幽霊カノジョが家に住み憑いています。
4月某日……
大学4年生の俺は、就職のための面接に挑んだ。
「はぁ、疲れた……めっちゃ疲れたぁぁぁ!!」
面接会場である都内のビルを出た俺は、両腕を天に突き出して伸びをした。
第一志望の企業だったため、過去一、緊張したが、手ごたえはばっちり。
よくよく業界をリサーチして、面接練習をコツコツ積んでおいてよかった。
「さて……アイスでも買ってから帰るか」
汗びっしょりなので、冷たいものが恋しくなった。
俺は、スーパーでイチゴアイスを買って食べてから、電車に乗って、帰宅した。
「ただいまー」
父も母も仕事に出ていている誰もいない家に、帰宅の挨拶をした。
もしかしたら、【カノジョ】が「おかえりー!」と返事をしてくれるかもしれないから。
しかし、もちろん返事は返ってこない。
「あ……」
部屋に入ったとき、その違和感に気が付いた。
テーブルの上に置いてあったポテチが、無くなっていた。
しかも、中身だけ。
ポテチの袋だけが、テーブルの上に残されていた。
俺が留守にしている間に、誰かがポテチを貪り食っていたのは、火を見るよりも明らかだった。
「あいつ……やりやがったな」
俺はそう言いながらも、嬉しかった。
なぜなら【カノジョ】がこの家にいると分かったから。
ポテチの袋をゴミ箱に捨てて、掃除機をかけた。
最近の加賀家では、このように、ポテチの中身が何者かによって食べられていたり、風呂のお湯が冷たくなっていたり、誰もいないはずの部屋から女の子の声が聞こえたり……説明のつかない怪現象が起こっている。
どうやらこの家には、幽霊が住み憑いているらしい。
♦♢♦
「さーて、第一志望の面接も終わったし、羽を伸ばして一休みするかー!」
パソコンの前に座る。
部屋でゲームしていると、鈴の音が聞こえてきた。
これは、玄関のドアが開いた合図だ。
その後に、「ただいまー」という母の声が階下から響いた。
「お帰り、母さん」
「ただいま、利亜夢。面接、お疲れ様!」
「ああ、ありがとう」
「ベストは尽くせた?」
「うん。できることはやったつもり」
「じゃあ、よかったね。今日はゆっくり休みな」
「もうゲームして、リラックスしてるよ」
「よく頑張ったね!」
母は、俺の部屋を後にしようとしたが、すぐにクルッと振り返った。
「ねぇ、利亜夢」
「なに、母さん?」
俺は、ゲームを中断して、部屋の入口に佇む母のほうを向いた。
「最近、声が聞こえたりしない?」
「声……?」
「わたしでも、利亜夢でも、お父さんでもない声が聞こえるのよ。誰もいないお風呂場とか、トイレとか、部屋とかから……」
「ああ、俺も聞いたことあるよ」
「でしょ!やっぱり、聞こえるよね!?『うう~暇だ~』とか、『寒いな~』とか、うめき声みたいなのが聞こえてくるのよ……不気味ね。言ってることは何も怖くないんだけど」
「【幽霊】でも住み憑いてるんじゃない?」
「ええ、幽霊!?お祓いしてもらわないとダメかしら……」
「たぶん、大丈夫だよ。悪い幽霊じゃないから」
母は「気味が悪いわね~」と言いながら、俺の部屋を後にした。
♦♢♦
大学4年生の夏休み。
たっぷりと自由時間を取ることができるのは、これが最後の機会だと言っても過言ではない。
来年は、いよいよ社会人だ……
遊ぶなら、今のうちしかない!!
