第13話『人は彼をアルト・ザ・ダイバーと呼ぶ』
音速マグロフェア当日。
店の入口を開け放ち、かつ一般人立入禁止のテープを張って警備ロボを置く。そうすることで店内に招待された客が外で待っている貧民どもから羨ましがる目線を向けられて気分がいいという、資本主義による演出だ。
店内に入れるのは報道機関四社と……報道枠を買い取っていたグレイおっさん。それと招待枠でオケアノスとヴァルナ社に、魔寿司の親会社的な海幸山幸のお偉いさんたち。ついでに役人っぽいジジイは確か水産庁の長官じゃなかったか。
そんなやつにも招待出したのかよ。そして来たのかよ。ここにいる偉そうな連中、ふんぞり返っていても「音速マグロが食べたくてわざわざこんな小さな寿司屋に来ました」って動機がしょっぱい。
トークと司会はウリン。マグロ解体のメインがエリザ。補助にオレとセンセイ。
ウリンはオレの人相が悪くて店の評判に関わるからと覆面を付けさせようとしやがった。ふざけやがって。覆面被ったら給料プラス五万って言われて被った。ありがとうウリンちゃん。何故か海幸山幸の支店長も覆面なんだが。
キメキメの化粧して高そうなチャイナドレスを着たウリンが前口上を始めている。っていうかなんだよこの店。エリザは和服っぽい料理服だが、ウリンはチャイナ。センセイは強化アーマー。オレは覆面。衣装の統一感ゼロかよ。
「はいお集まりの皆さんこんにちは。本日は音速マグロの解体に来ていただきありがとうございますネ。解体と料理は当店が誇る『特級厨師』のエリザが担当するヨ」
「よろしくです~」
エリザが皆に向かって手を振り、カメラのフラッシュが焚かれる。音速マグロってだけでもレアなのに店のメインが若い女二人ってのは撮れ高ありそうだな。
「当店が調べたところ、音速マグロの料理が一般販売されるのはこれが世界で初めてですネ。皆々さま方が一番最初に解体ショーを見に来て、食べた記念日になりますヨ」
さて、とウリンは焦らすように既に切り落としている音速マグロの尻尾も出した。
「音速マグロはその恐るべき泳ぐ速度に耐えるためカ、骨が非常に硬いことがわかっていますネ。姐姐」
「はあい」
言うとエリザは普通の魚なら一発で頭を落とせるヨキ(小型の斧)を取り出して尻尾の骨が見えている断面近くに振り下ろしたが、僅かな肉は切れても骨に突き刺さって刃は止まってしまっていた。
オレも前に尻尾のところ切れるか確かめてみたが、ダイヤノコギリとかでギコギコやらないとまず無理な強度だった。絶対カルシウムでできてねえぞ、あの骨。
「そこで首を落とすため、ヴァルナ社から刃物を借りているネ。センセイ、オネガイシマス!」
変な抑揚でウリンが呼びかけると店の奥からナミヒーラを持ったごっつい強化アーマーのセンセイがやってきた。慣れていないし、リハーサルもしていないので集まった連中が一瞬ビクッとする。
「殺人マシーンの登場だぜ」
オレの的確なつぶやきをウリンがひと睨みで黙らせてきた。
実際ここで強化アーマー装備のテロリストが暴れたら、集まったお偉いさんは全員ネギトロめいた惨殺体になるのを防げないだろう。そんな圧力がある。
刀を持ったままマグロの近くまで来て、ハッチを開放しセンセイが上半身を出して挨拶をした。もちろんお魚フットは見せないような体勢で。
「紹介に預かったセンセイだ。冒険者をしている」
殺人マシーンの中身はモデルみてえな美女。そんなギャップに報道カメラがヒャッハーとばかりに向けられて写真もパシャパシャ撮られた。
センセイの姿を晒しておくのはウリンの案で、まあ半分以上は美女の話題性を売りたいだけかもしれねえが、つまるところ有名人になっておけばもし人魚がバレたとしても非人道的な人体実験などは行われないかもしれないという保険だった。たとえば今更ジャスティン・ビーバーがトカゲ人間だったと知られても解剖はされないだろう? いや……ジャスティン・ビーバーならされるかもな。今のはたとえが悪かった。
「データ採取ぅぅぅぅ☆」
……ヴァルナ社のルナーニとかいう女幹部が興奮しながらスペランクラフトジャケットの内部を見ていた。センセイは危機感を覚えて再びジャケットのハッチを閉じた。
