第12話『音速マグロフェア』
センセイが冒険者初陣してから数日後。オレは無一文になっていた。
オレは泣きついた。
「エリザ……残飯でいいからこの哀れなホープレスに恵んでくだされ……もしくは三千エレクでいいから貸して……」
「アルトくん、またお金使い果たしたの⁉ この前、音速マグロのお金入ったし、センセイと冒険にも行ったんだよね⁉」
エリザがびっくりした様子でオレを追い詰める。先日まで口座に一千万以上もあった男がジュース買う金すらなくなっていることが信じられないらしい。
まあそもそも、その金は(パチですった分以外)差し押さえされてあっさり消えたんだが。センセイを登録しがてら、海に潜ってある程度稼いだことは稼いだ。
残念なことに一攫千金の、オレが目をつけていた財宝はグレイおっさんに取られちまったが……それでもその日だけでも二十万は稼いだんだ。
臨場感を出してエリザに説明をする。
「オレには勝てる自信があったんだ……だが『パチスロ感謝祭』は射幸心を煽りすぎた。一万……二万……三十万……オレの預金は次々に殺された。信頼していたパチ屋に裏切られたオレの悲しみは計り知れない……そのとき痛感したんだ。光るボタンをバンバン叩くなど無意味だと……」
オレが熱弁していると店の中から出てきたウリンが冷たい目で見て口を出してきた。
「ただのアホネ」
「うるせえな。手前にパチのなにがわかんだよ」
エリザの方は困った顔で事実を告げてくる。
「……つまりまた、パチンコで全部失っちゃったんだね」
「だって感謝祭だったから……景品込で絶対プラスになる予定だったんだ……」
「感謝祭って?」
「その日にパチを打っているとくじ引きがあってな、当たると色んなモノが手に入るんだ。一等はオケアノスの小型ヨット(七十万エレク)とかな!」
「なにが当たったの?」
「肩たたき券」
「……親孝行だね!」
ふざけやがってパチ屋め。なんで感謝祭の景品が肩たたき券なんだよ。しかもこれを使うと、店員のお姉ちゃんから叩いてもらうとかじゃなくて、オレが誰かにプレゼントしましょう的なチケットだった。商品価値マイナスか。
感謝祭は三ヶ月に一回やっている(やけに多いな)から次こそは……と毎回思うんだが、これまでで一番良いのに当たったのはウミガメの卵とかだ。近くの屋久島の砂浜からパクってきたやつじゃねえのそれ。食ったけど。
「というわけで金をくれぇい……最低限の装備で近くの海に飛び込んでやっすい魔物獲ってくるからそれも買い取ってくれぃ」
「駄目ネ。センセイが持ってきたやつで今のところは店の在庫充分ヨ。音速マグロフェアの告知もしているからFラン素材をダブつかせても意味ないネ」
「なんだとォ……」
しまった。センセイという凄腕ルーキーがこの店の所属になったせいで、オレの小銭稼ぎが!
