デパートデート
時は、11月のはじめまで進む。
日中はまだ温かいが、朝晩が冷えるようになってきた。
いよいよ冬が始まろうとしているので、冬用の服を買いに出かける。
今日は、大学の最寄り駅の近くの大型デパートに行く予定だ。
麗羽は、俺のスマホで冬コーデを調べて「何買おうかな~……あ!このスウェットかわいい~見て見て!」と、朝からテンションが高い。
俺と麗羽は、徒歩で家の最寄り駅へ。
駅の改札、俺は、大学に通うために買った定期券で通り抜けるのだが、麗羽は……
「私は、切符も買わなくていいよね……?」
「まあ、麗羽は幽霊だから」
「大丈夫だよね……?」
幽霊には法律は適用されない。
だから、電車の切符すら買う必要はない、という論理。
麗羽は、恐る恐る改札をすり抜けた。
改札のゲートは反応しないし、行き交う人々も駅員も、麗羽が改札をすり抜けたことに気が付かなかった。当然、彼女が幽霊だから、彼女のことが見えないのである。
しかし、傍から見ていると、悪いことをしている気分になる。
それは、麗羽も同じだったようで……
「やっぱり、切符買うわ。悪いことしてる気持ちになって、モヤモヤするから」
「ほい、切符代」
俺は、財布から小銭を取り出し、麗羽に手渡した。
「ごめんね、何でもかんでも利亜夢に頼り切りで……」
「いいよ、気にしないで」
麗羽は、人が少ないタイミングを見計らって、切符を購入した。
隣で定期のチャージをしていたおばあちゃんが「あれ……?」と、自動で出てきた切符(ほんとうは、麗羽が購入した)に気が付いて首を傾げた。
麗羽が切符も持つと、それが透明になったので、おばあちゃんは見間違いだと思ったのか、再びタッチパネルの操作を再開した。
俺と麗羽は、隣合って座って電車に揺られ、デパートの最寄り駅へ。
♦♢♦
「私、買い物大好き。さてさて、どんな掘り出し物があるかな~♪」
週末セールの文言が、これでもかと張り出されるデパート内の華やかな光景に、麗羽は目を輝かせる。
「俺は、洋服とか靴とか、あんまりこだわりないな」
一方の俺は、買い物を楽しむというよりも、買い物を楽しむ麗羽を見て幸せな気持ちになろうとしている。
一応、冬用の新しいパーカーと長ズボンを買おうと思っているけど。
「じゃあ、私の服を選んでよ。とびっきり可愛いやつ」
「おっけー。任せて」
「よーし、レッツゴー!」
「テンション高いなぁ……」
俺は、スキップする麗羽の背中を追って、店を巡った。
最初に入ったのは、アパレルショップ。
麗羽は、主に冬用のカーディガンやデニムを中心に品定めしていた。
「これ、どう?あっちにある灰色のニットと併せて着てみたいんだけど」
麗羽は、とあるジーンズを俺に見せてた。
そのジーンズは、膝や太ももなど、ところどころに穴が開いたジーンズだった。
「なんでそんなにボロボロなの、そのズボン」
「ボロボロなんじゃなくて、あえて破いてあるんだよ。こういうジーンズを【ダメージジーンズ】って言うんだよ。知らなかった?」
「あ、そうなんだ。ファッションに疎いもので……勉強になります」
なんせ、高校生から履いているスニーカーを今も履いていて、母に買ってもらったカーディガンやTシャツを着古しているぐらい、ファッションには無頓着。
麗羽と買い物を楽しむために、今後はファッションやコーデを要勉強か。
「試着してみようかな。利亜夢は、私のファッションチェック担当で」
「ファッションにめっぽう疎い俺がチェック要因で大丈夫……?」
試着室へ。
麗羽は、着替えを済ませる度に、試着室のカーテンを開けて、俺にチェックしてもらった。
「これはどう?灰色と黒で、落ち着いた印象の組み合わせを着てみた」
「かわいい。ベリービューティフル」
「これは?どちらかというと秋用だから、来年の春にも着られると思う」
「似合ってると思う」
「マフラーも買ってみたり」
「赤がとっても似合うと思います!」
「全部かわいいとか、全部似合ってるじゃ、選べないよー!」
麗羽は、頬をぷくーっと膨らませて不満顔。
「しょうがないだろ。容姿端麗な麗羽に、何を着せても似合うにきまってるじゃん」
「利亜夢が一番似合ってると思うものを選んでよ」
「うーん、強いて言えば、さっきの灰色と黒の組み合わせかな。今着てるジャケットも、似合ってると思うよ。あと、そのコートとマフラーの組み合わせもイチオシかな」
「私は、こっちの灰色のカーディガンもいいと思うんだけど……迷っちゃうな」
「じゃあ、全部買っちゃえ」
「え、いいの?」
