第11話『ダンジョンと宝』
センセイの強化アーマーは新人冒険者に持たせたら軟弱に育ちそうなぐらい便利な道具だ。ツインヘッドシャークと戦った後はオレも疲れていたし帰るだけだったので、そこまで詳しく調べなかったが。
「とりあえず魔物を適当に狩りながら海底遺跡を目指すか。昨日ツインヘッドシャークと音速マグロ狩ったからある程度安全になってるはずだしよ。他の冒険者も先行してるから魔物も減ってるだろ」
『了解した』
オレも参加した音速マグロ討伐作戦は見事初回で成功したっていうか、三チームに分かれて捕獲罠仕掛けていたんだが、他の場所は一匹、オレの参加した場所だけ十数匹の群れが襲いかかってきたようだった。ツインヘッドシャークに追われていたのかもな。
周辺海域から飛び込んで潜水。さすがに魔物はすぐには居ない。
『可能であれば道中進みながら魔物を教えてくれ。画像を撮影して登録すれば次からは見つけやすくなる』
「へいよ」
と、いうことになり、センセイを水中スクーター代わりに移動していく。
アレが薬草昆布でそれが人間を絡みとるワカメテンタクルスとか、回転しながら突っ込んできて刺さるスリケンヒトデ、あっちの岩にへばりついている貝の仲間、ニンジャカメノテがぶん投げてくるなどなど。オレも図鑑に出てくるようなやつはソラで説明できる。
センセイは目を光らせてなんか撮影して、
『ちょっと採取していきたいが……ううむ』
と、悩むような声を出した。
「どしたん? 話聞こうか?」
『昨晩から機体をチェックしていて気づいたのだが、スペランクラフトジャケットに本来備わった装備や機能の幾つかが失くなっているようなんだ。採取用のツルハシがない。ブラスターの性能も大幅に落ちている。フラッシュはあと一発ほどしかエネルギー残量がない。サメに噛まれて振り回されたときに破損か取り落としたらしい』
「マジで? まあ、確かに振り回されていたけどよ」
そもそも、いつからあの場所に安置されていたのか。センセイの記憶もないので、起きたときには既に不具合があったのかもしれない。
「欲しがってた連中に余裕見せてたけど、結構状態ヤバいんだな」
『特に装甲のエネルギーがな』
「装甲?」
『一定以上の衝撃を受けた際に、ダメージを光と熱に変換して放出する特殊なシステム……【残機】がついているんだが、専用のエネルギーを補充しなければ機体がバラバラになる』
「そういえばツインヘッドシャークに噛まれながらピカピカ光ってたっけか」
オレが調べているとき叩いても一回光らせたのは黙っておこう。
全然聞いたことのない装甲のシステムなんだが、ひとまずスルー。
「それって直るってか、エネルギー補充できんのか?」
『寿司を食べると補充できる』
「なるほど……なんて?」
寿司を?
オレが疑問に思っていると、センセイは胸部あたりに付いている▼マークを指さした。
『ここがエネルギー補充スリットになっていて、魔物の肉に含まれる特殊な粒子と酢酸、糖類を一定の割合で摂取した際に効率よくエネルギーへ変換するようだ』
「つまり……寿司?」
『寿司だ。問題はスペランクラフトジャケットに食べさせても私は美味しくもなんともなくてむしろ勿体ない気持ちになるから、私が食べる分も調達しないといけないことだな。食費が嵩みそうだ』
「よし、オレは深く考えるのを止めた」
『というわけで材料を集めながら、落とした装備も探しに行こう』
「落としたとなると海底遺跡群か……あそこで道具落とすとタカラオトシゴが回収してどっかに隠すから見つかりにくいんだよなあ」
そもそも海底遺跡群が結構範囲広い。十四ヶ月ごとに地形も変わるせいでなーんも調査進んでいない。
「すぐに見つかるかはわからねえが、海底遺跡まで行ってみるか」
近づいてくるゴブリンフィッシュをバババってブラスターのレーザー光線で穴だらけにして、その死骸もバックパックに放り込んでいた。
「そのバックパック、容量どうなってんだ?」
『中に入れると圧力を掛けて収納しやすくする仕組みだ。魚などは平べったくなる。取り出せば戻るから大丈夫だ』
「ほへー」