やべえ。今回は特に、緊急用の使い捨てボンベも売り払っちまった。潜れない冒険者が金を手にする方法は借金ぐらいしかない。もしくは人体実験への志望。
「ウリンちゃん、アルトくんにお金貸しても……」
「駄目ったら駄目ネ! このクズクズ落伍者負け犬雑魚クズなんかお金貸したら、返ってこないどころか何度もたかられるヨ!」
「はい。すいません。クズです」
「こんなに反省してるんだから……」
「姐姐は騙されすぎ! 前に装備を買い戻したのだってやり過ぎヨ!」
「クックック……そんな態度を取っていいのか? 世間知らずのセンセイに泣きついて金を借りるぞ? オレは」
「この流れでどこに反撃の糸口を見つけたカ⁉ ほらクズいこと言い出した!」
クソ、仕方ねえ。この島は自販機まで電子マネー専用なのでお釣りの小銭漁りすらできねえのに。
最終手段は逆カツアゲしかない。いかにもボンクラみたいな雰囲気を出して治安がキメキメな地域をぶらつき、襲ってきたチンピラをボコボコにして所持金を奪うアレだ。
問題はこんな銃器が販売している島にいるチンピラなのでめちゃくちゃ危ないこと。
「オレが死んだら海の見える丘に埋めてくれ」
「あわわ、この島に丘なんてないし、どこでも海が見えるよ~! ウリンちゃん、なんとかならないかな」
「仕方ないネ野良犬は……じゃあお店の掃除でもさせるヨ。バイト代出すから」
「へへえ、お嬢様!」
とりあえず頭を下げておく。後でキャンと言わせてやる。そう誓いながら。
なにはともあれ金を稼がねえと海にも潜れねえ。ギルドに魔物を納品してぼったくられようがとにかく潜りさえすればある程度稼げて、順番に装備を買い戻していける。
店に入って掃除道具を渡される。
「明後日には音速マグロのフェアを始まるから気合を入れて磨くヨ」
「あたしたちだとどうしても掃除しにくいところがあって、アルトくんお願い!」
「まあ手前らチビだからな」
高いところや天井の掃除が疎かになっているようだ。エリザもウリンも一応成人しているが(十九歳と十八歳らしい)それぞれイタリア人女性と中国人女性の平均身長より何センチも低い。日本でいうと中学生並の背丈しかない。
生憎とこの三岳島にハウスクリーニングの業者は居ないようだ。鹿児島市のダスキンに頼めば出張料金込で来てくれるかもしれねえが。来ないか。こんな危ないところ。
渡された雑巾とミニ脚立を持って拭きながら訊ねてみる。
「そういやセンセイはどこだ?」
この店に下宿している彼女の姿は見えない。食いしん坊というか、毎食寿司を食っている居候はその分店の手伝いもしている。
「買い出しに行ってもらってるよ! あの強化アーマーがあると、たくさん持ち運べて便利だよね。今度のフェアでたくさん材料がいるから」
「ふーん。道とかわかんのか?」
「衛星写真で地図を作っていたから平気ヨ。どこかの野良犬と違ってしっかりしてるネ」
「うるせえな。ところで音速マグロフェアってなにするんだ?」
「えっとねえ、音速マグロの解体ショーから始まって、招待したお客さんと取材に集まった人たちに握り寿司を出して、その後で一般販売だったかな? お店が小さいからその日は一人前持ち帰り限定で折り詰めを準備するの」
「取材ねえ。どこが来るんだ?」
「音速マグロの解体と実食に参加する権利を限定五組、二百万エレクで販売したら一瞬で応募が埋まったネ。アメリカ(CNN)とイギリス(BBC)と日本(NHK)と地元枠で鹿児島放送(KKB)。あと個人カメラマンが取材としてやってくるヨ」
「にひゃくまっ……五組……一瞬で一千万取り戻してやがる⁉ マグロ取材するのに二百万も出すのか⁉」
いや、そこらのマスコミは金持ちだから二百万ぐらいドブに全力投球で捨てていいのかもしれんが!
「噂だとテレビ局の中で誰が取材に行くのか奪い合いをしているらしいネ」
「なんでそこまで」
「音速マグロって滅多に食べられないんだよね~今回、オケアノスが捕まえたのもほとんど研究機関送りか、ごく一部のセレブだけ買えたんだって」
「一般人では絶対に食べられない……けど超美味しいと評判までわかっている食材ネ。既に宣伝は打って、マグロが食べられる日は三岳島行きの船が予約満席になったヨ」
ウリンが宣伝用のチラシを見せる。日付は明後日、音速マグロ解体から始まって一般販売。一日三百食、寿司一人前盛り合わせ(うち、音速マグロが二貫)限定で、十万エレク。販売期間は一週間……
「寿司一人前十万!」
あまりの衝撃にオレはミニ脚立から吹き飛んできりもみ回転をしながら床に頭から落ちた。痛え。
「売れんのかよそんなの!」
「明後日は特別に三岳島の島民へ予約チケット百枚出してみたけど即座に完売したヨ」
「景気いいなあ! 転売ヤーじゃねえの⁉」
世間の連中はそんなにマグロの寿司が好きだったか? ゴジラに取り憑かれてない?
