幽霊だってポテチが食べたくなるときがある
「あ、タオル忘れた……」
シャワーを浴びて、全身びしょ濡れな利亜夢。
彼は、体を拭くためのタオルを持ってくるのを忘れてしまった。
「はい、タオル」
「わっ!?」
またしても壁から上半身を飛び出させた自称、幽霊女。
彼女の手には、利亜夢が忘れた白いタオルが握られている。
利亜夢は、驚き、目を皿のように丸くした。
「幽霊だからって、人の風呂を覗かないでください……どういう神経しているんですか。いい加減、殴りますよ!」
「お、利亜夢くんって、うっすら腹筋割れてるんだ。筋トレとかしてる感じ?」
「じろじろ見ないでくださいよ!!犯罪者!!」
利亜夢は怒りと、困惑と、浴室の暑さと、恥ずかしさから、顔を真っ赤にした。
それもそのはず、異性に自分の裸を見られるのは、幼い頃、母と入浴したとき以来だから。
「ごめん……そんなに怒らないでよ。タオル持ってきてあげたから、許して」
「それとこれとでは、釣り合ってなくないですか?」
「えへへ」
「えへへ、じゃないですよ。笑って誤魔化さないでください。早くこの家から出て行ってください」
幽霊女は、壁の向こう側に顔を引っ込めた。
「はぁ……幽霊とか関係なく、ただのヤバイやつだな……」
利亜夢は、深いため息をつく。
しかし、なんだか、彼女に悪気はないように思えて、怒るのも、警察に通報するのも気が引けてしまった。
――それに、けっこうかわいい。
♦♢♦
シャワーを浴び終えた利亜夢は、リビングへと戻る。
(まだ居るし……)
幽霊女は、半透明の体でソファーに腰かけて、テレビのワイドショーを見ていた。
「あ、おかえり」
「出ていけと言いましたよね?」
「んー……」
あざとく口をへの字に曲げる幽霊女。
「はぁ……悪霊ですね、あなたは」
そう言いながらも、利亜夢は、幽霊女に冷たい麦茶を入れてやった。
「どうぞ」
「ありがとう!気が利くね~」
二人はテーブルを挟んで座り、麦茶を飲んだ。
「あ、自己紹介忘れてた。私、赤城 麗羽っていいます」
「あなたの名前、別に訊いてないんですけど」
利亜夢は、麗羽と名乗った幽霊に素っ気なく接する。
「俺は、加賀 利亜夢です」
「苗字が加賀ってことは、ご家族が石川県出身だったりする?」
「いや、そんなことはないですね」
「利亜夢くんか……珍しくて、かわいい名前だね」
「ええ、まあ……」
「何歳?大学生?」
「19の大学二年生です」
「え、私と同い年じゃん!私も、来年の2月で20歳になる、19歳だよ。生きてたころは、大学も通ってたよ」
ガツガツ話して、急激に距離を縮めてくる麗羽。
普段から人と話し慣れていない利亜夢は、言葉を喉に詰まらせ、たじたじだった。
「私さ、幽霊になってから一か月、独りで、昼も夜も彷徨ってたの。だから、利亜夢くんと話ができて、めっちゃ嬉しい!やっぱり人と話せるだけで、幸せだよね~」
「は、はい……そうっすね」
はぁ、早くお弁当箱洗って、韓国語の復習して、ゲームやりたいなー……
麗羽のマシンガントークが聞き飽きた利亜夢は、彼女の整った顔をじっと見つめる。
頭はおかしいが、顔はすごくタイプだ。素直にかわいいと思う。
それに、
(麗羽さん、胸、でっかいな……)
視線が下に引っ張られる。
彼女の黒いTシャツの胸元には、リンゴ大の膨らみが。
その胸をガン見してしまった。
「おーい、胸ガン見すんなよ」
「いてっ……」
しまいには、麗羽にバレて、額に強烈なデコピンを食らう始末。
「え」
「だから、胸をガン見すんなって」
「あ……ごめんなさい」
「こっちから見ると、けっこう分かるものなんだよねー、そういうの」
このままでは、セクハラで訴えられそうなので、反省する。
麗羽は唐突に立ち上がり「ポテチ食べていい?」と訊いてきた。
「なんで自分の家のようにくつろいでるんですか……」
「一緒に食べる?」
「当たり前じゃないですか。それは、俺が週末の楽しみとして買ってきたポテチなんですよ」
麗羽は、お菓子棚のポテトチップス(うすしお味)をテーブルに持ってきて、開封。
二人で摘まんで食べた。
「ん、おいしいね。やっぱりポテチはうすしお味しか勝たん」
「幽霊もポテチ食べるんですね」
「お腹はへらないけど、味は感じるからね。幽霊だって、ポテチが食べたくなるときがあるんだよ」
麗羽は、満面の笑みでポテチを貪る。
四枚ぐらい摘まんで、一気に口に放り込む豪快ぶり。
パリパリと食べる良い音が鳴る。
というか、幽霊なのに食べられるんだ……
「バター醤油味もおすすめですよ」
「え、そんな味あるの?」
「今度、買ってきましょうか」
「よろしく~」
「って、居座るつもりですか?」
「もちろん。あ、私、幽霊だから、ごはんも飲み物もいらないから、食費とかの心配はいらないよ!」
「そういう問題じゃないですよ!」
ポテチを買ってくる来週まで居座る気か!?と、利亜夢は怒った。
でも、実際、利亜夢も話し相手ができて、楽しかった。
こんなにかわいい女の子と話すのは、ドキドキしてしまって落ち着かないけれど。
「ねね、利亜夢くんは、趣味とか無いの?」
ポテチのうすしおが付いた指を艶めかしく舐める麗羽。
彼女に尋ねられ、利亜夢は首元を掻いた。
「まあ、最近はゲームばっかりですね。格闘ゲームとかFPSゲームのオンライン対戦とか」
「私もゲームやりたいなー。スマホもないし、めっちゃ暇なんだよね」
「え……ま、まあ、別にいいですけど……」
利亜夢は困惑の限りを尽くしながらも、家庭用ゲーム機を準備して、コントローラーを麗羽に手渡した。
――なんで俺は、幽霊の女の子と仲良くなっているんだ……?