冒険者はその職業上、魔物や素材をいかに持って帰るかが収入の鍵になる。企業としても大量に持ち帰って欲しい。そんなわけで背負いカゴから進化した様々な収納が開発されている。
メジャーなのは水中スクーターと一体式になったやつで、通称『動く箱』。重たくなりすぎたらバルーンで浮力付けて浮かぶ。ゆっくりだがな。
オレ? オレはだいたい普通の背負いカゴか網。動力のついたやつ高ぇから。中にはパーティ組んで、一人は荷物運び専用で雇っているところもあるらしい。
そんな感じで雑魚魔物を蜂の巣にして、なんか利用価値あるの? みたいな素材も回収しながら海底遺跡へ向かった。
「そんなオチムシャヘイケガニなんか拾うのか? ギルドも買い取りしてねえぞ」
オチムシャヘイケガニはヘイケガニ科に分類されるカニの一種なんだが、普通のヘイケガニに比べて甲羅の模様が超凶相なのでそう命名された。今にも呪ってきそう。
『とりあえずなんでも調理してみるから持ってきて欲しいそうだ。エリザが』
「食味の研究は一部以外あんまり進んでねえからなあ」
安定かつ安全に採取できて三岳島では養殖も始まっている薬草昆布なんかは高級食材として日本にも供給されつつあるが、ほとんどの魔物はとにかく毒や成分調査が重要視されている。
店で出されたコカトリスズキやサキュマスなんかも毒や媚薬成分を切り取れば後の身はいらねって感じで、物好きな料理人が買っていくだけだ。
『それにしてもアルトは詳しいな。冒険者は皆そうなのか?』
「んー……金儲けになるやつしか知らねえって野郎も多いが、完全じゃなくとも一応は図鑑が販売されて──」
と、説明しようとしたところにオレたちの近くをスイーっと滑るように、高性能水中スクーターで近づいてきて止まった冒険者がいた。
軽装をした中肉中背の男だ。体のあちこちにボディカメラを装備し、水中銃は腰に帯びた拳銃型の一丁のみ。銛は持たず、収穫物を運ぶためのボックスも持っていない。
冒険者は装備の軽重から幾つかの役割に分かれるが、『斥候』タイプの軽量高速偵察役だろう。
男(ゴーグル越しだが、髪の毛に白髪が混ざったオッサンだった)は無害さをアピールするために手を振りながら呼びかけてきた。
『やあ、はじめまして。そっちのアルト青年には何度か会っているけれどね。わたしはフリーのカメラマンをやっているグレイだ。どうぞよろしく』
『カメラマン? 冒険者じゃなくて?』
『一応冒険はしているけれどね。もっぱら、魔物や遺跡の写真を撮っているのさ』
と、低い声で陽気に言うオッサン──グレイは、アレだ。
「このおっさんは魔物図鑑に写真を提供している、もの好きな写真家だよ」
『ほう。有名な方なのだな』
「魔物にオヤジギャグみてえな名前付けてるのはだいたいこのおっさんだ」
『いいセンスだろう?』
おっさんが自画自賛をした。よくねえよ。『トリコ』に読者投稿でもしてろよ。
しかしまあ、有名っちゃ有名かもな。グレイっつーおっさんは、世界中あちこちで写真を撮って回っている通称『冒険写真家』だ。
グレイおっさんの撮った写真でアメリカのピューリッツァー賞、オランダのワールド・プレス・フォト・オブ・ザ・イヤーに受賞したこともあって、テレビにも出演した。なんだったか? 水中に沈んだアレクサンダー大王の墓を発見したはいいが、墓泥棒とテロリストと軍隊がしばきあった余波で墓を爆破した瞬間を写真に撮ったんだったか。インディージョーンズみたいに。
あっちこっちの遺跡で新発見をした功績で知られ、オケアノスに依頼されてダンジョンの調査を任されている上級冒険者の一人だ。とにかく腕のいい斥候で、もう三年ぐらい活動していて怪我もせず生き延びて実績を上げていることから優秀さはわかる。
一般冒険者からしても魔物の図鑑作成に貢献してくれるのでありがたいオッサンだ。
オレも近い時期に潜り始めたから何度か顔を合わせたことはある。
『噂の新型強化アーマーを装備した期待のルーキーが現れたと聞いて、写真を撮りに来たのだけれど、お時間いいかな?』
「いいかなっつっても、既にボディカメラで撮影してんだろ」