「……っていうか待てよ……十万の寿司が一日三百食で……一日三千万の売上⁉ そ、それが一週間で……二億一千万……オレのマグロが!」
一週間で億万長者だと! バカな……冒険者よりはるかに稼いでいる!
「それがそのまま儲けになるわけじゃないネ。材料なんかの原価を三割として、テナント料と共益費で更に三割はオケアノスに持っていかれるからそれだけで半分以上はなくなる。警備のためにメカルスも追加でレンタルしないといけないヨ」
「あたしも一日三百人前握らないとね~」
「三百人前……って一人で握るのか? このちびっ子は?」
「我も手伝うけど、姐姐の腕前あっての魔寿司ネ」
「それにしても大変だろ」
「ちょっと練習でやってみようかな。音速マグロは使わないけどね」
エリザはそういうと厨房に立って、シャリとネタを並べて折り詰め用の桶を取り出した。よく見れば桶がアホみたいに置かれている。予定だと二千百個も売るから。
エリザがサッと材料を持って手を拍手みたいにパタパタ動かして合わせたかと思うと、桶に一つ寿司が置かれる。
「おン?」
あまりの手早さになんか手のひらから魔法で寿司を召喚したのかと思った。ボケっとオレが見ている間に寿司が次々に桶へ並べられる。計測すると、三秒か四秒で寿司一つを握っているようだ。めっちゃ早い。
一人前の寿司は八貫。三十秒ぐらいでスッと完成してしまった。
「うわマジ早ェ! いただきます!」
「仕事してから食うネ!」
さり気なくいただこうとしたらウリンに襟を引っ張られて止められた。ちっ。
「それにしてもその速度なら一人で三百人前も……いや、やっぱしんどくね? 三十秒で三百回だと二時間半ぐらいフルスピードで握りっぱなしだろ」
「フフン、アルトくん。寿司職人なら二時間や三時間、つけ場で握りっぱなしで弱音なんか吐いちゃいけないんだよ」
「姐姐は料理学校で寿司講師と早握り勝負をして完全勝利してたネ。講師は屈辱のあまりに指を切り落として廃業を誓ったヨ」
「次々に講師をぶちのめした逸話残しやがって。なにを学びに行ったんだよ、もはや」
エリザのマンパワーで寿司は用意できるようなので大丈夫か。
「せっかくだから野良犬は音速マグロフェアまで店の雑用をやっていくネ」
「ああァ? なんでそんな何日もダリィことを。今日の日当をパチ屋(ATM)で増やしてだな」
「日当十万エレク」
「労働大好き労働マンと呼んでくれ」
十万ありゃボンベが取り戻せる。当たるかわからねえパチ(冷静な判断として、そう思う)に掛けるよりは数日間バイトをして稼ぐのが吉か。種銭にもなる。ダンジョンに潜ってもイマイチ稼げなかったときよりカネになる。
ん? 数日後に億の銭を儲けるのにバイトに十万ぽっちしか還元しねえのもどうなんだこいつら。労働者よ立ち上がれ。
ともあれ掃除道具を手にあちこち掃除する。つっても開店して何ヶ月かの新店舗なので真新しいところばっかりだが。客も少ないし。タバコ休憩入っていいか?
