運命の糸
「……」
俺は、麗羽の兄、輝樹さんの話を一通り聞き終えた。
そして、麗羽が書き残した日記を読み終える。
「読み終わりました?」
輝樹さんに訊かれる。
「ええ、終わりました。このような貴重なものを、ありがとうございました」
点と点が、線で繋がった。
麗羽は、なぜ、初対面のときに距離感がおかしかったのか?
それは、麗羽が高校生のときに、初恋の人【栄飛】を逃してしまったから。その苦い経験から反省して、俺に対して、異常なほど執着したのだろう。
俺に好かれよう、俺に嫌われないように、彼女は必死だったのだろう。
麗羽は、なぜ、スカイツリーを観光していたときに、急に泣き出したり、「光になりたい」という不思議なことを言ったのか?
それは、麗羽の過去が暗く、ツラいものであったが故の発言だった。
彼女は、俺の胸の中で泣きながら、自分が光を与える存在になりたいと思うと同時に、自分も光を与えられたいと思っていたのかもしれない。
なぜ、麗羽は、俺のことを異常なまでに愛して、繰り返し「好き」だと言ってくれたのか?
それは、麗羽が【愛】に飢えていたからだ。
「母は、麗羽の葬式に出席した後、家を出ていきました。今も、メールの返信はしてくれるのですが、電話は出てくれませんし、どこに住んで、どうやって暮らしているのかもわかりません……」
輝樹さんは、母と疎遠になったと、麗羽が亡くなった後の話をしてくれた。
連絡は取れているらしいが、どこに住んでいるかも、どうやって過ごしているかも分からないなんて……同じ家族として、悲しいことだ。
「麗羽の墓に行きますか?」
「え……」
「車で10分ぐらいですので、すぐに行けますよ。ぼくが運転します」
立ち上がる輝樹さんの手には、車の鍵が。
「で、では、お願いします」
「妹も、加賀さんに来てもらえたら、嬉しいと思います」
輝樹さんは、朗らかに笑う。
俺は、輝樹さんの運転で、墓地を目指した。
夜遅いので、車のヘッドライトを頼りに、真っ暗な道を突き進む。
「こんなに真っ暗で、運転は怖くないんですか?」
俺が尋ねる。
「ええ、慣れましたね。仕事の帰りが遅くなったときなんかは、毎回通っているので。免許取りたての頃は、怖かったですけど」
「なるほど……」
俺の頭は、回っていなかった。
昼間からずっと、麗羽の日記を見たり、輝樹さんの話を聞いたりしていたので、疲れてしまった。
麗羽の不幸で、救われないエピソードは、正直、もう知りたくない。心が痛くなる。
「加賀さん、ぜひ、東京での麗羽との思い出を教えてくださいよ」
「思い出ですか……」
「麗羽と、どこかに行ったりしましたか?」
「麗羽とは、いろいろなところに行きましたけど、半年ほど前に、スカイツリー観光に行きましたね。スカイツリーの上から、東京の夜景を見ました」
「あー、いいですね、スカイツリー。東京の夜景は、きれいですよね。こんな片田舎では、絶対に見られない景色です」
「はい。スカイツリーから見下ろす東京の夜景は、絶景でしたよ。とても良い思い出になりました」
「もしかして、加賀さんと麗羽って、付き合ってたりしました?」
「まあ、実は……はい」
「ははっ、よかった。麗羽が生きている間に、恋愛の楽しさを知ることができて。加賀さんのような素敵な人と巡り会えて、麗羽は嬉しかったでしょうね」
「俺が素敵な人……身に余るお言葉、恐縮に存じます」
「でも、気の毒ですね……付き合っていた人が突然死んでしまったショックは……人生経験が乏しいぼくには、想像できません……」
雑談を交えながら、慣れたハンドルさばきで夜の海岸線を走行する輝樹さん。
俺は、ぎこちない返事を繰り返して、表情も言葉遣いも硬くなってしまった。
「そろそろ着きますね」
15分ほど走って、ついに、麗羽が眠るとされる墓地へ。
車を降りる。
もちろん、墓地周辺も真っ暗。
熊やイノシシなどの獣や、麗羽ではない別の幽霊が化けて出てもおかしくはなかった。
だが、怖いという思いは微塵も起こらなかった。
もしかしたら、再び麗羽に会えるかもしれない。
そんな期待があった。
「こっちです……こちらが、ぼくの妹、麗羽の眠る墓です」
輝樹さんは、手に持った懐中電灯で、とある墓石を照らした。
目の前にあるこの墓石が、麗羽の眠る墓だった。
花が供えられており、墓石自体も手入れされてキレイな状態だったので、輝樹さんが定期的に墓を訪れているんだろうなと推察した。
「麗羽……」
墓の前で膝を突いた。
輝樹さんから頂いた、火の着いた線香を受け取り、麗羽の眠る墓に供える。
「火が着いているほうを左側にして、寝かせて置くんですよ」
「あ、そうなんですね」
輝樹さんから線香の供え方を教わる。
そして、手を合わせる。
線香の渋い香りが風に乗って、鼻腔を突いた。
「ツラかったね、麗羽」
俺は、墓石を撫でた。
墓石は、麗羽の体のように冷たかった。
「――今、行くよ」
俺は、ただ一言を言い残して、墓を後にした。
「今日はありがとうございました。そして、突然訪ねてきてしまって、申し訳ございませんでした」
俺は車に戻る途中、ここまでお世話になった輝樹さんに、感謝と謝罪を送った。
「いえいえ。こちらこそ、麗羽のためにわざわざ遠方から来てくださって、ありがとうございました」
「あの、輝樹さん……その、麗羽の書いた日記をいただけないでしょうか?一冊だけでも大丈夫です」
「ええ、いいですよ。日記を通して、麗羽を忘れないでやってください。ぼくのほうからも、お願い申し上げます」
麗羽の日記帳をリュックにしまった。
そして、輝樹さんの家の前に差し掛かったとき、ある提案を受けた。
「もう夜遅いですし、このあたりは街灯も少なくて、暗くて危ないですから、このまま車で駅まで送りますよ」
「……では、お言葉に甘えさせてもらいます。ありがとうございます」
「はるばる東京から来て、麗羽の不幸な話を聞いて、心身ともに疲れましたよね」
輝樹さんの運転する車で、駅まで送ってもらった。
「本日は、ほんとうにありがとうございました、輝樹さん」
「ご達者で。また時間が取れましたら、ぜひ、いらしてください。ぼくがお迎えにあがります」
俺と輝樹さんは、別れ際、スマホの電話番号とメッセージIDを交換した。
これで、輝樹さんとはいつでも連絡を取ることができる。
終電の電車に揺られて、東京に帰宅した。
その日からしばらくして……
俺は、電車に乗って、長い道のりを歩いて、麗羽が身を投げた【白鷺岬東街道】を訪れた。