『許可を得ない限りは他人に見せないさ。それにこれはなにか企みや、オケアノスの依頼があるわけじゃなくて、単に興味があって記事にしたいだけだからね』
笑みを見せて水中用カメラ(たぶん百万エレク以上するやつ)を掲げて見せた。
ダンジョン及び三岳島関連の記事を投稿するSNS『オケアノエックス』をオケアノスが運営しており、マメな冒険者はそれをチェックしている。危険な魔物の出没情報や新装備の宣伝、魔物買い取り価格の変動確認、新人冒険者向けの質問チャットなどもできる。
島外の……インターネットなので世界中からもアクセスができて、危険な冒険者稼業には就けないが現地の魔物情報を知りたいやつなんかには、グレイおっさんの海中写真記事が人気になっているらしい。
んで、研究者どもが魔物に真面目な名前つけようと検討しているのにこのおっさんが記事で適当極まりないダジャレネームを付けて公開するから、その名前が正式として広まっている。
『実際、新種の発見などは報奨金が出ていい稼ぎになるぞ。アルト青年もベテランだから何匹も見つけているだろう』
「あー。面倒だから報告してねえうちに他のやつの手柄になったけどな」
『ふむ……ならば撮影しすぐにウェブ上の図鑑に登録ができる端末はどうだね? アルト青年もこれを持っていると便利だよ』
「ほう」
『わたしが発明したこの──【ポケモン図鑑】を』
「止めろ! いきなり危険なワードを出すな!」
『ポケットに入るサイズの、モンスターを図鑑に記録するための端末──略してポケモン図鑑だから法的に問題はないはず……たぶん。確認するのは怖いけれど』
「問題なくねえよ! 二度と出すなそんなもん!」
モンスター博士はやや拗ねたような顔をして、取り出していた端末を戻した。危険な男だ。訴えられたらどうする。
そしてグレイおっさんは要件を思い出したようにセンセイへ提案
『写真いいかい? インタビューとしてはそうだな、好物や趣味ぐらい聞いておこう』
「そんなどーでもいい内容でいいのか?」
『最初からプロフィールを全部網羅したら続報が望まれないだろ? 謝礼も払おう』
グレイおっさんのにこやかな要求にセンセイは、
『まあ、それぐらいなら』
と許可を出した。するとグレイおっさんは喜びつつセンセイの周囲を水中スクーターで小器用に動き回ってパシャパシャ写真撮っていた。
『名前はセンセイだったね。好きな食べ物は?』
『寿司だ。魔寿司という店がいい。そこは書いておいてくれ』
『ああ、最近できた寿司屋だね。ふうむ、まだ行ってないから要チェックだ。趣味は?』
『……よくわからないが、とりあえず冒険、ということにしておこう』
『ありがとう! ぜひ、記事を読んでくれたまえ! モンスターの情報も事前に知っておくことは大事だ。新種を見つけたら投稿することも考えてくれ。他の冒険者のためになる』
『わかった。検討しよう』
『皆もポケモンゲットじゃぞ!』
「黙れ」
本当にそんだけ聞くとグレイおっさんはまたスイーっとダンジョン奥地へ向かって進んでいった。これからそっちの調査に行くみたいだ。
まあ……期待の大型ルーキーと、まだ見ぬ魔物や遺跡の数々だったら後者の方が世間の興味は大きいのかもな。冒険写真家当人の興味も。
キャバーンキャバーンとスマートウォッチから音がした。
「なんだ?」
『取材の謝礼金が振り込まれたようだ……あれだけで十万エレクも?』
「オレにも振り込まれてる……金持ちは違うなあ」
取材費は経費としてオケアノスが建て替えるのかもしれんが。オレなんてセンセイの隣に居てなにも喋ってないのについでに振り込まれていた。
そもそも、エレクトロン貨自体がオケアノスの発行している仮想通貨だ。企業からすれば幾らでも増やせるわけで。その雇われカメラマンであるグレイおっさんが適当にばら撒くのも可能ってわけか。
『しかし撮影か……いいかもしれないな。ダンジョンの写真や動画を魔寿司のホームページに載せればアクセス数が上がるかもしれない』
「その強化アーマー、撮影機能あるのか?」
