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掌編3:『広報係のガッディラさん』




「広報をやれってぇ?」


 素っ頓狂な声を出して聞き返したのは、火山の噴火めいた赤髪をした妙齢の黒人女性だ。名をガッディラ・ミスカトニックと言う。

 彼女の前でデスクについているのは、頭部に『ELITE』の装飾が輝くオケアノス三岳島支部の上級職員、人事課長でもあるジョニー・V(ヴァンプ)・エリートという神経質そうなスーツ姿の男であった。


「そうだ。主に異海ダンジョンでの冒険者の活動や三岳島の商業施設を撮影、面白おかしく他人が興味を持ちポジティブな評価を得るよう紹介してもらう」

「えー……つまりそれって、お姉さんに『オケアノチューバー』になれ……ってコトかい?」


 戸惑った様子でガッディラは嫌そうに言う。

 オケアノチューバー。

 それはオケアノスが運営するSNS『オケアノエックス』で動画や写真を投稿して視聴回数(インプレッション)を稼ぎ、利益を得る者のことだ。

 オケアノエックスは既存のSNSをパクッ……参考にして作られた複合型サイトで、X(旧Twitter)とYouTubeとDiscordと4chanと爆サイとヤフコメを足して割らなかったような感じの場所だ。この世の地獄とも言う。

 世界中どこからでもアクセス可能であるのだが、世界中が注目する三岳島関連の情報がアップされるのは主にここなので冒険者や関係者以外のアクセスも多い。(オケアノスが冒険者に支給する端末を使って他のSNSを利用したら通信料が別途で発生する悪質なプログラムが入っているため)

 

 ガッディラはゲンナリとした表情のまま言う。


「なんでお姉さんがそんなことを……オケアノスの広報担当は、グレイとゴルゴン三姉妹じゃなかったのかい?」

「グレイは人気の投稿者だがオケアノスに所属しての投稿ではない。検閲とかが大嫌いらしくてな、条件が合わずに雇えなかった」

「そういや自由すぎるカメラマンってことで一部では有名だったねぃ」


 オケアノスに異海ダンジョンの調査を頼まれている冒険者グレイだったが、写真に投稿に関しては会社の都合は聞かずに自分の好きなようにやっているらしい。適当なダジャレめいた名前の魔物が氾濫しているのはそのためだ。

 もともと世界のあちこちの秘境でスクープ写真を撮ってくる冒険カメラマンで、どう考えても入っちゃいけないところに侵入して撮影すること数十回。一部の国では出禁どころか見つけ次第逮捕されて死刑になるという。同時に、彼の活動で発見された遺跡や墳墓、怪奇現象なども多くある。

 なのでオケアノスに依頼されて調査はするが、写真記事に関しては自分の好きなようにやるという契約であった。


 そして実際に彼の記事はオケアノチューバー内でも上位の人気を得ている。


 最近でも海底で拾った『音彦』という食事用フォーク(使うとジェット機のような音が鳴って啜る音をキャンセルしてくれる)はこの世界で商品化しなかった──つまり場違いな工芸品オーパーツであり(日清食品が開発したが、デカくて食べ難い・値段が1万4800円もする・コンセプトがアホ、などの理由で需要が極端に少なかったので生産を断念した)、それが現存して見つかるのは異海が並行世界の地球と繋がっているという証拠だという論説を展開する記事がトレンドに上がっていた。

 まあ、「試作品を関係者が捨てただけじゃないの」という意見で撃沈していたが。


「ゴルゴン三姉妹は?」

「あいつらはカスだ!」

「酷い」


 ジョニーは携帯端末を差し出して見せると、そこにはつい最近投稿された動画が流れている。

 オケアノス所属のチューバー……三岳島と冒険者を紹介して、暗黒な会社のイメージを良くするための広報部の活動として抜擢されていたのはゴルゴン三姉妹こと、オケアノスのエース冒険者、強化アーマー部隊『ゴルゴン小隊』の三人だった。

