ぐっともーにんぐ、私がカノジョだ!
朝、目覚める。
今日は土曜日。
大学もバイトも休みなので、目覚ましをかけずに寝ていた。
さてさて、今日は何のゲームをやろうかなと考えながら起き上がろうとすると……
「ん……?」
ちらっと横を見ると、そこには……
「……」
俺の隣で、麗羽が眠っていた。
彼女の腕の柔らかな感触がTシャツ越しに感じられる。
しかし、人とは思えない冷たさだった。
やはり、彼女は幽霊なのだ。
というか、昨日会ったばかりの男のベットに潜り込んでくるとは、どういう神経してるんだろうか、この幽霊は。
「ん~栄飛……行かないで」
麗羽は、寝言を言っている。
栄飛って、誰だ?
元カレの名前かな?
こんなに可愛らしくて社交的な麗羽なら、元カレの一人や二人いてもおかしくはない。
(麗羽、寝ぼけてるな、こいつ)
俺は、呑気に眠る麗羽の頬を突いた……彼女のほっぺは、モチモチのすべすべだった。
「おーい、起きてくださーい。人の寝床で勝手に寝ないでくださーい」
「んにゃ……」
「猫か」
猫みたいな声をあげた麗羽が、ようやく目覚める。
目を擦りながら、ニマッと笑った。
「あ、ぐっともーにんぐ、利亜夢くん」
「俺が言ったこと、聞いてましたか?」
「ううん……」
「ここは、俺のベットです。早く起きてください」
「別にいいじゃ~ん。私たち、霊友同士でしょ?」
「そんな言葉、聞いたこともないし、俺は、あなたと友達になった覚えはないです」
「ほんとうは、女の子と朝っぱらからイチャイチャできてうれしいくせに~」
麗羽は、俺の腰に抱き着いてきて、頬をつんつん突いてくる。
「抱き着かないでくださいよ、こんな真夏に暑苦しい!……ああ、ひんやりする……」
麗羽の体は、冷蔵庫の中のように冷たかった。
「私、幽霊だから、体が冷たいんだよね~こんな真夏の暑い日にはぴったりでしょ」
「一家に一人幽霊を置けば、エアコンの電気代が節約できそうですね」
「ふふ……へへへへへはははっ!私、家電扱いかよ!」
「え、俺、そんなに面白いこと言いましたか?」
「なんか、利亜夢くんの言い回しが独特で、面白かったの」
麗羽はゲラゲラ笑った。
笑い方のクセが強い。
「顔、真っ赤だね」
麗羽は、いつの間にか赤くなっていた俺の頬を両手で撫でた。
「しょ、しょうがないじゃないですか。女性に免疫と耐性がないんですよ」
麗羽の美貌が間近に迫って、さらに顔と頬と耳が熱くなる。
こんなに可愛らしい女の子の幽霊と同じベットの上、朝のイチャイチャタイムを享受する……しかも、俺も麗羽も、半袖半ズボン。互いに薄着である。
ドキドキするなという方が無理がある。
俺は、目が回るぐらい緊張して、心臓の鼓動が早くなった。
「……」
このまま、キスできる流れか……という俺の気色の悪く淡い期待は打ち砕かれる。
「朝ごはん、なんか作って」
麗羽が言った。
興ざめである。
期待した俺がバカだった。
「……しょうがないですね」
俺は重い腰を上げながら、リビングへの階段を駆け下りていった。
一方の麗羽は、俺のベットの上に寝転んで漫画の続きを読んでいる。
この居候の幽霊、かわいらしくて、悪気がないみたいだから許しているけど……
俺の人生最初で最後のカノジョは、幽霊の麗羽になるのだろうか。
♦♢♦
「はい、どうぞ。こんなのしかありませんけど」
リビングに降りて、俺は麗羽に朝ごはんを振舞った。
焼いたトースト、ソーセージ、卵、ヨーグルト、野菜ジュース、洗っただけのプチトマトなどなど……簡単に作れて、簡単に用意できるものをずらっと並べた。
時短と栄養重視型の朝ごはんである。
俺の朝ごはんは、毎日こんな感じだ。
「ありがと。いただきまーす」
麗羽は、バターをたっぷりと塗ったトーストに齧りついた。
彼女は満面の笑みを浮かべて「んん、おいしー」と評してくれた。
……ただ焼いただけのトーストなのに、おいしそうに食べるなぁ
「さてさて~利亜夢くん、今日は大学の講義もバイトもないんでしょ?何して遊ぶ?」
「もう、ずっとここに居座る気満々じゃないですか」
「ここから離れるなんてありえない。私、誰かにかまってもらえなかったら、寂しくて死んじゃうよぉぉ」
「幽霊だから、もう死んでるんじゃないですか?」
「へへへ、まあ、そうかもしれない」
麗羽は、ハムスターみたいにプチトマトを頬張っている。
「利亜夢くんって、カノジョとかいる……?あ、このご時世だから、別に、同性のパートナーでもいいんだよ」
「いません」
「そ、即答かい」
俺は天涯孤独を貫く予定。
カノジョいない歴イコール年齢の19歳である。
「仲良しの異性の人は欲しいとは思いますよ。もちろん、カノジョも。でも、そういった親しい関係になれるまで気を遣ったり、時間を使ったりするのが面倒で億劫なので、諦めてます。俺には、ゲームとネットがあるんで、問題ナッシングです」
「じゃあ、私が利亜夢くんのカノジョになってあげようか?」
「??」
俺は、口をぽかーんと開けていた。
なにを言っているんだ、この幽霊は。
「す、すみません……あまりに現実的じゃない話で、頭の処理が追いつかなくて」
昨日出会ったばかりの美少女幽霊がカノジョになる――
あまりに現実離れした事実に、脳が理解を拒んだ。
「私は寂しさを解消できて、利亜夢くんは欲しいなと思っていたカノジョができて……一石二鳥、一挙両得だよね」
「まあ、そうですけど……」
「じゃ、今日から私たちは恋人同士ってことで、改めて、よろしくお願いしまーす」
「最近のラノベもびっくりの、早すぎなご都合主義展開きた……」
そう思いながらも、麗羽と麦茶の入ったグラスで乾杯しながら「よ、よろしくお願いします……」と、硬い挨拶をした。
俺の人生初のカノジョは、突然家に上がり込んできた美少女の幽霊か……あまりに現実的じゃない現実に、やはり、実感が湧かない。
いよいよ、おかしな方向に話が進みはじめたぞ?