第10話『注目のルーキー』
オレがなんで冒険者なんて暗黒バイトやっているかっていうと、借金があるからだ。
正確にはオレじゃなくておっ死んだオレの親父の借金だ。親父は漁師とか魚の養殖業とか手広くやっていて、地元の漁協でも結構稼いでいた。で、ある日に船や養殖設備の更新ってことで借金して新しいやつに替えたわけだ。確か五年前だな。
そしたらこのダンジョン出現イベントこと、大隅海峡を中心とした大地震が起こった。
鹿児島県沿岸を津波に襲い、漁港の多くは被害にあったんだがその時に親父が借金してまで新しくした道具が全部ぶっ壊れた。ついでに親父も海に出ていておっ死んだ。残ったのはアホみたいな額の借金だけ。(保険は津波が対象外な約款だった。クソ)
その借金も日本全国が災害でヤバかったからか、銀行が債権譲渡して借金取りを抱えるグレーな消費者金融がオレに返済を迫るようになった。
そこでオレがミスったのは、借金取りから口八丁で言われてなんとかその借金を返そうと小額ずつ払い始めたことだ。
賢しげなやつなら「親の借金は相続放棄すれば無効にできる」とか言うんだろうが例外がある。一回でもその借金を返済し始めちまったら途中で放棄することは認められなくなるとかいうクソ法律があった。
そんなわけで若くして借金漬けになったオレは手っ取り早く稼ぐため、魔物退治をすることになったってわけだ。上手く行けば一日百万以上稼げるからな。っていうか地元だと港がぶっ壊れて漁業は壊滅したしよ。
ただまあそういうことで昨日のように大儲けした翌日はこうなる。
「ぐおおお! 口座のカネが激減りしとる……!」
そう。オケアノス銀行に入金された電子マネーエレクが、大きな入金があったことを察知したオレの借金取りによって返済分引き落とされたのだ。
オケアノスにも銀行があって、そこではエレクを円やドルに替えることもできる。そんで銀行への直接的なやり取りで、オレの借金を管理している借金取り(恐らく人の心がないレプティリアンとかだ)がダイレクトに奪っていく。
オレの人権とか考慮されない、この島は治外法権。
だから大儲けしたときはその日のうちにパチ屋で豪遊するに限るんだ。
「はぁ……世界中の債権者死なねえかな……さぁて……仕事に行くかぁ……」
借金は多少目減りしたんだがどことなく無常を感じつつ、眠たい目をこすりながらセンセイを迎えにいった。
魔寿司の店先に強化アーマーが立っていた。オレが軽く手を上げて近づくと、首元が展開して中のセンセイが上半身を出して挨拶をした。
「おはようアルト」
「おう。っていうかなんだそのシャツ」
「二人からプレゼントされた」
センセイは強化インナースーツの上から『魔寿司』と毛筆体でプリントされたTシャツを身につけていた。
「宣伝かよ」
「今のところ私は換えの服を持っていないからな。二人が仕入れがてら、生活用品を買ってきてくれるそうだ。その分は稼いで返さないといけない」
「そうだな。マジで着の身着のままだからな。ギルドでの登録にもちっとカネが掛かるが、そこはオレが貸しといてやるよ」
「助かる」
登録費用というか、登録証明のついたアプリ入り携帯端末……まあスマホだな。これが必須になるんだよな。電子マネーの口座作成、使用なんかにも使うやつ。
ほぼ一文無しでこの島にやってきた外国人なんかもこれを買わないと島内でも活動はなにもできねえ。借金して買わされることになるが、オケアノスへの借金はオススメしない。危険なミッションに行かされることもあるからだ。
スマホだと落として失くすことが多いからオレみたいにスマートウォッチ型にしている冒険者も多いが、センセイみたいに強化アーマーの内部に持ち込めるなら大丈夫だろ。
「……っていうかセンセイ。アーマーの中にサンドイッチ持ち込んでるのか」
オレがアーマーの内部を覗き込んで言った。強化アーマーの操縦席は軽トラの運転席をちょっと縦長にしたぐらいの狭さだが、ジュースと弁当ぐらいなら置けるスペースもあった。
「エリザとウリンが作ってくれてな」
