も減ったせいか魚は増えてんだよな」


 近くを泳ぐ色とりどりの魚群を見送ってそう呟く。空気ボンベもタバコタイプを咥えているだけな初期装備状態だが、襲われもしない海域ならぼんやりと潜って魚を見物できる。

 津波の後はどこの海も流された漂流物でごちゃごちゃとしていたもんだが、オケアノスの海洋清掃のおかげか(どーせ自分たちのビーチ近くばっかりだろうが)ここらの海中は綺麗になっていた。珊瑚なんかも生えている。

 ただちょっと気になるのが、


「透明度が高いな……」


 いやまあ、種子島屋久島あたりはもともと海も綺麗なもんだったんだが。

 それにしたって、海中なのに遠くまで見通せる。異海ダンジョンほどではないが、あそこの透明な海水が混ざっているような気がする。

 噂によれば異界ダンジョンの範囲は徐々に広がっているという。詳しくはオケアノスぐらいしかわからんだろうが、年ごとにダンジョンがリセットされるたび大きくなりつつあるというのはまことしやかに語られることだ。

 ダンジョン中心にあるブルーホールも広がっているのだとか。あの穴から透明な海水と魔物が流れ込んでいるのかもしれない。

 いずれ日本の海は異界ダンジョンと同じような海域に飲み込まれる……と危ぶむ声もあった。

 まあ、だからといってできることなんてねえし、どうなっても魔物退治して生き延びることだけ考えてりゃいいけどなオレみたいなパンピーは。

 

『アルトくーん!』

『姐姐、深いところはちょっと……』


 呑気な通信の声。顔を向けると、オレらが居る数メートルぐらいには深いところにエリザとウリンもやってきていた。ボンベは付けていないが、恐らく飴玉タイプの簡易ボンベを口に入れている。これも空気タバコみたいなもんで、口の中に入れとけば空気を適量出してくれる。

 こういったボンベや呼吸器を装備しなくても海中活動ができるのは見た感じ便利そうだが、持続時間が微妙なのと値段が高いのと魔物に襲われたときにうっかり吐き出すと一気にピンチになるので冒険者としては普段はボンベで、これらは緊急用だ。

 そんで泳ぎながらも二人は耳に通信翻訳機『アプサラ』を装備している。ほぼ全ての商品が防水で、ダイビング用耳栓の効果もある。これ付けとけば素人が耳抜きしなくても潜れるやつだ。骨伝導で声も伝わる。


「おいまだ調査中だから波打ち際でチャプっとけ」

『アルトくんとセンセイも来ようよ~! ビーチバレーしよ!』

『こんなときだけ真面目だナ』

「うるせえな。このあたりの漁場は伊勢海老居るから探してんだよ」

『本当!? 探そう探そう!』

『伊勢海老でエビチリを作るネ!』


 ちなみにこのあたりの漁業権は自衛隊基地開発のときに一部放棄されているから伊勢海老をとっても密漁ではない。たぶん。

 泳ぎが不得意なウリンも現金なもので不器用に海中を泳いで獲物を探していた。

 見回したところ危ねえ生き物は居ないから大丈夫だとは思うんだが。


「センセイ、異常はないか?」

『特に周辺に動きはないな』

「なら良いんだが」

 

 どうもなにか……見られているような違和感が。

 周囲を改めて確認する。エリザ。ウリン。センセイのスペランクラフトジャケット。珊瑚。あの黄色い魚はスズメダイ。あっちの縞があるのはキンチャクダイの仲間……遠くには岩場が小山みたいになっている。


 岩場がゆっくりと動いた気がした。


「ンなっ!?」

 

挿絵(By みてみん)


 岩場と思っていたら違った。滑らかな流線型をした巨大な膨らみだ。

 表面には黒い鱗。スイカぐらいありそうなでっけえ目。小型ボートなら丸呑みにできそうな口!