そうこうしていると外からガラガラした激しい音がしたかと思うと、店の前でターンピック(ボトムズ……じゃなくて強化アーマーの足裏から出る杭みたいなブレーキ)が道路を削る音がして、センセイが帰ってきた。
『ただいま』
「うおっ凄え荷物」
センセイは冷蔵庫みたいな小型コンテナを背負って帰ってきていた。店内の広いところに置いてそれを開けると、大量の材料が入っている。
「っていうかセンセイ、後ろに縄付けた砥石を引っ張り回して走ってきたのか⁉ 阪神ファンがジャビット人形(巨人のマスコット)を引き釣り回すみたいに⁉」
或いは西部劇の悪党が馬で人間を引っ張るみたいに、砥石をくくりつけて走ってきたようだ。ガラガラした激しい音はそれだったらしい。
『なんでも寿司屋ではこうやって包丁を研ぐための砥石を道路にこすりつけ、平面に均すらしい。店に置いてあった寿司漫画で読んだ』
「その知識は忘れろ。っていうか作中でも馬鹿にされてただろアレ」
『あ‥‥!』
「影響受けすぎ!」
常識がないもんですぐに得た知識を使いたがるようだ。砥石を外してやった。エリザとウリンも止めろよこんなん。っていうかあいつらも寿司漫画で勉強して寿司屋やっているんじゃねえだろうな。
「ほら、野良犬も材料を裏に運ぶの手伝うネ」
「すっごく量が多いから、センセイが来てくれて助かったんだよ!」
「へー……米袋が大量にあらあ」
「約二千百人分の寿司を用意するのに、シャリに必要な米は百十キロ要るネ」
「炊き出しかよ」
米以外にも様々な魔物食材を買ってきていて、それを手分けして冷蔵庫だとか冷凍庫だとかに運び込む。よくこんなに食材あったなってレベルだ。
日本本土で流通している魚介類と違って魔物は漁獲量が少ない。一回売り切れたら入荷も未定だ。なので画一的な材料で二千百人分の寿司を用意することは困難であるため、とにかく大量に買ってきた食材を見てエリザが仕込みを調整するらしい。
ざっと魚のデカさを見て何人前の寿司が握れるか、すぐに計算できるのも料理学校での修行の成果だろう。
『それとエリザ、ロケットトビウオは別のコンテナに冷凍で入れてきたが。危ないから冷凍以外での取引はなくて』
「はーい! よおし、お店の裏でロケットトビウオの仕込みをしてくるからね! 危ないから注意しようね!」
「取り扱いに火薬の免許とか必要そうだよな、あれ」
「この島だと免許に価値ないネ」
下手なことをすると体内のロケット燃料が衝撃で爆発する危険な魚なんだが、エリザができるってんだから任せるほかはない。オレだって捌けねえよそんな魔物。でもロケットトビウオの身と卵の寿司はマジで旨いから困る。
「しかしセンセイも下宿代払うことになってんのに、手伝いで大変だな」
『いや、私にも寿司が振る舞われるからな。やる気にもなる』
どこか鼻息荒そうな口調でアーマーの中からそう言っていた。
そうして、オレは金のため、センセイは寿司のために店の掃除や材料の仕入れに仕込み、噂を聞いて店に入ろうとする野次馬を追い返す。なにせ店の中には時価一千万エレク以上の音速マグロが保管されているわけだから警備は厳重に。フェアまで休業だ。
一応、オレも実家が漁師やっていたからある程度は魚が捌ける。高校の頃は魚屋でバイトしたこともあった。だから下ごしらえの手伝いまでさせられた。
包丁も研がされた。恐らく別に砥石を道路で削らなくても研げるだろ。普通に。
「おっ、これそういやオレが海底から拾ってきた包丁か」
「アルトくんのプレゼントだね! ツェータって名付けたよ!」
「拾い物使って大丈夫かよ。サビに破傷風菌とか付いてねえだろうな」
「責任持ってキビキビ研ぐネ!」
仕方ねえな。まあ、漁師やっているとナイフだとか出刃包丁を研ぐことも珍しくないからオレもできるけどよ。地元じゃ研師のアルトと他の漁師のおっさんに評判だった。
合間に賄いの海鮮ペペロンチーノが出された。普通にめっちゃ美味い。
「寿司じゃないのか……」
強化スーツから上半身を出して残念そうに言うセンセイに、エリザがササッと握った寿司を桶に入れて渡した。
「はいセンセイは軍艦巻きにしてみました!」
「寿司だ!」
「それでいいのかよ……」
海鮮ペペロンチーノ軍艦を旨そうに食べるセンセイ。あの子……炭水化物に炭水化物を乗せているわ! 悪魔の子よ!