一晩で仲良くなったのか呼び捨てになっているセンセイが自慢げに言う。
「アルトの分も渡してくれと頼まれた」
「エリザのやつめ……オレのおふくろかってんだ」
「ウリンに頼まれた」
「幾らで売れって?」
「五百エレクだそうだ。キミら、通じ合ってるな」
「銭ゲバの考えそうなこった。貰っとくけどよ……完全気密のアーマーは楽そうだなあ」
水の中潜っても体濡れねえ呼吸普通にできるってだけで普通の冒険者とは違う。人型の潜水艇だな。
ちなみに普通の潜水艇がダンジョン探索に使われたこともあったが、遅い・防衛能力が低い・デカくて大型魔物に狙われやすい・ぶっ壊されたときに被害額がとんでもない(一機で数億円する)という理由で何回かの失敗を経て使われなくなった。
しかしこのセンセイのアーマー、バッテリーで動いてんのかな。だとしたら寿司屋の電気代半端ないことになる気がするが、オレが心配することでもないな。
「さて、ギルドに行って登録すっか。なあに、普段からろくでなし共を雑に登録して死地に送り出してるザル運営だからすぐに問題なく終わるだろ」
「今日中に冒険に出られるだろうか」
「熱心だな。んんー……まあ、初めてだしオレがついて行って近場の魔物採取してみるか。センセイ一人で行かせると常識知らずだから騙されそうだしな」
「世間一般の常識なら、昨日調べてかなり学んだぞ」
「へえ。あいつらちゃんと教えてたか?」
「いや、二人とも翌日の仕込みとか音速マグロの宣伝広告作成とかで忙しそうだったからインターネットの動画で学んだ。主にずんだもんから教わった」
「ずんだもんで常識を学ぶな」
適応力はめちゃくちゃ高いんだけど色々と心配だ。
さすがに全力で騙されたセンセイが路頭に迷ってゾクフー送りになったら……なったら……
「……なんか困ったらひとまず、オレに聞かないといけないとか、頼んでいるとか言って相手の話を打ち切っていいからな」
「頼りになるなあ、アルトは」
「くぇー! 一発で騙されそう!」
そうやってすぐに、会って一日のオレなんて信じようとするのがマズいんだぞ。
冒険者なんてのは自己責任、自衛するのが基本だ。オケアノスも他の冒険者も、なにかしらメリットがなけりゃ助けてなんてくれねえ。中の良い奴らが協力パーティを組むこともあるが、取り分で争って崩壊なんてよく聞く話で。
オレだって助けねえと足を引っ張られてウゼえなってときぐらいしか新人を助けない。センセイの場合は見捨てると後味悪そうだし美人だから特例だな。美人の冒険者とか見たことねえし。そもそも女冒険者すら何人かしか居ない。借金持ちでも若くて潜れるぐらい体力ある女は別の返済プランがある。
あとセンセイに協力するのも、海底遺跡に放置してきちまった財宝がこの強化アーマーなら回収しやすそうだというメリットがオレにもあるからだ。
「ま、とにかく行こうぜ。ゴー!」
『わかった』
センセイがハッチを閉じて、機械越しの音声に切り替わる。こうすると声が機械的に聞こえて性別もわからなくなる。
強化アーマーのバックパック上に登って座ると、アーマーは中腰みたいなポーズで道路を走り出した。
三岳島は一企業が作った人工島だから、ご親切な公共精神で設計されているわけではない。道路もオケアノスの連中が使うために作っているので一般の島民はあまり利用していない。
というか車を持っているやつがほぼ居ない。離島で、流通もオケアノスが仕切っているだけあって自由に車を運び込めるわけでもない。どうしても個人の車が欲しいやつはオケアノスから高いカネ出してレンタルしないといけない。
このレンタル代がガチで高い。冒険者で乗っているやつ見たことねえ。店なんかを出している島民も個人で持っているのは、オレが通っているパチ屋オーナーのナムさんぐらいしか知らない。なんでか高級車乗っているよなあの人。
冒険者のほとんどはオケアノスが運営するバスや自動運転タクシーに乗るか、やっすいボロ船や中古の水上バイクで移動している。
原付きすらない。チャリは所有できるが丁寧に管理しないと一瞬で他の冒険者にパクられる。そんなわけで、島の道路はわりかし空いていた。
