初めてのキス
「うっ……二人で7000円か……けっこう高いな」
天望デッキと天望回廊に行けるチケット料金……けっこう高かった。
事前に調べてなかったから、その料金の高さに狼狽える。
「でも、ここまで来て引き返すのはもったいないよな」
俺は、泣く泣くチケットを購入した。
コツコツ貯めたバイト代を、麗羽との思い出のためにつぎ込むぞ!
スカイツリーの展望デッキには、エレベーターで上がる。
けっこうな人数が乗り込むエレベーター内。
麗羽は、体が透けているので、人の体をすり抜ける。
「私は、混雑とか関係ないね。快適~」
エレベーターが上がり始める。
高度が増すごとに、耳の奥が詰まるような感覚に襲われる。
エレベーターを出ると、展望デッキから、東京の夜景を一望できた。
「わあ……すごい」
「キレイだな。思った以上に」
予想以上の光景に、語彙力が無くなってしまった。
点々と輝くのは、家やビルの照明の光。
スカイツリーの展望デッキから見下ろす夜景には、霧のような雲が薄っすらとかかっていた。
まさに、雲と夜景のデュエットだった。
「あの光の一つ一つに、一人一人の人生と生命が宿ってるって考えると、なんか、感動的だね」
光の一つ一つに、人生と生命が宿っている……
死者たる麗羽独特の感性なのだろうか。
なんだか、ロマンティックにも聞こえるし、もの悲しくも聞こえる言葉だ。
「……っ」
麗羽は、目尻に涙を浮かべて、「ぐすっ、ぐすっ……」と洟をすすっていた。
「だ、大丈夫、麗羽?」
「だいじょう……いや、やっぱり大丈夫じゃない……無理、むり……」
「人が少ないところ行って、とりあえず落ち着こう」
「うん……」
俺は、麗羽を手招いて、人が少ない柱の陰に移動した。
柱の陰の暗がりに蹲る麗羽。
彼女の頭が、俺の腕の中にすっぽりと収まった。
「うぅ……ごめん。マジでごめん……こんなに急に泣き出すとか、私、頭おかしいよね……」
「頭おかしいとは、思わないよ。俺だって、急に泣きたくなるときがあるから、麗羽の気持ち、何となく、分かるよ」
「綺麗な景色見たりすると、急に涙もろくなったり……利亜夢も、そういう時があるの?」
「あるある」
一人で電車に乗って高校から帰るとき、ふと、綺麗な夕日を見て目頭が熱くなったり……
バイトで失敗した日に、トイレに籠って落ち込んだり……
そういうことが、時々あった。
で、そういう時、大抵の場合、気を病んでいる。
普段はニコニコしている麗羽だが、そんな彼女も、心の奥底で気を病んでしまうのかもしれない。
「ああ……涙、止まんない。というか、めっちゃ泣きたい気分だわ」
「まあ、そういう日もあるよな」
俺がより強く抱きしめると、麗羽は、俺の着ている灰色のコートの胸元を涙でびしょびしょに濡らした。
「うぅぅぅ……利亜夢に優しくされたらさぁ、もっと泣きたくなっちゃうじゃん……利亜夢ぅぅ」
「いっぱい泣きなよ。麗羽の涙が見えるのは、俺だけだから、何も恥ずかしくない」
「んんん~!そんなこと言われたらさぁぁぁぁ!」
麗羽は、子どもみたいに声を上げて泣いた。
けれど、展望デッキを行き交う人々は振り向きもしない。
なぜなら、彼女は幽霊だから。
彼女の泣き顔を、震えた声を知っているのは、この俺【加賀 利亜夢】だけ。
「光になりたい……」
麗羽は、唐突にそんなことを言った。
光になりたい……?
どういうことだろう……?