日本の報道クルーの一人が興奮したような声でオレに近づいてきた。
「美少女の店員と寿司職人にロボ操縦者! というとこっちの覆面も……」
なんの許可もなくその野郎はオレの顔を覆っている黒い布をペラっとめくってきた。
「チンピラだった‼」
「あン? なんだぶっ殺すぞ手前。おいコラ」
「マジですみません!」
思いっきり睨みつけた。失礼なやっちゃ。
ともあれマグロ解体が始まる。最初はセレモニーの如く音速マグロの頭を落とすところからだ。センセイが注意をするのは、下のまな板ごと真っ二つにしないかどうか。
音速マグロの頭は重たいのでオレは切り離した頭を受け取る係だ。エリザがまず頭近くのエラ蓋を外し、喉に切れ目を入れる。そしてオレがマグロを押さえて、センセイが刀をギロチンマシーンのように押し付けて引いた。
殺人兵器を開発している武器商人の技術で切れ味を増したナミヒーラと、小型重機のパワーを持つ強化アーマーの腕力で音速マグロの首はあっさりと切断され、霜降り肉みたいな色の断面を見せた。
観客どもから感嘆の声が漏れる。
「おお……美しい……」
「まさに海のルビーのよう……」
「いやあんま普通のマグロと変わんねえだろ──痛ッ! ウリン蹴るんじゃねえよ! おいカメラ! 店員の暴力を撮影しろ!」
オレのボヤキをウリンが止めに来るが、その間にエリザが解説をしていた。
「音速マグロの肉に含まれる、この霜降りみたいな脂肪はですねえ、トゥンヌス酸という新発見の脂肪酸が含まれていて、水中を音速で泳ぐエネルギー源になっている可能性が高いんですよ。脂肪でありながら筋肉としても働くらしいです。食べると血の巡りがよくなって健康にいいんです! それじゃあカマを落として行きますね。えい」
エリザが包丁を手に、音速マグロのヒレをサクッと切り取る。オレが研いだダンジョン産の包丁もなかなか切れ味はいいみたいだ。
「お寿司で出す部位じゃないですけれど、まずはカマ肉の切り落としをお刺身でどうぞ」
カマについた身を柳刃包丁で切り取って数切れずつ小皿に盛り、ウリンがそれに泡状にした煮切醤油を塗ってゲストらの前に並べた。
程よい厚さに切られた音速マグロの切り身は脂が照明を反射して輝いているようであり、醤油を泡状に加工しているのは普通の液体だと脂で撥ねるからだろう。
提供された音速マグロの刺身を、一同は緊張の面持ちで見て──そして一斉に食べた。
「マッハ‼」
それが白目を剥いたオケアノス代表の叫びだった。マッハってなんだよ。
「ああああううううおおおお美味ひしゅぎて脳細胞がプチプチ死んでいきゅうううう」
大丈夫か、ヴァルナの女科学者。アホの顔をカメラに晒している。
「なんて……なんてマグロを出してくれたんやエリザはん……これに比べればうちの店で出す料理はカスや……!」
飯屋の主人が言うなよ、海幸山幸の支店長。
「味の宝石箱やー!」
一周回ってその感想が一番普通でいいわ、水産庁の長官。
あまりの旨さにガクガクと食った全員が震えている。なんかこう、旨い料理というよりヤバい感じがしないでもない。
全員昇天しているみたいだ。どこからともなく「ラーラー」とコーラスめいたBGMが聞こえてきて……いや、さり気なくウリンが流している。そんな感じだ。
皆が脳細胞破壊されて呆けている間にもエリザは手際よくっつーか、音速マグロ解体RTAみたいな無駄のない動きで。ザクザクとマグロを捌いていき、オレはマグロの身を押さえたりひっくり返したりと手伝ってやっていた。あっという間に音速マグロは大きな幾つかのブロックに分かれていく。
カマトロを一口食った招待客どもはIQが溶け落ちたような顔でマグロがサクになっていくのを見ている。
「それじゃあ早速大トロをですね、お寿司にしますね!」
「マッハ弐!!!!」
「一億払うからその大トロ全部メーにくれない⁉」
「あっズルっ!」
「もしもし財務省? 予算出せない?」
「はいはい、まずはお召し上がりください」
華麗にスルーしたエリザが、特に霜の乗った腹側のサクを寿司用に切って、用意していたシャリと合わせて卑しんぼども前にある下駄へ流れるように出していった。
