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アルバイト参観

 もうすぐ12月。


 いよいよ本格的な寒さが到来する。


 しかし、俺は全身汗だく。


 なぜなら、バイト先のファミレスで必死に働いているからだ。


「いらっしゃいませ、お席までご案内いたします」


 来店したお客さんを席まで案内して、次はテーブルの片づけ。


 慣れた手つきで、テーブルの上の食器の片づけと席全体の消毒を完了する。


 で、次は、お客さんの注文を受ける。


 店内では、配膳ロボットや、バイト仲間の伊吹いぶき先輩、後輩たちが走り回っている。


「暑っ……いてて……」


 汗が目に入ってつーんと痛む。


 店内には暖房がしっかりと効いているので、汗っかきな俺には酷だった。


 すぐに汗が湧いて出て、背中がびしょびしょになってしまう……が、もう少しの辛抱。


 あと30分ぐらいで、俺の就業時間は終了する。


(あと30分の辛抱だ……これを乗り越えて、あと半月もすれば、念願のイルミネーションデートだ……!)


 俺は、俺自身の心を鼓舞した。


 実は、クリスマス前に麗羽れいはと遠出して、イルミネーションを見に行く約束をしている。


 この苦労のいばら道の先に、麗羽れいはとのデートという楽園エデンが待っていると考えると、自然とやる気が湧き起こるというものだ。


 俺は、そんな楽しみを心の薪として燃やして、アルバイト業務に熱を入れた。


 また、お客さんが去った席の片づけをする。


「あ?」


「よっ」


 その空席には、見覚えある女の子が座っていた。


 黒髪ショートで、丸い瞳が可愛らしい彼女は……


「頑張ってるね、 利亜夢りあむくん。お疲れ様☆」


「なんでバイト先にまで出没するんだよ」


「授業参観ならぬ、バイト参観的な?」


「言っておくけど、麗羽れいはに構ってる暇はないよ。割と忙しいから」


「いいよ、大丈夫。私は、空いた席で 利亜夢りあむのことを見守ってるから」


「じろじろ見られると気になるんだよなぁ……」


「じゃあ、チラチラ見るよ」


「そういう問題じゃない」


「あ、お弁当箱とかの洗い物済ませて、洗濯物も畳んでおいたよ。お風呂も洗っておいた」


「それ、マジで助かる。ありがとう」


 洗い物と洗濯と部屋の掃除と風呂掃除と朝ごはんの作り置きとゴミ出し……


 俺がこれまでやっていたことは、なんでもかんでも、麗羽れいはが済ませておいてくれる。


 これが、すごく助かるのだ。


 バイトや大学から帰ったら、お風呂にすぐ入れるし、やるべきことが少なくて済む。


 だから、俺もバイトを頑張れるし、バイト代を麗羽れいはの笑顔のために惜しみなく使おうと思えるのだ。


「加賀くーん、12番席もよろしくー!」


 隣のエリアから、伊吹いぶき先輩の声が飛んできた。


「はい、了解です!」


 俺はすぐに返事をした。


「あの人、バイトの先輩?」


「ああ、そうだよ。俺と同じ大学の先輩でもあるよ」


「ふーん」


 いけない、いけない。


 やはり、麗羽れいはがいると話が盛り上がってしまう。


 このままペチャクチャ喋って、業務のほうに支障が出てはいけない。


 俺は、素早くテーブルの上の食器を抱え、テーブルの上を拭き、席全体の消毒を済ませる。


 そんな光景を見て、麗羽れいはは「すご。早いね」と、評価してくれた。


「まあ、飲食のバイトは高3の頃からやってるからね」


「ファイト!がんばれ、バイト戦士 利亜夢りあむくん!」


「応援サンキュー、麗羽れいは


 俺は麗羽れいはに笑みを見せて、食器を厨房の洗い場へと運んだ。


 そこで、伊吹いぶき先輩に肩をトントンと叩かれた。


「はい、伊吹いぶき先輩」


 俺が振り向く。


「加賀くん、お疲れ」


「お疲れ様です」


「加賀くんさ、さっきから独り言すごくない?」


「あ……」


 伊吹いぶき先輩が言及するこれ、きっと、麗羽れいはと話していたことだ。


 俺以外に幽霊の麗羽れいはの声は聞こえず、姿も見えないので、はたから見れば、俺が一人で喋っているように見えるのだ。


「どーした?気を病んでたりする?」


「いえ、そんなことはないですね。先輩や店長から伝えられたこととか、お客様の注文を覚えておくためにブツブツ言ってただけですよ」


「それにしては、一人で誰もいない席に向かって話しかけてたように見えたけど……まあ、それならよかった」


 幽霊のカノジョがいまして、その彼女と話してました……なんて説明しても、絶対に信じてもらえない。


 だから、俺の雑な説明で伊吹いぶき先輩が納得してくれてよかった。


「なんか悩みがあるなら、ウチにでも店長にでも相談しなよ」


「お気遣いいただき、ありがとうございます」


「じゃ、あと20分だから、お互いがんばろ!」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 伊吹いぶき先輩に背中を押されて、俺は再びホールの業務へと舞い戻った。


 床の清掃をしているタイミングを見計らって、麗羽れいはが声をかけてきた。


 今度は、伊吹いぶき先輩や後輩たちに聞こえないように、小声で話す。


利亜夢りあむって、あの先輩と仲いいの?」


「仲がいいっていうわけじゃないけど、まあ、バイトの先輩と後輩っていう立場で、良い関係を築けているよ」


「あの伊吹いぶき先輩っていう人と、大学で仲良しってことはない?」


「大学での付き合いは、ほぼないよ。バイトに関する連絡を交換したり、シフトの相談するぐらい。たまに、先輩の愚痴を聞かされたりするけど」


「プライベートな付き合いは、それだけ?もっとあったりしない?」


伊吹いぶき先輩との接点は、それ以上はないよ」


「ふーん……そっか」


 麗羽れいはは、顎に手を添えて怪訝な顔をしている。


「そんなに俺と伊吹いぶき先輩について気になることがあるの?」


「なんか…… 利亜夢りあむくんがあの人と仲良く話しているところ見ると、胸がムカムカする」


「それ、【嫉妬】ってやつでは?」


「うん、そうなのかもしれない」


「そんなに俺のこと独り占めにしたいのかよ」


「したい。独り占めにして、私だけのものにしたい」


「どんだけ俺のこと好きなんだよ……」


「めっちゃ好きだよ。大好き」


「……」


 唐突な告白に、俺は押し黙ってしまった。


 こんなにド直球に「好き」と言われたのは、初めてだ。


 耳が、頬が、カッと熱くなった。


 床に反射した自分の姿を見ることすら恥ずかしく思えた。


「も、もうちょっと待ってて。あと少しで終わるから……その、たまには、麗羽れいはと一緒に帰りたい」


 俺は、ふと、麗羽れいはと一緒に帰りたいと思った。


 麗羽れいはは、俺の懇願を受けて、目を細めて笑った。


「いいよ。私は、 利亜夢りあむのためなら、いつまでも待つよ。私は、 利亜夢りあむの行くところどこへでも、どこまでも、天国だろうと地獄だろうと、付いて行くから」


「重い。愛が重すぎる」



――天国だろうと地獄だろうと付いて行く。



 どうしてそんな大げさで、尊大なセリフが思いつくのだろう。


 麗羽れいはの俺への愛は、嘘偽りのないもののようだ。


 麗羽れいはに見守られながらバイトに勤しむ。


 バイトを終えた俺は、寒空にのぼる三日月に見守られながら、麗羽れいはと一緒に帰宅の途についた。

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