俺は、クーラーが効いた部屋に引きこもって、ひたすらゲームをした。
「おつかれさまでーす、先輩」
「利亜夢くんも、一週間おつかれー」
通話の相手は、同じバイト先の伊吹先輩。
彼女とは、いつの間にか仲良くなって、夜に一緒にオンラインゲームをやる仲になっていた。
伊吹先輩は、面接のアドバイスや社会人の苦労を親切丁寧に教えてくれる、世話焼きな先輩だ。バイト終わりに、面接練習に付き合ってくれたこともあった。
第一志望の企業の内定を獲得することができたのは、伊吹先輩のおかげと言っていいだろう。
「そういえば利亜夢くんさ、内定とれた?」
「ええ、取れました。第一志望だったところです。先輩のアドバイスのおかげです。ありがとうございました」
「おおー、よかったねー!あとは祈るだけだ!」
「カスタムマッチやりますか?」
「そだねー」
こうやって先輩とオンラインで通話しながらゲームをして、夜更かしをすることが、週末の楽しみだったりする。
その後、俺と伊吹先輩は、日付が変わってからも、ゲームに熱中した。
「そろそろ寝ようかな、ふあああああ……」
お酒を飲んで酔った伊吹先輩は、大きなあくびをした。
「ねー、利亜夢くぅん」
「なんすか?」
「こんど、サシで飲みに行こう」
伊吹先輩にごはんを誘われた。
せっかく誘われたけれど、断ろうと思う。
お酒は、あまり飲めない体質だし、あとは、現在進行形で付き合っている【カノジョ】がいるから。
「俺、お酒飲めないので、ごめんなさい」
まずは、お酒があまり飲めないことを伝えてみる。
「ええ~大丈夫だって!お酒飲めなくても、わたしと食べに行ってくれるだけでいいからさー」
どうしても俺と飲みに行きたいらしい伊吹先輩。
しかし、丁重にお断りさせていただく。
俺には【カノジョ】がいるから。
「俺、その……実は……」
「なになに、もったいぶっちゃって。気になるよ~」
「実は、付き合ってるカノジョいるんすよ」
「え!そうなの!?」
「大学2年生の頃から付き合ってる人がいます。だから、一対一で飲みに行くのは、ちょっと……すみません」
「そっか、そっか。カノジョさんのためか。名前は、なんて子なの?歳は?」
「麗羽っていいます。俺と同い年です」
「へー、そっか、麗羽ちゃんかぁ~一途でいい子だなぁ、利亜夢くんは。わたしなんか、大学生のときに二股かけてたことあるからねぇ」
「え、そうなんですか?」
伊吹先輩が二股……!?
普段は真面目な伊吹先輩なので、ちょっと意外。正直、驚いた。
と、そんな雑談を交えて、延々とゲームをしていた。
パソコンの画面には、午前1時の表記が。
「さて、そろそろ寝ないとなぁ……わたし、明日はねぇ、休日出勤なんだわ」
「そ、そうなんですか?じゃあ、早く寝ないと、明日の業務に響きますよね。ありがとうございました。今日も今日とて、めっちゃ楽しかったです」
「んー、こちらこそ、ありがとうね。楽しかったし、酒も進んだわ。おやすみー」
「おやすみです、伊吹先輩。明日、頑張ってください」
「うい」
俺は、パソコン上の通話を終えた。
「さて……俺もそろそろ寝ないとな」
腕をぐっと伸ばす。
腰の骨がバキっと鳴った。長時間、座り過ぎである。
「利亜夢」
【カノジョ】の声が、どこからともなく聞こえてくる。
「お……おう、麗羽」
俺の背後から、冷たい腕が伸びてきた。
その両手が、俺の頬を、むにむに撫でた。
「また伊吹先輩とゲームしてたんだー」
「ご、ごめんって」
「別に、一緒に通話しながらゲームするぐらいだったらいいよ。でも、たまには、私にもかまってね」
「もちろん」
「うむ。それでいい」
麗羽はそう言いながら、ずっと俺の頬を摘まんで揉んでいた。
「ポテチ、食べたい」
「……しょうがないなぁ」
麗羽の頼みとあらば、仕方なし!
俺は、重い腰をあげて、階下のお菓子棚にあるポテトチップスを持ってきた。
そして、カノジョと一緒に、ポテチを摘まんだ。
「ん、おいしい。やっぱりうすしお味しか勝たん」
ポテチをバリバリ食べる麗羽は、満面の笑みを浮かべていた。
とても、幸せそうだった。
その笑顔に誘われて、俺も笑顔にさせられた。
「来週は、別の味を買ってきてあげようか?」
「じゃあ、コンポタ味で!」
「おう、わかった」
そういえば、カノジョとの出会いも、似たような感じだったな。
汗だくになりながら大学から帰ってきたら、お菓子棚を漁っている怪しい女の子がいて、そこからポテチを食べて仲良くなって……
もうあの日から2年か。
「明日は、一緒にゲームしよう!」
「明日は、運転免許の講習の日だから、俺が疲れ切ってなかったら、やろうな」
「ん、わかった。講習頑張ってね。おやすみ、利亜夢」
「はい、おやすみ、麗羽」
麗羽は、霧のように消えてしまった。
今もときどき、俺の家には、カノジョが幽霊として化けて出る。
彼女は、この【加賀家】に住み憑いているようだ。
そんなカノジョが、俺は、大好きです。
幽霊カノジョが家に住み憑いていて困っています 完




