掌編4:『アルト・ザ・|サメ映画《シャーキング》』
「サメ映画撮ろうぜ、アルト!」
魔寿司で寿司を食っていたオレのところにやってきたのは、胡散臭い中華系マフィアみたいな丸サングラスを付けて帽子を被った、全身から怪しさを醸し出している変なやつだった。
「失せろカス。オレは今、シャリを湯呑みに入れて茶を注いだ一番安い寿司を啜るのに忙しいんだ」
「その汚い食い方、迷惑だから野良犬が店から失せるネ」
「普通のお寿司食べようよアルトくん……お金無いわけじゃないんでしょ?」
「昨日パチで負けてねえんだわカネ」
なに言ってやがる。日本人の心だぞ、お茶漬けは。温かくて湯でふやけて少量でも腹が膨れるんだ。
変なやつを無視してシャリ茶漬けを啜ろうとしたら、メゲずにまた声を掛けてきた。
「あーっ! ひっで! おまっ、せっかく同級生が訪ねてきたのにその暴言か!? 卒業以来だろ! 成人式帰ってこねえしお前!」
「ああン?」
やたら馴れ馴れしいやつの姿をまじまじと見ると、帽子とグラサンで印象が変わっていたが……見たことある顔だった。
「アルトくん、お友達?」
エリザが首を傾げて聞いてきた。するとそいつは親指を上げて名乗った。
「はじめまして! おれはアルトの幼馴染、未来の映画監督・有場トロスって言います!」
「どうもはじめまして~! お寿司食べて行きません?」
「いただきます! あっ、安いやつかアルトのツケで……」
トロスはオレの隣の席に座ってにんまりと笑みを浮かべた。オレはため息混じりに言う。
「んだよ、トロスかよ。どこのアホかと思ったら近所のアホだったわ」
「失礼な! 未来のゴールデンラズベラーに!」
「それ目指してんの?」
トロスという変な名前したやつは言ってみれば地元の同級生だ。閉校する高校で最後の3年間を過ごした1人だった。
自称映像マニアで、高校時代にはこいつが撮影した、震災で寂れて高校もなくなる地元のもの悲しげな映像は鹿児島のテレビでも採用された。それで調子に乗って、どっか映画関係に強い大学に進学していったところまでは覚えている。その後はメールすらやり取りしていないが。(そもそもオレ、借金あったから高校で携帯持ってなかったしな)
「映画監督なんですか?」
「ええ、まあなんというかそれを目指していてですね……それでアルト! サメ映画! 撮ろうぜ!」
「知らねえよ勝手に撮っとけよそういうの」
オレはしっしと手を振って追い払おうとした。まだ大学生なのか? 調子に乗ったアホ大学生が遊びに来るには治安がゴミクソなんだぞこの島は。
だがトロスは特に気にせず、鞄から『規格書《ごくひ!》』って書かれた紙束を取り出した。
「説明がまだだったな」
「『企画』の字が間違ってるぞ」
「極秘だからいいんだよ。他人に見られてもバレないように工作だ」
「なにがだよ……」
呆れたもんだが昔からこいつはアホだったし言い訳は得意だったんだ。そして無駄に自信満々。
「とにかく! おれは大学の卒業制作として短編サメ映画を一本作っているんだ。だいたいは出来上がっているんだが、肝心のサメ映像がまだなんだ! それでやっぱり最強クラスのサメっつったらツインヘッドシャークじゃん? で、この前テレビ見てたらこの寿司屋にお前が居たもんだから協力してもらおうと思ってな!」
「サメ映画なのにサメ映像が撮れてねえのかよ」
アクション映画アクション抜きみたいな状態じゃねえか。それ。