「魔物だ! しかもA級──『魔王マグロ』!」


 オレは全員に警告の通信を送った。

 魔王マグロ。クッソ巨体を持つ割に目撃例の少ないマグロタイプの魔物だ。討伐例はゼロ。攻撃性が低いことからA級だが、ひょっとしたらEX級なんじゃないかって話もあるデカブツ。大間のマグロとは関係がない。

 幾ら攻撃性が低いとはいってもこれまで何人も丸呑みにされてきた危険な魚でもある。


「逃げるぞ! センセイはエリザとウリンを回収しろ! 危ねえから機体に入れてくれ!」

『了解した──ちょっと狭いから二人とも気をつけてくれ!』

『は、はい~!』

『ゴボボボ』

『ウリンちゃんが早速ショックで溺れかけてる!』


 そりゃあ泳ぎの素人からすれば山みたいにでっけえ魔物が近づいてきてればパニックにもなるか。

 センセイは大急ぎで二人に近づき、ハッチを開放して中に引き込んだ。スペランクラフトジャケットは1人乗りだが、メチャクチャ窮屈に詰めれば小柄な二人を中に入れられなくもない。

 二人を入れて中を排水するため少し時間が掛かる。


「センセイ! 銃!」

『了解だ!』


 センセイからブラスターを投げて受け取り、やや離れながら火花みたいなレーザーを魔王マグロの目に向かって打ち込む。射程距離の外で拡散しているから全然効果はないみたいだが、相手の注意を引かせる。

 オレを敵性存在だと認めたのか、餌だと思ったのか魔王マグロは大きく口を開けて海水ごと吸い込み始めた。

 驚きの吸引力。生憎とオレ、今日は足ヒレすら付けてねえんだぞ! 銛を近くの岩場に突き刺して引き込まれそうな潮流に抗う。


「まだか! センセイ!?」

『なんとか収納して……くっ! 狭すぎて操作が難しい! アルト、戦闘は無理そうだ!』

「よし、じゃあ上手いこと逃げるぞ! 浜までそこまで距離はねえ──」


 アッ! 銛がすっぽ抜けた!


「ぬおおおお!?」


 渦潮に飲み込まれたみたいな勢いで魔王マグロに向けて吸い込まれる!

 どうにか抵抗するために吸い込まれながらもレーザーをぶっ放しまくる! どっか当たれ!

 射程距離に入ったが、レーザー光は魔王マグロの鱗と皮に容易く弾かれてしまった。これまでの調査で判明している魔王マグロの特性『黒いダイヤ』だ。とにかく表皮部分がダイヤ並に固くて頑丈だから水中銃とか全部弾いて効き目ゼロ!

 

『アルト!』


 こっちの様子を見たセンセイが、魔王マグロの吸い込む勢いに乗りつつ高速で近づいてきてくれる。

 

「センセイ──これ掴んでくれ!」


 オレはセンセイに向けて銛を射出。柄とワイヤーに繋がった穂先が数メートル先まで勢いよく水中を進み──センセイに当たった。


『痛!』

『くおら野良犬! こっちに当てるナ!』

「狙ってられるか!」


 センセイに同乗している連中から苦情が出たが、装甲の反応システム『残機』を発動させて光らせながらも強化アーマーの腕でワイヤーを掴んでくれた。

 それを引っ張ってオレを寄せ、どうにか直接腕を掴んだ。握りつぶされないよな。オレの腕。

 だがもう目の前には魔王マグロのお口が迫っている!


『フラッシュを使う!』


 センセイはそう宣言するとバックパックから瞬時にランチャーを出して魔王マグロの口の中へプラズマの砲弾を叩き込んだ!

 雷がすぐ近くに落ちたような爆音と振動がして魔王マグロの吸引が止まる──が、その黄色く光る目がぎょろりとオレとセンセイを睨みつけてきた。生きてやがる!