「ところで……アルトはどうやってエリザたちと知り合ったんだ?」
「ん? なにって……飢えたオレが生ゴミ漁ってたら恵んでくれただけだが?」
「どことなく得意げに言うことカ」
「それにしては親しげだからな。この島は治安が悪いのだろう。店のゴミを漁っている冒険者の男など、不審者でしかない気がするが」
「酷い言いようだな!」
「事実だから仕方ないネ」
そういや確かになんでこいつら、こんなにオレを信用しているんだ? オレなんか他の冒険者のこと一ミリも信用してねえのに。彼にオレが店を構えていたとして、ゴミ箱を冒険者が漁っていたらケリを叩き込む。
するとエリザがニコニコしながら言った。
「アルトくんはですね! あたしとウリンちゃんがこの島に来たばっかりのとき、テナントの下見をしていたら男の人に絡まれまして、通りかかったアルトくんがやっつけてくれて、メカルスの貸出サービスも教えてくれたんですよ!」
「……パチンコ玉投げつけて痛がってるチンピラをボコボコにして『鎖骨抜くぞオラ!』とか怒鳴ってたネ。正直、新たなチンピラ登場だと思ったヨ」
「そうなのか? アルト」
「え? ええええーと……んん~? 覚えてねえ……」
「アルトくん⁉」
「たぶん……パチに負けてめちゃくちゃ機嫌が悪いときだったんだと思うんだが……チンピラと喧嘩するの週に一回ぐらいあるから……」
そういうときって酒飲んで忘れるから記憶が曖昧で。
それはそうと、こんなガキンチョ二人がこのクソ危ねえ島で活動するならオケアノスが提供しているメカルス貸出を受けねえと死ぬことは知っている。月に十万エレクほど掛かるが、あの手足のついたドラム缶みたいな雑魚ロボでもまずチンピラじゃ勝てない。っていうかオレも勝てない。まずメカルスと争っていると本社に情報共有されて手配されて捕まるし。
などと考えているとなんかオレを見るエリザとウリンの目が冷えていた。
「こっ、この野良犬……人が仕方なく、ちょっとでも恩があるからって甘やかしていたらその恩自体を忘れてやがりましたネ……! 損した気分!」
「手前に甘やかされた感じしねえんだけど?」
「実はウリンちゃんが、アルトくんは乱暴っぽいけど助けてくれたし信用できそうだからお仕事頼もうって言い出したんだよ」
「姐姐! 静かに!」
「恩義を感じているなら給料上げろ給料」
「お寿司美味しいなあ」
などとほのぼの会話しながら作業を進めていった。
翌日もエリザはネタの仕込み、ウリンは報道スタッフとの打ち合わせ、センセイは買い出しと設営、オレは雑用。追い回しとも言う。他の連中からおいこらアレやれって常に追い回されるように仕事を押し付けられる、飲食店の底辺カーストだ。辞めてえ。オレの高校時代の夢はパチプロだった。
心を虚無にしながら作業を進めるが、翌日のマグロ解体はオレも手伝うことになっている。百キロオーバーなマグロの解体なんて一人でやるもんじゃない。頭を押さえたり身を剥がしたりと力仕事になるんだが、エリザはともかくウリンがひ弱だからオレにお鉢が回った。
「そういやエリザってマグロ解体の経験あるのか?」
「料理学校でね、一人一匹買って解体をやる授業があるんだよ」
「めっちゃカネ掛かりそうだな……」
「姐姐の腕前は凄くて、包丁を持ってマグロの前に立っただけで怯えたマグロがクビを自切したぐらいネ」
「冷凍マグロは怯えねえよ!」
経験があるならいいんだが。魚を捌くの慣れていればそう複雑な解体でもないんだが、なにせデカいからな。マグロ。
