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麗羽の足跡を追って

 目覚める。


 見慣れない天井だ。


 ああ、そうだ。俺は、麗羽れいはと熱海に旅行に行って、ホテルに泊まったんだった。


 さて、朝のイチャイチャタイムに興じさせてもらおうか。


麗羽れいは、おはよう……」


 彼女の浴衣の袖を引っ張る。


 浴衣だけが、こちらにズルズルと引かれた。


「は……麗羽れいは!?」



 そこに、麗羽れいはの姿はなかった。



 あるのは、麗羽れいはが着ていた浴衣、それから、彼女が着ていた下着だけ。


 麗羽れいはの体だけが、すっかり消えてしまった……


麗羽れいは麗羽れいは……?」


 冗談だと思った。


 目の前の景色は、幻だと思った。


 けれど事実、麗羽れいははいなくなってしまった。


「あ、ごめんごめん。朝風呂に行ってたんだ」と、何事もなく帰ってきてくれることを願った。


 しかし、チェックアウトの時間まで、麗羽れいはは戻らなかった。


麗羽れいは……永遠に一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ……俺がおじいちゃんになるまで、一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ……」


 涙を呑みながら、麗羽れいはが着ていたものをカバンに押し込める。


 麗羽れいはの靴と、それから、麗羽れいはが持ち歩いていたペンギンのぬいぐるみも一緒にカバンに詰める。


 それらを持って、たった一人、帰宅の途についた。




♦♢♦




 麗羽れいはが消えてしまった。


 その事実が受け入れられず、俺は涙を流した。


 電車で帰る道中も、人目をはばからず泣いた。


麗羽れいは……麗羽れいは……」


 小声で、彼女の名前を何度も呼んでいた。


 俺は、麗羽れいはが持ち歩いていたペンギンのぬいぐるみを涙で濡らして、帰宅した。


「ただいま」


「お帰り、利亜夢りあむ。お友達との旅行、どうだった?」


 リビングに居た母が、上機嫌に尋ねる。


「……楽しかったよ」


 事実、麗羽れいはとの熱海旅行は楽しかった。


 けれど、それ以上に、麗羽れいはが消えてしまったことのショックと喪失感が大きかった。


「よかったねー!」


 母は、そんな俺の心中を知ることなく、笑顔を見せた。


「これ、お土産」


「わあ、ありがとう!お父さんと一緒に、大切に食べるわね!」


 俺は、母と父のために買っていたお土産を手渡して、自分の部屋に戻った。



 一番寂しさと悲しさが押し寄せたのは、晩御飯の後の時間だ。


「……」


 部屋が静かだった。


 いつもなら、勉強したり、アニメを見ている俺に、麗羽れいはがちょっかいをかけてくるのだが……


 そのちょっかいが、無い。



(久しぶりにゲームしよ)


(こんどの週末、どっか行かない?)


(ポテチ買ってきてー食べたい)



 いつもなら聞こえてくるはずの麗羽れいはの声が、聞こえてこない。


 その時が、麗羽れいはが消えてしまったのだと実感させられる。


 涙が止まらなかった。


「なんで……なんでなんだよ……」


 幽霊のカノジョの存在……


 確かに、彼女はここにいたのだ。


 決して、幻であったり、俺の妄想の中の存在ではない。


 麗羽れいはと出かけた先で撮った写真だって、麗羽れいはが水族館で買ったペンギンのぬいぐるみだって、麗羽れいはが俺の誕生日に買ってくれたヘッドホンだって、麗羽れいはが着ていたカーディガンだって、パーカーだって、下着だって、靴だってある。


 何なら、麗羽れいはが食べこぼしたポテチの破片だって、壁とベットの隙間に落ちている。


 けれど、麗羽れいはだけが、突然、この世界からいなくなってしまった。


 この悲しみを、喪失感を、虚しさをわかってくれるのは、自分だけだった。


「天に召された……なんて言わないでくれ。帰ってきてくれよ、麗羽れいは……」


 涙に溺れるように、俺はベットの上に倒れ、眠りに落ちた。


 枕からは、俺の臭いに混じって、かすかに、麗羽れいはの髪の毛のいい匂いがした。




♦♢♦




 俺は、麗羽れいはがいなくなってしまったショックで、大学を一週間休んだ。


 母と父から、心底、心配された。


 そして時間は、麗羽れいはがこの世界から居なくなって、初めて迎える週末の土曜日にまで進む。


 俺は、出かける準備をする。


 麗羽れいはを探し、麗羽れいはを知るためである。


 ペットボトルの冷えた麦茶よし、身分証としての大学の学生証よし、スマホよし、財布よし、雨具よし……


 俺は、遠出の準備を終えて、階段を駆け下り、玄関へ。


「あら、利亜夢りあむ、出かけるの?」


 リビングに居た母に呼び止められる。


「うん」


「どこに行くの?」


「静岡」


「え、え?し、静岡!?どうして急に、そんな遠出するの?また旅行?」


「いや、旅行じゃないけど……まあ、やることがあって」


 俺は、困惑する母を置き去りにして、家を発った。


 電車に揺られて、訪れたのは、静岡県の南伊豆町。



(静岡)


