掌編2:過去話1『アルト・ザ・甲子園』
「最後なんだから皆で甲子園目指そうぜ!」
そんなアホみたいな青春っぽいことを言い出したのはクラスメイトの野球部やってるタローだった。
それは最後の高校生活が始まった4月のことだ。
オレらの高校──佐田高校にとっても最後の一年が始まる。オレらの学年の卒業と同時に廃校が決まっているからだ。
生徒数13人。男子が9人女子が4人のハイパー限界集落にある、終わりかけ高校がオレらの母校だ。
そんな生徒数じゃ部活なんてロクにやってないが、野球部が2人(キャッチボールで遊んでる)、美術部が3人ぐらいだな。他は放課後に釣りに行ったりパチを打ったりしてる。
で、その野球部のタロー君が男子全員誘って甲子園を目指そうという提案をした。
「アホか」
「えーやろうぜアルトーお前一番肩強いからピッチャーやってくれよー」
「そんな青春野球少年みたいなことしてるより1パチでも打ちに行った方が有効的な時間の使い方じゃねえの?」
『それはない』
何故かクラス全員に否定された。確かに1パチはリターンも少ないが……
オレ的には面倒臭いんだが、どうやらクラスの連中は乗り気らしい。学校最後の思い出づくりに熱心なんだろう。
渋っているとタローの彼女であるヨシコがおずおずと声を掛けてきた。
「あ、あの、アルトくんも皆と一緒に野球やって欲しいなあって……」
「ちっ、仕方ねえなあ」
頭をガリガリと掻いて、面倒だが引き受けることにした。すると首元に花柄の入れ墨風落書き(絵の具だ。美術部だから)をしているキリエがニヤニヤしながらオレに言ってくる。
「アルトっちはヨッシーに甘いよね」
「ヨシコに強く言うとこっちがイジメてるみたいになるんだよ、昔から」
「あーしにはメタクソ言うのに?」
「優しくされたけりゃオレの釣り竿とかに落書きしまくるなボケ」
「カッコよくしてあげてるのにー」
クソ田舎の13人しか居ない同級生なんてガキの頃から全員幼馴染みたいなもんだ。
他の連中が強くやりたがってるのを否定して回るのも空気読めてねえからやむを得ずオレも参加することになった。目指せ甲子園かよ。いきなりだな。
******
男子が丁度9人で全員参加。女子の4人もなんかマネージャーやることになり、生徒が少なすぎて暇してる教師連中も乗り気になって学校一丸に取り組むことになった。
去年は大震災で夏の高校野球は中止になったそうだ。日本の半分が被災した大隅沖大地震による被害はまだ全然復興が進んでいないわけだが、そんな絶望的な日本にも娯楽というか希望というか感動ポルノというか、そういうのが求められる中で今年は高校野球選手権大会が開催されることになったようだ。
二人しかいない野球部のキャプテン、タローが皆に作戦を説明する。
「とりあえずアルトがピッチャーしておれがキャッチャーする。で、三振させるから守備練習は要らないな。全員バッティング頑張ろう!」
「スッゲ雑な作戦だなオイ」
「どうせ今から守備練習しても間に合わないだろうし」
そういうことになった。他の連中も走り込みとか千本ノックとかそういうのはダルいだろうけど、バット振るうのはまあバッティングセンターで遊ぶようなもんだ。バッティングセンターは鹿児島市内まで行かねえとないんだけどよ。
教師たちがカンパしてピッチングマシーンを買ってきた。もう高校潰れるのにそれ使い終わったらどうすんだよ。
女子は美術部部長のキリエがメインとなってユニフォームを作り始めた。それすらうちねえんだから高校野球舐めてるよな。
で、オレは投球練習だ。
「フォーク投げるぞー! オラアア!」
「捕れない捕れない!」
「そしてこれがファックボールだ!」
「上にホップしてる!?」