「逃げろ!」

『了解!』


 即座にセンセイは魔王マグロの尻尾側へ推進。巨体だけあって死角がデカい。魚は左右に広範囲な視野を持つが、自分の背中を見ることは難しい。

 こちらを見失った魔王マグロが戸惑ったように身動きをすると、岩礁みたいな巨大な体も蠢く。どうにかセンセイは背中から海面近くへ上昇し、そこから爆速でビーチへと戻った。オレもセンセイの背中に乗って一緒に退避している。


『うひああああ!?』

『うっ! は、吐くネ……』

『ちょっと待て! もう少しだから吐くな!』


 ……機体の中ではなんか騒動になっていた。

 そもそもセンセイは余裕で乗っているが、構造上あの機体海の中で直立したりうつ伏せになったり仰向けになったりしながら機動するからな。泳いでいるオレなんかは平気なんだが、機体の中は空気の入った1Gの環境なわけで。

 車の運転席に無理やり3人で座って上下左右に回転しながらかっ飛んで移動している感覚と思えばヤバいと思う。

 どうにかオレたちは滑り込むように砂浜へ上陸し、なるたけ海から離れて一息ついた。

 プシュッと音が鳴ってスペランクラフトジャケットのハッチが緊急オープンし、目を回したエリザとウリンが這い出てくる。


「アルトくん後ろ向いてて!」

「うっうっ……オロロロロドシャー」

「ウリンちゃん背中さすってあげるから」


 突然大海原を観察したくなったオレは魔王マグロへの警戒もあって、油断なく海を見ていた。



 ******



 とりあえず魔王マグロへの警戒もあるし、ウリンもぐったりしているもんだから浜辺で休憩してメシでも食うことにした。

 もともと不必要だろってぐらい持ち込んでいたし、センセイに頼めばキャンプ用の道具を作ってくれるので難易度イージーだ。

 ついでにセンセイがさり気なく、海の中を調査中に伊勢海老を取ってきていたのでそれを料理することになった。


「伊勢海老のエビチリ作ったよ~! これを手巻き寿司で巻いて出来上がり!」

「キャンプ要素ゼロの御馳走ありがとう」

「ちゃんとソースに伊勢海老の海老味噌を混ぜ込んで、油には殻を煮て海老油も作ったんだよ。現地調達!」


 味はまあ……メチャ美味いんだけど。センセイが小リスの如く頬張っている。

 微妙に暗い顔をして体育座りしているウリンにも手巻き寿司を渡してやる。


「メシですぜお嬢様。マグロに襲われたみたいな顔しやがって」

「襲われたんだヨ!」


 怒ったように反応して手巻き寿司をひったくるウリン。


「はあ……我、泳ぎに行く度に魔物が出てくるんだガ、海と相性が悪いのカ……?」

「別に関係なくね。オレなんか百回泳ぎに行ったら百回魔物と出くわすし」

「野良犬のは仕事だからダロ」


 なんかすっかり海がトラウマになった様子で覇気がない。ウリンを誘ったエリザもどこかバツが悪そうだ。


「なあにちっと運が悪かったぐらい気にするこたねえよ。あの冒険写真家のグレイっつーオッサンいるだろ? あいつどっかの遺跡に行く度に遺跡が崩壊し、霊山とか登ると山体崩壊し、世界遺産に寄ったらテロリストに爆破されるからマジで色んな学者から嫌われてるらしいが別に自分のせいじゃなくて偶然だって一切気にしてねえって言ってた」

「それはマジの呪いかトラブル体質じゃないのカ……」


 オレも若干そう思う。そんな危険人物が海底遺跡のダンジョンに潜っていて大丈夫なんだろうか。いや、もともと非日常的なところだから逆にセーフなのかもしれんが。

 

「別に三岳島の上に居たって運が悪けりゃ魔物よりタチ悪い悪党に襲われんだから大して違いもねえって。そっちだと手前、悪党を撃退するよう準備してるだろ」


 噂によればウリンはエリザよりも買い物に出かける頻度が高い。メカルスを引き連れての外出とはいえ、若い女が歩いているわけだから考えなしに声を掛けてくる下心マックスなアホ冒険者は幾らでもいるだろう。