(実家は、南伊豆町っていうところで、家から海が見えるって感じ。ザ・ド田舎ね)



 出会った当初の麗羽れいはは、このように話していた。


 彼女が話していたことを思い出して、南伊豆町ここに来たのだ。


「すみません、加賀 利亜夢りあむと申します。突然すみません。赤城 麗羽れいはという人について、何か知りませんか?」


 残暑が厳しい中、海沿いに立つ家を片っ端から訪ねて、いて回る。



「いえ、知りませんね」


「聞いたことないわね」


「分からんなぁ」



 町の住人の方々から得られた反応は、イマイチ。


 麗羽れいはに関する情報は、なかなか出てこなかった。


 やはり、一つの町をたった一人で探して彷徨さまようのは無謀だったか……


麗羽れいは自身、あるいは、麗羽れいはを知っている人に巡り会えますように……」


 俺は、胸の前で両手を合わせ、祈りを捧げた。


 普段は神なんて信じない性格の俺だけど、今は、神にすがるしかなかった。




♦♢♦




 俺は、木陰で休みながら、諦めず、麗羽れいはを探し回った。


 とある農家の家を訪ねた。


 白い軽トラが停められている家だ。


 その家のおじいさんは、家の周辺の草刈りをしていた。


「すみません……東京から参りました。加賀 利亜夢りあむと申します。赤城 麗羽れいはという人について、何か知りませんか?」


 俺が尋ねる。


 するとおじいさんは、首を傾げて、何か思い出そうとしている。


「赤城 麗羽れいはさんですか……あの、同じ苗字の【赤城】さんなら、向こうの家に住んでいらっしゃいますよ」


「そ、そうなんですか?」


 おじいさんは、草刈り機を止めて、道路の向こう側を指さした。


 そこには、海沿いに建つ、赤い屋根の家があった。


「ええ。赤城さんなら、確かにあの家に住んでいますね」


「すみません、ありがとうございます。失礼しました」


「人探しかい?」


「ええ。そうです」


「そうか」


 おじいさんはそう言って、再び草刈り機を稼働させた。


 俺は去り際、お礼の気持ちを込めて、おじいさんに頭を下げて、おじいさんに教えてもらった家へと走った。


 表札には、確かに【赤城】の文字が。


 インターホンを押す。


 すると、「はい」という、男性の声が、インターホン越しに聞こえてきた。


「突然すみません。東京から参りました。私は、加賀 利亜夢りあむと申します。東京で……麗羽れいはさんと友達だった者です。麗羽れいはさんについて、何かご存知ではないですか?」


「……今、出ます」


 男性はインターホン越しにそう言うと、すぐに玄関のドアを開けた。


 出てきたのは、若い男性だった。


 眼鏡をかけていて、長身。とても穏やかそうな常識人の風を感じる。


 俺よりもちょっと年上な感じがする。


「赤城 麗羽れいはは、ぼくの妹です」


「っ――」


 男性は、唐突にそう告げた。


 俺は、言葉に詰まった。


 つまり、俺の目の前にいる男性は、麗羽れいはのお兄さんだ。


 ついに、ついに、出会えた……!麗羽れいはについて知っている人に。


 しかも、麗羽れいはの家族ではないか。


「ぼくは、赤城 輝樹てるきと申します。麗羽れいはの兄です」


 男性は、輝樹てるきと名乗った。


「その……最近、麗羽れいはさんを見かけないなと思って、来ました。何かあったのかなと心配になって、参りました」


 幽霊の麗羽れいはが消えてしまったので探しに来たと言っても信じてもらえないだろう。


 なので、俺が麗羽れいはの友達という設定で、ひとまず話を進めよう。


「ぼくの妹……についてですが……」


 輝樹てるきさんは言いよどむ。


 そして、青い空を仰ぎ見ながら、こう言った。



「――赤城 麗羽れいはは、亡くなりました。自殺です」

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