バレンタインデー(狂気)
2月14日、この日を今か今かと待ち望んでいる人間……ではなく、幽霊がここに一人。
そう、この私【赤城 麗羽】である。
今日は、一年の中のビッグイベント、バレンタインデー。全国の恋焦がれる人たちのための日と言っても過言ではない。
この前作ってあげたチョコシフォンケーキが利亜夢に好評だった。
なので、今回もあまーーーーーいチョコに仕上げようと思う。
「今日の利亜夢は……ふむふむ、資格のお勉強と、いつも通りのバイトか。相変わらず忙しそうだねぇ」
彼が学習机の引き出しの中にしまっている予定表を拝見。
今日は、午前中に資格の講習があって、午後はバイトのシフトが入っていて、帰りが夕方以降になるらしい。
リビングのカレンダーも確認。
「よし、夕方までは、家で私一人きりだ」
利亜夢のお父さんとお母さんの帰りが遅いことを確認。
これで、ゆっくりチョコレート制作ができる。
「よし、作るか!」
拳をぎゅっと握って、やる気になる私。
早速、チョコレートの制作に取り掛かる。
……と、まずは材料を買いに行かねば。
利亜夢から毎月貰えるお小遣いを使って、チョコレートやココア、ホットケーキミックス、イチゴを近場のスーパーで購入した。
「んーと……買ってきたチョコを砕いて、バター入れて、電子レンジで温めて……と」
私は、液タブで『チョコケーキ 作り方 簡単』と検索。
出てきたレシピサイトの内容を確認しながら、チョコレートを割って砕く。
小さめのホールのチョコケーキを作る予定。
メモの通りに作業するだけの簡単な作業である。
「……でも、ただのチョコケーキじゃ、私の本当の【好き】は伝わらないよね」
ボウルの中で砕いてかき混ぜたチョコレートが、ある程度ペースト状になったところで、お風呂場に向かう。
まず、シャンプーで髪を丁寧に洗う。
そして、シャワーで丁寧に濯いで、浴室を出て、タオルとドライヤーで丁寧に乾かす。
そして、キレイになった私のサラサラヘアをハサミでちょっと切る。
それを新しいボウルに移して、丁寧にハサミで切って、できる限り小さく切って、粉末状に。
「ふーふんふふんふーん~♪」
液タブで流している音楽の鼻歌を歌いながら、チョコレート作りに奮闘。
粉末状の髪の毛は、一旦置いておく。
そして、チョコレートをレンジで加熱。
温まったそれにホットケーキミックスや卵、ココアに砂糖を少々加えて、円形の型に流し込んで、もう一度、電子レンジでじっくり温める。
「よしよし……ついに完成だ♪」
レンジの中でぐるぐると回転する特製チョコケーキが温まり終わるまで、じっと眺めていた。
チンっ!という出来上がりを知らせる音によって、私の体がぴょんと飛び上がった。
「できたっ!!」
電子レンジが止まった次の瞬間に、型ごと、ケーキを素手で取り出していた。めっちゃ熱い!!
「熱っ熱っ……」
手を火傷したっぽいけど、そんなことは気にするに値しない。
最後に、買ってきたイチゴを飾り、粉末状にした私の髪をパラパラと振りかけて、ついに完成。
私の愛が最大限濃縮された特製チョコケーキが完成したことが、嬉しくて、嬉しくてたまらない。上手にできて、達成感もあった。
「ん~いい匂い……」
キッチンの周辺に、よく焼けたチョコの香りが充満している。……おいしそう。
甘い香りに誘われるまま、私はチョコケーキに顔を近づけて、口を開いていた。
口の端には、食欲をそそられた証の唾液が溜まっていた。
「食べちゃダメ!」という、私の理性の声を聞いた。
「はっ!ダメダメ!これは、利亜夢にプレゼントするチョコなんだから」
食欲旺盛な私である。
「この中に、私が生きてる……ふへへへ」
ホカホカのケーキに、私の【髪《DNA》】が生きている。
これを利亜夢が食べたら、胃で消化されて、血液によって全身に運ばれて、細胞レベルで私が利亜夢の体の中に溶け込むことができる。
利亜夢が死んだ後も、一緒に火葬されて、天国まで付いて行って、永遠に一緒に居られる……
「へへへ……ずっと一緒だよ、利亜夢」
完成したチョコケーキは、ラップで包んで、冷蔵庫に入れて眠らせておく。
利亜夢がバイトから帰ってきたら、手渡す予定。
――私は幽霊。
だから、カメラにも鏡にも映らない。
私の声が聞こえるのは、利亜夢だけ。
私の姿が見えるのは、利亜夢だけ。
私を好きでいてくれるのは、利亜夢だけ。
私を真に愛してくれるのは、利亜夢だけ。
だから、私が幽霊として、確かに存在したという事実を、大好きな彼に刻み込みたい。
私は、あなたの肉体になって、生きるんだよ……♥
♦♢♦
「ただいまぁ……」
その声を聞いて、リビングのソファーでお昼寝していた麗羽は、飛び起きた。
「おかえり、利亜夢」
「おう、ただいま、麗羽」