「……」
俺は黙って麗羽を抱きしめて、その言葉の意味を考えた。
……いや、やっぱり分からない。
いくら考えても理解できなかったので、麗羽を励ましたい一心で、言葉を紡いだ。
「麗羽は、俺にとっての光だよ」
「ん?」
「麗羽がいてくれるから、俺は大学とバイトを頑張れる。あと、就活も。麗羽が居てくれるから、俺は今、人生楽しいよ。だから、麗羽は、俺にとっての光。そういうこと」
やべぇ……頑張って考えた言葉だけど、キザったりしくて、人生を達観してるみたいで、めっちゃ恥ずかしい……!!
俺は、恥ずかしさから顔を赤くして、心の中で、声にならない声で叫んでいた。
けれど、俺の言葉を受け取った麗羽は、袖で涙を拭って、笑みを見せてくれた。
「んあぁぁぁ!はぁ……いっぱい泣いたら、元気出た。ありがとう、利亜夢」
「お、そりゃ良かった。飴、食べる?」
「食べる!」
俺は、麗羽の口にみかん味の飴玉を放り込んだ。
麗羽の笑顔が戻ってきた。
「ね、キスしよ」
「は……?マジ?」
「しよ」
「まって……待った待った待った……」
俺の返事を待つことなく、麗羽は顔を近づけた。
麗羽の湿っぽく柔らかい唇が、俺の唇に重なった。
彼女の口元から香るのは、みかん味の飴玉の甘い匂い。
血が沸騰するように、顔がカッと熱くなった。
「……」
「……」
長い長いキスを終えて、俺と麗羽は見つめ合う。
柱の陰……俺と麗羽しか知らない、初めてのキスだった。
「なんで急にキスしようと思ったの?」
俺が訊くと、麗羽は目を細めてニッと笑う。
「雰囲気が良かったから、ノリと勢いで。恋人らしいことしたいなーって、ふと思ったから」
「ノリと勢いか……」
「利亜夢の口、ミントの匂いがした。いい匂いだった」
「一応、口臭のケアはしてるからな。飴舐めたり、歯磨きしっかりしたり、定期健診行ったり……」
「用意周到だね。もしかして、私とキスすることまで想定してた?」
「そこまで頭キレないよ、俺は」
「日本の一番高いところで、初めてのキス、しちゃったね」
「……日本の一番高いところって、富士山じゃない?」
「ねぇ!雰囲気ブチ壊しじゃん!私が気が付かなかったのも悪いけどさ!」
「ごめん。ついツッコミたくなった」
そうやって、下らない話で笑い合った。
とても幸せだった。
麗羽も、涙を忘れたかのように「ガハハッ」と、豪快に笑った。
「そうだ、写真撮ろう。思い出を忘れないように」
「でも、私はカメラに映らないよ?」
「麗羽は映らないから……代わりに、この子たちを置くんだよ」
俺は、水族館のお土産屋さんで買ったクラゲのストラップと、麗羽が持ち歩いているペンギンのぬいぐるみを並べた。
「あ、そういうことか」
「これで、思い出の写真になるだろ?」
「そうね」
スマホでパシャリ。
並んで置かれたペンギンのぬいぐるみと、クラゲのストラップがしっかり映っている。
東京の煌びやかな夜景をバックに、俺と麗羽が、確かにここを訪れた証としての写真を撮ることができた。
麗羽との大切な思い出をおさめた一枚となった。
「今、地震が来たら、日本で一番揺れるよね。もしかしたら、スカイツリーごと倒れちゃうかも……」
「恐いこと言うなよ。降りたくなってきた……」
麗羽に脅されながらも、さらに上の天望回廊へとのぼった。
「あれ……」
「雲が厚いね……」
しかし、残念ながら雲が厚くて、景色は見えなかった。
けれど、水族館は綺麗で、ペンギンが可愛かったし、お土産は買えたし、夜景は綺麗だったし、麗羽と初めてのキスもできたし……
思い出としては、たいへん満足できるものだった。
その後、スカイツリーから降りた俺と麗羽は、帰りに焼肉を食べて帰宅した。
幸せ過ぎて、時間の流れが早く感じた。