明日に使う刃物も用意する。マグロの頭を落とす用にデカい刀みたいな……
「……っていうかこれナミヒーラだろ。故チェスターの」
見たことのある、メカニカル日本刀みたいな道具を手にとって眺める。
「ヴァルナ社と交渉して借りてきたネ。尾の方を試しに切ってみたけれど、普通のノコギリ包丁だと固くて大変ヨ」
「いやしかしこんなでっけえダンビラをエリザが使えるのかよ。チェスターみたいな鍛えた元サッカー選手ならまだしも」
「元サッカー選手と刃物の扱いになんの関係があるカ」
ナミヒーラは軽量化しているわけでもなく、むしろメカを仕込んでいて分厚く重たい。
女子中学生みたいな女子供が扱う代物じゃねえと思う。
「エリザ、ちょっと持ってみろよ」
「うん! ……重たっ! 包丁と重心のバランスが違う……」
「振って叩きつけるわけじゃねえが……」
押し付けてギコギコとノコギリめいて頭を落とすんだが、普通のマグロだってでっかい包丁を二人がかりで持ってやることもあるぐらいには重労働だ。オレだって面倒臭え。
「頭落とすところだけセンセイに手伝ってもらったらどうだ? そう難しい作業じゃねえし」
『私にできることなら』
強化アーマーはちょっとした重機並に馬力が出るから単純な力仕事なら楽勝だ。鮫のオヤツになるかもしれないダンジョンに送り出すより世界の工事現場に送ったほうが余程人類の役に立つぐらいに。
試してみよう、ということで現在魔寿司のストッカーに入っている魚で、音速マグロの次にデカい丸ごとがあるアコウロウニンアジを用意した大まな板の上に持ってきた。
ロウニンアジ(二メートルぐらいにもなるアジ)を赤くした感じの魔物で、凶暴なんだが釣り人に人気があってルアーで釣られる哀れな魔物だ。味は……そもそもロウニンアジ自体が旨くねえ……っていうかマズいからなあ。食おうと思ったことはない。
ともあれ野太くてゴツい頭の迫力はマグロにも負けない。エリザが切断するラインを指定して、センセイは器用に握ったナミヒーラを押し付けた。
するとあっさり、ストンとクビが落ちた。
「ストンて」
「これなら大丈夫だね! センセイ、一緒に頑張りましょう!」
『任された』
「センセイ用にエプロン用意しとくネ」
そういうことでセンセイも手伝いに回ることに。
晩飯にはさっき捌いたアコウロウニンアジの身を叩いて薬味と混ぜたなめろうみたいなのを軍艦巻にして出てきた。
「……普通のロウニンアジって毒があったりするんだが大丈夫か? これ」
有毒生物というか、肉食性で他の魚を食いまくる生態をしているため、生物濃縮で毒を持つことがある。個体差があるし見た目じゃわからん。だから食わないんだが。
ウリンが鼻を鳴らして答えた。
「無問題。店で出す怪しい食材は我が検査しているネ」
「有毒かわかんのか?」
「舌に乗せればわかるよう訓練されているヨ。少量の毒なら効かないしナ」
「料理学校ってそんなことまでやってんのかよ」
「ううん、ウリンちゃんの特技だって。ウリンちゃんの故郷は毒手拳を伝承している村で、毒に詳しいの!」
「頼むからそいつに寿司を握らせるなよ」
「寿司美味しい」
なんかウリンのやつ、料理学校出身なのにやけに料理しねえなと思ったら毒手拳て。あれだろ。手に毒を塗って手刀で相手を殺すやつ。実在したのかよ。
寿司美味しいBOTと化したセンセイも大丈夫そうだし、オレもアコウロウニンアジの寿司を食った。激烈に旨くて悔しい。こんなポンコツちびっ子の握った寿司なのに。
※もしよろしければポイントを入れてくださると嬉しゅうございます