三人で話すのが苦手な性格
「あー、疲れた」
栄飛が食券を持って学校の食堂に現れた。
あくびをして、疲れた様子。
この直前にあった4限の授業が、彼が特に苦手とする歴史の授業だったからだろう。
彼は、購入したハヤシライスをトレーに乗せて、食堂の丸テーブルにドサッと腰を下ろした。
「よし、栄飛くんが来たよ。いつも通り一人だから、話しかけやすい。さ、行こう、麗羽」
「はぁぁぁぁぁ……栄飛とは、中学生のときから話してるはずなのに、改めて、一緒にお昼食べるってなると、めっちゃ緊張する……」
心臓が爆発しそうだった。
やっぱり、栄飛と同級生としてではなく、【気になる異性】という認識でもって接するからだろうか。
「大丈夫、落ち着いてよ麗羽。いつもの麗羽でいれば、何にも問題ないって」
隣に控えていた真美に肩をポンポン叩かれる。
こんな緊張状態で、いつもの【赤城 麗羽】を演じられるだろうか。
私は、真美を盾にして、栄飛が座る席に歩み寄った。
真美が、栄飛の目の前の席に座った。
「お疲れー、栄飛~。一緒に食べていい?」
「ああ、いいよ」
「麗羽も一緒なんだけど、いい?」
「もちろん」
栄飛は、いつもの屈託のない笑顔を見せた。
太陽のような笑みだ。
その笑みに魅せられて、私の心臓は、よりいっそう高鳴る。
ひとまず、私と真美は荷物を席に置いて、食券を買って、昼食を受け取った。
私は、栄飛と同じハヤシライス。
真美は、唐揚げ弁当を買った。
私は、真美と栄飛の中間に、ちょこんと座った。
「歴史、眠かったでしょ」
そう言いながら、真美が栄飛にニヤッと笑いかける。
「いやぁ……オレ、やっぱり暗記科目苦手だわ」
食べながら、またあくびする栄飛。
「マジで。教科書開いた瞬間、睡魔アタック。古墳時代のあたりとか、内容が退屈過ぎて、マジで記憶ないわ」
栄飛は苦笑いしながら、大口を開けてハヤシライスをかきこむ。
食べるの早い……
黙って食べてるだけの私より早い。
「ふふ、ウチも危なかったんだよね~。先生の声が子守唄みたいに聞こえてきて、もうちょっとで寝落ちするところだったわ。今度の期末テスト、赤点取りそうでヤバイかも」
真美は唐揚げを一口食べ、満足そうに目を細めた。
「真美は、ちゃんとノート取ってるんだろ?」
「まあね。一応。栄飛は?」
「めんどくさくて取ってない……仕方ないだろ、眠いもんは眠いんだから」
栄飛は、少しむくれた顔をする。
「仕方ない、じゃないでしょ。ちゃんと勉強しないと、また赤点取るよ」
真美は少しだけ語気を強めた。
まるで母親みたいな口調。
「うっ……耳が痛いな」
栄飛はハヤシライスを早々に食べ終えて、両手を合わせた。
「すみません、真美先生。明日から頑張ります」
真美はクスッと笑い「はいはい。期待してるよ」と言う。
二人の間には、しばらく沈黙が流れた。
食堂は昼休みで賑わっており、あちこちで生徒たちの話し声が聞こえる。
「あ、真美」と、先に口を開いたのは栄飛だった。
「昨日の英語のプリント貸してくれない?家に置いてきちゃった」
真美は味噌汁を一口すすり、「今は持ってないから、教室戻ったらね」と答えた。
「……」
私は、止めどなく話す真美と栄飛の話に混ざれず、ただハヤシライスを食べるだけの置物と化していた。
二人とも、仲良しだなぁ……と思いながら、その会話の様子を見ていた。
私って、意外とコミュ障?
一対一の会話ができるってだけ?
それとも、同い年の男子に対して免疫がないだけ?