そんな空いた道路を見たことのねえ強化アーマーで走るんだから結構目立った。まあ、センセイがギルドに入れば否応なく目立つか。
三岳島漁協こと冒険者ギルド。オレが通うっていうか住居から近いのは島に三箇所あるうちの一つ、第一ギルドだ。ちなみに第三ギルドが一番デカくて冒険者の質と量も良い。(第二は第一と同じ規模)
センセイとオレが入るとややどよめきが広がり、オレはギルドの総合受付へ案内した。登録もそこでできるはず。
「おう、『しぶとい』アルト! 昨日のサメ殺し、上層部でもウケてたぞ! 報酬は精算カウンターで受け取れ!」
顔なじみのオッサン職員が声を掛けてくる。オレは軽く手を上げて応えた。
「わーったよ。こっちのセンセイを登録したら貰っとく」
他のベテラン冒険者もオレを見て噂話をしていた。
「あれが『あわや』のアルトだ。昨日、ツインヘッドシャークを討伐したらしいぞ」
「マジで! 俺の同期、あのサメに食われたんだけど」
「『死に損ない』アルトはホント死なねえな。普通死ぬだろ、今まで何十人も殺してきたサメに襲われたら」
「あいつ腕はそこそこ良いのにパチカスで装備がショボいから、ああなるんじゃないぞ」
るっせーな。まともなあだ名がねえぞ、オレ。
ツインヘッドシャークに襲われたのは特に酷かったが、これまでも結構ヤバい目にあっていて(純粋に運悪く)その度にどうにかするんだが、同じような狩り場で活動していたやつらは被害甚大になったりするので、平気で生き延びるオレをやっかんだりする。
オレの隣にいるセンセイも「なんだあれ」「新型か? どこのメーカーのだ?」と噂されているがな。
『アルトは有名人なんだな』
「雑魚どもが無名すぎるだけだって。一年以上生き延びたら嫌でも顔を覚えられるぞ。新人の半分は半年以内に消えるからな」
オレの同期も生き残っているやつは僅かだ。一年以上冒険者やってもカネをある程度稼いだら円やドルに換えて島からオサラバするやつもいる。その方が賢い生き方ではありそうだ。
オレは借金がなくなったら……どうすっかな。本土よりこっちの方が稼げるんだよな。死ぬ可能性がアホみたいに高いだけで。
まあいいか。今日死ぬ可能性もあるし明日死ぬ可能性もある。今から考えても仕方ねえや。
総合受付のオッサンのところへ来た。どこに行ってもオケアノスの職員はオッサンばっかりだ。もちろん、冒険者なんてゴロツキ連中と応対する仕事だから若い姉ちゃんだと侮られるんだろうけれど。
「おうオッチャン。こっちのセンセイの話は聞いてないか? 謎の強化アーマー着た凄腕だ。冒険者登録したいんだが」
「……あっちの会議室で上の方が契約について話をするから、そっちに行け」
「あン? いつもそんな面倒な登録してねえだろ。奴隷契約書みたいなの見せて名前書かせて口座作って、はい死んでこいみたいなノリじゃん」
「事情があんだよ。アルトは帰っていいぞ」
「どうも怪しいな……」
その対応に疑いに目線を向けていると、後ろの方から声が掛かった。
「やーやー! 御機嫌よう! センセイというのはそこのアーマーさんかな⁉」
調子外れの鼻声みたいな小馬鹿にされているのかと思うような感じの声だった。オレらが振り向くと、ブカブカの白衣をケバケバしいサリーの上から着ている変な女が居た。頭にはやたら豪華な宝石の飾りがついているが、アレが翻訳機アプサラかはわからん。見た目だけでオレの百倍ぐらい高そう。
その女の左右にはSPっぽい黒服の武装したごっつい男二人が固めている。
『誰だ?』
センセイの誰何も気にせず、女はジロジロと無遠慮に眺めた。
「ふぅむ、見た目からしてヴァルナ社どころか既存メーカーの製品にも見えないねえ。リアルで確認するって大事。うんうん、良さそう。メーはヴァルナ社三岳島支部の開発部長、ルナーニだよ。よ~ろ~し~く~」
『はじめまして、だな』
「な~ま~す~て~」
「なんで言い直した?」
無駄にゆらゆら揺れながら低血圧みたいな口調で言う女──ルナーニ。ヴァルナ社のお偉いさんか?