オレの指摘にトロスは肩を竦めて言う。
「仕方ないだろ。サメ映画におけるサメ映像なんて全体の十分の一以下の尺しかないんだから。殆どは海辺でなんかおどろおどろしい音楽と剣呑な気配を感じながら不安そうに海を眺めたりする男女のカットで進む。最終手段は既存のサメ映画からサメ映像だけ切り取って反転とか音声変更して使うんだ。古式ゆかしいサメ映画の制作方法でな、今のところ訴えられたやつは居ないらしい」
「既にクソ臭が漂ってるぅ~」
最近はあんまり見ねえけどよ、サメ映画。
それこそ高校時代にクラスのみんなが集まってこいつお勧めのB級映画上映会とかやってたぐらいで。
「はい、どうぞ。新鮮な魔物、春鮫の握りですよ~」
「どうも! うわなんだこれ、プルプルでフカヒレみたいなの!?」
「もうそのサメの握り寿司撮影して帰れよ」
トロスは出された魔物寿司を旨そうに食べた。結構高いんだけど大丈夫なのかこいつ。
春鮫は全身が半透明で独特の感触をしているキモいサメ型魔物だ。蒲鉾の材料には適していないがスープで煮込めば美味しくなる。らしい。オレはそんなに手間を掛けて食おうと思わない。
「サメの寿司撮影……それだ! 物語のオチはやっつけたサメを寿司にしてエンド! 採用だアルト。おれのサード助監督にしてやろう」
「勝手にするんじゃねえよ。ファーストとセカンド居るのかよ」
「それと店主さん! 良ければこのお店と可愛らしい店主さん……それとそこのチャイナな美少女も数カット出演願えますか!? 出演料はロハですが、お店の宣伝にもなりますよ!」
「映画!? 凄いねえウリンちゃん、映画に出してくれるんだって!」
「素人のサメ映画にカ? 店の品格が落ちそうだナ……」
愚痴を言いながらもさり気なく髪の毛を手櫛で整えているウリン。微妙にやる気なのかよ。
*****
撮影は魔寿司を巻き込むことになった。
この呪われた三岳島に古来より伝わる因習に纏わるわらべ歌……それに示された封印されし怪物ツインヘッドシャークを代々抑えてきた巫女がエリザとウリンだそうだ。
「ツッコミどころありすぎだろ! まず古来にねえよこの人工島!」
「はぁー、アルト。映画と現実を一緒にしてもらっては困りますなあ」
やれやれと言った様子でトロスは大げさに首を振ってそう告げてくる。
「ムカつくなこいつ! 代々伝える巫女がシチリア人と中国人なのもどうなんだよ!」
「国際色豊かでいいじゃないか。それにおれみたいな木っ端監督作品だとキャッチーさがないとな。その点、エリザ女優とウリン女優はピンで行けるレベルの美少女! うちの大学で募集した顔は芋いのに服装だけサブカルになってる女子大生とは比べ物にならん! 二人が出るだけで映画の評価が十倍に上がるね」
「いや~それほどでも~」
「ちょっと高い化粧品買ってくるネ」
「あいつの映画の評価は初期値がゼロに近いんじゃねえのか……?」
褒められて照れている二人に呆れながら言う。意外にちょろいなこいつら……
「怪しげなわらべ歌はAIに考えて貰えば簡単にできる。いい時代だよな」
「手抜きしやがった!」
「ちなみにこんな感じだ。『鮫』『不気味』『残酷』『民謡』って感じで出した」
******
鮫の子守唄
一番
深い海の底で
鮫が口を開けて
赤い血を求めて
今夜も泳いでいる
ギザギザの歯並び
光る黒い瞳
誰かを待っている
海の底で待っている
二番
漁師の網破って
小舟を襲って
波間に消えていく
白い泡だけ残して