「おーい、麗羽、大丈夫かー?生きてるー?」
ボーッとする私の目の前で、真美の両手が揺れた。
「……うん、大丈夫だよ。私も、歴史の授業の睡魔の名残に浸ってただけ」
「栄飛くんと話したくて、ここに来たんじゃないのー?」
真美がそう言及する。
私の顔がカーっと熱くなった。
「え、そうなの、麗羽?」
栄飛がちょっと目を見開いた。
私は、ぎこちなく答える。
「あ、うん。栄飛と、話したいなって思ってね」
「何話す?話題とかある?聞きたいこととかは?」
「うーん……分かんない」
「ハハッ」
栄飛は珍しく声を上げて笑った。
栄飛が、私で笑ってくれた、ただそれだけで、私は胸の内側が温かくなるのを感じた。
「麗羽ちゃん、普段はおしゃべりマシンガンなのに、こういう時は、借りてきた猫みたいになっちゃうんだよー」
真美が、縮こまる私を【借りてきた猫】と評した。
「れいは」
「え、なに?」
栄飛に呼ばれて、私は彼と目線を交えた。
「話したいときは、いつでも話しかけてよ。オレ、【話しかけるなオーラ】出てるかもしれないけど、そんなことないって。誰かに話しかけられると、実際、うれしいから」
「うん」
「てか、何で緊張してるの?オレと麗羽って、中二からの付き合いなのに?どうして?」
「え、えーとね……栄飛くんと、こうやって顔を合わせてお昼食べるのって初めてだから、なんか、緊張しちゃって」
いつになく、私の返答はぎこちないものだった。
そんな私に対しても、栄飛は白い歯を見せて笑ってくれた。
そうこうしているうちに、昼休みは佳境へ。
私も真美も栄飛も、学食を食べ終えた。
「突然聞くんだけどさ、栄飛」
「え、なに?」
真美が、栄飛の肩を指でツンツンした。
「栄飛くんって、今、カノジョいるの?」
「いないよ」
「わお、即答」
真美の問いに、栄飛は即答した。
すると、真美は、ニヤッと頬を吊り上げた怪しげな笑みを浮かべて、私を見た。
(ほらほら、栄飛くんの恋人の席が空いてるぞ!)という、真美の声が聞こえてくるようだった。
「えー、ほんとに?気になる女子とか、今の時代、同性でもいいんだよ?一人もいないの?」
真美が食い気味に、重ねて訊く。
「オレが素敵だと思う人は、たくさんいる。けれど、恋愛的な観点から気になる人はいるかって訊かれると、うーん……やっぱりいない」
これって、チャンス?
私が、空いている栄飛の恋人の席に着いてもいいってこと……?
私が聞きづらい【栄飛に気になる人はいるか否か】を、真美が代わりに訊いてくれたのは、すごく助かる。さすが、コミュニケーション能力が高い真美だ……
「ウチとか、麗羽ちゃんは、どうよ?」
「え、ああ……」
ずいずいと顔を近づける真美に、栄飛はたじたじ。
けれど、私と真美を傷つけないように、言葉を選んで答えてくれた。
「二人とも、最高の友達だと思う。中学の頃からの知り合いで、二人とも、こんなオレにも優しくしてくれるし、こうやって一緒にお昼ご飯を食べてくれるのは、麗羽と真美だけだよ。ただ……」
「ただ?」
「もしも……もしもの話だよ!?オレと麗羽か、あるいは、オレと真美が付き合うってなった場合、オレが相手のことを楽しませてあげられないと思う……」
真美は「そっかー……」と言って腕組み、ちょっと残念そう。
そして、私の顔をみて、またニヤリとほくそ笑んだ。
「さてさて、そろそろ教室に戻らないと。明日も、この三人でお昼食べない?どうせ栄飛は、明日も一人でお昼食べるつもりだったんでしょ」
「おい、オレをボッチ扱いすんな」
「いや、ボッチじゃん。事実じゃん」
「まあ、ああ、そうか。でも、真美のその言い方が気に入らねっ」
とは言いつつも、栄飛は「いいね」と、同意してくれた。
私も「ぜひぜひ。また話したいよ」と相槌を打つ。
しかし、ここで真美は、わざとらしく「あっ!」と、何やら思い出したように言った。
「そういえば、明日はウチ、昼休みに委員会の仕事があるんだった!忘れてた……たはは……」
恐らく真美は、委員会の仕事があることは、最初から分かっていた、覚えていた。
私と栄飛が二人きりで昼食をしやすいように、話の流れを仕立ててくれたのだろう。
真美は「ほら、これで二人きりになれるだろ?」と言うような目線を私に送ってくる。
――ありがとう、真美、私のズッ友。
私にしてくれる気遣いの数々が、神がかっている。
真美に作ってもらったチャンスをものにするために、私は硬くなった口を開いた。
「じゃあ……栄飛、私と二人で食べない?明日のお昼」
「うん?いいよ。まあ、真美が委員会の仕事があって、一緒に食べられないのは残念だけど」
「いいって、ウチのことは気にしないで。明日がダメなら、明後日、みんな揃って食べればいいんだから」
真美は笑った。
そして、「おトイレ行ってきまーす」と言って、食堂を出た。
私は、栄飛と二人きりで話す機会を得た。
「五限の授業は……生物基礎だね」
「うわ……二連続で、オレの苦手科目かよ……」
栄飛の表情が暗くなった。
そんな彼の気分が少しでも晴れればと、私は励ましの言葉を送った。
「一緒にがんばろ、栄飛」
「あー、頑張るか、麗羽」
「うん!」
「へへ、二人で……いや、みんなで、赤点は取らないように乗り切ろうな」
栄飛はにっこり笑った。
午後の授業開始まで、あと少し。
私たちは席を立ち、食器を返却口へと運んだ。
教室へと戻る私たちの背中には、午後の日差しが優しく降り注いでいた。