「資格の勉強、どう?」
「順調だよ。この調子なら、しっかり取れそう」
「頑張ってね、ファイト!」
「応援ありがとう、麗羽」
「んふふふ~」
麗羽は、やけにニヤニヤしていて、笑みを隠しきれなかった。
「ど、どうした?なんでニヤニヤしてるの?」
「ふふふ、今日は、何の日でしょう?」
「今日……今日って、なんか特別な日だったっけ?あ、バレンタインデーか」
「その通り!利亜夢のために、チョコ、作っておいたんだ~」
「マジか!俺の人生で初めて、女の子から貰うチョコ……めっちゃ楽しみ」
利亜夢の心臓が高鳴る。
母や祖母以外の異性からもらうバレンタインチョコレートは、これが人生初。
ドキドキするなというほうが無茶だ。
「じゃーん、チョコのホールのケーキです!私の気持ち、受け取ってね」
麗羽は、冷蔵庫からラップに包まれたケーキを取り出し、利亜夢に誇示した。
「おお!」
利亜夢は、珍しく瞳を見開き輝かせた。
麗羽の両手には、形の整った見事なチョコケーキが。
ケーキのてっぺんには、カット済みのイチゴと、『I love you!』と書かれたメッセージカードが乗せられている。
「ありがとう、麗羽。じゃあ、さっそくいただこうかな」
利亜夢は、手を洗いを済ませる。
自分と麗羽の分のフォークと、それから、ケーキを切り分ける用の包丁を持って、リビングのテーブルへ。
「いただきます!」
「いただきまーす」
二人は声を揃えて、切り分けたケーキを食べ始めた。
「お!」
「お味は、どう?」
「俺、やっぱり甘いチョコが好きだな。チョコのなめらかな口触りがめっちゃ良いね。スポンジまで柔らかくて、チョコと一緒に舌の上でとろけるような……そんな感じ。高級なチョコ専門店に置かれていても遜色ないぐらい、見た目も良くて、おいしいよ」
「おお~丁寧な食レポもらえた。うれしい。……で、星評価は?」
「★★★★★だな」
「やったー!頑張って作った甲斐があったよ!」
麗羽は、喜んだ。
彼女自身も食べてみて、「おいしい!」と、自画自賛した。
麗羽は、おいしそうに食べる利亜夢の横顔を見て、目を細め怪しく笑っていた。
「ふ、ふへへへへへ……」
「な、なんで笑ってるの?」
「えー?なんでもないよ」
「その顔……なにか隠してるときの顔だ!」
「えー?何でもないって」
利亜夢は、麗羽の笑みの正体を何となく察する。
もしかして、ケーキに何か怪しいものを入れたのかも……
麗羽なら、やりかねないと、利亜夢は思った。
「何か。変なもの入れた?」
「え……ふふふ……」
「笑い方怖っ。ぜったい、何か入れてるだろ」
麗羽は、笑って取り繕う。
そして、振りかけた粉末状のものを指さしながら、その正体を明かす。
「これ、私の、髪の毛」
「は……はぁ?麗羽の髪の毛!?」
「ハサミで切って粉末状にして、チョコに混ぜこんだの」
「全然気が付かなかったのは、粉みたいになってたからか。なんでそんなことしたんだよ」
「私のDNAを、利亜夢の体に入れたいなって、ふと思って……」
「うわっ……マジか、麗羽……」
と、驚愕の色を示しつつも、利亜夢は、麗羽の髪の毛の粉末がかかったチョコケーキをパクパクと食べ進める。
「ご、ごめん、気持ち悪かったよね」
「いや、気持ち悪いというより……衛生的には良くないよね」
「それは、そうね……ごめん」
「食べるものに、食べるべきじゃないものを入れるのは、やめような」
麗羽は、申し訳なさそうな顔をして「うん……」と頷いた。
「……食べてくれって言われたら、髪の毛の一本や二本ぐらいなら食べたのに」
「え」
「好きな人の髪の毛ぐらいなら、食える、俺。むしろ、そうしたい」
「利亜夢も、なかなかエグイ性癖してるんだね。カノジョの髪の毛も食べるって言う人、なかなかいないと思うよ」
「バレンタインの本命チョコに、自分の髪の毛を入れる麗羽が言えたことではないよな!?」
「そうかも~」
「そうかも~じゃない!」
麗羽は「えへへ」と笑って取り繕う。
「じゃあ、こんどは俺が、ホワイトデーのときにお返しするよ。お菓子作り、やったことないけど、頑張ってみる」
「お、楽しみ!」
「俺は髪の毛なんて入れないから、安心して」
「ご、ごめんって!ちょっとした出来心で……」
利亜夢は、何ら躊躇いなく、麗羽の髪の毛の粉末入りチョコケーキを食べる。
そして、ホールのケーキの半分を平らげてしまった。
ちょっと頭のおかしい麗羽と利亜夢の二人は、バレンタインデーを通して、いっそう仲を深めたのだった。
わざわざ自分のために、チョコを作ってくれたこと(髪の毛混入の件は、ひとまず置いておいて)が嬉しい……と、利亜夢は本心から、そう思っていた。
ちょっとひと悶着あったバレンタインデーだった。