夢遊病患者のようにブラブラとセンセイの強化アーマーを三百六十度見回してしきりに頷いていた。
「よし! キミ、うちの会社と契約しなよ」
『む?』
袖あまりの白衣から出した手を合わせてルナーニはニンマリと笑みを浮かべた。
「いい条件つけるよ~? まず率直に、その強化アーマーを売ってくれたら五千万ドルで買い取ろう!」
「ごせんまっ……ドルゥ⁉ ゲホゲホ」
思わずむせた。
いきなり現れたヴァルナ社の女は、センセイのスペランクラフトジャケットに五千万も値をつけた。しかもエレクじゃねえぞ。ドルだぞ。日本円だと七十五億円ぐらい。
パチ屋のオーナーになって店を出すに掛かるカネが一等地で十億円ぐらいだから(調べた。夢を見るのは悪くない。逆に、宝くじ当たってもパチ屋開店資金に足りないって夢がねえな)、パチ屋七軒経営できる額だ。
それをポンと提案しやがった。普通の冒険者ならマッハで頷く。
『断る』
センセイは言葉少なでそう返事をした。ああっオレの七十五億が! オレのじゃないか。冷静になれ。
しかし断られたのにルナーニとか抜かす金持ちは言う。
「そうかいそうかい。それほど惜しいモノとなると、余計興味があるなあ。そっち有利な条件も色々つけてあげようか。まず、うちと契約したらその強化アーマーは調査研究させて貰うけれど、センセイが保有して冒険者として活動することも認めよう。データ取りになるからね。最大限協力してもらって、我が社がリバースエンジニアリングで同じような性能の強化アーマーが作れるようになったら契約を解除してもいい。もちろん、返金は必要ない。それでも五千万ドルでどうだーい?」
ペラペラと女は説明をしながらどこから取り出したのか巻き尺なんかを伸ばしてセンセイのスペランクラフトジャケットを既に計測し始めている。興味深々って感じだ。
条件としては……破格なんじゃねえの? 一時的に所属して強化アーマーを調べさせるだけで五千万ドル。最終的には返してくれるという約束付き。その期間、アーマーを使用した活動も認められる。
暗黒メガコーポのヴァルナ社がこんな治外法権で交わしたとんでもない金額の絡む約束をちゃんと払ってくれるか、という根本的な疑いさえなければ。
オレだったらクソ疑う。っていうかヴァルナ社はチェスターの死体すら回収してなんかに利用しようって連中だ。人魚のセンセイが捕まったらイルカ爆弾に改造されるんじゃねえの。核爆弾搭載して某国に突っ込ませそう。
──と、ギルドの奥から冒険者どもから浮いている、スーツ姿の役人みたいな男が足早にやってきた。
オールバックで髪を撫でつけている典型的な陰険メガネだ。確かオケアノス漁協の課長だったか? エリートだ。なにせ頭の上に『ELITE』って文字になった装飾品がついて光っている(ルビも含む)。アプサラだろうか。あんなの見たことない。正気を疑う。
見た目通り(エリートアピール以外の見た目)神経質そうな声をこちらに向けてきた。
「そこッ! 勝手な取引をするんじゃあないッ! この島でエレクトロン貨以外の金銭交渉など以ての外だ!」
「えー? でもセンセイはまだ冒険者じゃないから、オケアノスと関係ないねー。たまたま島内で会った相手と無関係な商談をしているだけさー」
「通るか! そんな理屈ッ!」
「ヴァルナ社としては今からセンセイ連れて船で出ていってから商談纏めてもいいんだけれどー」
「駄目だ! センセイはこれから冒険者の契約だ! よし、特例として上級冒険者候補として登録し、強化アーマー装備のバディをつけて活動してもらおう。アーマーの整備維持費も補助金を出して無料だ。他にも消耗品や住居などに特典が──」
なんか、オケアノスとヴァルナがセンセイを奪い合っている。
『どういうことだ?』
「たぶん……昨日、オレに付けられていたボディカメラの映像を検証したんじゃないか? で、ツインヘッドシャークに噛みつかれるわ壁に叩きつけられるわしたのにまったく壊れてないその強化アーマーに目をつけているっぽいな」
どっちも条件にアーマーを重視している感じなのがわかる。
