狂っているのは私?それとも世界?
部屋のインターホンが鳴る。
「はーい!」
「宅急便でーす」
どうやら、ネット通販で購入した服が届いたようだ。
「ありがとうございまーす」
配達員さんから荷物を受け取る時でさえ、私は上機嫌に、ニコニコ笑っていた。
「来た来た……楽しみにしてたやつが届いたよ~」
ウキウキで荷物を抱え、リビングに戻る。
段ボールの中身は、これまで周囲の目を気にして、なかなか着ることができなかった、地雷系の洋服だ。
全身そろえて、1万円を超えた。
こんなに大胆な出費ができるのも、人の目を気にせずに、こんな奇抜な服が着られるのも、一か月後に死ぬと決めたから。
早速、私はそれに着替えた。
「やばい……めっちゃ可愛いじゃん……今の私、最高にかわいい!今の人生、最高に楽しい!」
自宅の姿見の前で、私はぴょんぴょん飛び跳ねている。
さらに、メイクを重ねて、完成。
私は、そんな奇抜な恰好のまま、街を練り歩き、カフェでくつろぎ、コンビニで買い物をした。
今の自分が、好きだった。
今の環境が、最高に楽しかった。
死ぬと決めたその日から、毎日が楽しかった。
「もう知らない!来月に死ぬんだから、全力で楽しむぞ!」
大学の学費もすべて、ファッション、ゲームの課金、旅行費用と外食費につぎ込む。
これで、残りの人生が最高に楽しくなるし、後戻りができないので、死ぬ決意もできるというものだ。
「次はどこ行こうかな……新宿でもぶらぶらしてみようかな」
周囲の人々は、制服姿だったり、スーツ姿だったり。
みんな、学校や会社から帰る途中なのだろう。みんな、疲れているのか、目が虚ろだった。
けれど、そんな中に、ドレスみたいな衣装を着た私がいる。
私だけがニコニコして、楽しそうだった。
周囲の目なんか気にせず、自分の好きなことをして、自分が好きなものを着て、思いっきり楽しんでいる……それが、最高に楽しかった!!
♦♢♦
私は一か月間、何にも縛られず、自由に生きた。
毎日が休日。
小学生の頃の夏休みを思い出した。
毎日がたのしくて、私は浮かれに浮かれた。
群馬県の草津温泉にも行ったし、新幹線に乗って大阪観光もしたし、大好きなゲームも夜遅くまでやったし、ステーキやパスタ、ケーキなどなど、好きなものを食べまくった。
……体重が増えたのは、内緒。
そして、一か月が過ぎ去った。
「私、死ぬのか……」
自分で決めたことだが、今さら、死ぬのが嫌になってきた。
「あーもうっ、考えてても何も解決しないっつーの!私は人生詰んでるし、私が死ぬって決めたの!」
今から人生を立て直すのは不可能。私の力量では、どうしようもない。
料金を支払っていなかったので、ガスが止まっており、大学はしばらく休んだので、単位はもらえない。留年確定。
バイトは、もうクビになっているだろう。今から新しいバイトを探したり、大学に通う気にもなれない。
もう何かで悩みたくない。
だから私は腹をくくった。
「よし、死ぬか」
私は軽く準備を整えて、軽快な足取りで駅へと向かった。
そこから電車に揺られて、目的の海岸線へと赴く。
♦♢♦
ここは、白鷺岬東街道。
地元の人のみぞ知る、隠れた絶景スポットらしい。
右手側には、深い森が広がっている。鳥の唄が耳に心地よい。
左手の側には、切り立った崖があり、青い海が水平線の先のどこまでも続く海が見える。死にゆく私を出迎えてくれているかのように思えた。
そんな、自然豊かな岬の道路を道なりに歩く。
「どこか、良さげな場所は……お、ここ、いいかもしれない」
6~7階建てのビルの高さに相当。かなり高い。
見下ろすと、下は、ゴツゴツとした硬い石でできている。
ここから飛び降りれば、十分に死ぬことができるだろう。
「え、私、死ぬのか……」
なんだか、実感が湧かない。
赤城 麗羽という人は、どこか他人事のように、そう言った。
……もしかしたら、私を探して見つけてくれる人がいるかもしれない。
そう願って、私は、持ってきた日記帳の最後のページに『白鷺岬東街道』と書き残した。
私は、ここで死んだ。
ここで、生涯を終えたという記憶を残す。
さて、さっさと崖から飛び降りようと思った。
苦しく、不幸で、ツラいことが多すぎるこんな世界で、笑って生きている人のほうがおかしい。
私はこれから、苦しみのないところへと旅立つ。
そう考えると、ワクワクしてくる。
けれど同時に、死が怖いという気持ちがこみあげてくる。
これは、人間の性なのかもしれない。
下は、切り立った崖。
この高さから落ちれば、確実に落命するだろう。
けれど、もしも足から落ちたら、生き残って、地獄のような激痛にもがき、苦しみ、喘ぎながら死ぬかもしれない……
もしも、一回の落下で意識を失わなかったら、想像を絶する痛みを味わうかもしれない……
「ああ、もう!また悩んでる!嫌だ、悩みなんか消えろ!」
今さら、元の生活に戻ることはできない。
一か月前の私は、死ぬと決めて、これまでの期間を楽しく生きたのだから。
あとは、一歩を踏み出すだけ。
「もうちょっと、人生楽しみたかったな……」
空を見上げ、そう呟いた。
私は、目をつむり、一歩を踏み出した。
風を切る「ゴーッ」という音が聞こえる。
頭に何かがぶつかった「ゴツン」という音を聞いて、私の意識は闇に溶けた。
気が付くと、私は幽霊になっていた……
私は、魂が生きることも、魂が死ぬことも拒否したのだった。
誰にも認識されず、東京の町を彷徨った私。
「ああ、久しぶりにポテチが食べたいなぁ……」
幽霊だから、お腹は空かないけれど、ポテチが食べたくなった。
私は、幽霊であることをいいことに、とある家に忍び込んだ。
表札には「加賀」と書かれていた。
「お邪魔しまーす……留守かな」
玄関のドアをすり抜けて、勝手に侵入。
そして、お菓子棚をゴソゴソと漁る。
しばらくして、家の住人が帰ってきて、鉢合わせした。
その住人は、私のことが見えていたようで……
「うわ、びっくりした!!」
「うわ、びっくりしたぁ!!」
「ど、どちら様でしょうか?」
「わ、私のことが見えるの!?」
「待って待って!怪しい者じゃないよ!」
「人の家に勝手に上がりこんで、堂々とお菓子を漁るのは、怪しいに決まっているじゃないですか」
「ご、ごめんって!ちょっと何が食べたいなーって思って……」
「謝って赦されると思っているとしたら、あなたの頭は、かなーりおめでたいですね」
彼の名前は、加賀 利亜夢。
幽霊となった私の姿と声を認識できる、唯一の人だった。
そして後に、私にとって初めての恋人となった。