『ああ。昨日一晩かけて機能を試して確認している。スリープ時のカメラ映像を見たらアルトが機体から装備を引っ剥がそうとしたり、棒で殴ったりしているところも写っていたが……』
「棒で撫で回すカガクテキな検査をしていた、と言ってくれ」
そんなことを話しながらオレらも海底遺跡へ向かった。
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海底遺跡群は広い。正確に計測したわけじゃねえが、東西南北に五キロメートルはありそうだ。おまけに建築基準法もなければ、浮力があるのでその五キロ四方の町が二つ上下に重なっている感じになっている。冒険者はざっと上遺跡と下遺跡と呼ぶ。
そんな海底都市に魔物があちこち出回るだけでも調査が大変なのに、スーパームーンごと……十四ヶ月に一回、地形や建物の位置が変化するから全然わからないことだらけだった。
地形が変化する理由は、大潮で砂が舞い上がって埋まったり、或いは埋まっていたのが出てきたりといった理屈を学者は唱えているが、潜っているオレらからすればそんな現実的なものではなく不思議なダンジョンとしか言いようがない。
そういうわけで、スーパームーンあとの今頃は特に海底遺跡の地形が冒険者たちにもわからず、詳細なマップ作りがオケアノスからの依頼で出ている。ついでに誰にも発見されていない宝が手に入るチャンスでもあり、音速マグロの脅威から開放された冒険者たちがこぞって遺跡へ入っていた。
オレらが海底遺跡に入ると早速大通りでドンパチやらかしている冒険者がいた。
「ありゃオークエハタが二匹だな。タフいやつだから面倒なんだが」
オレも倒したことのある大型の魔物と三人組の冒険者が戦っているようだった。二メートルを越える図体をしたオークエハタだが、嗅覚がいいので一度見つかると逃げるのが大変で倒すハメになる。値段はそこそこなんだが、重量が大きいからそんなに美味しい獲物じゃない。
『手伝いに行かないでいいのか?』
「基本的に横槍は厳禁だ。取り分で揉めるからな。重装もいるから勝てるだろ」
戦っている冒険者三人組は軽装備、中装備、重装備の仲良し三人組だ。冒険者は大きくその三つに分かれる。なにせ持てる銃や装備の数と重さに限度があるからな。
軽装備はライフルを持たないことが多く、機動性重視で泳ぎが得意なやつがなる。その代わり先行して偵察したり、魔物の気を引いたりする。さっきのグレイおっさんも軽装備で、『斥候』なんて呼ばれるな。
中装備は冒険者に一番多く、程々に武器を持っている。雑魚散らしが主な役目で、大物相手には音響爆弾か毒薬を持っていく。ソロで冒険者やっているのはだいたいこれだ。
重装備は一発撃つだけで何万エレクもするVA-JL……小型魚雷とか、投網を発射するネット銃、高威力に改造した長距離水中ライフルとかごつくて取り回しが悪い物を装備している大型魔物用だ。
そんな武器を雑魚にぶっ放すと弾代で赤字になるので、中装備とパーティを組む。
予算を無視すれば全員重装備でいいんじゃなかろうかと、以前にギルドが高報酬で集めて重装ばっかり十人ぐらいパーティを組みダンジョン深淵を目指したんだが、小型で素早くて攻撃力の高い魔物にぶっ殺されまくったりして半壊。やられたときの被害額もデカいんだよな。重装だと。
見物していると軽装が逃げ回り、中装が豆鉄砲みてえなニードルガンで牽制して重装のやつが電気銛を発射していた。お手本みたいな分業コンビネーション。冒険者は報酬が頭割りで減るという致命的な欠点さえなけりゃ複数で組んだ方が効率はいい。
出稼ぎで来たチンピラ同士でちゃんとコミュニケーションを取れればの話だが。
「誰か戦ってると他の魔物が寄ってきたりするから離れるぞ」
『わかった』
横道に逸れて遺跡の町を進むことにした。
無秩序に乱立している建物と路地はときに小さく、センセイのような強化アーマーだと通れない通路、入れない建物も出てくるので道を選んで行く。
「とりあえずの目標としては、昨日センセイと出会ったあたりを目指そう。あのあたりに財宝が入った宝箱があったからよ」
さすがに昨日の今日で他の冒険者に取られてない……と思いたい!