超高級、音速マグロの大トロを口にした連中は意識を別の次元へふっ飛ばして、過剰分泌された脳内麻薬が脳を不可逆に変化させるほどで……
「変な解説をいれるナ! あまりの美味しさにびっくりしているだけネ!」
「なんか見ていてオレの方が不安になるぐらいだぞ」
脳味噌が溶けて耳とか鼻から出るんじゃないかって感じの恍惚の表情を浮かべているお偉いさんたち。集まったマスコミの代表者も食べて、まるで時間停止を喰らったみたいになっている。
「はい、センセイはほほ肉のお寿司をどうぞ!」
「ありがとう。……旨い! ひょっとして世界一旨いんじゃないか⁉」
「えへへ」
「材料もいいが、ネタの大きさとシャリのバランスも最高だ。こんなに脂がついているのにまったくしつこくなく、ワサビの甘さと辛さが邪魔せず爽やかな後味を残す!」
「嘘だろ……寿司美味しいBOTのセンセイがそんな真っ当なコメントを……!」
「カンペを渡したネ」
「賢い」
音速マグロの旨さで半気絶しているやつらばっかりな中でセンセイのコメントは助かるだろう。さり気なくエリザの腕を褒めているのもポイントだ。
「ありがとうございます。中落ちもどうぞ~」
中骨の周りについている肉の残りをこそぎ落として叩き、ネギと合わせたやつを軍艦巻きに乗せて出した。旨そう。
「マッハ無限大!!!!!」
うるせえな。
「バカなぁ……こんなのデータにないぃぃ……」
ルナーニはデータキャラが負けたときみたいな台詞吐いている。
「おれもう料理人辞める。明日からこの店で修行させてもらう」
ぜひそうしてくれ海幸山幸の店長。
「今年度の国際的なマグロ漁獲枠を拡大だッッッ!」
止めろ長官。日本はそれでマジ国際的に評判悪い。
比較的冷静に食っているのは、記者枠として(二百万払って)参加しているグレイおっさんぐらいか。涼しい顔でパクリと食べて飲み込み、茶を啜っている。
「凄えなおっさん。舌が肥えてんのか?」
「フフフ、いいや? 正確に味を評価するためには取り乱してはいけないと、すべての感情を殺しているからね。もはや今のわしは拷問されても痛くないし家族が死んでも悲しまない」
「寿司ごときにそんな殺し屋マインドになる必要あるか⁉」
グレイおっさんの目に映る光はどす黒い殺意の火を灯していた。こわ。
「んなことよりよ、外の連中が暴動起こしそうになってんだが」
「そうだね! じゃあ持ち帰りのお寿司を用意するから並んでもらおうかな!」
言いながらも魔法のような手早さで桶に寿司を並べていた。やば。
店内の招待客は暫く意識が戻らなそうだし、音速マグロを含む寿司一人前の販売が行われた。なにせ初日は特に三岳島関係者優先で、荒くれ冒険者も多数含む。そんな連中相手にちゃんと順番を守って買わせるのはエリザとウリンだけだと無理だっただろう。
そこで強化アーマーを着込んだセンセイとオレ、そして警備用のメカルスが出番となった。横入り、強奪などをしようとするカスをぶっ飛ばし、ルールを守らんやつは購入権を取り消す。買ったらさっさと散らせる。
なにせ人によっちゃ音速マグロ・テイスティ・ショックによって気絶、失禁、自我消失なんかの症状が出る。店の前でやられちゃたまらん。
「おう、ミス・ゴジラさんも寿司か?」
列に並んでいた厳つい女傭兵に軽く挨拶をすると。いつもどおりのなにを考えているかわからん笑みを浮かべて応えた。
「そうだねぃ。しかし凄い熱狂具合だ。故郷の町で邪教団が薬物配っていたのを思い出したよぅ」
「嫌な故郷すぎるだろ」
「本当にクスリ入ってないって……信じていいんだよねぃ?」
「可能性は、無限大」
「キメ顔で言うなぃ!」
ミス・ゴジラにも寿司桶を渡して帰らせた。そんなこんなやって三百人分客を捌き、予約チケットが買えなかったやつやおかわりを所望するやつ、残りのマグロを全部買い取ろうとする金持ちどもを店から叩き出す。既に一週間先まで予約チケットは完売済みなんだ。どういうわけか。
『メカルスの警備レベルを上げておいた。外部からのハッキング対策もしている』
「サンキュ、センセイ」
「ふひー、つかれたよ~……グビッ!」
「明日も大変ヨ。SNSではチケット転売の値段が半端ないことになってるネ。百万エレクで買い取るって書き込みもあるヨ」