確かにあのツインヘッドシャークとかいう化け物は、軍艦だろうがオケアノスの超硬化FRP製の船だろうが岩だろうがバリバリ噛み砕く。ランク九の、ライフルで撃たれながら戦車に轢かれても死なない強化スーツを着ている上級冒険者もササミみたいに噛みちぎる。センセイ以外の強化アーマーだって壊されている。そんなパワー系魔物だ。(大中小のツインヘッドシャークが居て、一番小さいやつでもその被害を出す)
それが思いっきり噛んで振り回しても反撃して、しかも元気ピンピンで動いているセンセイのスペランクラフトジャケットはやっぱり異常だろ。オレも技術に詳しいわけじゃないが、たぶんヴァルナもオケアノスも再現できない。
じゃあなんでそんな装備があるのかというと、某国の秘密兵器……という可能性も低い。世界トップ企業ほどの技術力はないからだ。なら考えられるのは、そのスペランクラフトジャケットは『異物』とか呼ばれるダンジョン産のお宝だってことだ。
時々、海底遺跡や中心部の大穴付近に落ちていたり、宝箱に入っていたりする不思議な効果を持つ道具のことで、現在までに幾つか見つかっている。やけに性能が上がっているダイバースーツやボンベなんかはその異物を解析して現代技術に組み込んだものらしい。この世界じゃ考えられない、異世界のモノなんじゃねえのって話から『異物』と呼ばれるようになったとか。
企業としてはどんな異物だろうと、解析して特許取りたいのでめちゃくちゃ欲しがっている。が、基本的に公海なので、特別な契約をしていない限りは見つけた者が所有者になる。オケアノスは最初、冒険者が拾った物は無条件でオケアノスの物にしようとしたがロクに支援もしていないのにその契約だと盛大に反発されて密売が横行。仕方なくちゃんと大金出して冒険者から買い取るようになった。
そんな暗黒メガコーポどもを迂闊に信じたら、スペランクラフトジャケットだけ奪ってセンセイをポイ捨て……しかけて、人魚だと気づいて解剖とかしそうだな。こいつら。
「さあ、センセイ!」
「どうする~?」
二人から欲張しった目で見られてセンセイの返答は、あっさりしていた。
『私がどうするか。その方針はアルトに頼んでいる』
……
「オレかよ⁉ 丸投げ⁉」
『頼れと言ってくれたからな』
そうすると企業代表の二人はやっとオレの存在に気がついたようにこっちを見た。ルナーニの方がまず発言する。
「ツインヘッドシャークを切った人だね。カメラで見たよ~」
「そいつはどうも。っていうかどこのカメラだ? オケアノスから流出映像か?」
「チェスターに貸し出していたソードにデータ取り用のカメラもつけてたのさ」
そういえば、あのナミヒーラ。サメの頭にずっとぶっ刺さってたっけか。
追われまくるところからずっと撮影されてたのかよ。
「なんあらキミもヴァルナ社のテスターにならない? センセイのおまけで」
「ならねーよ。っていうか昔なったことあるけどクビになったよ」
「……なにしたの?」
「パチ屋の負け分を経費として提出したらドチャクソ怒られて追放された。戻ってきて欲しいと言われてももう遅い」
「バカだ! バカを雇いたくない……! 会社の癌になる……!」
『アルト……それは当り前というか悪質というか』
冒険者なんてゴロツキ連中の倫理観を信用して貰っちゃ困る。(主語を広げる)
今度はメガネエリートがメガネを正しながらオレに告げてくる。
「確か中級冒険者のアルトだったな。日本の消費者金融に借金があるとか……よし、センセイを説得したならばその借金をオケアノスが肩代わりしてやろう。それだけではなく支度金も用意するから装備を更新して上級冒険者にしてやろう」
「イヤに決まってんだろ!」
「ええっ! なんで⁉」
「オケアノスが借金の世話をして、支度金だか準備金だか渡してくるのって嫌な予感しかねーわ! 騙されるか!」
「そんな……お前のような小物を騙して得る利益なんてカスみたいなものだからやらないと信じてくれ……」
「知るか!」
オレを全力で騙しに掛かっていることはなんとなく気配で読めた。
利益をオレに与えようとしたって、センセイの問題でそんなことになったらエリザとウリンの視線が痛そうだ。
「そもそも、センセイはどうしたいんだ? 本人の気持ちが大事だろ」
この胡散臭さでオケアノスかヴァルナに行くっつったら止めるけど。