あれを持ち帰ればざっと見ただけで一億エレクは行きそうだ。センセイに運んで貰うにしても山分けして五千万。借金は一気に返せる! まったく冒険者稼業は最高だな。
オレとしては真っ先に現地へと行きたかったんだが、そもそも昨日は日暮れ間際に大慌てで遺跡の町へ入って隠れながら進んでいたので、具体的にどっちへ行けばいいかわからん。
ついでにセンセイも遺跡や魔物へあれこれ足を止めて話を聞きたがり、解説をしていたのでなかなか進まなかった。
途中で別の宝箱を見つけたんだが、意気揚々と開けようとするセンセイをオレは寸前で止めた。
「っと待った。こいつは罠臭い宝箱だぞ」
『そうなのか?』
「よく見てみろ。ちょっと箱の口に隙間空いてるだろ。こういうのはたいてい、罠系の魔物が入り込んだ後だったりする」
『なるほど……罠系の魔物って言われるぐらい種類がいるものなのか』
「毒入り煙幕を吹き付けてくるミミックトパス、開けた瞬間に刺してくるフクトミナシガイ、理屈はまったく不明なんだがどっかにテレポートさせてくるって噂のあるオオットビハゼ……とかだな。他にもいる」
実は罠系魔物は他の魔物に比べてレアなんだよな。箱とか隙間とかにしかいないし、見つけた瞬間に致命傷みたいな攻撃仕掛けてくるから危険度も高い。
グレイおっさんも撮影するのに苦労しているとかなんとかで、犠牲者が出ているが詳細わからねえ罠魔物もまだいるようだ。
『ちなみにそういった場合、どうやって罠を回避する?』
「まあ……罠っつっても生物だからな。隙間から毒を流し込むとか、テグス引っ掛けて遠くから開けるとかだな。強化アーマーだとほとんど防げるんじゃなかったか?」
あくまで(どういう人間に憎しみをもった生態してんのか知らんが)対人トラップだから、全身鎧を近代改修したみたいな防御力を誇る強化アーマーだとだいたいは防ぐ。らしい。オレがやったわけじゃない。
『では試してみていいか⁉』
センセイがワクワクしてそうな声でそう言う。
「死んだらオレに強化アーマー譲ってくれ」
『なに、滅多なことでは死なないはずだ。よし!』
一応、なにかあったときのために少し離れつつ宝箱を開けるのが見える位置に備える。爆発罠もあるから巻き込まれないとも限らない。センセイのスペランクラフトジャケットはあの巨大鮫に喰われても平気だったんだから大丈夫だとは思うが。
センセイが宝箱前に跪き、それを開けた!
中から矢のような針が飛び出してくるのが見えた。フクトミナシガイだ! 猛毒を持ったでっけえ毒針(歯舌)を持つ魔物っつーか、魔物じゃないミナシガイも同じ生態で毒針持っているんだが、とにかくこいつの針は強化スーツを貫いて危ない。そして毒がショック死するレベルで強い。
水を噴射する勢いで突き出された毒針がセンセイの強化スーツに触れた途端、なんかセンセイのスーツが光って何度か点滅をした。鮫に喰われていたときも光っていた。どういう理屈か、ダメージを光って受け流しているらしい。
そして落ち着いてセンセイはフクトミナシガイの本体を掴み取った。本体は大きめのチョココロネみたいな貝をしているやつだ。
『寿司で食べられるかな』
「軟体動物って毒腺取り除くの難しいから無理だろ。でも持って帰るとギルドで結構なカネになるぜ」
『危なくないか?』
確かにこんないきなり毒矢を飛び出してくる危険生物を持って帰るのはヤバいが。普通のミナシガイも、貝はキレイなもんだからダイバーや海遊びに来たやつが拾ってポケットに入れたら刺されたってパターンが結構ある。
こいつは更に大型だからな。そこでオレは、その辺の石ころを貝の口に詰め込んで水中用ダクトテープ(冒険者の便利アイテム)で止めた。
「これで針は出せないはずだ。でも一応センセイのボックスに入れとこうぜ。刺されたらオレ死ぬし」
『わかった』
そういうことになってフクトミナシガイを処理し、宝箱を見る。
中に入っているのは……
「包丁セット? びっ、微妙……」
出刃包丁と柳刃包丁と薄刃包丁の三本セット。お値段は勉強させていただきますって感じだ。