最低限の役目が必要なキャッチャーとファーストが野球部二人の役目になったのだが、変化球(YouTubeで投げ方見て覚えた)は捕れない問題があった。
タローが冷や汗を拭いながらオレに言う。
「……っていうかアルト、普通にめっちゃ球速早いからストレートだけでもたぶん打てないぞ、並の相手」
「そうか?」
「ちょっと内角低め、内角高め、外角低め、外角高めを順番に投げてくれないか? バッターボックスに誰か立ってくれー」
そういうことになって、ストライクゾーンギリギリの四隅を狙って投げる。もともと魚に銛をぶん投げたりするので投擲は慣れている。震災で食料がないときは石ころ投げて鳥も落としていた。だから落ち着いてピッチャーマウンドから狙い定めて投げる分には、どこだろうと狙ったところに投げるのは簡単だ。
最初から投げる位置を教えておけばタローも捕球できた。そんでバッターボックスに立っていたユースケが顔を引きつらせながら言う。
「内角に来るのコッッッッッワ……体感、遊びで設定してみたピッチングマシーンの最高球速ぐらい出てるんだけどアルトの球」
「最高速度どんぐらいだっけか?」
「160km」
「そんなもんか」
全力ならもうちょい行きそうだな。
とにかく、タローの提案でキャッチャーが指示を出してストライクゾーンギリギリ、四隅のどこかに投げる作戦で行くことにした。
基本的に四隅って打ちにくいらしいからな。知らんけど。
******
『鹿児島県大会決勝は! 6-0で佐田高校が優勝! 廃校が決まっている高校の最後の3年生たちが甲子園へ向かいます!』
普通に県体は勝ったわ。なんか相手チーム泣いてるんだけど。
作戦通りにオレが投げてアウトを取り、バッティング練習してた皆でボチボチ打って点を稼いだ。オレも打ったしな。
素人集団だけど普段からオレが投球練習にバッターを順番で付き合わせていたことで速い球に目が慣れたようで、相手の球も打てないことはない感じだった。まあ、だいたいアウトにされるんだが。
それでもピッチャーが完封したら勝てるんだからなんか理不尽な競技だよな、野球って。あんまり面白くはないんだけど。だってクソ暑い中で投げてるだけだし。
マスコミは来年廃校なオレたちの高校は、生徒が全員で協力しあって感動の青春野球をやって栄光を掴んでいる的なお涙頂戴脚色で連日ニュースを流していてけったくそ悪い。
地元にまで取材に来るのを鬱陶しがっていたら、キリエが校舎にデカデカと卑猥な放送禁止系落書きをしてマスコミに嫌がらせしてたので笑った。落書き女のああいったところは嫌いじゃない。めっちゃ怒られてたから二回笑った。
試合内容は守備の時間、オレ以外全員ダラダラとしている塩試合だったんだがそれはそれとして地元初の甲子園出場だ。
去年の修学旅行は震災で中止になったもんで、オレたちは完全に遊び感覚で甲子園に向かう感じだった。だって旅費はタダなんだぜ。マネージャーも含めて。女子もめっちゃ喜んでいた。
「アルトっちー! 最高ー! ちゅーしてやろうちゅー!」
「すんなうぜえ暑い。あと手前クチが絵の具臭え」
「毒霧アートだぜぃ! ぶふーっ!」
「きったね!」
絵の具をクチから吹き出して絵を描くとかいう気が触れた落書きをしているらしい。この学校の美術部はもうおしまいだ。
そしてまあ、町は貧しいしジジイとババアばっかりだから応援なんて来られても熱中症で死ぬし、オレらが遊べない。
だから甲子園まで行くのは最低限の保護者たちで、恐らく全国イチのしょぼい遠征軍だろう。ある意味では全校生徒が参加していると言えなくもないが。
まあんなことはどうでもよくて、オレの興味は大阪のパチ屋なんだが。え? 甲子園って大阪じゃねえの?