 そういうときにエリザは毒スプレーとか毒ナイフとか毒青竜刀とか振り回してそれを追い払っているとか聞いた。危ねえやつだ。つーかそういうときはメカルスにやらせて一般人は逃げとけ。

 

「海潜ったら魔物が出るかも……ってビビるよりは、魔物が出るならぶっ殺してやらないとな! って心構えしとけばいい。なんなら水中銃の撃ち方教えてやろうか? レッスン料5万ぐらいで」

「……フン! 野良犬に頼らなくても自分で訓練できるヨ! 我は姐姐の護衛なんだからネ!」


 そんでガブッと手巻き寿司をかぶりついた。ま、好きにすればいいだろ。

 ウリンの調子がやや戻ったのを見て、エリザはニコニコしていた。危なっかしいのは手前も同じだからな?


「見ろ、アルト」


 センセイが海を指さしてそう告げる。まだ夕焼けの明かりが海を照らしている中で、海面から小島みたいな魔王マグロの背が出てきて──馬毛島から離れてどこかへ泳いでいった。沖で一度だけジャンプしていたが、クジラみたいなデカさだった。

 それを見てエリザやウリンが「ほー」と感心したような吐息を漏らしていた。


「離れて見る分にはなかなかいい感じの魔物なんだがな。よく思い返すと顔も間抜けだったし」

「どんな味かなあ……」

「エリザちゃん? おいなんだその期待した眼差しは」

「アルトくん、次のマグロフェア……頑張ろうね!」

「ナチュラルにオレと化け物を戦わせようとするの止めろ!」

「野良犬があのマグロの体内に入ってなんかこう、上手いことやって倒すネ」

「できるか!」


 あんなもん正直ツインヘッドシャーク倒すより厄介だぞ。魚雷すら効かねえって話だ。有効な攻撃がロクにねえんだぞ。センセイでワンチャンぐらいだ。


「いつか食べたいな、アルト」

「オレが少数派なのかよ……」


 ゲンナリしながらも夕日が沈んで暗くなった海を眺めていた。もう出てくるなよ魔王マグロ。


  

 ******



 このまま星空を眺めてお泊りしよう! というエリザのファンシーな提案に、蚊がめっちゃ出るぞという現実を突きつけてやり帰ることにした。魔王マグロが去っていったルートとは変えていけば大丈夫だろう。三岳島の防衛圏まで三十分も掛からない。

 星空とか興味ねえよ。帰ってパチだパチ。今日は散々魚群見たからご利益あるだろ。たぶん。負けた。



 翌日、ギルドには魔王マグロがビーチ近くに出現したことを報告してセンセイが撮影した映像も提出。そこそこのカネが貰えた。引き続き、無人偵察ブイなどを置いて調査するらしい。最初からそうして欲しかった。

 で、エリザとウリンは、


「また今度行こうね!」

「……次は水中銃持って行くヨ。練習が必要だからナ」


 なんか全然凝りてねえのな……


「伊勢海老も美味しかったから私も行きたい」


 センセイもかよ……オレ要る?

 キャバーンキャバーン。なんかカネが振り込まれる音がスマートウォッチからした。


「ちゃんと水中銃教えるって約束したダロ」


 ウリンが睨みながらスマホを構えていた。どうやら授業料振り込んだらしい。マジかよ。冗談だったのに……

 しかし振り込まれちまったら教えるしかないわけで。教える場所は三岳島の訓練用プールか、比較的安全な(魔王マグロさえ出なければ)ビーチぐらいなわけで。

 オレは面倒くささに首を振って、仕方なくこれからも女子供のチャプチャプ水遊びに付き合うハメになったのであった。

 




2巻ってなんだ(困惑)

表紙を元にして後から書いた話でした

アルトザダイバーを今後もよろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
実に良いですね・・・ 所でセンセイの水着と下半身の描写はどのように?
2巻? 3巻、10巻、100巻までの通過点のことさ 100巻まで続いたころのアルトくんにかかればマグロくらい小指でイッパツっすよ!
めっちゃ2巻を擦るやんw 確実に10巻までは出してやるという執念を感じる
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