「帰っておいで」と
母が浜で呼んでも
もう聞こえない声
海の底に沈んで
三番
月夜の晩には
鮫が歌う子守唄
「おいでおいでこちらへ
一緒に踊りましょう」
冷たい海の中で
永遠に踊りましょう
鮫と手を取り合って
二度と帰れない場所で
終わり
深い海の底で
鮫が口を開けて
新しい友達を
今夜も待っている
******
「ホントに微妙におどろおどろしい不気味な感じで出来上がったな……」
「これを巫女二人が歌う感じで練習オナシャス」
「モスラのパクリじゃねえの」
「おれの作品は令和のゴジラを目指してるから」
「おこがましすぎだろ」
などと話し合っていると店にセンセイが強化アーマーで入ってきた。
『ただいま。今日は新種の鮫が取れたぞ! ヘラクレスオオツノザメと名付けたんだ。残念ながら殆どの部分はギルドに持っていかれたが、刺し身用の身を分けてもらってきた』
「わあ! ありがとうございますセンセイ! ツノザメは日本でもヨーロッパでも食べられている鮫なんですよ~! そうだなあ、酢締めが美味しいけれど、新鮮なうちに湯引きして山椒味噌を合わせてみてもいいかもですね!」
強化アーマーの手に持ったスマホで撮影した、立派なツノの生えている鮫を自慢しながらセンセイはカウンターに刺し身のサクを置いた。
普段はこの寿司屋に優先して、取ってきた魔物を卸しているんだが最近は事情があってギルドに結構な量が持っていかれるようになっていた。特に新種なんかは欲しがるだろう。あいつら。
センセイのスペランクラフトジャケットを見てトロスのやつは目を見開いて驚いていた。
「ア、アルト! ロボだ! ロボが居るぞ!」
「強化アーマーだよ。日本にもあんだろ」
「いや日本の工事現場とかで使ってるやつとは全然違うだろ!」
強化アーマーなんてSFみたいなマシーンは十年前までは全然見なかったのだが、五年前に起こった大地震で日本の半分以上が被災した際にオケアノスから工業用強化アーマーを提供・ライセンス生産を受けて日本全国で活躍した。
工業用のやつはゴム製のキャタピラを装着して腕の生えたフォークリフトみたいなもんで、素人でも半日練習すれば動かすぐらいはできるメカだ。ひび割れた道路や斜面でも走破性が高く、重機よりも小型で軽トラに乗せて運べる。ハイパワーのマニピュレーターは瓦礫を掴んで持ち上げたり、資材を運んだりと自由度が高い。これで日本全国、建物からインフラまでぶっ壊れた復興が現在でも行われている。
「闇落ちしたベイマックスみたいでカッコいい……」
「待て。闇落ちしたベイマックスはカッコいいのか?」
「そうだ! おれのサメ映画に出演してもらおう!」
「予定ガバガバじゃねえか」
旅先で自分好みのモノを見つけたからといって即座に出させようとするな。こいつ映画監督にしたら駄目なタイプじゃないか?
オレは渋い顔で米粒の浮かんだ甘酸っぱい茶を飲みながら説教をする。
「だいたいだな、そうやってアレも良さそうコレも良さそうで要素を入れまくったら、本筋がとっ散らかるだろうが。鮫に可愛い姉ちゃんに寿司にロボにって次々に追加したら、一体なにが主題の作品なのかわけがわからなく──」
『アルト!? 危ない! なにか飛んできた!』
「うおおお!? 急にブーメランが店の外から飛び込んできた!?」
窓ガラスを割って店内に突っ込んできた謎の殺人ブーメランをギリギリでキャッチする。誰だこんな投擲武器を投げ入れたのは!