 難民出身の三姉妹でオケアノスによって非人道的な改造を受けて戦闘と強化アーマー操縦に特化された生体ユニットである。


 よく考えればまずそんな暗黒メガコーポの暗黒面を広報に出すなよとガッディラは心の中でツッコミを入れた。


 動画の中では三人の女がわいわいと騒いでいる。容姿は似ているが、身長が175cm・160cm・145cmと三人それぞれ体格が違う。

 年齢は同じ三つ子なのだが、非人道的な脳改造によって成長に異常をきたしてそうなってしまった。

 名前も抹消され、今はコードネームの『(メガロ)』『(ヘミシュ)』『(ミクロ)』と呼ばれていた。


******



半『へーい! 今日は三岳島二区にあるパチ屋を紹介するぜ! そしてグレイのオッサンからパパ活でガメてきた軍資金──これを増やした分が報酬になるってわけだぜ! イエイ!』


小『キャハハ、ヘミちゃん8割ぐらいの確率でクソ負けしちゃうよね! その軍資金でお菓子でも買って帰った方がいいんじゃない!?』


大『今日はヘミのためにお守りを取り寄せたでござる。ギャンブル運を上げることで有名な稲荷神社の御札でござる!』


半『おーいいじゃんさんきゅーメガ。じゃあまずこの御札を~台のカードいれるところに差し込みまーす。特に意味ないけどご利益が筐体に染み込むようにおまじないを──あっ警報鳴ったヤッベ!』


小『イヒヒヒ! メカルスが襲ってきたよ! 撃ち返していいよね!? 壊れろ!』


大『あーっ! ミク、店内で自爆ドローン攻撃は止めるでござるー! うわ爆破したー! 始末書がー!』


半『逃げるぞ! 出禁食らう!』



******



「なんであいつらを広報にしたんだい?」


 ガッディラは真顔で聞いた。正気の沙汰ではない動画だった。


「三岳島支部は女性職員少ないから……見た目だけで決めたんじゃないか? 私じゃないぞ。第三ギルドの人事課長だ。まあ……この不祥事で実験施設送りになったみたいだが」


 あんまりといえばあんまりなカスっぷりを見せている動画だった。何故か会社によるチェックをすり抜けて公開された結果、案の定炎上していた。

 オケアノスは実のところ、世界的な大企業だが人体実験や奴隷貿易めいたことをやらかしているあたり、コンプライアンス意識があまりなく、犯罪スレスレな広報動画を見ても「よくわからんがこれが世間ではウケるのか?」と雑に通してしまったのだ。

 そもそもゴルゴン姉妹は見た目だけはまあそれなりに良いのだが、性格に難があってこれまでの広報動画はお世辞にも受けているとはいい難い。


 異海ダンジョンや魔物の話ではなく脱線して戦国武将や城や神社仏閣の話を始める日本の歴史オタクなメガロ。


 チンピラのスケめいた荒んだ目つきで飲酒喫煙しながら配信したり、パチでスッて死ぬほど機嫌が悪くなり、中指をしょっちゅう立てて見せるヘミシュ。


 魔物を倒すところを映すのだが無駄に残虐に魔物解体ショーを行ってR-18指定されるミクロ。


 マニアックな視聴者しかついて行っていない。


「お姉さん嫌だなあ、これの後釜でやるの。だいたいお姉さん兵隊として雇われているんじゃなかったかい?」

「『警備業務他』だ。これは『他』の部分だな。やってやれんことはないだろう」


 ジョニーのメガネが光った。光る機能が付いているのだ。


「なにせ、元CIAなのだから情報工作はお手の物ではないのか」


 ガッディラ・ミスカトニックは現在オケアノスに所属しているが、異色の経歴を持つアメリカ人だ。

 元海兵隊であり、4年任期を終えて民間軍事警備会社にてアフリカで活動。その後CIA(アメリカ中央情報局)で所属していた記録をジョニーは掴んでいる。更にオケアノスに来る直前まではDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)の特別技術研究室で働いていた。

 恐らくアメリカ政府の意向を受けてオケアノスを探るスパイなのだろうとはオケアノスの上層部は考えている。それ故に重要な仕事は任さず、下っ端冒険者の見張りみたいなことをやらせていたのだが。

 過去を指摘されたガッディラはバツが悪そうに頬を掻いた。


「いや~、CIAって言っても『お前みたいな目立つスパイがいるか』って言われて事務方しかやらせて貰えなかったしぃ~……あれ? 事務やってたなら動画編集ぐらいできるだろって繋がっちゃうねぃ。でも東側の指導者の顔を、日本のゲイポルノビデオにコラージュしたのをネットに流して小馬鹿にするとかそういう仕事だったんだけど、そういうので良いなら」