*****
『甲子園第一試合、優勝常連校を破ったのは初出場、そして最後の出場となる佐田高校だ──! 予選でこれまで50得点を重ねてきた相手チームの猛打路線を一度もかすらせない──! 165kmの精密な弾丸ストレートを放つエース界村アルト、甲子園の長い歴史で3人目となる完全試合の達成だ──!』
やたら盛り上がってるな。それにしてもクソ暑い。ベンチで氷食いたい。
なんか相手チームまた泣いてるし。オレが悪いことしたみたいだろ。野球ってイマイチだな……まあクラスメイトどもを旅行に連れて来られた分は良かったか。こっち来てロクに練習せずに観光してるもんな、キャッチャーのタローとオレ以外。なんか損してる気がするが。
ちなみに甲子園まで来ると、うちのチームはピッチングマシーン練習でのバッティングはロクにヒットしなくなった。そりゃそうか。打順がオレの前なタローがバントで上手いこと塁に出て(タローは足が速い)、オレがヒットとかホームラン打ってなんとか二人で点を取って勝った。
「こっちで佐田高校の方、こちらでインタビューお願いしまーす!」
さっさと帰りたいのに試合後に呼ばれて、アンニョイな感じでインタビュー用の場所へ向かった。建物内の通路の一角だ。
お立ち台まで用意されていてパシャパシャとカメラがフラッシュ炊いていてめっちゃウザい。監督と選手がそれぞれお立ち台に立ってインタビューを受ける。
監督つってもうちの高校の現文教師だ。教師連中がジャンケンで監督を争って勝ち取ったらしい。役目はただの引率だな。
「えーなんというかですね、はい、うちの生徒たちの自主性に任せて頑張って貰ってですねはい、いやー感動です」
すげえ中身がねえコメントしてるな。
チームの皆も面倒そうだ。
「インタビューつってもなあ」
「アルトが頑張ってたとしか」
「俺一回も打てなかったし」
「プロになったらサインくれよなアルト」
「甲子園の土拾ってきた」
みたいにざわついてる。部長のタローすら、
「甲子園出れただけでもう目標達成したようなもんだよ。アルトありがとうな!」
既に燃え尽きてやがる。いやオレもどうでもいいんだが。
オレにもインタビューが来たっていうか他のメンツの5倍ぐらい写真撮られてる。
「界村アルト選手、試合はどうでしたか!?」
「イエ、トクニ」
「緊張などは!?」
「イエ、トクニ」
「これまで全て完全試合だそうですが、次も狙っているのでしょうか!?」
「イエ、トクニ」
「……プロスカウトなどは既に来ていますか!?」
「イエ、トクニ」
「……」
これぞタローから言われてた、「アルトそういうインタビュー絶対要らんコト言うだろうしこれだけ言っとけ」戦法だ。目も合わせず適当に答えて流す。
******
インタビュー終えて宿舎に戻り、2回戦まで4・5日ぐらい自由時間だ。いや他の出場校は練習してるのかもしれんが、オレら練習場所すら借りてないし。
一番真面目なタローすら彼女のヨシコとデートに行きやがった。他のメンバーも都会にはしゃいで遊びに出てる。まあ、皆が喜んでるならいいことにするか。マスコミはウザいが。
仲間からプロにならないのかと聞かれるが、一生マスコミと付き合う人生は嫌すぎる。だいたい野球は性が合わねえ。一生懸命青春費やして頑張ってるやつらに悪い気がするっつーか、気まずいっつーか。
いやまあ……借金はどうにかしないといけねえんだけど。親父の借金、高校卒業までは月に5000円の返済でいいって話だからどうにか払ってるんだが、卒業後はどうすっかな。
それこそ大隅海峡でオケアノスが人工島作ってダイバー募集してるのがめっちゃ儲かると聞いたが、どうなんだろうな。
