海で遊ぶぞー!③
麗羽と砂浜を歩く。
焼けるような暑さは相変わらず。
「えい」
俺は、波打ち際の海水を麗羽に浴びせた。
「わっとっと!?」
麗羽はびっくりして、前のめりに倒れた。
「よくもやったなーこのっ!仕返しだ!」
麗羽は、反撃してきた。
手ですくった海水を、思いっきり、俺の頭にふりかけたのだ。海の水は、まあまあ冷たくて、多少は涼むことができた。
「じゃあ、こうだ!」
「わっ!!それはやりすぎだって!きゃあああ!!」
俺は、麗羽の軽い体を持ち上げて、海のほうに投げた。
麗羽の悲鳴が上がる。
全身をびしょびしょに濡らしながらも麗羽は立ち上がり、果敢に攻めてきた。
麗羽は「うううう……!」と言いながら、俺の肩を掴んで押し倒そうとする。
「麗羽には、俺を倒せるほどの力は無いだろ?」
「んー……そんなことないっ!!」
麗羽が腕に力をこめる。
しかし、俺の体は持ち上がらないし、倒すこともできない。
そこで麗羽は、捨て身の攻撃を仕掛けてきた。
麗羽は、助走をつけて、俺の体にタックルした。
「えいっ!」
「うおぁっ!?」
さすがの俺も、麗羽の全体重を受け止めきれず、波打ち際に倒された。
さらに麗羽は、俺の首根っこを掴んで、顔を水に押し付けた。
危うく、こんな浅瀬で溺れるところだった。
「っは!!ごほっ、ごほっ……こ、殺す気か!?」
「えへへへ。はい、頭まで水に浸かった利亜夢の負けー」
全身が海水で濡れて、涼しさを感じる。
人目も憚らず、小学生みたいに、騒いで、はしゃいで取っ組み合い……
バカっぽいけど、めっちゃ楽しい!
「あの人、一人ではしゃいでる……」
「変な人ね」
「酔っ払い?」
「若いわね~」
周囲の人には、麗羽の姿も見えないし、声も聞こえない。
だから、俺が一人で騒いで、海の水と戯れているという、なんとも摩訶不可思議な光景が見えているようだ。
「はぁ……楽しかった」
麗羽は両腕を天に向けてぐっと伸ばした。ニコニコしているから、楽しかったみたい。
海岸を散策するつもりが、波打ち際のレスリングごっこになってしまった。
俺のカノジョ……意外と積極的だ。
「一旦戻って、ジュースでも飲むか」
「飲む!水分補給は、こまめにしないとね」
「ここで待ってて。財布からお金持ってくるから」
俺は、麗羽にそう言って、ジュースを買うための財布を取りに、更衣室への道のりを戻る。
そのとき、強い風が吹いた。
「涼しい……」
全身が海水で濡れたので、そこに冷涼な海風が吹き付けて、涼しく感じられた。
俺の足元に、風で飛ばされてきた麦わら帽子が落ちた。
そのまま、風によって砂浜を転がる。
俺は、その帽子を拾った。
「すみませーん、ありがとうございますー」
そんな俺のところへ、とある一人の女性が駆け寄る。彼女が、帽子の持ち主だったようだ。
帽子の持ち主は、長身で、茶髪の女性だった。
俺は「どうぞ」と言って、女性に麦わら帽子を返した。
「こんなサンダルじゃ走れなくって。拾ってもらえて、マジで助かりましたー!ありがとうございますっ!」
「いえいえ……」
「誰と来てるんすか?カノジョさんとかですか?」
「あ、いや……一人、です」
ぎこちない返事と言葉選び。
なぜ、一人で来たと、不要な嘘をついたのか、俺自身にもよく分からなかった。
女性に話しかけられて、緊張してしまったからかもしれない。
麗羽と過ごして、もう一年が過ぎようとしているが、未だに女性との会話は慣れない。
「帽子拾ってくれたお礼に、ジュース奢りますよ」
「あ、いや、大丈夫です」
「いーって。遠慮しないでくださいよー。何飲みたいですか?」
「じゃあ、お茶でお願いします」
「りょーかいです。行きましょー」
俺は、女性に連れられるまま、自販機の前へ。
冷えたお茶を奢ってもらってもらった。
「お兄さん、一人なんすよね?もしよければ、ウチらのグループ来ませんか?このあと、BBQやる予定なんすよ」
「あ……大丈夫です。俺、この後バイトあるんで……」
「ちょっとだけでも、どうよ?」
「いや……すみません。すぐに着替えて、帰る準備をしないといけないので」
俺は、ぎこちない言葉で断って、その女性から離れた。
そして、更衣室のロッカーにある財布から現金を取って、のこのこと麗羽のもとへと戻った。
「な、なに?」
麗羽は、むすっとした顔をして待っていた。
「見てたよ」
「な、なにを?」
「私以外の女と仲良くしてた」
「あ、いや……仲良くしてたとか、そういうわけじゃなくて……風で飛んできた帽子を俺が拾って、そのお礼で、このお茶を奢ってもらっただけだよ」
「ダメだよ、知らない人に付いて行っちゃ。利亜夢は、顔が整ってて、清潔感があって、それでいて気遣いができる人だから、悪い女に捕まっちゃうかもしれないから」
豊かな胸の前で腕組み、ちょっとした心配と少しの怒りが混じった表情の麗羽。
