ベットに磔の刑
夜、寝られない。
なかなか寝付けない。
気が付いたら、窓の向こうの景色が明るくなっていた……そんな日が続いている。
「もう無理……無理無理無理!!」
私は、頭や胸の痛みから叫んだ。
心の傷の痛みが、体の痛みとなって襲い掛かってくる。
バイトは無断欠勤続き。
このままでは私にとっても、バイト仲間や店にとっても良くないことは分かっている。
けれど、もう一週間以上、休んでしまっている。
今さら行っても、みんなから失望されるだろうし、店長からこっぴどく叱られるのが目に見えている。
だから、行きたいけど、行けない……
同じ理由で、最近は大学もサボりがち。
みんなから送られてきているメッセージや、大学からのメール、講義の課題の通知が山積。100件以上溜まっているが、返信はできていない。
『麗羽!返事を寄越しなさい!』
『どうしたの?!電話まで無視しないでちょうだい』
母は、怒りが滲み出るメッセージを連投している。
『怒りませんから、何か一言でも返信をください。シフトの相談したいです。早めにお願いします』
焦りが見えるバイト先の店の店長のメッセージ。
『麗羽〜週末って暇?』
『おーい』
『生きてる?』
『心配』
『明後日、マンション行くわ』
心配してくれているのは、中高のときの親友、真美だ。
ここに来るみたい……
明後日……メッセージが送られた日から数えて、今日のことだ。
急いで部屋を片付けないと。
でも、体が動かない。
「んんん~……」
私はうなり声をあげた。
目の端からは、自然と涙がこぼれた。
そして、涙が止まらなくなる。
一昨日も昨日も泣いたのに、今日も泣いてしまった。
(きっと明日も、泣くんだろうな……)
頭が痛くなって、胸が締め付けられるように痛む。
迷惑をかけてしまっているバイト先の人たち、大学の先生、母に、申し訳ないと思う。
けれど、体が鉛のように重く、動かなかった。
私は、ベットに磔にされたように、動くことができなかった。
「もう、片付けなんかできないよ……こんな状態じゃ……」
しばらくの期間カーテン閉めっぱなしの自分の部屋を見渡す。
部屋の床には、放置された本や教科書、捨て損なったゴミ袋が散乱していた。
キッチンのシンクには、洗っていない皿やフライパンが山積み。
カップ麺の容器からは、残ったスープが流れ出て床を濡らしている。
涙を拭いたり、洟をかんだティッシュがあちらこちらに転がっている始末。
部屋の蒸し暑さによって、強烈な異臭を放つようになっていた。
「……」
私の右腕を、一匹のアリが歩いた。
部屋が汚いので、湧いて出てきたのだろう。
けれど、私は何ら反応を示さなかった。
「はぁ……」
トイレに行くのも億劫。
体が重くて動かない。
動く気になれない。
ついに尿意を抑えきれなくなり、ベットの上で用を足した。
太もものあたりが温かい。
ベットには、何日分かの私の尿と汗とがしみ込んでいる。
また、やってしまった……
その罪悪感に苛まれて、さらに心と体がずーんと重くなる。
それの繰り返しだった。
そのとき、真っ暗な部屋に、まばゆい光が差し込む。
「麗羽……?」
聴き慣れた、懐かしい声が響く。
――真美だ。
中学、高校生のときの親友の真美が、部屋に入ってきたのだ。
……どうやら私は、玄関の鍵を閉め忘れていたようだ。
「麗羽、麗羽!大丈夫?」
まぶしい……
玄関の証明の光の中に、真美の黒いシルエットが浮かび上がる。
「麗羽、起きて!どうしたの!?何があったの!?」
床に散らばったゴミを踏みしめて、真美が私の倒れるベットに歩み寄った。
真美は、私の手を握った。
私は、虚ろな目で真美を見つめ、真美の手を弱々しく握り返した。
「心、ツラくなっちゃった?」
真美に訊かれて、私はゆっくり頷いた。
「そっか。ツラかったね……」
真美は、私のことをぎゅっと抱きしめた。
汗で汚れ、垢にまみれた私のことを、真美は優しく抱きしめてくれた。
私の乾燥した頬を、涙がつーっと流れる。
「この部屋の感じ……麗羽ちゃんの心を表しているみたい。ウチには、どんなツラいことがあったのかわからない。でも、すっごくツラいことがあったのは、なんとなくわかるよ、麗羽」
心臓の音が聞こえるぐらい、真美は、私の体を強く抱きしめてくれた。
私は、産まれたての赤子のように、声をあげて泣いた。
涙が止まらなかった。
「うぅ……ああぁぁ……っ」
「よしよし!いっぱい泣きな、麗羽!ここにいるのは、ウチと麗羽だけ。なーんにも恥ずかしいことはないよ。大丈夫、大丈夫。ウチがいるから」
大学で福祉や心理学を学ぶ真美。
私の部屋の様相から察して、私の声や表情から心の痛みを読み取って、私の心に寄り添う言葉をかけてくれるその姿は、カウンセラーさんのように見えた。
――あるいは、慈悲に満ちた、【本物】の母親のようにも見えた。
「一緒にお風呂入ろうか」
「うん……」
真美に手を貸してもらって、私はなんとかベッドから起き上がる。
腰がズキズキと痛む。
背骨がバキッと鳴る。
足が、頭が、体ぜんぶが重い……
そのとき、スマホの通知音が鳴った。
「あ、店長からだ……返信しないと……」
「今は気にしなくていい。それよりも、お風呂に入って、さっぱりしよう」
スマホに伸びた私の手は、真美がそっと添えた手によって遮られた。
真美と、初めて一緒にお風呂に入った。
真美は、私の体を丁寧に洗ってくれた。
お風呂から上がった後、真美に「体重、計ってみる?」と言われるまま、体重計に乗った。
私の体重は、8キロも減っていた。