「哎呀! うちの窓がー! っていうか強化ガラスなのにどんな勢いで投げ込まれたネ!?」
「えへへ、アルトくんが可愛いって……ねえ聞いたウリンちゃん?」
「聞いてないヨ!?」
嘆くウリンとなんか照れてるエリザ。ウリンはガラスの破片を回収するためにデカい掃除機を取りに行った。
とりあえず襲撃かもしれないので、他の客を帰らせて店のシャッターを下ろすことになった。
「物騒だなあ……この島は店にブーメラン飛んでくるのか?」
「いや知らねえよ豪州先住民族な冒険者とか居たっけか? ブーメランを武器にする」
『そういえばアルト、お客さんか?』
「おうセンセイ。なんかサメ映画撮影したがってるアホだ」
「はじめましてロボの御方! サメ映画はお好き? なら結構! 絶対気に入りますよ!」
『えいが……?』
「あっ! 駄目だ! この島映画館ねえからセンセイの知識に入ってねえ!」
冒険の配信動画とかは見ているらしいんだけどな。オケアノエックスで。
いやまあ、オレも映画館なんて地元になかったからこれまでの人生で数本ぐらいしか映画館で見たことねえけど。
ウリンなんかが掃除している間、トロスはセンセイへと熱心に映画の説明をしていた。
『──なるほど、つまり迫力のあるツインヘッドシャークのシーンが撮影したいのだな』
「そうなんですよ!」
「だから危ねえって。あんなクソデカシャークに近づくだけでも死ぬってのに。某国の軍艦が襲われてる動画でも使って編集してろよ」
「あの動画、再生回数が億も行ってるんだぞ! ちょっとでも使うと即座に視聴者にバレて流用した陳腐さを叩かれてしまう!」
「他の映画からサメ映像を使い回すこともあるって言ってたのにか?」
「アレは他の映画のサメ映像もしょぼいからいいんだ」
どういう理屈だよ。
『それなら協力できるかもしれない』
と、センセイは自信ありげに宣言した。
******
センセイが提案した、ツインヘッドシャークを撮影する方法は簡単だ。囮となるデッカイ船を異海ダンジョンの上まで移動させて、巨大な艦船が近づくと反応して破壊しに出てくるツインヘッドシャークを撮影する。
実はこの方法はオケアノスも試したことがある。囮の船を行かせて、海面近くに出てきたEX級の大怪獣どもへ空からミサイルや機銃や爆撃で攻撃するという計画だ。
あの怪獣どもが異常に強い理由の1つが、海の中にいることが挙げられる。そうすると殆どの現代兵器は発揮できる破壊力が限定的になってしまう。機雷なんかは爆発すれば百メートルぐらいの水柱が上がるほどの威力だが、言ってみれば広大で深遠な海からすると百メートルは誤差みたいなもんだ。
そういうわけで試された囮作戦だったが、これが失敗。
現れたのはツインヘッドシャークではなくダゴンモドキというタコの怪獣だった。こいつの体にある模様なのか眼球なのかわからねえが、そういうギョロッとしたやつと目が合うと、空に攻撃機で待機していたパイロットどころか遠くから映像で確認していた連中まで精神汚染され発狂。イカれたパイロットによってミサイルは三岳島のオケアノス社屋に打ち込まれた。作戦は失敗だ。
他にも何度か試されたが、EX級の魔物は他のも厄介な特殊能力を持っているためどれも成功しなかった。むしろツインヘッドシャークぐらいだ。頑丈さと巨体と噛みつきオンリーで暴れまくるのは。
大丈夫なのか不安になったが、トロスは、映画監督は行動力が大事とばかりにカメラを持ってオレとセンセイと海へ出ていった。
「カメラっていうかアイフォンじゃねえかそれ……」
「馬鹿野郎サード助監督! 今どきはスマホカメラの撮影モードだけでも十分映画は撮れる時代なんだよ! 科学の進歩って凄えよな!」
「本音は?」
「おれもお前も田舎出身なんだからわかるだろ……高級機材買うカネがねえんだわ」
防水ケースに入れたアイフォンを大事そうにトロスは抱えた。あいつの両親は震災で死んだわけでもないが、自宅は崩壊し仮設住宅暮らしで親父は建設業の出稼ぎをして頑張って学費を払ってくれているのだろう。
ちゃんと卒業後稼げるんだろうなこいつ。