まあいいか。後で考えりゃ。
「──よぉし! 完成!」
「んで、キリエちゃんよう。なんでオレの腕に頑張って落書きしてくれてたわけ?」
「都会なんだからオシャレしないと!」
さっきまでキリエがなんかの塗料使ってサメとかワニの和彫り風ペイントをしていた。「マネージャーだから腕のケアする」とほざいていたのでボケーっとやらせるがままに任せていたのがいけなかったようだ。
まるでオレの腕が反社みたいなカラフル模様。
「これ落ちるんだろうな……」
「石鹸でゴシゴシ洗ったら落ちるから大丈夫! でもそのうちちゃんと入れ墨彫らせてね!」
「なんでオレの大事な皮膚を手前に半永久的に占有させてやらにゃならんのだ」
今晩風呂で落とせばいいか。オレは私服のアロハシャツを着て立ち上がった。
「じゃあオレ、近くでパチ打ちに行ってくるから」
「ほーい。行ってらー」
「軍資金くれ」
「くっくっく、ギャンブルってのは外すと痛いお金ほど燃えるらしいよ! はいこれ、今晩の皆の晩御飯代」
「パチはギャンブルじゃねえ。遊戯だ」
「欺瞞!」
などと言いながらオレは外に出かけていった。さあて、都会のパチ屋はどんな台があるかな?
パシャパシャ。なんか光った?
負けた。晩飯のカツ丼は景品のビッグカツで作ることになった。
******
次の日の夜。監督に呼ばれたらなんか写真を見せられた。
腕にモンモンを入れたチンピラがパチ屋で遊んでいる、どこも珍しくないやつだった。そのチンピラがオレだということ以外は。
「アルト、マスコミから見せられたんだが……パチ行った?」
「行ったけど」
「たまげたなあ……」
監督は頭を抱えた。
「そういえば地元だと見て見ぬふりをしていたがアルト……未成年がパチ屋で遊ぶのは違法なんだぞ」
「嘘だろ……仮に違法だとしても……違法=悪いことってわけじゃなかったりしないか?」
「無理がある言い逃れだろそれ。はあ……いや普段から指導してなかったこっちが悪いな。すまんかった、アルト」
「謝らなくてもいいけどパチ打つのこれからも黙認してくれねえ?」
「反省はしろよ!」
いつも通ってる地元のパチ屋もオレが小学生の頃から親父に連れられて通ってたもんだからなにも言わなかったんだが。昔はもっと規制が緩かったんだ。っていうか地元は田舎すぎて交番すらないから警察もいねえし、ある意味無法地帯ではあった。
翌日発売の週刊誌には即座にすっぱ抜かれたオレの写真が掲載された。監督がたまげたことも書かれている。
当然ながら甲子園大会はチームごと失格を言い渡されてオレたちの夏は終わった。マスコミと鹿児島県民からオレはメチャクソ叩かれたが、同級生連中は別に気にしてないようだ。旅行気分だったもんな。
オレは余計にマスコミが嫌いになっただけではなく、どうやら鹿児島県内だとまともな企業に就職できなさそうな気配を感じる。
検索エンジンでオレの名前検索したら『界村アルト 戦犯』とか『界村アルト 反社』とか出てくるし。顔写真付きでテレビのニュースにもなっちまったもんで、無駄に顔が売れている。
「よし、冒険者になろう」
オレは就職を諦めて、魔物とかいう凶暴な魚介類とバトり合う命知らずな仕事に行くことにした。幾ら魔物つってもサカナ相手なら勝てるだろ。しかもあの島は高レートパチ屋もあるらしい。オラ、ワクワクしてきたぞ。
役場の就職情報誌が置かれているところにあったオケアノスの冒険者募集チラシを握りしめてオレはそう決めた。
ところでなんかこのチラシ、雑じゃないか? うちの学校の町内ゴミ清掃イベントのチラシの方がまだちゃんと作ってた気がするんだが。まあいいか。