掌編1:第10.5話『センセイの生態考察』
幕間
エリザとウリンは新たな住人となったセンセイの生活用品を買い出しに出ていた。
三岳島で女性用の生活用品が売っている店は限られている。女性比率が非常に低いからだ。それでもオケアノスの女性職員や、風俗関係で島に滞在している女性のためにドラッグストア『モイラ』(略称はドラモラ)という店がだいたいの商品を揃えている。化粧品や衣料品、食品に家電類まで取り扱っていた。
警護用のロボ『メカルス』を後ろに引き連れて店にやってきた二人だが、とりあえず店内にある休憩コーナーでタピオカドリンクを買ってソファーに座っているとエリザがウリンに尋ねた。
「ねえねえウリンちゃん」
「どうしたネ?」
「センセイって胎生かな? 卵生かな? どっちだと思う?」
「でー」
「ウリンちゃん!?」
いきなりと言えばいきなりの疑問に、ウリンは口に含んでいたタピオカドリンクを零した。
「なんでいきなりそんなことを聞くカ?」
「えーと、だってほら、人魚……センセイの生態がどうなってるかわからないけど」
周りに聞かれると面倒なのでエリザは声を潜めて考えるように告げる。
「仮に人間みたいだとすると、成人女性なわけだから生理があるんだったらナプキンとか買わないといけないじゃない?」
「それは確かにそう……カ?」
生理で出血するのは人間や猿などの霊長類、象、ネズミ、コウモリ、犬など一部の哺乳類で、鳥類や魚類などの卵生生物では起こらない。
「ううム。ヘソと胸があるということは胎生かもしれないけれド……」
言うまでもなくヘソは子宮内で成長する胎児と母体が繋がって、胸は授乳するためだ。
ただし「一応器官としてあるけれど、退化していて活用するわけではない」という可能性もある。一部の両生類は卵を生むが、乳に似た物質を分泌して与えることも知られているので一概には決められない。
人間の男に使わない乳首が付いているのは、かつて乳首で風を感じ取っていたバイキングの生態が退化したものだとも言われている。
「お尻の穴は無さそうな気がするよね、人魚って。お魚でいうとほぼ背中だもんね、後ろは」
「ということは前の方に総排泄孔がついている感じかナ? 総排泄孔を持つ生き物はほとんどが卵生なのだガ……」
総排泄孔は一つの孔内に生殖孔・尿管・肛門があるタイプの生態で、鳥や魚などはそうなる。
ただし単孔類……つまりカモノハシなどは哺乳類にも関わらず総排泄孔を持ち、卵を生む。何事にも例外があるのだから、人魚とて調べなくてはわからないだろう。
「……シャワートイレも買っていこうか」
「そうだネ」
総排泄腔の場合は綺麗に水洗いできた方が衛生的であろう。
とりあえず余っても問題ないので生理用品は多めに買っていくことに決めた。
昨日一晩センセイを泊めた際に持ち物を確認したが、スペランクラフトジャケットの内部には非常食らしい銀色の袋に個別包装されたバー(試しに三人で食べてみた。羊羹味のウェハースみたいな味だった)と、無地のボトルに入れられた飲料水ぐらいだった。
なので生活用品一式が必要になる。タオル、シャツ、下着、歯ブラシ、スキンケア用品、化粧品など。
「センセイに好みのスキンケア用品とか聞いても絶対知らないっていうから、売れ筋なの買っていこうか」
「化粧品は我が選んでおくヨ」
「下着は……ちょっと高いけれど、オケアノスのフリーインナーでいいよね」
「ショーツは買わなくていいからちょっとお安いネ」
フリーインナーはオケアノスが特殊ダイバースーツの応用で開発して販売した形状記憶特殊繊維で作られた下着で、一見ゆるいのだが装着するとキュッと締まって適正な大きさになる。成長期のお子様などにオススメだ。
ウリンがショーツタイプのを何気なく手に取っていると、エリザがハッと気付いたように言う。
「っていうことはセンセイ……今のところ、常時ノーパン露出状態なのかな!?」
「人魚にそれ該当するのか!?」
確かにセンセイの下半身は、腰のところに飾り布が付いているのと、太ももにあたるところにヒレのような補助器具らしいものが付いているぐらいだ。
「だって、総排泄孔があるってことは、あのどこかをクパァって開いたら丸出しになるってことじゃない!?」
「い、いやほら姿を思い出すネ! こう、下腹部あたりに股を隠すような▼形状の黒いパーツか布みたいなのがあったヨ! たぶんアレの下が総排泄孔だと思うヨ!」
「うーん、確かにあったような?」
まだ全身画のキャラデザインが公開されていないからか、エリザの記憶も曖昧であった。しかし作者は見ているので恐らくそこの下だと思うのだ。総排泄孔は。黒いパーツの材質が何なのかもまだ絵師さんに確認取ってないけど。
「……今日一緒にお風呂入って確かめてみようか」
「なんか我も気になってきたネ……」
知人女性の女性器を確認するなど、多少気が引けるところもあるのだが学術的な興味が上回った。