ともあれ、オレとトロスはセンセイの背中に掴まって(トロスはレンタルのダイバースーツを着せた)異界ダンジョン近くの海まで来ていた。
エネルギーは相応に消耗するが、センセイの推進装置は長距離移動もできるので最近は定期船に乗らずともダンジョンまで三岳島から行けるようになっている。センセイとパーティを組む役得だな。
オレたちは侵入注意のブイが浮いているあたりで一旦止まる。定期船の航路からも外れた、冒険者どもから目立たない場所だった。
『ここ辺りでいいか』
「で、センセイ。どうすんだっけ?」
『これを使う』
センセイが取り出したのはスプレーガンみたいな道具だ。強化アーマーが持つ用のサイズだからちょっとした消化器みたいな大きさがあるが。
それを海面に向かってシューッと吹き付けると、海の上に板が出現した。
「うおっ!? なんだそれ!?」
トロスが驚いて訊く。
『これは【ビルダー】という道具でな、吹き付け式の3Dプリンターといったところだろうか。専用タンクに入れた分子マテリアルを放出して板やブロック、道具を造り出すことができる。強度と重量は下がるがな。これで簡易的な船を作って異海ダンジョンの上へ送り出し、ツインヘッドシャークに襲わせよう』
「へえー……そんな便利な道具、センセイ持ってたっけか?」
『なにを言っているんだアルト。2巻でこれを手に入れるために苦労したじゃないか』
「2巻ってなんだ!?」
『そうか……あまりにつらいことがあったから忘れてしまったのだな……ゆっくり思い出してくれ……』
記憶喪失のセンセイに心配された!?
クソッ、最近やたら無気力で記憶が曖昧になっていたのは、なにか事件が起きたからだったのか!? よく覚えてねえ! 2巻ってなんだよ!? 1巻も出てねえよまだ!
釈然としない気持ちになりながらも、センセイがドバーっと船を作るのを見守る。
船といっても、すぐにサメに壊されるものだから凝ったものではない。そこらの漁船の一番グレードが低いやつをそのまま巨大化させたような代物だった。
まず箱っぽい浮かぶものをガーッと作る。ビルダーとやらの物質製造速度は、それこそスプレーを海面に吹き付けたらそこに板が出来ましたとかそういうレベルで超早い。全長50メートルぐらいの船のガワを作るのに1時間掛からなかった。
もちろん、無から精製しているのではなく船の材料は主に石と木らしい。海底の岩や流木を砕いて分子マテリアルにして保管し、それをビルダーで吹き付け薄い密度で結合させることによってハリボテを作れるのだとか。
オレとトロスはみるみる作られていく船に座ってボケーっと見ていた。とんでもねえ工作機械だ。
『よし、これに船外機を付けて……と』
「スクリューまで」
『単純な構造のやつだがな。エネルギーはスペランクラフトジャケットから補充して……監督には後で寿司を奢ってもらおう』
ついでに撮影用の簡単な監視カメラ(これは安いやつを三岳島で買ってきたらしい。三岳島は監視社会なのでカメラが安い)を船のあちこちに接続し、中継機を置いて撮影した映像をクラウドに転送するよう設定までした。
「おい。センセイの手伝いだけで撮影費用が何百万も浮いたんだから高い寿司でも食わせてやれよ」
「わかっている。……高い寿司って幾らぐらいするんだ? 手持ちは5万ぐらいなんだが」
「エリザの店の高いコースだと30万ぐらいだったか」
「サ、サード助監督……カネ貸して?」
「パチンコでスッたからねえンだわ」
そんなことを言っているうちに船が完成。オレたちは即席の浮島に乗って、サメにかじられるために生み出された哀れな船が進んでいくのを見送った。
海上で勝手に船を作って動かすのってなにかしらの法律に引っかからないんだろうか……いやそんなことするやつまず居ないから想定されてないのかもしれんが。
トロスはアイフォンに望遠レンズの外部装置を付けて撮影している。
すると──
「──うおっ! 出たぞツインヘッドシャークだ!」
海中から飛び上がってきた200mの巨体! 船を丸ごと砕いてかじる凶悪な顔が二つ!