センセイは腕を組んで考えるような素振りを見せ──別にあの機体、操縦者の動作を追従するシステムじゃないはずだが──それから答えた。
『アルトと一緒に冒険がしたいかな。自分のペースで、自分の好きなように仕事をして、好きな食べ物を食べるために稼ぐ。ダンジョンの深部にも興味はある。いずれ潜りたいとも思っている』
だから、と前置きして二人へ言う。
『指示されながら冒険するのは断る』
「おーそうだそうだ。センセイは借金もねえからな。イヤっつったら島から出ていきゃどこでも生きていけるんだぜ」
実際は戸籍とかないから大変だろうけれど。そこまで深い事情は伝わっていないようだ。口惜しそうに金持ちどもが顔を歪める。
ヘソを曲げて出ていかれて、他の会社や国にスペランクラフトジャケットが持っていかれるのが一番困る。島に居てくれるのなら、センセイが死んだり借金地獄に落ちたときに手放させたりすることもできるし、データ観測も可能だろう。
先に諦めたか押しても良いことないと思ったのはルナーニの方だった。
「そ! じゃあいいわ。今はね。冒険者をやるならヴァルナ社の製品をどうぞよろしくね~! あ、これ名刺。直営ショップで出すと社員割で買えるからさ~」
「マジか。オレも使お」
「アンタは使うな」
「ケチ!」
オレだってヴァルナ社にカネ落としているヘビーユーザーなのによ! パチ屋の百分の一ぐらいは!
「……フン、まあいい。下級からだろうが、チンピラとパーティを組もうが結局はうちの所属冒険者になるわけだからな。断ったからには特例はなしだ。活躍は期待しておくがな」
『わかった』
「あとアーマーの整備はギルドのドックを使ってくれないか? スタッフもつけるから」
「未練たらたらじゃねーか!」
『自分で整備できるから問題ない』
センセイの言葉を強がりと思ったか、微妙に見下すような表情を残して頭の『ELITE』を光らせながら名前も知らねえ課長は去っていった。
自分で整備ったって限度があるんじゃねえの? 強化スーツは別名小型歩行戦車とも言われるぐらい、ハイテックなメカの塊だ。戦車だって出撃ごとに整備するだろ。
「ホントに大丈夫なのか? そのアーマー」
『完全に問題がないわけではないが、ここではな。いずれ説明しよう』
それもそうか。周囲は何事かと様子を見ている暇な冒険者どもで溢れている。
改めて受付のオッサンの前へ行き、定型文の書かれた契約書を出された。
「言語は?」
『日本語で』
あちこちの国から冒険者が来るので契約文は各言語用意されている。会話はアプサラで問題なく通じるが、文章はそうでもない。
内容は単純だ。最初は複雑にして冒険者をハメるみたいな契約書だったんだが、束縛が多すぎると人が集まらなかった。そんで他の企業が参入して慌てて緩めた。あくまで『冒険者はタフで命知らずだが自由な職業!』をアピールしてバカを呼び寄せないといけない。借金持ちはその限りではないけれど。
「センセイ、字ィ読める?」
『大丈夫だ。ずんだもんのおかげで』
「素直にハイって頷きたくねえな」
契約内容はだいたいこんな感じだ。
・冒険者登録をするためオケアノスで口座を開くこと。
・電子マネー『エレクトロン貨』を使って島内では買い物をすること。
・月に三十万エレクのギルド会員費を払うこと(自動引落)。
・ただしその三十万は預金以外で、ギルドに魔物を納品した際にその報酬金十分の一が自動的に支払われるので、積極的にギルドへ魔物を納品すること。
・オケアノスの運行する船以外の乗り物で島外に出た際には、領海侵犯として日本政府に捕まる可能性があるがオケアノスは一切責任を取らないので無駄に出ていかないこと。
・怪我、一身上の都合で冒険者を辞めて島を出ていく際には申し出ればオケアノスが該当者の国へ連れて行くこと(港はランダム)。
・契約破棄時には手数料として三十万エレクが必要。
・会員費等が足りない場合はオケアノス金融から借金すること。
ってところか。まあ、真面目に海に潜って魔物を獲ってギルドに納品。それだけしとくなら問題ない。会員費なんて余裕の三日で稼げる。なんかあって借金さえしなければ。借金システムが怖い。