「良い訳ないだろ真面目にしろ査定下げるぞ」

「ガチ説教が飛んできた!?」


 上司の正論に思わず怯むガッディラである。ゲイポルノ混ぜたくないならやらせないで欲しい。

 しかしまあ、ガッディラとしても査定を上げないとそのうち本当に企業冒険者として潜らされることになるかもしれない。彼女は泳ぎが苦手だから海に入りたくないのだ。島や戦場で警備兵をやるのと、企業所属冒険者になるのでは前者の方が身分は上である。なにせ冒険者はちょくちょく死ぬ。

 

「撮影に必要な経費──店舗で使用する飲食代やサービス料は申請すれば通る。銃火器を紹介するときや魔物退治をするときは資材部に行けば都合してくれるはずだ。とりあえず自由にやってくれ。ダメそうなら査定を下げて変更する」

「やる気が出るお言葉ありがたいねぃ」


 げんなりとしながらもガッディラは請け負うしかなかった。

 



 その後、彼女は資材部から広報作業用のノートパソコンを借りて、オケアノエックスにアカウントを作成。


「動画で広報ったってねぃ……」


 それまでガッディラも特段、そういった動画を見て詳しいわけでもない。

 冒険者の中には異海ダンジョンへ録画しながら潜り、それをアップすることで広告費や視聴者の投げ銭を貰う『配信系冒険者』というのも複数存在していた。

 世界ではエキサイティングな動画に飢えている暇人は数多く、下手をすれば魔物との戦闘で食い殺される冒険者のバトルや、珍しい財宝を手に入れる動画はなかなかに人気が出るものも少なくない。


 中には着ると女性体型になる特殊ダイバースーツと可愛い系のフルフェイスメットを使って女装し、アイドルめいて活動している変人冒険者も居た。

 ヴァルナ社所属の冒険者は自社の水中用兵器のプロモーションとして動画を公開している。

 日本人でもフジバヤシ・テック総合警備会社所属冒険者の強化アーマー『トビー』などは会社の宣伝になるというので、水中での救助活動などを配信することもあった。


 配信活動で得る金は、冒険者として魔物を取ってきてギルドに売るよりは稼ぎが少ないことも多い。ただし冒険者の広報になるということで評価ポイントはそれなりに貰えるようだ。


「ふぅむ、色んなパターンがあるねぃ。しかしお姉さん、潜るのは嫌だねぃ」


 だいたい、いい感じの広報動画を作らないと評価が下がるとは成果主義にしてもしんどいものだ。

 ガッディラは楽観的に、自分が作った動画が好評になって昇給するなどとは思わなかった。


「となると……今のうちに楽しんだ方が勝ちかねぃ。よし。会社のお金でマッサージに行って寿司でも食べよう」




 こうして、オケアノス所属の広報担当となったガッディラは。

 主に島内で飲み食いし、マッサージ店やカジノ、銭湯や飲み屋に入り浸り、時々は海に出て船の上から魔物へ機銃をぶっ放したり、時にはチンピラ同士の殺し合いを遠くから撮影して解説したりといった動画を撮影。

 それを配信していったのだが、マイペースな語り口でのんびりと三岳島の日常をやる動画はそこそこヒットしたらしい。


「いやー広報だと会社のお金で寿司食べられて嬉しいねぃ。エリザちゃん、バーニングサバのお寿司!」

「はぁーい!」

「クソッ! オレはパチで負けてメシを食うため皿洗いさせられてるのに……ゴジラさんめ資本主義の犬に成り下がりやがって!」

「じゃあ今日はチンピラに奢ってみた動画にするから、アルトくんも食べるかい? どうせオケアノスの奢りだよぅ」

「オレは資本主義の犬ですありがとうございます」

「プライドがゼロネ……せめて仕事終わってから食べるヨ!」


 三岳島の店では、気前のいい女として有名になるのであった。



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チンピラ同士の殺し合い実況付き放送とか、銃器ブッパしながら銃器の長所短所を解説とか(やかましくて音割れ)視聴してみたい。 オケアノスの末端はアマゾンで売ってますか?
はぇ^〜〜例のゲイポルノビデオのコラ動画の流行には大国がプロパガンダ目的で糸を引いていたんですねぇ 中国での流行みたらギリありえなくもなさそうなのがまた
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