「百万⁉ 寿司だぜ⁉」
頭おかしいのかよ。もうちょっと有意義な使い道あるだろ。パチンコとか。
「じゃあ、アルトくんも頑張ってくれたから音速マグロのお寿司食べさせてあげるね!」
「なんかなあ……高すぎると自分で食うより誰かに売りつけたくなる……」
「カス」
「罵りが直球すぎんだろシルバーちびっ子!」
とにかくオレたちは、初日の成功を祝って音速マグロの余った部位を使った寿司を食うことにした。
「アルトくんには特別に希少な部位をお寿司にしたよ!」
「おっ、なんだなんだ」
「音速マグロの目玉のお寿司」
「きめえ! 子供泣くぞこれ!」
味はめちゃくちゃ良かった。百万は出さんが。
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それから一週間は地獄だった。毎日暴徒のように押し寄せてくる客を千切っては投げ、千切っては投げ。カネに物を言わせたのか、ヴァルナ社の女科学者が何度も並んでいやがった。
ラリったような効果が悪評を呼ぶんじゃないかと若干不安になったが、なんと音速マグロを食った不健康な中年連中が「血圧が適正値になった」とか「内臓脂肪が燃焼して血液検査の結果がよくなった」とか「弱っていた心臓が正常になった」などの驚きの声が続出! 健康番組かよ。
まあ、魔物ってのはなにかしら薬効あるやつも多いから音速マグロの効果なんだろう。
意外と世間では血液関係の問題を抱えている中高年は多い。そういったジジイどもからの報告で音速マグロは一躍有名に。今更有名になっても、店で出す分は全部予約済みだったんだがな。
とにかく毎日客ならぬ客を怒鳴っては追い返し、店に忍び込もうとするか、難癖付けてくるやつをメカルスと共に排除し、更に店の雑用もこなしている。脂べったりなマグロを切るだけあって、包丁の手入れは毎日必要だ。
「っていうか日当のバイト代なんで毎日くれねえんだよ!」
「野良犬に毎日渡してたら毎日パチンコで全部使ってきて無意味ネ。最終日に渡すから装備を買い直すヨ」
「現代の奴隷労働だ!」
「仕方ないネ……じゃあ給料から一日三千エレクだけお小遣いを渡すヨ」
店の営業は暫くの間、昼に音速マグロ一人前セットを販売して朝夜は営業せずに仕込みなどに当てている。というわけで昼営業が終わり、ササッと後片付けを済ませてからオレは三千エレクを握って(電子マネーだから実際に握るわけじゃないが)パチ屋へ向かった。
「たった三千じゃ一パチか……」
オレが普段やっているのは一玉四百エレクから四千エレクのビッグな夢のある台なんだが、今日は種銭が少ないので一玉一エレクの時間つぶしみてえな遊技台しか選べない。
仕方ない。今日はそれで我慢しよう。
いつものパチ屋『大洋ゴラクセンター』に入る。ベトナム系のオーナーが運営しているここは日本の中古パチスロ台を改造した半分グレーな台が多数置かれている。パチスロ豆知識。台湾とかベトナムとかはそういう改造台が多数出回っていて、打つために日本から渡航するファンもいるぐらいだ。
一パチの台へと向かう。さて、なにをするか。
「『初代大工のグェンさん』か……大工のグェンさんには痛い目にあったが、一パチならいいか。あとなんだよ初代って。違法改造なのによ」
ぼやきながら座って玉を入れる。ジャラジャラ。
その翌朝。
「わあ! アルトくんどうしたんですか、このたくさんのお菓子!」
「野良犬にしては感心な貢物ネ」
「お菓子美味しい」
寿司屋の三人に景品の菓子をたんまり渡して、オレは頭を振ってうんざりと呟いた。
「なんで……なんで一パチだと勝っちまうんだオレは……肝心なときに駄目で……」
三千が五万になるまで当たっちまった。
「これが四千パチで同じ当たりをしていたらどれだけ儲けたか……オレはなんて無駄な時間を……!」
「楽しめてよかったねアルトくん!」
「しょぼくれてないで早く仕事の準備するヨ」
「このたい焼き?というのが特に美味しい。寿司にできないかな」
オレはぐったりとしながら仕事の準備に取り掛かった。勝っても虚無いから一パチはクソなんだ……
それから数日かけて寿司屋を手伝い、音速マグロフェアはどうにか無事に終わった。