「金だけはあるんで」
「うわ、そんなセリフ、一生に一度は言ってみたい」
バイトはしているし、親からもお小遣いを貰っているが、お金はあまり使わない。
お金を使わずとも、工夫次第で、暇を潰すことはできる。
動画や配信は無料で観られるし、
青空文庫※を読み漁り、ライトノベルは小説投稿サイトで読み、
※著作権が消滅した作品や著作権者が公開を許可した作品を、インターネット上で無料で公開している電子図書館
最近は月額制の映画サブスクや漫画が読めるアプリを組み合わせて節約しているし、そもそもファッションへのこだわりが無いし、外食もしないで基本自炊なので、貯金は増える一方だ。
「……?」
麗羽の服装をチェックしていて、気がついたことがある。
――試着室の姿見に、麗羽の姿が映っていなかったのだ。
「……麗羽、鏡に映ってなくない?」
「そうなんだよね。私の姿って、鏡とかスマホの画面とか……水面にすら映らないの。だから、お化粧もろくにできないんだよ!」
まあ、麗羽は化粧をする必要すらないぐらい、かわいい。
けれど、化粧をすること自体の楽しさを味わえなくて、なんだか不憫に思えた。
「だから、ファッションチェックは、利亜夢くんに担当してもらったんだよ」
「なるほど、そういうことっだったのか」
麗羽は、鏡で自分の姿を確認できないから、俺にチェックを頼んだ、というわけだ。
さて、麗羽が着たいと思った洋服と、俺の新しいパーカーと長ズボンを腕に抱えて、セルフレジへ。
しかし、麗羽は、そこで顎に手を添えて、何やら考え事をしている。
「どした?」
「なんか、ここまで来て言うのもおかしいけど、あんまり沢山買うのは、申し訳ないなーって思って」
「いいよ、好きなだけ買いなよ」
「いや、でも、さすがに、利亜夢くんが汗水流して稼いだバイト代だから……」
「俺は、このお金で麗羽の笑顔を買いたい」
「そ、そう?じゃあ、利亜夢くんのお言葉に甘えさせてもらおうかな……」
麗羽は珍しく顔を朱に染めて、言葉を詰まらせた。
俺は、抱えていた洋服の代金をスマホ決済で支払った。
セルフレジの近くで作業していた店員さんには、「この人、ずっと独り言言ってるよ……」と、不審に思われたかもしれないけど。
買った洋服を袋に詰めて、それを右手に携え、麗羽に付いて行く。
こんどはアクセサリーショップかな?
それとも靴屋かな?
「……」
――俺は、このお金で麗羽の笑顔を買いたい。
麗羽に好きなものを買ってもらいたくて、自然と口から出た言葉だ。
しかし、今、改めて考えると、キザったらしくて、恥ずかしいセリフだ。
麗羽に変に思われてないかな……
カッコつけたがりだと思われてないかな……
そう考えて不安になることも自意識過剰な気がして、さらに恥ずかしくなった。
「お、俺、腹減ったな。そろそろお昼ご飯、食べようかな」
そんな恥ずかしさを誤魔化すために、話題を振った。
「麗羽は、何か食べたいものある?イタリアンでも、和食でも、中華でも、何でもいいよ」
「え、私はいいよ。遠慮させてもらう。こんなにいっぱい服買ってもらったから」
「いいんだって。俺、普段はあんまりお金を使わないから、こういう機会にお金を使って、日本の経済を回さないと。麗羽も、たまには美味しいもの食べたくなるでしょ?」
「なんか、ごめん」
「なんで、急に謝るの?」
「この恩返しは、どうにかこうにか、必ずするからね」
「恩とか、気にしないでいいって。そんなことより、おいしいもの食べて幸せになろうぜ」
回転ずしとか、ステーキ屋とか、いろいろな店があったけれど、結局、手頃なファミレスで昼食を食べた。
麗羽は、エビのサラダ、濃厚チーズミラノ風ドリア、コーンスープ、カルボナーラに加えて、デザートにチョコアイスとジャンボイチゴパフェとを次々と注文して、すべて胃の中に収めてしまった。
幽霊だけど、意外と大食いでした。
人目を気にせずにたくさん食べる女の子……心にグッと刺さる。
「ん~どれもこれもおいしい。幸せ~♪幽霊だから、カロリーとか糖質とか気にしないで食べられるのがいいね」
幸せそうに食べる麗羽の顔が見れたので、俺は、満足した。
その後は、ガチャガチャをしたり、ゲーセンで少し遊んだり、本屋に寄ったりして、とても濃厚で充実した【デート】を楽しませてもらいました。
麗羽と一緒にいると、どこへ行っても、何をしても楽しかった。
(これが友達、これがカノジョと一緒にいるということかぁ……幸せだ)
夕焼けに照らされ感傷に浸りながら、買ったものを両手に携え、電車に揺られ、帰宅した。