異界ダンジョンのアイドル、超弩級魔物のツインヘッドシャーク様だ!
かろうじて浮かんで進む、程度に作られたハリボテ船はそれこそ障子紙を破るように一撃で真っ二つになる。
その光景をトロスは真剣な顔で撮影していた。まあ、頑張ってくれ。
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それからトロスは、三岳島でもエリザやウリンなんかをあれこれ撮影して三日ぐらい滞在して帰っていった。
カネもないだけあって、警備ロボも雇えねえもんだからクッソ仕方なくオレが案内するハメになった。っていうかやれって心配したエリザから頼まれた。報酬も出ねえのに。
トロスのアホが強盗暴行殺人死体遺棄の得意な反社冒険者にとっ捕まってケツを掘られて捨てられようがどーでもいいんだが、ギリギリでトロスの親御さんには震災のときに世話になったような……なってないような記憶があるんで、親に免じて護衛してやった。報酬も出ねえのに!
そんで一ヶ月ぐらい経過してすっかり忘れた頃にまたやってきた。
「できたぞアルト! 提出したけど迫力あるツインヘッドシャークの映像が大学でも大評判! 学外から研究者や映画マニアが見に来るほどだった!」
「ほーそいつぁよかったなー」
オレが寿司屋で一番安いメニュー、お茶とガリのセットで腹を満たしながらそういうやる気のない返事をした。
「それで今度、東京のシネマ・ロサでおれの作品が上映されることになった! 銀幕デビュウだぞ! 伝説の始まりだ!」
「シネマ・ロサって変な映画ばっかりやってるマニア向けのアレじゃなかったっけか……」
「いいんだよマニア向けでも。映画用のポスターも作ってな、あ! 店主さんとお嬢さん! 事後承諾ですけどポスターに使わせてもらいました!」
「肖像権とか考慮して作れよ」
どうやらそのポスターも持ってきたらしい。宣伝用か?
エリザはニコニコと「よかったですねえ」と言いながらトロスに尋ねた。
「ところで映画の題名ってなんて言うんですか?」
その問いに待ってました、と言わんばかりにトロスは頷いた。
「映画の主役となる巨大サメ──それは古い時代から海底に潜んでいた存在。即ち『ダイバー』……そして『古い』をドイツ語で『アルト』!
タイトルはそう、『アルト・ザ・ダイバー』!!」
トロスはポスターを広げながら、そう発表するのであった。
……なんでこいつ今、「いい感じにタイトル回収したぜ」みたいなドヤ顔なんだ?
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その後、映画館が島にないオレたちが見られるようにと動画ファイルを渡していった。
内容を見てみると、まあドラマ部分は知らんが(一緒に見ていたエリザとウリンは涙ぐんでいた。どこに泣き所があったんだ? サメの子守唄の)、トロスが望遠で撮影したのと、船に仕込んでいた監視カメラから撮ったツインヘッドシャークの映像はさすがに迫力があった。この襲撃映像は世界でトロスしか持っていない貴重なお宝だ。
それからシネマ・ロサで上映されたトロスの映画はカルト的な人気が出て黒字になり、オレへと『代わりに寿司を奢っておいてくれ』と30万振り込まれた。
更にはどっかの映画配信会社やオケアノスのメディア部門が放映権を買い取ってネット配信されるようになり、個人撮影で大学の卒業制作ながらも(特にツインヘッドシャークの映像をいい感じに撮影できたからだろうが)高い評価を受けたのだとか。
まあ、精々頑張って夢を叶えてくれ。あとオレの名前を使うな。映画を配信で見た冒険者どもから『アルト・ザ・ダイバー』ってオレが揶揄われたぞ。