一週間かけて純利益で一億ほど稼いだウリンはめちゃくちゃ機嫌がよかった。(売買だけじゃなくて動画収益も上がっているらしい。オケアノスが運営する動画サイトで魔寿司の公式チャンネルに流している)
打ち上げの小さな飲み会を開くことになったんだが、女三人に男一人はアウェイすぎる。ついでにオレは酒があんまり好きじゃない。キッチンドランカーエリザだけじゃなく珍しくウリンまで強そうな酒を飲み始めていたので早めに退散することにした。(ちなみにこいつらは見た目こそガキンチョだが、一応本人らの出身地であるイタリアと中国だと十八歳から飲酒可能なのでセーフ)
「おいちびっ子! 酔っ払う前に早くオレの給料振り込め! いや酔っ払って多く振り込む分には構わんが!」
すると既に酒でほっぺた赤くしたウリンが中国っぽい徳利を押し付けながら言う。
「はぁー? なぁに言ってるネこの哥哥は。早くお前も飲むヨ」
「飲まねえよ! 絡み酒しそうな目つきしやがって! エリザ!」
「ウェヒヒヒ! お酒美味しいねアルトくん! グビッ!」
エリザはひたすら笑いながら次々に酒瓶をラッパ飲みしていた。
「駄目だこいつら! センセイ、後は頼むぜ!」
『ぐー……』
「アーマーの中で寝てやがる!」
もう駄目だ。ここはオレの居るべき場所じゃあない。
下心あるアホな男ならチャンスだとか据え膳だとか思うかもしれねえが、ここは人権が考慮されない暗黒メガコーポが支配する島。
この店にオケアノスが貸し出している真の殺人警備マシーン・メカルスが二台も配備されていることを考慮すれば、色ボケたチンピラが商業活動に従事している島民に手を出した時点でメカルスが装備している音波銃で脳味噌を破壊されることは間違いがない。
これは陰謀論だとかそういうのじゃなく、島にある風俗店で働く女性スタッフへ付きまとうようになった、倫理観が死んでいる底辺冒険者が何人もそういう末路で殺されるか人体実験の材料にされていることは有名だからだ。
ゾクフー以外で女に手を出したら殺される島。それが三岳島。まあ……そもそも女が超少ないんだが。
酔っ払い共を置いて外に出ると手首の端末からキャバーンキャバーンとカネが振り込まれる音がした。どうやら思い出したウリンが振り込んでくれたようだ。
「よし、これで冒険者に戻れるな。ったく、もう飲食バイトは懲り懲りだぜ」
ここ数日でオレのヤりたくねえ職業二位ぐらいにランクインした。ちなみに一位はパチ屋のホール店員。
まずは装備を取り戻しにいくかな。そして明日からまた海に潜って凶暴な魔物をぶっ殺し、カネを稼ぐ。
寿司屋のバイトは危険もなければ、稼ぎも悪くねえんだが冒険者みたいにエキサイティングじゃねえ。平和な日本を出て、こんなアコギな稼業をやってんだから今更地道に稼ごうとは思わない。
男の人生なんていつだって生きるか死ぬかのデスゲームってやつよ。
「さて、行くぜ!」
オレは夜のパチ屋へ向かっていった。
翌日。
「な、なあウリン……あと一日、オレをバイトで雇わねえ? 日当十五万と言わず十万でいいからさ……!」
「うるさいネ。今日はお店休みだし、野良犬を雇うのはおしまいヨ」
クソっ……あそこで、あそこで外してなけりゃあ……!
擁護してくれそうなエリザは潰れて寝ているし、センセイは先にギルドへ行った。
仕方ねえからその日も、海パン一枚と銛だけ担いで海に潜ることにした。
まったく。今日もクソッたれな仕事をして、パチ代とメシ代を稼いでついでに借金も返さねえとな。
******
ギルドに行くと海の方から爆発音がして、なんか三岳島に攻め込んできた魔物が上陸してくるところだった。
『アルト! 巨大な魔物が……!』
「こいつは……出たな! アリゲッタードラグアナ!」
ドワオ!という音を立てて海面から浮かび上がってきたワニとドラゴンが混ざったような魔物を撃退するべく、集まった冒険者どもは武器を向ける。
あいも変わらず冒険者は今日もピンチな日常を送っていく。
オレたちの冒険は、これからだ!
アルト・ザ・ダイバー 第一部 完
_人人人人人人人_
> ドワオワリ <
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