幽霊の体は冷たい
日中の暑さがようやく和らいできた10月中旬。
俺は、いつも通り大学から帰宅した。
「ただいまー」
俺が帰宅の挨拶をすると、麗羽の「おかえりー!」という快活な声が返ってくる。
「帰ったよ」
「ん、お疲れ」
自室に入る。
麗羽は、俺のベットの上に寝転んで、俺の液晶タブレットで映画を観ていた。
「何観てるの?」
「中世ヨーロッパの魔女狩りの映画。興味本位でね」
「ずいぶんマニアックな映画だな……」
そこは、流行りの韓流映画とか、アニメ映画じゃないんかーい。
しかし、映画のマニアックさより、言及しなければならないことがある。
――俺は、ベッドの上でポテチを食べるという、麗羽の暴挙を目撃した。
「おい、ベッドの上でポテチを食べるな。粉とか破片がこぼれるから」
「大丈夫、こぼさないように食べてるから」
「自分からこぼすヤツはいないだろ、バカたれ。誰が掃除すると思ってるんだよ」
「利亜夢くん」
「なんで俺が麗羽の食べこぼしを掃除する前提なんだよ」
「だって、ここは利亜夢くんの部屋でしょ?自分の部屋は自分で掃除するでしょ?」
「じゃあ、ここは俺の部屋なんで、出て行ってください」
「いやあああああ~私を追い出さないで~」
「だったら、ベットから降りて食べて!」
麗羽が家に来てからというもの、毎日がコントのようだ。
俺は、ポテチの袋を麗羽から取り上げて、テーブルの上に置いた。
自分の寝るところにポテチの粉や破片が転がっているのは。潔癖性な俺には耐えがたい。
麗羽は、渋々、ベッドから起き上がった。
「あ、お風呂沸かしておいたよー」
「お、助かる。ありがとう」
「どういたしまして」
一方、麗羽がいてくれて助かるところもある。
例えば最近は、シンクに溜まった洗い物をやっておいてくれたり、洗濯物を畳んでおいてくれたり、家事をやっておいてくれる(褒められるのは俺だけど)
ますます、幽霊の麗羽が俺の生活の中に溶け込んでいた。
「麗羽」
「んー、なに?」
「先に風呂入った?」
一連のコントで気が付かなかったが、彼女の髪は、しっとりと濡れていた。シャンプーの良い香りもする。
「うん。二ヶ月ぶりぐらいに入ったよ。気持ちよかったわー」
二ヶ月ぶりの風呂……人間なら、大変な汚さになっているだろう。想像するだけでも鳥肌が立つ。
しかし、この二か月弱の間、麗羽の髪がべたついたり、乾燥したり、彼女の体臭が気になったりはしなかった。……というか、汗をかいているところを見たことがない。
これも、彼女が幽霊であるが故か。
俺は、着替えを携えてリビングへ。
そこから浴室に行って、全身をきれいさっぱりに洗って、いざ入浴。
「うわっ、冷たっ!?」
風呂の水は、冷たかった。
とても入れたものではない。
風呂を沸かすときに、麗羽が設定温度を間違えたのかな……と思った。
「あれ……ちゃんと40度設定だな」
もしや……
「麗羽の体が冷たいから、湯が冷めたのか?たぶん、そうだよな」
名探偵である俺は、抜群の推理力で結論を導く。
そして、湯を冷ました犯人であろう麗羽の召喚を試みる。
「麗羽~!?聞こえるかー?」
「なに~?」
麗羽の頭が浴室の壁から飛び出してきた。
俺は、咄嗟に股間をタオルで隠した。
油断も隙もない幽霊だ。
「うわっ!!だから、急に壁から出てこないでくれよ!」
「なんで私を呼んだんだの?」
「風呂の水が冷たい――これ、お前の仕業だろ」
問い詰めると、麗羽は「あ」と言った。
「もしかして、私の体の冷たさでお湯が冷めちゃった?」
「たぶん、そうだろうな。麗羽が一番最初に入ったんだろ?」
「うん……」
「じゃあ、犯人はお前だ」
「うわーん、ごめ~ん!こんなことになるなんて、私も予想できなかったよ~」
「いいよ、過ちを赦そう。その代わり、麗羽が風呂に入るのは、この加賀家で最後な」
ということで、麗羽が風呂に入るときは、俺と父と母が入浴を終えた一番最後ということになった。
幽霊カノジョが一緒に住んでいると、こんな弊害もあるらしい。