なにせセンセイに直接聞いても記憶喪失でわからないと言われる可能性が非常に高い。ヘタをすれば性教育をしなくては、どこかのチンピラから手籠めにされるかもしれない。ずんだもんの動画でそういうの無いだろうか。
「それにしても……人魚が穿けそうなショーツって売ってないなあ」
「そうだネ。前張り系だって基本は股間を通す形状だナ。一切股が空いてない身体的特徴の人用のものは一般的でないヨ」
「仕事中はあのSFみたいなスーツでいいかもしれないけど、さすがに四六時中アレだと休まらないよね。お股に当ててる部分も取り替えないと蒸れちゃうし」
「でもネェ……いっそ大きめの絆創膏でも張って穴のところを隠すカ?」
「逆にエッチくないかなそれ……ペチコート(スカート型の下着)だとどうかな……」
「スカート型でも穿くの大変そうだヨ。尻尾が結構大きいからナ……」
悩みに悩んで、丈の長いロングキャミソールを買うことにした。ついでにいざというときは腰に巻いて陰部を保護できる包帯もだ。
まさか年頃のノーパン族への対応で頭を悩ますとは思わなかった二人である。とはいえ、センセイは常識が欠落しているのだから仕方がない。見た目は完全にセンセイの方が年上なのだが、保護者のような気分だった。
「さて……センセイの部屋の家具も最低限必要なものは揃えておこうかな」
「水槽とか買わなくて良さそうなのは良かったネ」
店の二階で空いている部屋に入ってもらうが、昨晩はベッドもなかったのでソファーに寝ることになった。エリザは同じベッドに二人並んで眠ることを誘ったのだが、足ヒレなどが引っかかったら悪いから、とセンセイも遠慮したのだ。
三岳島のドラモラには家具コーナーもあるし、配達サービス(有料)もやっていたのでそれで送ることにする。ベッド・マットレス・シーツ・掛け布団と簡易的な机椅子、衣装ケースと三段ボックスの物入れも購入した。また、部屋の掃除道具も揃えておく。
「ちょっとした引っ越しネ」
「うーん……あとは……屋内を移動するのになにか無いかな?」
「移動?」
「ちょっとした、お風呂とかトイレとか行くのにあの強化アーマーを運転するの面倒そうじゃない? ジャンプで移動するのもなんか痛そうだし……」
尻尾を曲げてドシドシとジャンプして移動している。尾ビレの付け根にはなにか、黒っぽいゴム状の道具を付けていてそれが靴代わりなのかもしれないが、それでもなにか痛そうな感じがしていた。いや、本人は平気な顔なのだが周りの感想的に。
あまり傷つけたら鱗とかその辺に剥げて落ちそうだ。
「確かに……車椅子とかあればいいんじゃないカ?」
「車椅子! それ!」
さすがに車椅子はドラッグストアに売っていなかったので、店員に聞いたところカタログをタブレットで表示してくれて取り寄せることになった。
なるべく座席の下にスペースが広くて、いざとなればブランケットでも腰に被せて人魚の下半身を隠せそうなタイプを選んだ。バッテリーによる電気補助付きで楽々移動ができる。
「いやあ、たっぷり買っちゃったねえウリンちゃん」
「家賃に上乗せしとくカ。どうせ冒険者なら大した額じゃないヨ」
全部合わせて30万エレクほど掛かったが、平均的な冒険者ならば一週間以内に稼げる額ではある。
強化アーマーなんて便利な道具を乗り回しているのだからセンセイならば簡単に支払えるだろう。
しかしエリザはニコニコと笑顔のまま言う。
「いいよ~、これぐらいは引っ越し祝いであたしが出しとく! センセイ、記憶喪失で大変なんだから」
「はぁー……姐姐は激アマすぎるネ」
エリザが自分の口座から支払うことにした。
もともと彼女は裕福な家に生まれ(父は不動産アドバイザーで『顧問』と呼ばれ、地元の名士で金持ちでもあった)特に金銭的な苦労をしたことがないタイプだ。ちょっと良いなと思った料理の材料や調理器具もすぐさま買ってしまう。
とはいえ『魔寿司』の開店資金やエリザの個人口座などは、料理学校で賞金付き寿司バトルに勝利して得た資金のみでやりくりしているので、『海幸山幸』から融資を受けているとはいえ若干苦しいところはあるのだが。
「音速マグロで大儲けしないとナ」
「きっと上手くいくよ! あたしも試食してみるの楽しみ! ウリンちゃんも食べてね!」
「味音痴な我が食べるより売った方が得するようナ……」
「もう! ……ところでセンセイが卵生だったら、卵って食べられないかな?」
「その発言はちょっと……いやドン引くヨ!?」
時々エリザの興味が怖くなるウリンであった。
その夜に二人はセンセイと風呂場で、確かめるために彼女のあちこちを弄ってワッフルワッフル過ごしたという。
アルトはその頃パチンコ屋で負けていた。
暫定ですが作者的に
センセイは卵胎生(卵を産むけど胎内で孵化まで育てる生物。サメやシーラカンスが該当)ということにしておきたい
卵だけを取り出すこともできる…ってコト!?(ドン引くウリン)