「利亜夢が他の女の子と話してるのを見るだけで、胸がムカムカする……」
「ご、ごめんって。俺は、別に、あの人と仲良くなろうとか、そういう意図は無かったんだよ。ただ単純に、親切心で、帽子を拾って、お礼を受け取っただけだから……バーベキューどう?って誘われたけど、断ってきたよ」
「利亜夢が下心無しで、親切心で動いたのは疑ってないけどさー……」
麗羽は、頬をぷくーっと膨らませる。
「とにかく、これからは、私からなるべく離れないで。わかった?」
「お、おう……わかったよ」
よほど、嫉妬の念が強いようだ。
でも、嫉妬されるぐらい好きでいてくれることが、何より嬉しかった。
こんな可愛くて、一途なカノジョ、俺のほうから捨てるわけがない。俺のほうから離れる理由がない。
その後は、砂で中世の城を再現して作って遊んだり、砂浜に流れ着いた漂着物の宝探しをしたり、海を見てのんびり過ごしたりした。
「お腹すいた……」
「そろそろお昼にするか。昨日の夜作ったサンドイッチ食べよう」
「いいね。カフェが近くにあるらしいから、ついでに飲み物もそこで買おう」
海辺のカフェで、おしゃれな飲み物と、デザートのケーキを購入。
ちょっと遅めのお昼ご飯だ。
パラソルの下のテラス席にて、フルーツオレとケーキ、それから、家で作ってきたサンドイッチを並べる。
「よし、ここで一枚、写真撮るか」
バッグから、ペンギンのぬいぐるみと、クラゲのストラップを取り出す。
そして、サンドイッチやフルーツオレと並べて撮影した。
もはや、写真に写らない麗羽の代わりにぬいぐるみとストラップを置いて思い出の写真を撮ることが恒例行事となっていた。
「撮れたよ」
「どれどれ……お、いいじゃん」
食べ物と飲み物と、それからペンギンのぬいぐるみとクラゲのストラップが並ぶ席。
木製のテーブルが、写真うつりをよくしてくれている。
また一枚、思い出の写真が増えた。
「おいしそう……」
食いしん坊な麗羽は、手をそろえて「いただきまーす」。
そして、さっそく、サンドイッチにかじりついた。
俺も、サンドイッチを頬張る。
麗羽と作ったサンドイッチは、格別のおいしさだった。
「あ……」
食べながら、スマホを見ていた俺は、絶句。
「どうしたの、りあむ?」
フルーツオレを飲む麗羽が、俺のスマホを覗き込む。
そこには、雲行きの怪しい天気予報が。
「午後4時以降は、関東各地でゲリラ豪雨のおそれ。警報級の大雨に注意……だって」
「うわ、ヤバいじゃん」
「早めに帰る準備をして、撤退しておくか」
「そうしよう、そうしよう」
水平線の向こうからは、黒い雲が流れてきている。
さらに、吹き付ける風は強くなりつつあって、雨が降る予感マシマシだ。
「うわ、あの雲見て。絶対、100パーセント、雨降るやつじゃん」
麗羽が指さす方向……
そこには、天を衝くように白く、モクモクと育った雲が。
おそらく、雷雨をもたらす積乱雲だろう。
「……急いで着替えよう。雨具の傘は、一応持ってきたけど」
「降り始める前には、電車に乗っておきたいね」
「麗羽は、着替えなくてもいいんじゃないか?どうせ、誰にも見えないんだし」
「えー……この水着の格好で電車に乗るのは、ちょっと……ね。露出が多いし、いくら見えないといっても、気になるよ」
「というか、わざわざ更衣室に行かなくても、ここで着替えちゃえばいいじゃん」
「それはもっと無理だって!こんなに人の目……いくら私のことが見えなくても、恥ずかしくてできないよ!私は、露出癖がある変態じゃないよ!」
俺と麗羽は、片付けと着替えを済ませ、足早に砂浜を後にした。
東京に帰るための電車に乗りこもうとしたとき……
「あ、降ってきたね」
麗羽がいち早く、それを察知する。
パラパラと雨が降ってきた。
電車に乗り込んだ頃には、大雨となっていた。
大粒の雨が、電車の窓をパチパチと打っている。
「早めに撤退しておいてよかったね」
「な。早め早めの行動は、吉と出るな」
「ねー」
俺と麗羽は、空いている電車内の席に座り、スマホにイヤホンを繋いで、アニメを見ながら帰宅の途についた。
「……」
「?」
麗羽の頭が、俺の肩に乗る。
一緒にアニメを見ていたはずの麗羽は、電車の席に座りながら、眠っていた。遊び疲れたのかも。
「……ふふ、俺のカノジョは、かわいいな、ほんと」
海に行く計画は、大成功に終わった。
出発の前の晩にサンドイッチを作って、電車に揺られて海岸へ。
暑さに晒されながら麗羽のかわいい水着姿を目に焼き付け、麗羽と波打ち際で取っ組み合いをして、ちょっと麗羽に嫉妬される場面もあって、
宝探しをして、
砂のお城を築城して、
一緒にお昼を食べて、
帰りの電車で寝落ちした麗羽……
今日だけでも、麗羽と作った思い出は数えきれない。