タカラオトシゴがなにを宝として集めているのか基準は知らんが、外れアイテムっていうか日用品がこうして宝箱に入っていることも多々ある。日用品っぽい見た目の異物ってこともあるが……
手にとって軽く観察してみる。これでも魚を捌くのは得意な方だから、出刃包丁も使い慣れている。特に変哲はないようだが。
「振ったらビームが出るとかそういうこともなく包丁だな……置いてくか」
冒険者は所持品の取捨選択が重要だ。なんでも持ちすぎると重くなって動きが鈍くなり、魔物に喰われる。特に目的でないものはスルーが推奨される。
『エリザにプレゼントしたらどうだ?』
「あいつに~? もう大層な包丁持ってた気がするけどよ」
海の底で拾ったボロ包丁なんて渡したらウリンが文句言って来そうだ。
しかし後で「ダンジョンで包丁見つけたけど要らないと思って置いてきた」とか言っても拾ってこいと怒りそうだなとも思う。ダンジョン産の不思議な包丁かもしれなかっただろうとか言われて。そしてダンジョンのアイテムはほとんど一期一会だ。
「仕方ねえ。持ってって売りつけてやろう」
そしてパチンコ代にしよう。そうしよう。
あっちこっち探索しながらもうそろそろ戻らねえとなあという時間帯になってきた。
ボンベ技術の革命的進化でざっと十時間以上は無補給で潜れるようになったとはいえ、長期間のダンジョン滞在をするには準備が必要だ。
というか冒険者ぐらいの長時間ダイブだと空気より先に人間のカロリーが尽きる。
一時間泳げば三百から四百キロカロリーは消耗するわけで、六時間活動すれば二千キロカロリーぐらいか? カツ丼二杯は食わねえと餓死する。でも水中だと食えないから色々とメシを食うための準備がいるわけだ。
水中でも食えるっていうか飲める高カロリー流動食か、強化スーツに装着して体内にじわじわ輸液して補充するシステム、オケアノスが設置する(予定の)有料休憩所なんかだな。
そういう長期活動はドチャクソ面倒だから九割の冒険者は日帰りで終わらせているけどな。オレも何回かしかやったことねえ。
そんなことを考えていると、やけに建物がぶっ壊されているエリアについた。
「おっ! このあたり、ツインヘッドシャークが暴れてたあたりじゃねえか?」
『確かにそうだな』
「つーことは近くにお宝があるぜ! お宝! おたか……」
オレが周囲の建物を見回していたとき。
オケアノス社製の水中ドローン(武装付き)が二機、間に宝箱をクレーンゲームめいて挟んで運び去っていった。
オレたちの上を飛んでいく宝箱から一枚のメダルが落ちてきて、オレはそれを掴む。
昨日見つけた財宝ぎっしりの宝箱にオレが入れたスロットのメダルだった。
「ぐあああああ‼ 持って行かれたあああああ‼」
『その、残念だったな』
血走った目でドローンを追いかけるが、それを取り戻せるはずもなく。
周囲を見回すと建物の屋上あたりに浮いている別の冒険者……特徴的なバズーカっぽいカメラを構えたグレイおっさんがパシャパシャ写真を撮っていた。
魔物退治をしないグレイおっさんの収入は? 写真などでの魔物生態報告と、財宝探し。もともと遺跡荒らしでお宝を探す仕事をしているトレジャーハンターなのだ。
「おっさああああん‼ オレの宝を取りやがったあああ‼」
『おや? アルトくんかい? ハッハッハ、残念だが落ちている財宝は早いもの勝ちさ』
クソっ! ギルドのルールでもそうなっているから反論はできねえ。誰かが先に見つけたけれど運ぶ手段がなかったので放置したなんて、所有権の放棄に他ならない。
『とはいえ、あの宝箱の半分以上はコインタカラガイ(金貨みたいな罠魔物)だったからね。迂闊に手を出したら刺されていたかもしれないよ』
だけどよ……眼の前で億の財宝がなくなっちまうなんて……!
『アルトが一気に老け込んだようになっている⁉』
「センセイ……今日はもう帰ろっか……」
『そ、そうだな。色々と収穫はあったからな! 楽しかったなあアルト!』
「うん……」
オレの借金、まだ付き合いは続く。
※ポイント欲しい…