センセイはサッと流し見する。この中でせいぜい、冒険者を縛るのは毎月のギルド会員費ぐらいか。外に出て捕まっても知らんとは書いているが、出るなとは言わない。
辞めるのも三十万エレク貯めればいいだけで、まともな冒険者(一ヶ月以内に死なないやつ)なら楽勝な条件だ。
問題なさそうで、センセイは契約書にサインをした。出身地(適当でいい)を日本の東北にしたのはずんだもんの影響じゃねえよな。
「それで、登録写真が必要だから脱いで貰っていいか?」
オッサンがそう指示を出す。まあ確かに、アーマー着たままだったら誰が登録したのかさっぱりわからんよな。センセイがロックを解除してアーマーを開く。
首元が展開したスペランクラフトジャケットから、センセイが上半身を出してオッサンに見せた。下半身は見せないように降りない。
周囲の冒険者も中からどんな大型新人が出てくるのかと注目していたので、中から美人のチャンネーが出てきてどよめいた様子だった。
「おいアレ……女か⁉」
「女冒険者初めて見たぞ俺!」
「ミス・ゴジラさんは?」
「あれはただのパーフェクトソルジャーだろ……」
「風俗の姉ちゃんより可愛い」
「おーい、強化アーマーの女ァー! 俺っちがエスコートしてやろうか⁉」
囃し立てるような声も聞こえて、センセイは別にしなくていいのにそのクズどもの方を向いて応えた。
「問題ない。アルトに頼んでいる」
オレに向かってブーイングが飛びまくったので、黒塗り修正しないといけないファッキングサインを両手で作って連中に向けてやった。
そんなことしている間にオッサンがデジカメでセンセイの素顔も撮影し、IDも完成するころだ。
「オッサン、端末もくれ。安いやつ」
「あ、ああ。さっき課長からこれを使うようにと……」
「そんなクソ怪しいの使うわけねえだろ。普通の寄越せ、普通の。ヴァルナ社から借りてくるぞ」
「わかった、わかったから」
どうせ怪しげな発信機とか盗聴器とか監視カメラとか洗脳アプリとか仕掛けたやつ渡そうとしていたんだろうな。受付の引き出しに入ったスマホの中でオレが適当に選んだ。
オッサンが起動させて初期設定で、先程登録したセンセイのIDを入れる。高性能なモデルに買い替えることもできるが、ひとまずこれでセンセイ専用の端末だ。
「電子マネーを入れる仮口座が作られているが、後で口座を開かないと三日で使えなくなるからな」
「わかった」
センセイは端末を受取り、また強化アーマーの中へ戻っていった。
「端末代はオレが出しとくから借金にすんなよ」
「アルトお前……そうやって恩を売って気を許させてから強化アーマーを売っぱらう計画なら一枚噛ませろよ」
「やらねえよボケ!」
オッサンの邪推に怒鳴った。キャバーンキャバーン。数万エレクぐらい端末代で口座から引かれる音がした。貧乏人の冒険者志願はまずここで借金をしてしまう。
「さて、登録なんてのは簡単にこれでおしまいだ。口座開設とかあるけどな」
『大丈夫だ。もう端末から開設しておいた』
「はやっ! デジタル世代かよ! 記憶喪失なのに!」
確かに、端末の銀行アプリからネットを繋いで口座開設できるんだがユーザーインターフェースがウンコ(まあつまり、不親切だ)なのでほとんどの冒険者はオケアノス金融の銀行窓口で作ってもらうんだがな。
記憶がなくともこんな強化アーマーを操作したり、ずんだもんを見たりできるんだから機械をいじるのが得意なのかもしれない。センセイは。
「それじゃあとりあえず……軽く冒険に出てみるか。まずは近場から。魔物の種類も覚えねえといけねえだろうし」
『ああ。楽しみだ』
妙にワクワクしているセンセイ。彼女は冒険だとか探検だとか、そういう話題になると声が弾む気がする。覚えていなくても趣味だったのかもしれない。自分の記憶を先に探せよと思わなくもないが。
オレもギルドにあるロッカーへ装備一式を取りに行くことにした。
今日もバカみたいに死亡率の高い、現代の炭鉱奴隷みたいな仕事が始まる。
幾ら経験をつもうが、高級装備を整えようが、死ぬときは一瞬で死ぬ。
馬鹿げたリスクを浴びながら、魔物を狩って遺跡探検する職業。
命知らずの冒険者として、せいぜい寿司代とパチンコ代でも稼ぐとしようか。