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憑きまとい

 麗羽れいはとの共同生活が始まって一か月……


 彼女は、家のみならず、俺が通う大学にも出没するようになった。


 ここは、大学構内の静かな図書館。


「わっ!」


「っ――!?びっくりした……」


 息が詰まる。


 麗羽れいはの顔が、読んでいた本の中から飛び出してきたのだ。


 心臓が止まるかと思った……


「大学まで付いてきたのかよ」


「へへへ、利亜夢りあむくんが、普段、どんな感じで過ごしてるんだろうって気になったから」


「別に見ててもつまらないと思うよ。だって、俺はずっと図書館や自習室に一人で籠って本読んだり、論文読んだり、漫画読んだりしているだけだから」


「喋る相手がいなくて暇なんだもん。だから、来ちゃった」


「図書室では静かにして。しゃべる場所じゃないよ」


 俺が注意すると、麗羽れいはは「ごめん、ごめん」と平謝り。


 しかし、そんな俺と麗羽れいはの不可視の交流を目撃していた人がいた。



「なに、あの人……」

「独り言?やば。怖いね」



 図書館を訪れていた通りすがりの女子大生にドン引きされてしまった。


 やっぱり、幽霊である麗羽れいはの姿、声は、俺以外の人間には見えないし、聞こえないらしい。


「そっか、第三者から見ると、利亜夢りあむくんが独り言を言っているみたいに見えるのか」


「おかげで恥ずかしい思いをしました。慰謝料を請求します」


「じゃあ、利亜夢りあむくんには、私と一緒にお昼ご飯を食べる権利を授けよう!」


「それで許されようとしてるのが厚かましい……まあ、いいけど。俺に付いてきて。昼ご飯を食べるのにぴったりの場所があるから」


 俺は、読んでいた宗教学の本を本棚に戻して、麗羽れいはと一緒に、大学の構内の人気ひとけのないベンチへと歩いた。


 ここ、人があんまり来なくて、落ち着くんだよな。


 昼時は、みんな食堂や学生談話室に集まるから、とても静かだ。


 俺が1年生のときに見つけた、絶好のおひとり様昼食スペースである。




♦♢♦




「はい、あーん」


 麗羽れいはが箸で摘まんだ卵焼きを俺の口元に運んだ。


 俺が作った弁当だが、麗羽れいはにもちょっと分けてあげたら、この様である。


「あ?」


「口開けてよ。私が食べさせてあげる」


「他人から見たら、宙に浮いている卵焼きを俺が食べるっていう奇妙な現象にしか見えないだろ、これ」


 俺がぐちぐちと言いながらも、差し出された卵焼きをぱくっといただいた。


「どう?おいしい?」


 麗羽れいはが俺にく。


「自分で焼いた卵焼きだけど、まあ、おいしいよ」


「人と食べるとおいしさも二倍、三倍!だよね」


 この幽霊、俺が本を読んでいても、こうやって昼食を食べていても、ずっとしゃべっている。


 よほど寂しかったか、お喋りが好きな幽霊と見える。


「自分で作ってるんだ、お弁当。偉いね」


 麗羽れいはが、弁当を食べる俺の顔を覗き込む。


「うん。親には、なるべく負担をかけたくないからね。自分でできることは、なるべく自分でするようにしてるよ」


「私もお母さんから『弁当ぐらい自分で作れ!』って言われたから、高校生のときから作ってたな……面倒なときは、友達と一緒に学食に行ってたりもしたけど」


 家族の話をするとき、麗羽れいははどこか悲しそうな顔をする。


 貧しかったのだろうか。


 親からの虐待や家庭内暴力があったという可能性も否定できない。ただ単に、幽霊になってから家族に会えないことを寂しがっているだけなら、まだマシなのかもしれないが。


 彼女の家庭について首を突っ込むことは、俺にとっても、彼女にとっても良くない。


 なるべく、家族に関する話題は出さないようにしておくことにする。


「さて、食べ終わったから、俺は次の講義の教室に移動するよ」


 弁当箱をかばんにしまって、ベンチを立つ。


「次の講義はなに?」


「国際安全保障論」


「うわ、科目名聞いただけで難しそう……がんばれ、利亜夢りあむくん、ファイトっ!」


 麗羽れいはは、俺の背中を声援で押してくれた。


 さて、午後の講義も頑張りますか。




♦♢♦




 だ、ダメだ……


 講義の内容に興味がなくて、眠くなってきた。


 理解はできるが、頭がそれを受け入れようとしていない。


「ふぁぁ……」


 小さなあくびも漏れる。


 この講義の内容も、教授の説明も、あんまり面白くないんだよな……


 でも結局、大学を卒業するためには通らなければいけない道なので、今だけでも頑張る。


(めんどくさい……)


 俺は、心の内側に愚痴を吐き出しながらも、教授の説明を聞きながら手元のスマホで資料を見たり、手元のノートに要点をメモしたりして、勉学に励んだ。


 すると、手元のシャーペンが勝手に転がった。


「あいつ……」


 どこからともなく、「ニヒヒヒヒヒ……」という独特な笑い声が聞こえてくる。


 しかし、周囲の学生たちも、講義をしている教授も、何も聞こえていないようだ。


 このような怪現象を引き起こす犯人は【あいつ】しかいない。


「お勉強、頑張ってるね~」


 教室の壁に寄りかかっていたのは、やはり、幽霊である麗羽れいはだった。


 俺が勉強しているところのどこが面白いのか、ニヤニヤ笑ってこちらを見ている。


 俺は、ノートに文字を書いて、麗羽れいはに(こっち来い)と、手招いた。


「ん、なに?」


 寄ってきた麗羽れいはに、ノートの端っこに書いた文字を見せる。


【邪魔しないでくれ】


 ノートには、こう書いてある。


「あ、ごめん。おとなしくしてるよ」


 分かってくれたのか、麗羽れいはは俺の隣の空席に座ろうとする。


 麗羽れいはが椅子を引くと、ポルターガイスト現象だ!!と騒ぎになりかねないので、俺が椅子をすっと引いた。


 最初、隣に座った麗羽れいはは、真剣に教授の説明を聞いていた。


 しかし、難解でつまらないと思ったのか、腕を枕にして居眠りをはじめた。


 麗羽れいはの「すー、すー」という寝息が、俺にだけ聞こえる。


(いいな、幽霊は就職の心配もなくて、時間もいっぱいあって、成績も気にしなくてよくて……)


 麗羽れいはの寝顔は、絵に描いたように美しく、可愛らしかった。


 また、頬をツンツンしてやりたい気持ちに駆られた。


「……?」


 手の甲に、ひんやりとした感触が。


 麗羽れいはの右手が伸びてきていたのである。


 居眠りしていたはずの麗羽れいはは、俺の目を見てニッと笑った。


(いたずら好きな幽霊め……でも、嫌いになれない)


 初めて女性に手を握られた恥ずかしさもあった。


 けれど、ちょっかいをかけられて、俺は心の底で喜んでいたのだ。


 どうして俺は、勉強の邪魔をされて【嬉しい】という感情を抱いたのだろうか。


 教授の話は、相変わらず面白くなくて、麗羽れいはは、呑気に隣で眠っているだけ。


 でも、そんな時間が、なぜだか幸せに思えた。

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